着床前診断(読み)チャクショウゼンシンダン(英語表記)preimplantation genetic diagnosis

デジタル大辞泉 「着床前診断」の意味・読み・例文・類語

ちゃくしょうぜん‐しんだん〔チヤクシヤウゼン‐〕【着床前診断】

卵子体外受精した受精卵を検査し、遺伝子染色体の異常などを調べること。受精卵診断
[補説]胎児の細胞を検査する出生前診断と違い、妊娠前に診断できるが、生命の選別が行われるとして倫理的に問題視されている。日本産科婦人科学会では、成人までに発病して生命に関わる重い遺伝病に限り、実施の可否を個別に審査している。

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共同通信ニュース用語解説 「着床前診断」の解説

着床前診断

体外受精によってできた受精卵から一部の細胞を取り出し、遺伝子などを調べる検査。重い遺伝性の病気の原因となる遺伝子を引き継いでいない受精卵を子宮に入れて出産につなげる。流産を繰り返す人を対象に、細胞に含まれる染色体の数の過不足を調べて、正常な受精卵を戻す方法もある。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「着床前診断」の意味・わかりやすい解説

着床前診断
ちゃくしょうぜんしんだん
preimplantation genetic diagnosis

子宮に移植する胚(はい)、あるいは体外受精により胚の作成に適した卵子を選択する目的で、受精胚または卵子の遺伝子や染色体に遺伝学的異常がないかを検査・診断すること。略称PGD着床前スクリーニング(preimplantation genetic screening:PGS)との区別から、狭義には、遺伝性疾患を罹患(りかん)あるいは保因しているカップルに対して行われる、当該疾患に関係する遺伝子や染色体の異常の有無に関する検査・診断をさす。

[神里彩子 2019年1月21日]

方法

体外受精で作成した受精胚が4~8細胞に分割した時点(受精後2~3日目)で1~2個の胚細胞(割球)を採取し、これを用いて検査・診断する(割球診断法)。なお、卵母細胞が減数分裂する際に囲卵腔(いらんくう)に放出される極体(第1極体または/および第2極体)を用いる方法(極体診断法)や、診断精度をあげるために受精後5日の胚盤胞の栄養外胚葉から採取した10個程度の胚細胞を用いる方法(胚盤胞診断法)もある。

 これらを用いた遺伝子異常の診断には、nested PCR(polymerase chain reaction)法(ポリメラーゼ連鎖反応法)が一般に用いられている。これは細胞から抽出した微量なDNAを用いて診断するために、必要な遺伝子を増幅するPCRを2回行う方法である。

 また、染色体異常に対しては、従来、間期細胞に対するFISH(fluorescence in situ hybridization)法が用いられてきた。FISH法は、特定の染色体の部位のDNA配列にだけ結合する蛍光色素標識をつけたDNA断片を用いて、蛍光顕微鏡で染色体の異常を識別する方法である。しかし、現在はaCGH法(array comparative genomic hybridization、アレイCGH法とも)による全染色体の構造異常を含めた網羅的解析法へ移行しつつある。aCGH法は、細胞から抽出したDNAと比較対照とする正常なDNAをそれぞれ異なる蛍光色素で標識し、DNAアレイ上に固定化されたDNA断片に対してハイブリダイズhybridize(交雑)を行い、蛍光強度を比較することで全染色体について網羅的に解析する方法である。

[神里彩子 2019年1月21日]

沿革

1970年代末に人の体外受精が世界で初めて成功した。これにより、受精胚を母体の外で存在させることが可能となり、人の受精胚を対象とする発生学研究も進展した。また、1980年代には遺伝子解析技術の進歩とともに疾患原因遺伝子の解明も進んだ。これら生命科学の進展を基盤として、着床前診断法が1990年に誕生する。1990年にイギリスで行われた世界で最初の成功例は、伴性潜性遺伝性疾患(男児の発症率50%)の児をもつ可能性のあるカップルに対して、発症率の低い女児の受精胚を選別する着床前診断であった。その2年後には、単一遺伝性疾患(嚢胞(のうほう)性線維)の着床前診断成功例が報告された。このように、着床前診断は、遺伝性疾患を罹患または保因しているカップルが、遺伝性疾患に罹患した児をもつことを回避するための一手段として登場したのである。

