着床前スクリーニング(読み)ちゃくしょうぜんすくりーにんぐ(英語表記)preimplantation genetic screening

日本大百科全書(ニッポニカ) 「着床前スクリーニング」の意味・わかりやすい解説

着床前スクリーニング
ちゃくしょうぜんすくりーにんぐ
preimplantation genetic screening

遺伝性疾患罹患(りかん)あるいは保因しているカップルを対象として当該疾患に関係する遺伝子染色体の異常の有無を検査・診断する着床前診断に対し、着床前スクリーニングは、遺伝性疾患を有していないカップルを対象として染色体の数的異常を検出するために行うスクリーニング検査・診断をいう。略称PGS。

[神里彩子 2019年1月21日]

沿革

1993年に、13番、18番、21番染色体、および、性染色体の数的異常(トリソミー)をFISH(fluorescence in situ hybridization)法で検出する着床前診断の成功例がアメリカのチームより報告された。これ以降、着床前診断の対象者が遺伝性疾患を罹患あるいは保因しているカップルから、遺伝性疾患の罹患や保因のないカップルへと広がり、同時に目的も拡大することになる。その一つが、妊娠率・出産率をあげることを目的とする着床前スクリーニングである。

 人の染色体は通常23対46本の染色体で構成されるが、加齢とともに卵子減数分裂異常が増加し、受精胚(はい)の染色体の数的異常発生率も上昇する。また、体外受精治療に繰り返し失敗している場合や反復流産等についても、その原因が染色体の数的異常にある場合がある。数的異常は不妊や流産一因となるため、遺伝性疾患の罹患や保因のないこのようなカップルに対しても、妊娠率・出産率をあげることを目的として、染色体数が正常な受精胚を検出する着床前診断が行われるようになったのである。そしてさらに、一定の条件を満たした集団、たとえば、女性が35歳以上のカップル、続けて2回の流産(反復流産)や続けて3回の流産(習慣流産)をしたカップル等に対して検査を行う着床前スクリーニングが行われるようになった。

 もっとも、その期待に反し、FISH法を用いた着床前スクリーニングについては、妊娠率・出産率の向上を示す結果が認められないとの報告が多く出された。しかし、その後、aCGH法(array comparative genomic hybridization、アレイCGH法とも)が着床前スクリーニングに応用されるようになると、一度に全染色体の異数性の検出が可能となり、また、その解析法の正確性により、着床前スクリーニングの有効性を示す報告が相次いで出されるようになった。

 現在、日本産科婦人科学会の会告『「着床前診断」に関する見解』(1998年制定、2006年改定、2010年改定、2018年改定)では、着床前スクリーニングの実施を認めていない。しかし、同学会では、2016年(平成28)より、着床前スクリーニングの有用性を検証するための臨床研究を行っている。

[神里彩子 2019年1月21日]

倫理的問題

着床前スクリーニングの目的は、高齢等の理由により妊娠・出産が困難と考えられるカップルの妊娠率・出産率をあげるためのものである。この点で、着床前診断において指摘される「着床前診断の対象とされた疾患の罹患者やその家族に対する差別の助長」「生きるに値する/しないという生命の選別」「優生思想」につながりかねないという懸念は直接的には該当しない。しかしながら、染色体の数的異常があっても出生・生存可能な疾患(ダウン症候群ターナー症候群クラインフェルター症候群等)もある。そのため、数的異常がある受精胚が一律に廃棄されれば、そのような疾患に罹患した児の出生を妨げることになり、結果的に上記の懸念が当てはまることになる。

[神里彩子 2019年1月21日]

『末岡浩・田中守「着床前診断/スクリーニング検査」(『産科と婦人科 第84巻1号』所収・2017・診断と治療社)』『中岡義晴「着床前遺伝子診断着床前と着床前スクリーニング」(『HORMONE FRONTIER IN GYNECOLOGY』Vol.23 No.3所収・pp.209~217・2016・メディカルレビュー社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

知恵蔵 「着床前スクリーニング」の解説

着床前スクリーニング

体外受精させた受精卵(胚(はい) )を子宮に戻す前に行う着床前診断の一つで、将来胎盤になる細胞の一部を取り出し、コンピューターで解析して、全ての染色体について数や構造の異常がないかどうかを調べる検査のこと。妊娠初期に起こる流産の原因の多くが胎児の染色体異常にあることから、染色体に異常のない受精卵(正常胚)を選んで子宮に戻すことにより、これまで何度も流産を繰り返してきた人の流産を減らせるという報告がある一方で、着床前スクリーニングにより母体に戻せる正常胚が見つからなかったり着床しなかったりするケースも多く出産率自体は上がらないという見方もある。
スクリーニングには、染色体の数の異常を見つけ出すアレイCGHという方法や、数だけでなく転座や重複などのある箇所を割り出す次世代シーケンスという方法がある。
日本産科婦人科学会は、着床前スクリーニングが命の選別や男女産み分けにつながる可能性を否定できないため、倫理面や安全性についての検討が必要であるとして、これまで臨床での実施をガイドラインで禁止してきた。ただし、親のどちらかに重大な遺伝子疾患があるために流産を繰り返しているケースに限り、学会への申請・認可を経て、その遺伝子疾患に関連する染色体の異常を調べるという検査(PGD: Preimplantation Genetic Diagnosis)を行うことは認めている。着床前スクリーニングは、全ての染色体の異常を調べる点で、PGDと異なる。
すでに着床前スクリーニングが行われている欧米各国から着床率や流産率の改善が相次いで報告されていることを受け、日本産科婦人科学会が臨床研究を行うことを決めたのが2015年2月。17年2月には、臨床研究に必要な症例数を割り出すため、対象者の条件を絞って着床前スクリーニングを実施し、結果を検討することを発表した。対象は、35歳から42歳で、本人及びパートナーのどちらにも流産の原因となる遺伝子疾患が認められないものの、体外受精で3回以上妊娠しなかった女性、及び2回以上流産した女性、合わせて100人としている。

(石川れい子 ライター/2017年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

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