最新 心理学事典「知能」の解説
ちのう
知能
intelligence
【知能検査の開発】 知能に個人差があるということは,2000年以上前のプラトンPlatonが『国家』において知能の個人差が社会的・政治的秩序の規定因になることを述べているように,古くから知られていたものと考えられるが,知能の本質が科学的研究の対象となるのは19世紀以後であった。とくに生物学と統計学における人間の個人差を進化と遺伝に帰する考え方に関心がもたれるようになった。しかし今日用いられている知能の概念は,ビネーBinet,A.とシモンSimon,T.の1905年の画期的な研究まで待たなければならなかった。
イギリスにおいてゴールトンGolton,F.は,いとこのダーウィンDarwin,C.の進化論に興味をもち,その理論に基づいて個人差の科学的研究,とくに知能の個人差の研究に着手した。そして心理学の研究法として統計的方法を用いることや,相関の方法を考案した。ゴールトンは知能の測定結果が正規分布することを予測していた。そして知能は多くの属性や能力の関数だと考え,さまざまな人体計測や精神測定が行なえる方法の開発に取り組んだが,有効な知能測定の検査を作ることはできなかった。また,アメリカではキャッテルCattell,J.M.が個人差への関心から,メンタル・テストという用語を用いて初めて知能を測定しようとした。そして,50項目からなるテストを考案したが,それらの大部分は,たとえば,皮膚上の二点弁別や,10秒間の長さの判断など感覚的弁別能力に関するものであった。このキャッテルの試みも,ゴールトン同様,有効な知能測定の検査を作るには至らなかった。
【ビネー式知能検査Binet's intelligence scale】 実用的な知能検査を最初に考案した人物は,フランスのビネーであった。ビネーは,1890年までにゴールトンやキャッテルが用いた測定法では,子どもの反応がおとなと変わらないことを見いだした。そして,推理,判断,記憶,抽象力といった複雑な知能を測定する必要があり,それらが年齢と関連した現象であることを示した。マタラッゾMatarazzo,J.E.(1972)によると,ビネーはこの後の10年間で知能を人間の全体的なパフォーマンスの一特性であり,子どもの場合においても判断や推理という複雑な働きを必要とする設問で判定できる単一の特性であると考えるようになった。1904年パリ市の教育当局が,ビネーに特別支援学校や学級のような場で教育することが効果的な知的障害児を選び出す方法の考案について依頼した。ビネーとシモンは1905年,判断,理解,推理という複雑な精神機能を測定する30項目の問題を困難度順に並べた事実上最初の知能検査を発表した。1908年に3歳から13歳までの年齢段階に割り当てられた58の問題項目の尺度に改訂され,精神年齢mental age(MA)という概念が初めて用いられることとなった。問題の通過率によりどの年齢段階に相当するかという精神年齢を決定し,知能を表わすものとしたのである。1911年にさらに改訂が行なわれ,3歳から15歳までの年齢段階ごとに5問の問題からなる尺度に改められ,さらに成人用5問が付け加えられた。このビネーとシモンによる尺度は,瞬く間にヨーロッパ,アメリカにおいて採用され,広く利用されるようになった。
その後,1916年にアメリカにおいてターマンTerman,L.M.が,シュテルンStern,W.(1912)の示唆に基づいて知能指数を用いた初めてのスタンフォード-ビネー知能検査Stanford-Binet intelligence scaleを作った。知能指数intelligence quotient(IQ)は,ビネーの考案した精神年齢を生活年齢(暦年齢)chlonological age(CA)により割ったものを100倍したものであり,比率IQといわれる。ターマンは,ビネーと同様,知能をさまざまな知的機能の複合体ととらえ,抽象的に思考する能力において最もよく現われるものと考えた。さらに重要なことは,知能は学習された行動として現われるものであり,学習と切り離された生得的・生物学的な知能を測定できるという考え方を否定した。その意味で知能は学習により変わるものと考えることが重要である。その後,1937年に第2版,1973年に第3版,1986年に第4版,2003年に第5版と改訂が行なわれてきた。最も大きな改訂は,1986年の第4版であり,それまで使われてきた精神年齢により比率IQを求める方式から,ウェクスラー式知能検査と同じ偏差IQ,すなわち同一年齢の母集団における成績の相対的位置を示す標準得点を求めるものとなった。さらに言語的推理,数量的推理,抽象的視覚的推理,作業記憶の四つの領域の標準得点を求めるための15の下位検査からなるものとなった。
