デジタル大辞泉
「神奈川区」の意味・読み・例文・類語
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
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神奈川区
かながわく
面積:二三・三八平方キロ
市域中央部東側にあり、東は鶴見区、北は港北区・緑区、西は保土ヶ谷区、南は保土ヶ谷区・西区に接し、東南部は横浜港に臨む。横浜港に面した地域は埋立によってできた町が多く、それらの町々の内側、旧海岸線に沿って国鉄東海道本線・京浜急行電鉄と旧東海道(国道一五号)が並行して通る。埋立地以外の区域のほとんどは、標高四〇―七〇メートルの比較的平坦部の多い丘陵性台地であり、台地の間に小河川が作った沖積低地がある。このため坂道の多い地形をなしている。
〔原始・古代〕
先土器時代の遺跡として羽沢町に東泉寺遺跡があり、縄文時代の遺跡として神之木台の神之木台遺跡や入江一丁目の溝ノ下遺跡、松見町の大口坂遺跡があり、白幡西・史ヶ丘・三ッ沢・神大寺・下菅田・供養塔などの貝塚がある。神之木台遺跡からは弥生時代後期の竪穴住居跡も検出され、そのほか浦島丘の浦島ヶ丘遺跡、大口坂遺跡も弥生時代の遺跡である。古墳調査はされておらず、栗田谷の平尾台一本松に円墳、六角橋や西寺尾蕪ヶ谷辺りに円墳、羽沢の綿内に横穴、子安台一丁目の浅野学園敷地内に横穴、高島台の東端に横穴があったという。新町辺りで砂層中から朱塗の土師器の壺が発見されており、三枚町からは少数の土師器片とともに滑石製の紡錘車も採集されている。
古代には区域のほとんどが橘樹郡に属したといわれ、中世には一部が久良郡(久良岐郡)に属したと思われる。
〔中世〕
文永三年(一二六六)五月二日の北条時宗下文(県史一)に「武蔵国稲目・神奈河両郷」とあり、神奈河郷は鎌倉鶴岡八幡宮領であった。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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神奈川〔区〕
かながわ
神奈川県東部,横浜市中部の区。 1927年区制。海岸は横浜港の一部で,公共埠頭の瑞穂埠頭,山ノ内埠頭がある。広い埋立て地に金属,石油,自動車,食品などの大工場が立地,京浜工業地帯の中枢部を形成する。明治期まで海岸線にあった神奈川,子安などの地区は JR東海道本線,国道1号線沿いの人口密集地となり,住宅地はさらに内陸の台地に広がっている。横浜中央卸売市場,三ッ沢公園,横浜シティ・エア・ターミナルなどがある。西区寄りの臨海部は「みなとみらい 21」地区の一環として開発。 JR横浜線,京浜急行電鉄本線,東京急行電鉄東横線,首都高速道路,第三京浜などが集中し,交通網が発達している。面積 23.72km2。人口 24万7267(2020)。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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