日本歴史地名大系 「秋保郷」の解説
秋保郷
あきうごう
昭和三〇年(一九五五)までの旧秋保村、すなわち現町域に宮城郡宮城町
中世、当郷を領した秋保氏は平重盛の後裔が落ちのびてきたと伝え、永仁三年(一二九五)小松三郎左衛門尉基盛の代に将軍から名取郡を与えられて当郷に住し、その孫盛定の代に秋保氏を称したという。明応九年(一五〇〇)秋保盛房は
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
昭和三〇年(一九五五)までの旧秋保村、すなわち現町域に宮城郡宮城町
中世、当郷を領した秋保氏は平重盛の後裔が落ちのびてきたと伝え、永仁三年(一二九五)小松三郎左衛門尉基盛の代に将軍から名取郡を与えられて当郷に住し、その孫盛定の代に秋保氏を称したという。明応九年(一五〇〇)秋保盛房は
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[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...