研究資源(読み)けんきゅうしげん

大学事典 「研究資源」の解説

研究資源
けんきゅうしげん

研究を遂行するにあたって利用可能なものすべてを指す。ここでは,研究者全体にとって共通の価値がある施設,組織のほか,学術雑誌データベースなどを研究資源とする。

[学術雑誌]

研究結果を載せるために定期的に刊行される学術雑誌は,研究結果を発表する媒体であり,それは世界で現在どのような研究が行われているかを知るだけではなく,これまでどのような研究が行われてきたかを知る手段でもある。これまで学術雑誌は伝統的に紙(印刷)媒体であったが,1990年代後半から電子版(電子ジャーナル)が登場するようになった。たとえば,世界最大規模の会員数を有し,化学だけではなく,物理学生物学にもまたがる分野の雑誌を発行しているアメリカ化学会は,1996年に初めて電子版を掲載し,99年にオンラインでの初めての投稿を受け付けた。印刷媒体のそれも残っているが,現在主要学術誌はほとんど電子化され,データベース化されているので,ウェブ上で検索することによって,直接あるいは抄録(論文内容の要約)を載せたデータベースを経由して,比較的短時間のうちに,自分で参照したい論文を探し出すことができる。

 学術雑誌は,アメリカ化学会や日本物理学会など学協会によって発行されているものと,商業出版社によって発行されているものがあり,多くの場合,定期購読も特定の論文の閲覧も有料である。印刷媒体の,また電子化され,データベース化された学術雑誌(論文)あるいはその抄録誌は,各大学がそれを管理する学協会や出版社から購入するが,データベースの商業出版社による寡占化も進んでおり,数百から数千誌の学術雑誌あるいはその抄録を収録したデータベース(電子版)は1パッケージで年間数千万円から数億円の経費を必要とするものもある。その結果,大学の規模や性格によってはこれに十分にはアクセスできない状況,すなわち研究者によって,学術雑誌を見ることができない状況が生じており,学問・研究を進める上での権利と自由の観点からも由々しき問題となっている。

[論文検索用データベース]

特定の学術雑誌やそこに記載されている研究内容にアクセスするために,分野ごとに検索機能を持つデータベースが用意されている。人文学では「LLBA: Linguistics and Language Behavior Abstracts」(言語学・言語行動),社会科学では「Worldwide Political Science Abstracts」(政治学・政策),自然科学では,化学系の「Chemical Abstracts」,生物・医学関係の「MEDLINE」などがある。これらは論文内容を要約した抄録のデータベースである。また,個別の論文を直接入手できるものとして自然科学,生命科学,医療科学,そして社会科学・人文学を包括する「ScienceDirect」や,アメリカ化学会が維持管理する化学およびその関連雑誌のデータベースなどがよく知られている。

 アメリカ化学会の一部門であるCAS(Chemical Abstracts Service)が発行している「Chemical Abstracts」は,学術的な文献(抄録)データベースとしては世界で最も大きなものの一つで,1808年発表資料の収録以来,3600万以上の収録件数がある。学術雑誌の論文,特許情報,化学物質に関する情報を網羅しており,現在はSciFinder(サイファインダー)と呼ばれる検索手段によりウェブ上で利用できる。MEDLINEはMEDLARS(Medical Literature Analysis and Retrieval System: 医学文献分析検索システム)のオンライン版で,アメリカのNIH(アメリカ)(国立衛生研究所(アメリカ))の一機関であり,世界最大の生物医学系図書館である国立医学図書館(アメリカ)(National Library of Medicine(アメリカ))による生物医学系の論文に関するデータベースである。2016年現在,世界各国で発行された約40の言語で書かれた5600種類の学術雑誌を網羅している。MEDLINEへのアクセスはPubMedというオンライン検索システム(無料)を利用する。

 日本で開発されたデータベースには,国立情報学研究所(National Institute of Informatics)によるCiNii(NII学術情報ナビゲータ[サイニィ])と,科学技術振興機構(Japan Science and Technology Agency: JST)が構築したJ-STAGE(Japan Science and Technology Agency Information Aggregator, Electronic; 科学技術情報発信・流通総合システム)がある。CiNiiでは,「CiNii Articles―日本の論文をさがす」によって,日本で出版された学協会刊行物・大学研究紀要・国立国会図書館の雑誌記事索引データベースなどの学術論文情報を,「CiNii Books―大学図書館の本をさがす」から,全国の大学図書館等が所蔵する本(図書・雑誌)の情報を,また「CiNii Dissertations―日本の博士論文をさがす」を通して,国内の大学および大学評価・学位授与機構(現,大学改革支援・学位授与機構)が授与した博士論文の情報の検索ができる。一方,J-STAGEでは,科学・技術,工学,生命科学分野を中心に2000誌以上の学術論文のほか,200以上の会議論文・要旨集,研究報告・技術報告などの検索が可能である。海外の他サイトにもリンクされているので,J-STAGEにある論文やその引用文献から,PubMedなどの論文抄録情報にアクセスすることも可能となっている。また,大学図書館の蔵書は大学間相互利用(ILL)によって現物貸借ができる。学術雑誌の当該論文(文献)の複写も同様である。