 しかしながら、疾患原因遺伝子の解明、また、遺伝子や染色体の診断技術が進展するにつれ、診断可能な遺伝性疾患の範囲のみならず、着床前診断の利用目的も拡大した。現在は、主として、次の四つの目的での着床前診断が技術的には可能である。すなわち、(1)遺伝性疾患または遺伝性ではない疾患に罹患した児の出生を回避する目的、(2)遺伝学的理由による死産や流産の回避目的、(3)白血病等に罹患した児に骨髄または臍帯(さいたい)血を提供できる、換言すればその児とHLA(human leukocyte antigen、白血球表面抗原)が合致する受精胚を選別する目的、(4)ファミリーバランスをとることなど非医学的理由でいずれかの性別の受精胚を選び出す目的である。なお、染色体の数的異常に対するスクリーニング検査の目的でも着床前診断技術は用いられており、これは着床前スクリーニング(PGS)とよばれている。

[神里彩子 2019年1月21日]

倫理的問題

着床前診断は妊娠成立後に行われる出生前診断と異なり、女性の心身への負担の大きい人工妊娠中絶によることなく、疾患に罹患した児等の出産を回避できる、というメリットがある。しかし、他方で、「適切でない」と判断された受精胚や卵子は廃棄されるため、「着床前診断の対象とされた疾患の罹患者やその家族に対する差別の助長」「生きるに値する/しないという生命の選別」「優生思想」につながりかねないという危惧(きぐ)もある。また、そもそも、診断目的で受精胚を体外で多くつくりだすことや、「適切でない」受精胚の廃棄を前提に受精胚を多くつくりだすことは倫理的に許されるのか、という問題もある。

[神里彩子 2019年1月21日]

諸外国における規制状況

前述のような倫理的問題をはらむことから、着床前診断について公的な規制を設けている国は多い。イギリスでは、重篤な遺伝性疾患に罹患した児の出生を回避する目的、染色体の数的異常による非遺伝性疾患に罹患した児の出生を回避する目的、妊娠率・出産率をあげる目的、レシピエントとHLAが合致する受精胚を選別する目的、での着床前診断の実施が法的に認められている。フランスでは、不治の重篤な遺伝性疾患に罹患した児の出生を回避する目的、そして、レシピエントとHLAが合致する受精胚を選別する目的、での着床前診断の実施が認められている。ドイツスイスオーストリアでは、受精卵の尊厳性を理由として、その廃棄を前提とする着床前診断は禁止されてきた。しかし、ドイツでは2011年に法改正があり、重篤な遺伝性疾患に罹患した児の出生を回避する目的、遺伝学的理由による死産や流産の回避目的での診断が認められるようになった。また、スイス、オーストリアでも、2014年、2015年と相次いで法改正がなされ、厳格な条件の下で着床前診断が認められるようになった。

 一方、アメリカには着床前診断を直接的に規制する連邦法および州法はなく、そのため、幅広い目的で着床前診断が利用されている。

[神里彩子 2019年1月21日]

今後の課題

日本には着床前診断に関する公的規制はなく、日本産科婦人科学会の会告『「着床前診断」に関する見解』が事実上唯一の規制となっている(1998年制定、2006年改定、2010年改定、2018年改定)。同会告では、「重篤な遺伝性疾患児を出産する可能性のある遺伝子変異ならびに染色体異常を保因する場合」および「均衡型染色体構造異常に起因すると考えられる習慣流産反復流産を含む)」の場合に限って着床前診断の実施を認め、その実施にあたっては、同学会に申請し、施設の認可と症例の適用に関する認可を得なければならないとしている。2004年(平成16)7月に初めてデュシェンヌ型筋ジストロフィーについての申請例が承認されて以降、筋強直性ジストロフィー、副腎(じん)白質ジストロフィー、ミトコンドリア遺伝子変異によるリー脳症、オルニチン・トランスカルバミラーゼ(OTC)欠損症、骨形成不全症Ⅱ型、ピルビン酸脱水素酵素欠損症、福山(ふくやま)型先天性筋ジストロフィー等の遺伝性疾患、そして習慣流産(習慣性流産)の均衡型転座保因者についての申請例も承認されている。もっとも、同学会の会員でない医師に前記会告の遵守義務はなく、現に会員でない医師によって着床前診断が相当数実施されている。

 技術的に着床前診断を利用できる範囲・目的は拡大しており、それは今後も続くであろう。前述の倫理的懸念事項に配慮しながら、着床前診断をどこまで許容するかについて社会として判断していくことが必要である。

[神里彩子 2019年1月21日]

