知的機能障害(認知症)

内科学 第10版 「知的機能障害(認知症)」の解説

知的機能障害(認知症)(おもな神経症候)

概念・診断基準
 医学用語のdementiaの訳語としては“痴呆”が使用されていたが,2004年以降は,行政用語,介護用語,医学用語の順に“認知症”に置き換えられた.認知症とは,いったんは正常に発達した知能が,後天的な脳疾患(全身疾患や外因による二次的脳機能障害を含む)によって,社会生活や職業の遂行が困難なレベルにまで低下し,一定期間以上持続する病態である.一方,精神発達遅滞(mental retardation)は,先天性あるいは乳幼児期の脳疾患が原因で,知能発達が遅滞して正常域に達しない状態を意味する.認知症の代表的な診断基準として,WHOの国際疾患分類ICD-10(表15-3-1)と米国精神医学会のDSM-Ⅳ(表15-3-2)を掲げる.
分類
 認知症の原因疾患は病理組織学的所見に基づいて診断される.認知症の圧倒的多数を占めるのは,脳の器質性病変によるものであり,臨床症状を特徴づけるのは,疾患の原因と脳病変の分布である.そこで,実際の診療場面では,臨床症状の特徴と画像所見に注目し,主病変が大脳皮質にあるか(皮質性認知症),それとも皮質下構造(基底核,視床,脳幹諸核,あるいは大脳白質)にあるか(皮質下性認知症)に分けて,原因疾患を鑑別していく分類が実用的である(Mendezら,2003).ただし,病理解剖学的には両方の構造が障害されるので,臨床的にも両者の症状が出現する.
1)皮質性認知症(cortical dementia):
大脳皮質に主病変を有する認知症であり,変性疾患ではAlzheimer型認知症,Pick病と前頭側頭型認知症,Lewy小体型認知症などがある.初期には精神症状が前景に立ち,神経症状は欠如するかきわめて軽微である.精神症状は原因疾患ならびに障害される脳葉の部位によって異なるが,記憶,判断・実行機能,人格や惑情,意欲や抑制力,言語・行為,認知などの高次機能のいくつかが,早期から高度に障害される.進行につれて,筋強剛や無動のような神経症状が目立つようになり,最終的には無動性無言症(akinetic mutism)に陥る.Alzheimer型認知症では早期から高度の記億障害が出現する.前頭側頭型認知症では,性格変化,脱抑制・反社会的行為や意欲低下が目立つ前頭葉型と,優位半球病変による言語機能障害が目立つ側頭葉型が区別される.Lewy小体型認知症では,記憶障害が目立たない早期から,症状の変動性と明瞭な幻視が出現し,進行につれてパーキンソニズムを伴うことが多い.
 脳葉型皮質下出血を起こすアミロイド血管症や,皮質型Creutzfeldt-Jakob病も,皮質性認知症状を呈する.
2)皮質下性認知症(subcortical dementia):
 皮質下核(基底核,視床など)に主病変を有する中枢神経変性疾患(進行性核上性麻痺,Parkinson病Huntington病大脳皮質基底核変性症など)に随伴する認知症である.中核症状は思考や実行機能の緩慢(bradyphrenia)と意欲低下で,記憶障害や人格変化は軽度である.それぞれの疾患に特有の運動機能障害(筋緊張異常,Parkinson症状や舞踏運動)を伴う.
 血管性認知症では,Binswanger型皮質下白質脳症や多発梗塞は大脳白質が広範に傷害される病態であるので,皮質下性認知症症状が出現する.多発性硬化症,進行性多巣性白質脳症,特発性水頭症による認知症は,精神運動緩慢,意欲低下などを特徴とする皮質下性認知症症状が出現する.
臨床症状
 認知症の中核的症状は,記憶障害,前頭葉障害(注意障害,意欲低下や脱抑制,性格変化),言語障害,構成障害,認知・視空間障害のような大脳皮質病変を反映した高次機能障害,見当識障害(時間,場所,人物認識)などである(Ropperら,2009)(各項目については別項に詳述されている).
1)記憶障害(memory impairment):
認知症の中核症状の1つである.Alzheimer型認知症では,記憶障害は初発症状で,近時記憶,特に個人の体験であるエピソード記憶がきわめて高度に障害される.時間や場所の見当識障害も記憶障害に関連している.対照的に,一般的知識である意味記憶や体で覚えた手続き記憶は比較的よく保たれる.前頭側頭型認知症では,記憶障害は比較的軽い.