[共同利用研究施設・機関]

個別大学で対応できない高額な,あるいは特殊な装置を使った実験や共同研究などを行うには,国内的には自然科学研究機構,高エネルギー加速器研究機構,情報・システム研究機構(文部科学省所管)などの大学共同利用機関(日本)が,国外では欧米の大学あるいは国際共同利用機関の研究施設が利用できる。たとえば,分子科学研究所(大学共同利用機関法人自然科学研究機構の一機関)には極端紫外光研究施設(日本)(UVSOR(日本))という高輝度放射光(シンクロトロン光)発生装置があり,国内大学等研究者の研究資源として,物質科学の共同研究に利用されている。

 国際共同研究が可能な物質や宇宙を研究する大型研究装置を備えた代表的な物理学の研究機関としては,スイスのジュネーヴ近郊にあるCERN(セルン,European Organization for Nuclear Research: 欧州原子核研究機構)やアメリカのイリノイ州バタヴィアにあるフェルミ国立加速器研究所(Fermi National Accelerator Laboratory)がある。CERNはヨーロッパ21ヵ国の共同出資により運営されている。フェルミ研究所はアメリカのエネルギー省により設置され,シカゴ大学を中心とする89の研究大学のコンソーシアムが管理している。いずれの施設においても,日本を含む世界の大学から教員と大学院生が国際共同研究グループをつくって研究に参加している。世界各地にある大型天文台も世界の大学の共同利用に供されており,たとえばアメリカ国立光学天文台(National Optical Astronomical Observatory: NOAO)のアリゾナ州キットピーク山にあるWYN望遠鏡(WYN Telescope)はウィスコンシン大学など,アメリカの3大学とNOAOによるコンソーシアムにより運営されている。日本の国立天文台(大学利用機関法人自然科学研究機構の一機関)ハワイ観測所のすばる望遠鏡も国内外の多くの研究者・研究機関に利用されている。

 ウイルスや細菌などによる感染症研究には特別な安全管理と施設が必要であるが,現在最高度の安全管理レベル(バイオセーフティーレベル,biosafety level: BSL)を持つ高度安全(BSL-4)施設がアメリカ,ドイツ,フランス,インドなど,世界各国に52ヵ所以上(2015年8月現在)設置されている。エボラウイルス,ラッサウイルスなどの遺伝子解析などにはこの施設が必要である。日本では国立感染症研究所(日本)がBSL-4施設に指定されている。2016年現在,日本の大学にBSL-4施設はないが,長崎大学などが設置に向けて準備を進めている。

[研究用試料の提供]

医学・生物系の研究では実験用動植物を利用する。医学・薬学・農学系学部を持つ大学は個別に必要な実験用の動植物を飼育・管理しているが,国内では国立遺伝学研究所(日本)が中心的センターの一つとして,さまざまな遺伝学的系統を持ったマウスやイネなどの動植物やその胚,菌の株などの研究と管理を行い,それらを大学の研究者に必要な実験資源として提供(有償)している。国外ではアメリカのメーン州にあるジャクソン研究所(The Jackson Laboratory)が有名で,遺伝子転換や変異を行ったマウスを世界中の大学や研究機関に提供している。

 以上の研究機関や研究施設は,その使用には研究計画書の提出や契約書の締結などを必要とするが,基本的には国内外のすべての大学の研究者に開かれた施設で,これらの機関や施設を活用して国内外で活発に研究活動が行われている。大学院生がそれに参加すれば,これらの機関・施設が教育機能も果たすことになる。以上に加えて,研究実験に使われる試薬の製造,装置の製作・販売を行う企業と,それを支えるさまざまな社会的基盤,政府系および非営利民間財団およびそこから研究計画の応募・審査を経て大学に所属する研究者に支給される研究費も,研究遂行のための必須の資源と言えよう。
著者: 赤羽良一

参考文献: 日本学術会議科学者委員会学術誌問題検討分科会「提言 学術誌問題の解決に向けて―『包括的学術誌コンソーシアム』の創設」,2010.8.2.

参考文献: 上田修一「学術情報の電子化は何をもたらしたのか」『情報の科学と技術』65巻6号,2015.

参考文献: アメリカ化学会(Chemical Abstracts Service):http://www. cas-japan. jp

参考文献: MEDLINE:https://www. nlm. nih. gov/pubs/factsheets/medline. html

参考文献: //www. ims. ac. jp

参考文献: CERN; https://home. cern

参考文献: 大学共同利用機関法人 自然科学研究機構:http://www. nins. jp

参考文献: 文部科学省「研究施設共用に対する取組」:http://www. mext. go. jp/a_menu/kagaku/shisetsu/index. htm

参考文献: 文部科学省「共同利用・共同研究体制の強化に向けて(審議のまとめ)」:http://www. mext. go. jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu4/010/toushin/1355592. htm

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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