資本主義あるいは不完全な社会主義のような、もともと搾取や抑圧の機構を内包している社会において、技術、とくに管理や支配の技術、さらに最近ではこれらと関連して情報に関する技術あるいは知的技術が高度に発達し、その結果として少数の人間あるいはシステムそのものによる多数の人間の管理、とくに後者の欲望や感情や知識や意志など内面に至るまでの管理が徹底する社会をいう。このことば自体は1960年代後半から日本で独自に用いられるようになったものであるが、これに先行し影響を与えた外国産の用語としては「大衆社会」「全体主義社会」「一次元社会」「プログラム化社会」などがある。
[庄司興吉]
1920~30年代にヨーロッパと日本に成立したファシズムは、ドイツのナチズムがもっとも徹底して示したように、Gleichschaltung(ドイツ語、均制化)という形であらゆる集団や制度を上から強制的に一元化し、独裁者とその集団による全社会の徹底した管理を図るものであった。他方、ほぼ同じころに旧ソ連では、レーニン亡きあとの共産党と国家をめぐって主導権争いが続き、反対派の指導者や党員などを粛清などの手段で次々に排除していったスターリンの手で、管理の徹底した事実上の独裁体制がつくられていった。これらのうち、ナチズムをはじめとするファシズムは、第二次世界大戦で連合軍に敗れて崩壊し、スターリニズムも、50年代に入ると内外の批判の対象となってある程度の自己改革を要求される。しかし、これと相前後して、アメリカのような自由主義と民主主義をたてまえとする社会においても、少数エリートによる大衆の管理を特色とする大衆社会の傾向が現れ、たとえばC・W・ミルズなどが、軍部と産業と政府のエリートからなる「パワー・エリート」がアメリカの大衆社会を支配している、と主張するような事態になった。とくにアメリカの大衆社会では、ナチズムのもとでもすでに巧妙に利用されていた新聞、ラジオ、映画などのマス・メディアが、戦後急速に普及したテレビジョンを加えてますます巧妙に用いられ、大衆の意見すなわち世論の操作を通じて、意図的な大衆操作を行うという傾向が急速に強まっていったことが重要である。
[庄司興吉]
1950年代から60年代にかけて、アメリカを中心とする先進資本主義社会では、技術革新を踏まえた高度経済成長がみられ、現代的産業社会さらには脱工業化社会の様相が現れた。こうした事態を踏まえて、現代社会はその隅々まで技術合理性によって一次元化され、芸術や思想に表現される人間の内面性までが、戦争と福祉を同時に追求する国家あるいはそれを含むシステムそのものによって管理されている、という一次元社会の理論を展開したのが、H・マルクーゼである。彼の理論はミルズの理論などとともに、高度産業社会のもとにおける管理体制の強化に不満を抱き始めていた青年・学生層に影響を与え、権威主義を批判するフランクフルト学派一般の理論と相まって、60年代末の学生反乱や新左翼運動あるいは新しいラディカリズムの高揚に寄与した。
[庄司興吉]
現代の管理社会は、こうした歴史的経過を踏まえて、社会主義社会よりはむしろ発達した資本主義社会を中心に、しだいに技術革新の焦点となってきたコンピュータ化を基軸としつつ現れている。コンピュータは情報処理を主目的とする機械であるから、その導入は、社会の各所で物質やエネルギーに対して情報の重要度を高めるという意味での情報化を進め、情報化はさらに社会の各部分を緊密に結び付けて、社会全体のシステム化を推進する。経営では経営情報システム(BIS)が発達し、自治体や政府ではそれぞれにコンピュータが導入され、システム化が試みられたあげく、それらがさらにシステム化されて国民情報システム(NIS)が現れる。この後者がときに「国民総背番号制」とよばれるもので、もし国民のすべてが番号化され、それぞれの職業や収入から思想・信条に至るまでの基本情報がコード化されているとしたら、国民の大多数が、国家やそれと結び付きやすい資本に徹底的に管理される可能性が生まれるであろう。
これに加えて、コンピュータの相次ぐ技術革新、およびその素材である集積回路や記憶装置の開発と改良は、それらの利用範囲と効率を飛躍的に高める各種ソフトウェアの開発、改良と相まって、コンピュータの小型化と低価格化をいっそう進めて普及を加速し、これを利用した事務所のオートメーション(OA)や工場のオートメーション(FA)に改めて脚光を浴びせることになった。いわゆるマイクロ・エレクトロニクス(ME)革命である。そして、労働者にとっての労働の場におけるこうした動きは、市場においては付加価値通信網(VAN(バン))などの形成の動きとして現れ、地域社会や市民社会一般においても高度情報システム(INS)の形成などの動きとして現れた。これらはその後、各種の情報機器をコンピュータを中心に統合するマルチメディア化や、各種のコンピュータ・ネットワークを世界的に接続して、あらゆる場所(サイト)からあらゆる場所(サイト)への双方向通信を可能にしたインターネットの普及などを通じて、まさに世界社会そのものの情報化とシステム化の動きにまで進展してきている。
[庄司興吉]