2)失語(aphasia):
Alzheimer型認知症では,発話量と流暢性は保たれるが,記憶障害による失名辞(anomia)のために健忘失語が出現する.前頭側頭型認知症には,早期から言語の障害が目立つものがあり,運動性失語が目立つ病型と,感覚性失語あるいは語義性失語が目立つ病型とがある.
3)失行(apraxia):
行為の障害で, 頭頂葉機能である図形模写や積み木,衣服の着脱,道具の適切な使用が障害されるので,日常生活動作に大きな支障が出てくる.
4)失認(agnosia):
認知・同定の障害で,右半球病変による症状である.地誌的失認,視空間失認,病態失認(自らの病気を認識しない),相貌失認(周知の顔の人物がわからない)などがある.
5)実行機能の障害(disturbance of executive functioning):
企画,立案,組織化,実行機能の低下である.
6)注意(attention)と意欲の障害:
前頭葉を含む広範脳障害による症状で,あらゆる認知症に共通してみられるが,Lewy小体型認知症,前頭側頭型認知症,皮質下性認知症に顕著である.
7)行動異常:
周囲への無関心・無視と独善的行動,反社会的行動,抑制欠如などは,前頭側頭型認知症に出現することが多い.
8)人格,思考,感情の障害:
人格変化(頑なさ,自己中心的,猪疑心,怒りっぽさ,感情鈍麻や無感動・無関心,病識欠如,多幸など)で,皮質性認知症によくみられる.認知症と鑑別すべき病態・症状
1)譫妄(delirium):
脳疾患,全身疾患や外因性物質などが原因で出現する一過性急性の脳症で,意識の混濁や変容によって,周囲に対する認識の明瞭性が減退し,注意の集中,持続,移行の能力も減退する.近時記憶と見当識は障害され,睡眠障害や興奮を伴い,幻覚や妄想も出現する.急激に発症し症状は変動性のことが多い.Lewy小体型認知症に出現しやすい.
2)うつ病の偽認知症(pseudodementia):
反応緩慢,忘れっぽさ,見当識障害,注意障害,抽象能力や状況把握能力の障害などの症状は,見かけ上は認知症に似る.抑うつ,罪悪感,恥辱感,自己非難感を伴うことが多い.
3)高齢者の良性健忘症(benign forgetfulness):
加齢に伴う記憶障害では,記銘(憶える)と想起(思い出す)の低下が顕著であるが,記憶以外の認知機能は障害されず,通常の社会生活や職業生活は自立している.この中の一部は,次の軽度認知障害に移行する.
4)軽度認知障害(mild cognitive impairment:MCI):
 自覚的にも他覚的にも記憶障害だけが高度で,ほかの認知機能障害を欠き,自立生活が可能なレベルにあるもので,認知症の基準は満たしていない状態を指す.一定の割合(1年に15~20%)がAlzheimer型認知症へと進行するので,認知症の初期症状と考えられている.
5)全般的認知践能障害を伴わない大脳高次機能障害:
 失語,失行,失認などの大脳局所症状のみで,ほかの認知機能(記憶,意欲,実行機能など)が保持されている場合には,認知症には含めない.認知症の初期症状のこともある.
診断・原因疾患の鑑別診断
 まず,認知機躯障害が認知症かその他の病態かを鑑別する.認知症であるなら各論にある原因疾患(表 15-3-3)の鑑別を進める(Mendezら,2003;葛原,2006).[葛原茂樹]
■文献
葛原茂樹:痴呆の診かた(pp 42-50),痴呆を主徴とする疾患(pp 225-241).臨床神経内科学,改訂5版(平山恵造監修),南山堂,東京,2006.
Mendez MR, Cummings JL: Dementia: A Clinical Approach, pp 1-65, Butterworth-Heinemann, Boston, 2003.Ropper AH, Samuels MA: Adams and Victor’s Principles of Neurology, 9th ed, pp 410-429, McGraw-Hill, New York, 2009.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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