【ウェクスラー式知能検査Wechsler's intelligence scale】 ニューヨーク市のベルビュー精神病院の主任サイコロジストであったウェクスラーWechsler,D.は成人の評価のための知能検査としてビネー式知能検査の不備を補い,診断的価値の高い検査を作ることを意図した。そしてウェクスラー-ベルビュー尺度Wechsler-Bellevue Intelligence Scaleの初版を1939年に発表した。さらに1955年にWAIS(Wechsler Adult Intelligence Scale)として改訂した。またそれより前,1949年に児童用のWISC(Wechsler intelligence scale for children)を発表した。さらにWPPSI(Wechsler preschool and primary scale of intelligence)が1967年に幼児用として作成された。
これらの検査はビネー式知能検査と異なり,比率IQではなく知能偏差値すなわち偏差IQdeviation IQ(DIQ)を求めるものであり,特定の年齢集団の中でどの位置にいるのかを示す値となっている。すなわちその年齢集団の平均を100として,1標準偏差を15とする正規分布として尺度化されているものである。IQ90から109の間にその年齢集団の50%の人が含まれることになる。そして平均から2標準偏差の値となる70より低い値を取る人は2.2%,すなわち知的障害の一つの判断の基準となる値の範囲に入る人は約2.2%いることになる。さらにウェクスラー式知能検査は,知能の発達に影響するものとして言語と非言語の二つの要素を挙げ,言語的要素にかかわる課題を言語性下位検査として設定し,それらの得点合計から言語性IQverbal IQ(VIQ)を求めるものとなっている。また非言語的要素にかかわる課題を動作性下位検査として設定し,それらの得点合計から動作性IQperformance IQ(PIQ)を求めるものとなっている。これは集団式知能検査の開発と関連している。
アメリカの第1次世界大戦への参戦により,多くの兵士を適切な訓練プログラムへ振り分けるために能率的に実施可能な客観的なテストが必要となったため,集団で実施可能な集団式知能検査group intelligence testが求められた。陸軍アルファ式が文字の読み書きができる人のために作られ,一方なんらかの理由で英語の読み書きができない人のために陸軍ベータ式の知能検査が開発された。陸軍アルファ式の課題が言語性の下位検査の開発につながり,また陸軍ベータ式の課題が動作性の下位検査の開発につながった。これらの集団式知能検査は,学校や産業界で広く利用されたが,その利用は必ずしも適切なものではなかった。個別式知能検査としてのビネー式知能検査や,ウェクスラー式知能検査においては集団式の知能検査より,個別の実施により対象者の不安や外的な要因などを配慮し対応でき,またそのことを考慮に入れて結果を解釈することができる。さらにテストの実施ならびに解釈は熟練したサイコロジストによってなされなければならないことを考慮すると,集団式知能検査は不十分なものといえる。
ウェクスラーが成人用,児童用,幼児用に用いた言語性,動作性の下位検査は基本的に同一のものを測定するよう工夫されてきた。それらの下位検査は,平均が10点,1標準偏差が3点である評価点として尺度化されている。その結果,言語性,動作性の各下位検査間の個人内の能力のプロフィールを知ることができ,個人内差を明らかにできるものとなり,単に知能水準を知るだけでなく,障害をもつ人の支援を考える基礎を提供するものとなり,世界的に広く利用されるものとなった。
アメリカにおいては,WAISは,1981年にWAIS-Rとして改訂され,さらに1997年にWAIS-Ⅲへと改訂された。このWAIS-Ⅲにおいて従来の言語性IQ,動作性IQだけでなく,新しい下位検査を加え,因子分析に基づく下位検査のまとまりから,言語理解,作業記憶,知覚統合,処理速度という群指数を求めるという大きな改訂が行なわれた。さらに,2008年WAIS-Ⅳへと改訂され,下位検査の内容も大きく変更され,全検査IQと言語理解verbal comprehension,知覚推理perceptual reasoning,作業記憶working memory,処理速度processing speedという指標得点index scoreを求めるものとなった。また,児童用のWISCも1974年にWISC-R,さらに1991年にWISC-Ⅲとして改訂され,2003年にWISC-Ⅳとして大改訂がなされ,上述のWAIS-Ⅳと同様の改訂が行なわれた。この結果,ウェクスラー式知能検査は,四つの指標得点と全検査IQを求めるものとなり,現在の知能理論に基づいて改訂がなされたものといえる。
