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古代国家 こだいこっか

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

古代国家
こだいこっか

古代家の概念は確定していない。だが人類の政治活動の初期において部族という小共同体が出現し,これが原初的な国家形態をとるにいたったと推測できる。次いでこの小国家は漸次強力な国家へと統一され,ついに古代帝国が出現したとみられる。たとえば日本では多数の小国家は大和国家に併合され,やがて律令制国家へと発展した。また中国の秦,漢,エジプト王国,ローマ帝国なども同様な発展経路によって出現したとみてよい。しかし東,西の古代国家の形態には大きな相違があった。ギリシアやローマでは族長支配から君主専制支配に移行したが,これは比較的短期間で終り,まもなく貴族の共和制に移り,次いで市民による民主制に到達した。しかし東洋では都市国家段階はいちはやく終りを告げ,専制的君主国家の支配が長く続いた。そしてその間,自由な市民の政治活動を経験することはなかった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

古代国家
こだいこっか

近代以前の社会において、諸民族が未開から文明へと移行する際、最初に形成する国家をいい、その多くは奴隷制を基礎としていた。国家とは、歴史的には、社会が階級的に編成される段階に至って現れる、一階級による他の諸階級支配のための機構であって、原始社会(野蛮・未開)の社会組織であった血縁原理に基づく氏族制とは本質的に区別される。古代国家の典型とされるのはギリシア、ローマの国家であり、直接的生産労働を支える膨大な奴隷階級を支配するための奴隷所有者階級(貴族・自由人)の機構として形成され、その政治形態は民主制または共和制であった。ついでローマ世界の3分の2を征服し、支配者として臨んだゲルマン部族のフランク王国の性格規定については、これを封建国家とする説もあるが、彼らはローマの国家組織のうえに彼らの部族組織を接合させたにすぎず、封建国家への過渡的性格を認めつつも本質的には奴隷制に基礎を置く古代国家であるとする見解もある。
 これらヨーロッパ諸民族の古代国家に対し、アジア諸民族の場合は、その多くが皇帝または天皇の専制的支配体制によって特徴づけられる専制国家形態をとって現れた。オリエントのペルシア帝国やイスラム国家、中国の秦(しん)・漢帝国、日本の律令(りつりょう)国家などがそれにあたる。ここでは奴隷制は未発達ではあるが、家内奴隷制として社会の不可欠な構成要素となる一方、国民の大多数は氏族制的な共同体的諸関係につなぎとめられたまま政治的無権利状態に置かれ、自由人としての独立性はきわめて未成熟で、奴隷状態(半奴隷)を強制されていた。他方、こうした奴隷状態の人民を支配・統治する国家機構は、ヨーロッパに比較しアジアでは古代官僚制として著しく発達し、中国の隋(ずい)・唐時代に律令(りつれい)制として一つの完成形態に達した。この中国文明は、日本の律令国家や、新羅(しらぎ)による古代朝鮮の民族統一など、東アジアの民族および国家形成に大きな影響を及ぼした。[原秀三郎]

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世界大百科事典内の古代国家の言及

【氏族制度】より

…ここに氏族制度というのは,家族よりも大きく,部族よりも小さい氏族とよばれる血縁的な集団が,多かれ少なかれ独立した経済的・社会的・政治的単位としての機能をいとなんでいる社会すなわち氏族社会の制度をさす。記録された歴史のはじまる古代国家形成のころには,すでに封鎖的・自給的な村落経済は交易経済に変わり,民主的な共同体は階級的な権力による支配のために再編成されつつあったことが,遺跡や文献の上からうかがわれるが,その以前の社会は一般にここにいう氏族を中心とする体制の上に立つものであったという推定が,多くの学者によってなされてきた。 しかしこの氏族が正確にはどのような組織であったかは,現在もしくは近い過去に調査された未開民族の社会構造を,断片的な古代の記録と照合して考える以外に道はない。…

※「古代国家」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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