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盛世才 せいせいさいSheng Shi-cai; Shêng Shihts`ai

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

盛世才
せいせいさい
Sheng Shi-cai; Shêng Shihts`ai

[生]光緒21(1895)/光緒22(1896)
[没]1970.7.
中国,遼寧省出身の政治家,軍人。中国の抗日戦,第2次世界大戦の激動期を新疆省で過した。 20代と 30代のとき日本に留学し,そののち新疆省に赴任。省主席の金樹仁のもとで,1931~35年の馬仲英によるイスラム教徒反乱の鎮圧に従事しながら次第に実権を握り,33年8月には省主席となった。ソ連の軍事援助を得て馬仲英らを破ったあと,親ソ,反帝,平民,清廉,和平,建設の政策を実行しはじめたが,41年独ソ戦の初期におけるソ連のつまずきをみて反ソ,反共に転じ,重慶の国民党政府に接近した。しかし,44年ソ連の対独勝利が決定的になると再びソ連への接近を試みた。結局カザフ大反乱の責任を問われて重慶に転職させられ,のち台湾へ渡った。

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百科事典マイペディアの解説

盛世才【せいせいさい】

中国の軍人,政治家。遼寧省生れ。日本に留学したあと1929年ごろ新疆省主席の金樹仁の幕僚。1933年金樹仁の失脚とともに実権を掌握。反帝国主義・親ソ連などの政策を掲げ,1938年ソ連共産党入党

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世界大百科事典 第2版の解説

せいせいさい【盛世才 Shèng Shì cái】

1895‐1970
中国の軍人,政治家。遼寧省の人。日本に留学して早稲田大学および陸軍士官学校に学ぶ。1929年末ごろシベリア経由で新疆省に行き,省主席金樹仁の幕僚となる。33年金樹仁の失脚とともに実権を掌握。反帝・親ソを含む六大政策を掲げ,38年には訪ソしてソ連共産党に入党。しかし,42年には重慶の国民政府との関係を改善し,民主派・共産党員を弾圧して,毛沢民(1896‐1943)らを殺害。独ソ戦でのソ連の優勢が明らかになると再び親ソ路線に転じようとしたが,44年8月重慶に召喚され閑職に就けられた。

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