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穆天子伝 ぼくてんしでんMu-tian-zi zhuan

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

穆天子伝
ぼくてんしでん
Mu-tian-zi zhuan

中国最古の歴史小説。6巻。著者,成立年未詳。戦国時代の魏の頃の作と考えられる。西晋の太康2 (281) 年,汲郡 (河南省) にある古墳から発掘された古文書,いわゆる汲冢 (きゅうちょう) 周書の一つ。もとは竹の札に古代文字で墨書され脱落も多かったものを,荀勗 (じゅんきょく) らが判読,校訂して現在の形にしたもので,題名もそのときにつけられ,原題は不明。周の穆王が西方,黄河の源へ旅し,天帝の娘西王母に会った話と,次に南へ行き盛姫と恋愛をした話が,年代記風に綴られている。いわゆる西王母伝説,崑崙 (こんろん) 山伝説ともからみ,古代中国西域の地理,文化を研究する手掛りとして貴重で,早く英訳され,フランスの L.ソシュール,日本の小川琢治らによって研究された。

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世界大百科事典 第2版の解説

ぼくてんしでん【穆天子伝 Mù tiān zǐ zhuàn】

中国,西周の穆王の事跡を日月を追って記録したもので,汲冢(きゆうちよう)書の一つ。晋の荀勗(じゆんきよく)らが整理を加え,郭璞(かくはく)が注を付けた。6巻。その中心は穆王の西域への旅行の記述で,八駿(はちしゆん)に車を引かせ,多くの従者をつれて,遠い西方の国々を経めぐる。特に瑶池(ようち)において西王母(せいおうぼ)と宴する場面は印象的で,後世の詩文の中でもしばしば言及される。巻末には寵姫の盛姫の盛大な葬儀の記録がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

穆天子伝
ぼくてんしでん

中国最古の歴史小説とされる。魏(ぎ)のころの作品で作者不明。発見されたのは晋(しん)の大康(たいこう)2年(281)で、有名な「汲冢周書(きゅうちょうしゅうしょ)」(河南省汲県の魏の国王の墓から発掘された古文書)の一つ。竹簡(ちくかん)(文字を書くのに使った細長い竹の札(ふだ))に書かれ、篆書(てんしょ)より古い文字で書かれていたが、荀勗(じゅんきょく)らが今体(きんたい)文字に転写し、題名もつけた。完本でなく首尾も欠ける。主人公は周の穆王(ぼくおう)で、黄河の源(天山の東端パルクだという)へ旅し、黄河の河神の案内で、天帝の娘の西王母(せいおうぼ)と会い詩歌を贈答し、次に南へ行き、盛姫(せいき)という美人と結婚し、盛姫が死んで豪壮な葬儀をする話などが年代を追って書かれているが、すべて架空の物語である。[志村良治]
『魯迅著、増田渉訳『中国小説史』全二冊(岩波文庫)』

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