日本歴史地名大系 「秋保郷」の解説
秋保郷
あきうごう
昭和三〇年(一九五五)までの旧秋保村、すなわち現町域に宮城郡宮城町
中世、当郷を領した秋保氏は平重盛の後裔が落ちのびてきたと伝え、永仁三年(一二九五)小松三郎左衛門尉基盛の代に将軍から名取郡を与えられて当郷に住し、その孫盛定の代に秋保氏を称したという。明応九年(一五〇〇)秋保盛房は
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
昭和三〇年(一九五五)までの旧秋保村、すなわち現町域に宮城郡宮城町
中世、当郷を領した秋保氏は平重盛の後裔が落ちのびてきたと伝え、永仁三年(一二九五)小松三郎左衛門尉基盛の代に将軍から名取郡を与えられて当郷に住し、その孫盛定の代に秋保氏を称したという。明応九年(一五〇〇)秋保盛房は
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〘 名詞 〙 ( 牽牛と織女の別れを悲しむ涙雨の意 ) 陰暦七月七日に降る雨。せいるいう。《 季語・秋 》[初出の実例]「歳時雑記曰、〈略〉七日雨、則曰二洒涙雨一」(出典:俳諧・滑稽雑談(1713)七...