『末岡浩・田中守「着床前診断/スクリーニング検査」(『産科と婦人科 第84巻1号』所収・2017・診断と治療社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「着床前診断」の意味・わかりやすい解説

着床前診断
ちゃくしょうぜんしんだん
preimplantation genetic diagnosis; PGD

体外受精で得られた(受精卵)の遺伝子染色体を,胚を母体に戻して着床させる前に調べ,遺伝病の有無などをみる検査。受精卵診断とも呼ばれる。胎児の段階で行なわれる出生前診断のさらに前段階で実施される。4細胞,8細胞に細胞分裂した胚の割球の一つを取り出してそのデオキシリボ核酸 DNAを検査し,遺伝病のおそれがないと診断された胚を母体に戻して着床させる。1989年イギリスで初めて実施された。胚の遺伝子の検査には,目的とする遺伝子を増幅して診断する PCR法と,DNAを抽出することなく対象の遺伝子を蛍光発色させて染色体の構造を診断する FISH法(FISH; fluorescence in situ hybridization)がおもに用いられる。日本には着床前診断に関する法的規制はなく,1998年に日本産科婦人科学会が発表した会告「『着床前診断』に関する見解」に基づき自主管理されている。会告は,着床前診断の実施にあたっては学会へ申請し許可を得なければならないとし,重篤な遺伝病もしくは均衡型染色体構造異常による習慣流産の可能性がある場合のみを対象と規定している。2004年,デュシェンヌ型筋ジストロフィー(→進行性筋萎縮症)を対象とした慶應義塾大学の臨床応用の申請が日本産科婦人科学会に初めて承認された。遺伝病のおそれから出産を断念していた人々にとっては希望が開け,出生前診断の結果による人工妊娠中絶と比較すれば母体を保護できること,流産多胎を回避できることなどを利点とする見方があるが,一方で障害者の排除や男女の産み分けなど「命の選別」につながるという倫理上の批判もある。

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百科事典マイペディア 「着床前診断」の意味・わかりやすい解説

着床前診断【ちゃくしょうまえしんだん】

生まれてくる子どもの遺伝病の有無を調べるために,体外受精卵の段階で遺伝子を検査すること。受精卵診断ともいう。1989年に英国のハマースミス病院で初めて成功した。 受精卵が4個または8個に細胞分裂した段階で,1個だけ細胞を取り出して調べる。病気があればそれを母体に入れなければよい。出生前診断と違って中絶しないですむので,身体の負担がないというメリットがある。一方で,診断の過程で受精卵を傷つける恐れや,診断によって数十種類の疾患が判定可能だがその精度は100%ではない,といった問題もある。 1998年6月,日本産科婦人科学会(会長・佐藤和雄日大教授)は重い遺伝病に限って,学会への事前申請などの条件づきで着床前診断を承認することを決めた。これに先立って,1993年に鹿児島大学医学部産婦人科が学内倫理委員会に承認申請をしていたが,障害者団体が反対したため,学会の判断にゆだねていた。現在では,鹿児島大のほか慶応義塾大学,東邦大学でも準備を進めている。
→関連項目ダウン症候群

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知恵蔵 「着床前診断」の解説

着床前診断

生まれてくる子供に重い遺伝病や染色体異常があるかどうかを調べるため、体外受精をして、染色体あるいは遺伝子の検査を行うこと。受精卵診断。体外受精させた胚を4〜8細胞期まで発育させ、1〜2個の割球を採取する胚生検を行い、染色体や遺伝子の異常の有無を検出する。出生前診断が、妊娠してから、つまり胎児の段階で遺伝病の有無を検査するのに対し、より前段階の妊娠成立前に体外受精技術を使って検査する点が大きく異なる。体外受精の一環として実施でき、人工妊娠中絶の負担がない。日本産科婦人科学会は1998年6月、原則として重篤な遺伝性疾患の遺伝子診断に対してのみ条件付きでPGDを認めることを決め、2006年8月現在までにデュシェンヌ型筋ジストロフィーの数例及び筋強直性ジストロフィーの1例が申請され、承認された。なお、現在学会は両親のどちらかが相互転座型の染色体異常を持つ習慣性流産症例にPGDを容認するか審議中である。PGDに対しては、「障害の有無による命の選別だ」という生命倫理上の批判や、親が望む性質を備えたデザイナーベビーにつながるという懸念なども出ている。

(安達知子 愛育病院産婦人科部長 / 2007年)


着床前診断

受精卵診断」のページをご覧ください。

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