砂子田村(読み)すなごだむら

日本歴史地名大系 「砂子田村」の解説

砂子田村
すなごだむら

[現在地名]藤沢町砂子田

増沢ますざわ村の東、新沼にいぬま村の北にある。西方を南に砂子田川、南方徳田とくだ川が西流し、西端関田せきたで合流する。沙子田すなごだ村とも記される。天正七年(一五七九)三月二八日の葛西晴信知行宛行状写(大谷小野寺文書)に「岩井郡砂子田邑」とみえ、富沢日向守の反乱鎮圧の軍功により、同地のうち三千刈が小野寺五郎左衛門に宛行われた。寛永一九年(一六四二)の砂子田村検地帳(県立図書館蔵)によれば、田方三〇町二反余・代三五貫五五九文、畑方四二町九反余・代九貫八六三文(うち屋敷三町三反余・代一貫三七文)、茶畑四畝余・代八八文、名請人数二五。


砂子田村
すなごだむら

[現在地名]婦中町砂子田

神通川中流左岸井田いだ川中流右岸の間に位置し、東は板倉いたくら村、西はふくろ村。袋村の枝村。地名は神通川・井田川氾濫による砂混じりの川原田に由来する(婦負郡志)正保郷帳では高四九四石余、田方三二町八反余・畑方一反余、新田高四四石余。享保六年(一七二一)の高六九三石(「村付高改帳」島倉家文書)。寛政二年(一七九〇)の古高六九三石・定免三ツ五歩、新田高一石余・平均免一ツ四歩余、銀納林一九七歩・代銀一匁九分七厘があり、小物成は鮭川役一七匁五分・鮎川役一八匁九分三厘・鱒川役一匁・河原役四分二厘・柳差役二四匁(高物成品々手鏡)。文政八年(一八二五)には宮川組に属した。


砂子田村
すなごだむら

[現在地名]平鹿町砂子田すなごた

東は浅舞あさまい枝郷豊前谷地ぶぜんやち村、西は東里とうさと(現雄物川町)、北は西石塚にしいしづか(現雄物川町)、南は樽見内たるみない村に接する。

享保一五年(一七三〇)の「六郡郡邑記」に村名がみえ、枝郷として下谷地しもやち村・なか村・治兵衛じへえ村がある。


砂子田村
すなごだむら

[現在地名]福井市砂子田町

九頭竜くずりゆう川下流域の左岸にある。永正三年(一五〇六)から享禄年間(一五二八―三二)の本覚寺末寺帳(本願寺文書)に「スナコタ 徳勝寺」とある。同寺はのち福井城下に移り、了勝りようしよう寺と改号

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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