【日本において利用可能な知能検査】 現在日本において利用可能な,ビネー式知能検査は,鈴木-ビネー知能検査と田中-ビネー知能検査,京都児童院式発達検査である。最も新しいものは田中-ビネー知能検査Ⅴ(2003)であり,従来のビネー式知能検査と同様2歳から13歳までは,精神年齢を用いた比率IQを求めるが,14歳以上は知能を四つの領域(結晶性,流動性,記憶,論理推理)に分け,領域別の偏差知能指数と総合偏差知能指数を求めるものとなっている。また2歳から13歳でも,各年齢水準での偏差知能指数を求めることができる。知能偏差値は平均を100,1標準偏差を16としたものである。
ウェクスラー式知能検査は,WAIS,WISCについてはアメリカでの改訂に合わせ,改訂が行なわれてきており,現在利用可能なものは,日本版WAIS-Ⅲ(2006)と日本版WISC-Ⅳ(2010)である。またWPPSIについては,アメリカにおいてはWPPSI-Ⅲと改訂が重ねられてきたが,日本では改訂が行なわれてきておらず,現在WPPSI-Ⅲの標準化実験が行なわれている段階である。
その他の知能検査として利用可能なものは,文化差に影響されない知能検査として知られているレーブン・色彩マトリクス検査Raven's colored progressive matrices test(RCPM)がある。日本版CPMは杉下守弘らにより1993年に出版された。これは,非言語性の推理能力を問う課題を用いて知的能力の水準を評価しようとするものである。
【計量心理学における知能の理論】 計量心理学psychometricsは,感覚や知能,性格や趣好などのように,直接観察できない心理学的構成概念を測定する心理学の一分野であり,心理学的測定法ともよばれる。計量心理学における知能の理論は,知能の種類がいくつあるのかという議論を中心に発展してきた。方法としては,課題成績間に見られる相関の分析を根拠としている。すなわち,二つの課題成績の相関が高いほど,より多くの能力が両課題の解決に共通に関与していることを意味すると考えるのである。また,因子分析factor analysisという多変量解析技法を用いることにより,多くの課題間の相関を一度に分析し,相関の高い課題のグループを見いだすことが容易になる。グループに属する課題では,その解決に共通の能力が関与していると考えるのである。それゆえ,知能の理論は因子分析とともに発展してきた。
まず,スピアマンSpearman,C.E.(1904)は,教科の成績などの相関を検討した結果,それらに共通する一つの能力因子の存在を提唱した。この因子は,個人の全般的な能力水準を示すと考えられることから,一般知能general intelligenceと名づけられた。その頭文字を取ってg因子g factor,あるいは一般知能因子g general intelligence factor gとよばれることもある。この因子は,知能の因子分析研究において繰り返し再現される頑健な因子であり,今日でも多くの理論に取り入れられている。また今日では,知能検査における知能指数の理論的根拠とされている。なお,スピアマンはg因子のほかに,それぞれの教科に固有の特殊因子(s因子)を報告しており,それゆえ二因子説とよばれることもある。
一方,サーストンThurstone,L.L.(1938),およびサーストン,L.L.とサーストン,T.G.(1941)は,スピアマンが扱った課題よりはるかに多い57種の課題について因子分析研究を行なった。その結果,七つの知能因子が抽出されたことから,知能はg因子一つだけでなく,複数の種類が存在すると考え,多因子説multiple-factor theoryを唱えた。
