空間学習(読み)くうかんがくしゅう(その他表記)spatial learning

最新 心理学事典 「空間学習」の解説

くうかんがくしゅう
空間学習
spatial learning

空間学習とは,ヒトや動物がたとえば明暗図形物体の特徴のような単一の刺激特性を手がかりにして弁別などの反応を習得していくのではなく,自らが置かれた装置や実験室などの空間全体を認識・記憶し,それに基づいて一定の反応を習得していく学習である。ラットマウスを用いた空間学習の研究では,空間の中の自分の位置をどう認識するか,またどの位置に自分を誘導するかなどを測定する。空間学習・空間記憶を測定する方法として,次のような各種の迷路mazeが用いられる。迷路といっても,壁に囲まれたいわゆる廊下式の走路を動物が走行するものとは異なり,泳いだり走行したりする場面で周囲の全体的な空間特徴を把握する必要があるので,動機づけの方法は課題によって異なるものの,外の様子が見渡せるような状況で訓練・テストし,かつそれらの迷路外刺激配置がいつも一定に保たれることが共通している。

 モリス水迷路Morris water mazeはモリスMorris,R.G.M.(1981)によって考案され,水面下にある逃避場所の空間的位置をラットやマウスに学習させる課題である。白濁した水を満たした直径1.5~2m(マウスでは約1m)の円形プールを実験室内の一定の場所に置き,プールの周りの状況(各種視覚刺激の位置)をつねに一定に保つ。水面より1~2㎝下の固定された場所にプラットホーム(直径10~15㎝)を設置し,プール周辺部のランダムな場所からラットやマウスをプールに入れる。最初のうち動物はプールの壁に沿って泳ぐなど試行錯誤的に泳いでいるが,たまたま水面下のプラットホームに体が触れるとその上に登り,水から逃避できる。試行を重ねると,しだいにより速くプラットホームにたどり着いて逃避することを学習する(場所ナビゲーション)。訓練の回数に伴う逃避潜時の減少や逃避までの遊泳距離の短縮,あるいは遊泳軌跡の変化が学習の指標となる。動物は毎回,プール周辺部のいろいろな位置から水に入れられ,かつ白濁した水の中にあるプラットホームを直接見ることはできないので,実験室内のプール周囲の視覚刺激を基にプラットホームが隠された場所へ泳いで行かねばならず,その意味で空間記憶を必要とする課題である。

 十分に学習が進んだ段階で,水面下にあるプラットホームを取り去ってしまい,それでも元プラットホームのあった位置周辺を泳ぐか(プローブテスト)により,動物がほんとうに空間記憶に基づいて目標に接近していたのかを判定できる。また,プラットホームを水面より上に設置し,目標が動物にとって「見える」条件でもテストしてみることで(手がかりナビゲーション),場所ナビゲーションの成績が低下した動物の空間学習がほんとうに阻害されていたのか,あるいはむしろ,視感覚や注意の障害,運動障害,動機づけ低下など,課題遂行のためのより基本的な能力の阻害により遂行が損なわれたのかを推測できる。

 モリス水迷路では通常は水面下のプラットホームの位置はつねに一定であるが,これを訓練日ごとに移動させる手続き(第1試行のプラットホームの位置はランダム)とし,同じ日の第1試行と第2試行以降の成績を比較することにより,作業記憶を測定する課題の試みもなされている。

 放射状迷路radial arm mazeはオルトンOlton,D.S.ら(1976)によって考案された課題で,中央の円形プラットホームとそこから放射状に延びる通常8本のアーム(ラットでは長さ約60㎝)から成る高架式の迷路を用いる。各アームの先端部の窪みには1個ずつの小さな餌報酬を置き,空腹のラットにこれらすべてを効率よく取らせる課題である。食餌を制限されたラットやマウスを中央プラットホームに置いて試行を開始する。動物はアームを自由に選択できるので,いずれかのアームを選択してその先端にある報酬の餌を取ってから,中央プラットホームに戻ってくるという走行を次々と繰り返す。すべての報酬を取り終えた時点で試行を終了する。その試行の中でまだ進入していないアームに進入する反応が強化され(正選択),2度目以降の進入は強化されないことになる(誤選択)。装置の周りの刺激配置はつねに一定とする。最初の8選択中にいくつの正選択を示したかや,すべての報酬を取り終えるのにいくつの誤選択をしたかが学習の指標となる。通常ラットでは,10試行くらいの訓練により効率的にすべての報酬を取り終えるようになる。

 この課題は,特定の刺激に接近していくのではなく,装置の周囲全体の刺激配置,すなわち空間的な手がかりを基に自分の反応を決めなければならない点で空間記憶課題であるが,同時にこの課題は,すでに進入したアームとまだ進入していないアームとを一時的に記憶し,それに基づいて選択をしなければならない点で作業記憶課題であるといえる。つまり放射状迷路課題は,両方の性質を併せもつという特徴がある。また,正選択や誤選択数が学習の指標であり,反応潜時ではなく選択反応を主たる指標とする点で,薬物や脳損傷による運動障害の影響を直接受けにくいのが利点である。さらに,この課題では他の多くの迷路課題と異なり,動物は報酬をうまく得た項目(選択肢)を次には避けるという,いわゆる「win-shift」方略が有効になる。この課題における8項目にも及ぶ選択・未選択の記憶は,かなりの長い時間にわたって保持されることがわかっている。通常は動物がすべての報酬を取り終えるまで続けられるが,1試行の途中でいったんラットの選択反応を中断して待機させ,その後再び装置内に戻してもラットは残りの報酬を得るために効率的な走行を続ける。訓練すれば数時間の遅延を挿入しても,遅延後の正選択反応の成績はほとんど低下しない。つまりラットは,この場面での自分の選択についての記憶を数時間にわたって保持できるのである。

 バーンズ迷路Barnes mazeは,ラットやマウスが明るくてオープンな場所から逃げようとする習性を用いて空間学習を測定するため,バーンズBarnes,C.A.(1979)により開発された装置である。明るく照らされた円形プラットホーム(直径約1.2m)の周辺部に,等間隔に十数個以上(原典では18個)の円形の穴が開いている。このうち一つの穴の下には逃避箱(トンネル)が設置されており,動物は各穴の中をのぞき込みながら広場上を移動し,逃避箱が付いた穴を見つけるとその中に入り込むことで,明るくオープンな場所から逃避できる。つまりこの場面で動物の目標は,逃避箱の付いているただ一つの穴に到達し,暗くて狭い箱に逃げ込むことである。試行を繰り返すと,動物は逃避箱の付いている穴の方に速やかに向かうようになる。プラットホームの周囲に置かれ固定された視覚的な刺激の配置が,動物にどの方向へ向かうべきかを知らせる。誤反応(逃避箱の付いていない穴をのぞき込むこと)の減少,あるいは正しい穴に達するまでの潜時や走行軌跡が学習の指標となる。食餌制限や水の中に入れる,電撃を与えるなどの特別なストレス負荷をかけないで学習させることができるのが利点である。

 空間記憶課題の学習や遂行には,大脳辺縁系の海馬が深くかかわっていることが,海馬損傷動物の行動実験や海馬への薬物投与実験から明らかとなっている。このことは,自分のいる場所を符号化しているニューロン(場所細胞)が,動物の海馬に存在することからも支持される。
〔一谷 幸男〕

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