トマス・アクイナスの主著。教科書として使用できる,神学(トマスの用語では〈聖教sacra doctrina〉)の簡潔な体系的解説書。〈神学大全〉を書いたスコラ学者はトマスだけではないが,トマスのものがもっとも有名である。神とその創造の業(わざ),もろもろの被造物を考察する第1部,人間がどのように神への道をたどるかを論ずる第2部,および神と人間を仲介するキリストを考察する第3部からなる。神学教授としての経験も積み,思想的にも成熟の度を加えた1266年ころ着手され,死の数ヵ月前(1273年12月6日),未完のまま突然擱筆(かくひつ)するまで書き続けられた。
本書には唯一なる神,三一なる神,創造,天使,人間,などの論考が含まれているが,構成単位は2669個の〈項articulus〉である。〈……であるか〉という問いの形をとる〈項〉は中世大学に特有の授業形式〈討論disputatio〉を反映するもので,まず数個の異論,ついで反対異論が提示され,主文において著者自身の見解が明らかにされた上で,それにもとづいて異論に対する解答が与えられる,という形式がとられている。《神学大全》は聖書神学に対立するスコラ神学の著作ではなく,聖書に含まれている聖なる教えが,アリストテレス的学問知の要件を満たす,学としての神学の形をとったものである。それは同時に,信仰と理性の〈トマス的総合〉であり,ラテン・ギリシア教父思想,アリストテレスとそのギリシア・アラビア注釈家,新プラトン主義哲学,キケロやローマ法・教会法学者の思想を豊かに取りいれた,中世学問の集大成である。
執筆者:稲垣 良典
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
中世のスコラ神学者トマス・アクィナスの主著。ヨーロッパ中世文化のもっとも輝かしい傑作の一つである。本書はしばしばゴシック大聖堂に例えられるが、これは単なる修飾ではなく、多様な諸部分が相互に秩序と調和を保ちつつ、みえざる超越的な一点へ向かって収斂(しゅうれん)するという根本構造が、両者に共通だからである。トマスの著作意図は、神学教育の経験を生かして、初心者のための教科書を書くことであったが、3部(神・創造論、倫理編、キリスト・秘跡論)からなるこの未完の大作は、神学的観点からの中世学問の集大成である。叙述様式は、中世大学特有の授業形式である「討論」に由来し、構成要素である2669個の「項」はすべて「……であるか?」という問いの形をとる。まず著者自身の立場に反対する最強の異論(通常3個)が提示され、それら異論の間の緊張、矛盾自体が高次の総合へ導く、という探究の構造が認められる。第1部の人間論、第2部の情念論、習慣論、法・正義論など哲学的に興味深い論考のほか、詳細な聖書解釈も含まれている。
[稲垣良典]
『高田三郎・山田晶・稲垣良典他訳『神学大全』全37巻(1973~ ・創文社)』▽『コプルストン著、稲垣良典訳『トマス・アクィナス』(1962・未来社)』
トマス・アクィナスの主著。1265~73年の間に書かれ,3部よりなる。第1部は神に関する119命題,第2部は人間と神との関係についての303命題,第3部はキリストについての90命題,その他99命題を含み,未完である。各命題ごとに反論と解答があり,信仰と理性の調和を図り,スコラ哲学の最高峰として,その世界観の一大体系をなしている。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…パリ大学で学び,はじめ人文学部の教授となったが,後に神学部の教授となり,慣例を破って講義のテキストとして聖書の代りにペトルス・ロンバルドゥスの《命題論集》を用い,思弁的なスコラ神学の先駆者となった。主著《神学大全》はアリストテレス哲学の全面的な導入以前のフランシスコ学派神学の代表的著作である。【稲垣 良典】。…
…この時期の思想的成熟に関して特筆すべきはギリシア語に堪能(たんのう)な同僚ムールベーカのギヨームの協力を得て,アリストテレスおよび新プラトン主義哲学の本格的な研究を行ったこと,およびギリシア教父神学の研究に打ち込んだことである。この時期のおもな著作には前記《対異教徒大全》のほか,《定期討論集・神の能力について》や《ディオニュシウス神名論注解》,〈黄金連鎖〉の名で広く知られた《四福音書連続注釈》などがあるが,最も重要なのは彼の主著であり,今日にいたるまで数多くの注解(部分的注解も含め約750)や研究書の対象となってきた《神学大全》である。 68年秋,当時の教皇庁の所在地ビテルボに滞在していたトマスは,ドミニコ会総長の命令によって再度神学部教授に就任するためパリに向かった。…
※「神学大全」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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