その後,コンピュータの発達とともに,因子分析において扱うことが可能な課題の数も増大した。知能はその定義と範囲が明確でないことから,範囲を拡張し課題を増やすことにより,因子の数も増えることになる。その究極としてギルフォードGuilford,J.P.(1967)による知性の構造モデルstructure-of-intellect model(SOIモデル)が登場した。この理論では,多数の知能因子を整理するために,三つの次元を想定した。すなわち,内容,所産,操作である。内容次元は図的,シンボル的,意味的,行動的の4種類(後に5種類),所産は単位,クラス,関係,体系,変換,含意の6種類,操作次元は評価,収束的思考,拡散的思考,記憶,認知の5種類があると考えた。つまり,知能には4×6×5=120(後に150)の因子があることになる。たとえば,図同士の関係を評価する知能の因子,シンボルの体系を記憶する知能の因子などが存在するというのである。ギルフォード自身はすべての因子の実在を証明しようとしたが,因子分析はその性質から,分析する課題の組み合わせや対象者が変わると,一部の因子は再現されない可能性があり,実際いくつかの因子は追試できなかった。結局ギルフォードの理論は,今日では実践的にも理論的にもあまり顧みられなくなっている。
ギルフォードとは別の視点で知能因子の整理を試みたのがキャッテルCattell,R.B.(1941)である。彼は知能因子の階層性を想定した。すなわち,一般知能因子gの下位分類として,流動性一般能力,結晶性一般能力の二つが存在すると考えた。前者は流動性知能fluid intelligence,あるいは流動性能力fluid abilityともよばれ,しばしばGfという略記号で表現される。新奇な状況に適応する際に必要となる能力であり,生理的成熟に関係しており,成人期以降は減退すると考えられている。一方,後者は結晶性知能crystallized intelligence,あるいは結晶性能力crystallized abilityともよばれ,しばしばGcと略記される。学習によって得られた知識,習慣,判断力などであり,教育や文化の影響を強く受け,成人後も成長が続くと考えられている。キャッテルはホーンHorn,J.L.とともに縦断的な実証研究を行ない,流動性知能,結晶性知能の再現性,および発達的変化を明らかにした。その後,ホーン(1965,1968)は,上記の二因子に視知覚処理,短期記憶,長期記憶,処理速度,聴覚処理の五因子を追加した。
さらにキャロルCarroll,J.(1993)は,キャッテルとホーンによる知能因子理論を,三つの層に分類して整理した。すなわち,第Ⅲ層には一般知能因子gが位置づけられている。第Ⅱ層には16種類の広域能力broad abilityが位置づけられており,結晶性知能や流動性知能はここに含まれている。第Ⅰ層には,さらに細分化された領域固有の能力narrow abilityが位置づけられている。たとえば,第Ⅱ層である流動性知能(Gf)の下位能力としては,帰納的推理,量的推理,推理速度などが第Ⅰ層に位置づけられている。同様に,結晶性能力(Gc)の下位能力には,語彙知識,一般知識,文化の知識,一般的科学的知識,コミュニケーション能力などがある。第Ⅱ層に属する他の能力としては,量的知識(Gq),読み書き(Grw),短期記憶(Gsm),視覚処理(Gv),長期記憶(Glr),処理速度(Gs),決断-反応速度(Gt)などがある。この理論は,キャッテル,ホーン,キャロルの頭文字を取ってCHC理論CHC theoryとよばれており,g因子と多因子説を統合するもので,知能の因子分析研究の集大成である。今日知能検査を作成ないし改訂する際には,この理論が必ず考慮されるようになっている。
【計量心理学以外の知能の理論】 因子分析研究を行なうためには,なんらかの検査課題ないしアンケートに回答するかたちで能力が測定できることが前提となる。そのため,因子分析を根拠とする知能理論は,学業知能academic intelligenceを中心に扱ってきた。これに対し,既存の知能検査法では測定できない知能の領域を追究した理論も存在する。
ガードナーGardner,H.(1983,1999)は多重知能理論theory of multiple intelligencesを提唱した。彼は知能を直接見たり数えたりできない潜在能力であると考え,また,測定になじまない領域にまで,知能の範囲を拡張しようとした。1999年の時点で彼が提唱していた知能の種類は八つである。すなわち,言語知能,論理-数学知能,音楽知能,空間知能,身体運動知能,人間関係知能,個人内知能,博物学知能である。因子分析研究によらないとすれば,これらの知能は別の基準によって選択されなければならない。そこで彼は八つの基準を考えた。すなわち,①脳損傷研究において,他の機能との独立性が証明されている。②進化心理学において進化的妥当性が示されている。③その知能の中核的構成要素となるモジュール的な情報処理過程が存在する。④独自のシンボル体系をもつ。⑤固有の発達過程が存在する。⑥その知能だけを特異に発達させた天才やサバンが存在する。⑦他の知能と容易に並行処理できるという実験心理学的証拠がある。⑧仮に検査で測定した場合,他の知能と弱い相関が見られる。ガードナーの考え方は理論的考察が中心となっており,実証性に乏しいという批判がある。