現代の先進資本主義社会が、資本主義に固有な機構をいまなお残している以上、こうした情報化やシステム化は、エリートによる大衆の支配や、システムの技術合理性への一次元化をさらに徹底して進める可能性が大きい。さらに、国民総背番号制の推進や各種情報ネットワークへの企業などの侵入にみられる個人のプライバシーの侵害は、われわれの内面の奥深いところまでを市場化したり管理化したりし、J・ハバーマスのいう生活世界の植民地化あるいは内面的植民地化をさえ進める可能性がある。
ファシズムや不完全な社会主義の管理社会に対してはいうまでもなく、こうした一見柔らかそうにみえる現代資本主義の管理社会にも抗して人間性の再活性化を図るためには、今日改めて大衆が大衆的自主管理を実践することによって、本当の意味で社会の主人公となる必要があるであろう。管理社会は、古い機構や過度のシステム化ゆえに疎外された計画社会なのであり、大衆が持続的に主体性を発揮してこの機構や過度のシステム化を抑止するならば、知的技術をはじめとする基本的生産手段および生活手段の共同所有に基づいた、人間的で自主的な計画社会へと蘇生(そせい)させうるのである。
[庄司興吉]
『C・W・ミルズ著、鵜飼信成・綿貫譲治訳『パワー・エリート』上下(1958・東京大学出版会)』▽『H・マルクーゼ著、生松敬三・三沢謙一訳『一次元的人間』(1974・河出書房新社)』▽『庄司興吉著『現代社会学叢書3 現代化と現代社会の理論』(1977・東京大学出版会)』▽『栗原彬著『管理社会と民衆理性』(1982・新曜社)』▽『庄司興吉著『管理社会と世界社会』(1989・東京大学出版会)』▽『庄司興吉著『世界社会と社会運動』(1999・梓出版社)』
各種の技術,とくに情報に関する技術の発達によって,さまざまな形態の管理が社会のすみずみにまで及び,人間的な欲望,心情,思想などがたえず抑圧の危険にさらされる社会。この言葉自体は1960年代後半から日本のマスコミや学会で用いられるようになった。これと似た意味をもち,この言葉誕生の背景となった用語としては大衆社会mass society,全体主義社会totalitarian society,一次元社会one-dimensional societyなどが考えられる。あらゆる制度を一本化して頂点で結び,上からの徹底した管理をねらったのはナチズムの等制Gleichschaltungであったが,ナチスはこの体制を実施するうえでソ連の一党独裁制に悪い意味で学んだといわれる。そこで,1930年代から第2次大戦後にかけての大衆社会論は,ナチズムを典型とするファシズムとともにある程度までスターリン主義をも念頭におきながら,現代的独裁制のもとにおける支配者の徹底的な大衆管理を批判した。また,とくに戦後のアメリカで展開された大衆社会論は,大衆管理の手段としてのマス・メディアの発達をも重視し,アメリカのような民主主義的産業社会にも徹底した大衆管理が出現する可能性を指摘した。
現代の管理社会論は,こうした流れをふまえて,コンピューターの発達にともなう情報技術の発展とそのあらゆる方面への波及が,あらゆる情報の管理中枢あるいは支配層への集中をもたらし,少数エリートによる大多数の人間の管理が徹底されると説くものである。経営については経営情報システム(MIS)が,また社会全体については国民情報システム(NIS),すなわち国民総背番号制がこうした危険性を現実化する。しかも今日では,情報革命が社会主義社会でよりも高度資本主義社会のほうではるかに進展しているために,民主主義を政治の原則にしている社会のほうこそかえって管理社会化する危険性が高い。またこうした少数エリートによる大衆管理という問題以外にも,高度に産業化した社会では情報の徹底した商品化の進行とコマーシャリズムによる欲望や心情の管理も重大な問題となりつつある。現代の先進社会で,情報管理の民主化をも含む大衆の自主管理があらゆる方面で要請されるゆえんである。
→情報化社会
執筆者:庄司 興吉
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…現代の最も暴力的な支配である全体主義は,同時に最も高度な心理的操作に依存しているといえよう。今日の社会は,しばしば管理社会と呼ばれているように,巨大組織集団が社会のあらゆる領域を管理している社会であり,政治的影響力も管理者層に集中しつつある社会である。管理は指導と同様に利益志向の同一性を前提としているが,現代社会における管理機能の強調が,管理者層と被管理者層との間の支配服従関係を隠蔽する危険性はけっして小さくないというべきであろう。…
…また,(3)〈全体主義〉理論の復権を目ざすシャピロLeonard Schapiroの《全体主義》(1972)のように理論の部分的修正による再構築をはかろうとするものも出てきている。(4)さらに近年,先進諸国にあらわになった〈管理社会〉的状況もまた,それに歯止めがきかなくなってしまえば新しい〈全体主義〉といえるのではないか,という問題も出されてきている。【山口 定】。…
※「管理社会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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