スタンバーグSternberg,R.J.(1985)もまた,既存の理論が顧みなかった知能の領域を追究し,包括的な理論を提唱した。彼の理論は知能の鼎立理論triarchic theory of intelligenceとよばれ,成分理論componential subtheory,経験理論experiential subtheory,文脈理論contextual subtheoryという三つの柱で構成されている。また,これらはそれぞれ分析的知能analytical intelligence,創造的知能creative intelligence,実用的知能practical intelligenceに対応づけられている。成分理論とは,知的行動の基礎となる情報処理過程を明らかにするもので,分析的知能の理論とされており,三つの成分で構成されている。すなわち,①情報処理のコントロール,モニター,および評価にかかわるメタ成分,②メタ成分によって生成された方略に従い,推論や比較などの情報処理を実行するパフォーマンス成分,③情報の符号化や合成,比較など,学習や記憶貯蔵にかかわる知識獲得成分である。分析的知能は,伝統的な知能検査や学力テストで測定され得る能力と考えられるが,メタ成分は従来の研究には含まれていない新しい視点である。次に,経験理論とは,新しい課題を効率的に遂行する能力に関する理論であり,創造的知能の理論と位置づけられている。これには,新奇の事態に対応する能力,および,処理を自動化する能力が含まれる。最後に,文脈理論とは,成分理論における3成分を現実世界に応用する過程に関する理論であり,それゆえ実用的知能の理論と考えられている。文化に適応する能力,自分の能力や興味に合った環境を選択する能力,および,環境を改変して自分に適合させる能力が含まれる。スタンバーグの理論は情報処理アプローチであり,課題解決における情報処理過程や,その訓練による変容,実生活での運用など,因子分析研究が扱ってこなかった点に注目した。実証的研究も多数あり,実践的示唆に富む理論である。
【知能に関するその他の基礎研究】 知能検査で得点からIQを算出するための換算表は,数年ごとに改訂される。フリンFlynn,J.R.(1984)は代表的知能検査における新旧の換算表を比較し,IQが年換算で0.3点ずつ上昇する現象を見いだした。この現象は,程度の差こそあれ調査対象となった欧米14ヵ国すべてで見られ,レーブン・マトリクス検査のような流動性知能の検査でとくに顕著であり,算数や知識のような結晶性知能の検査では上昇は少なかった(Flynn,1987,2003)。フリン自身はこの現象を社会文化的要因の影響と考えているようであるが,栄養状態の改善によるとする意見もあり,真の原因は明らかではない。この現象は,報告者にちなんでフリン現象Flynn effectとよばれている。
欧米では知能の人種間差がしばしば研究対象となる。知能検査の結果を人種間で比較すると,その平均値にはたしかにしばしば差が現われる。行動遺伝学behavioral geneticsによれば知能は遺伝率が高いことから,環境や教育の整備にかかわらずこの知能の人種間差は永続するという議論がなされることがある。しかし,この議論はしばしば遺伝率の誤解に基づいている。また,知能は社会文化的要因の影響を受け得るものであり,人種間に見られる差も,実際には社会文化的な差でかなり説明できるという主張もある。
知能の性差sex differenceもまた,しばしば研究対象となる。最近の研究をまとめると,視覚的ワーキングメモリを使用してイメージを操作する能力では男子が優れており,一方,長期記憶から音韻的あるいは意味的情報をすばやく取り出す能力や言語の獲得・使用については女子が優れているという。ただし,知能検査におけるIQなどの総合得点については,最近では意図的に性差が現われないように作られることも多い。 →遺伝 →感情知能
〔大六 一志・前川 久男〕
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