大衆社会(読み)タイシュウシャカイ(英語表記)mass society

翻訳|mass society

デジタル大辞泉 「大衆社会」の意味・読み・例文・類語

たいしゅう‐しゃかい〔‐シヤクワイ〕【大衆社会】

政治・経済・社会・文化のあらゆる領域で、大衆が重要な役割を果たす社会。特徴は、技術的合理性、役割の専門化、人間関係非人格化、人口の集中化、またその反面の、孤独、個性喪失などである。

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精選版 日本国語大辞典 「大衆社会」の意味・読み・例文・類語

たいしゅう‐しゃかい‥シャクヮイ【大衆社会】

  1. 〘 名詞 〙 産業の発達による大量生産・大量消費、教育制度とマスメディアの発達による情報の普及などのために、政治、経済、社会、文化などのあらゆる領域において、大衆が重要な役割を果たすようになった社会。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「大衆社会」の意味・わかりやすい解説

大衆社会
たいしゅうしゃかい
mass society

大衆が社会のあらゆる面に進出したことによって、それまでの社会とは構造を異にするに至った社会状況または社会形態をいう。資本主義が19世紀から20世紀にかけて独占段階に入っていくなかで、かつて古典的デモクラシーの思想をもっていた人々が描いたような「教養と財産」をもった市民、すなわち公衆publicの理性的な結合体としての共同体は現れなくなった。それにかわって、大衆デモクラシーの政治制度によって政治的平等権は確保しているものの、高度な産業社会つまり国家独占資本主義としての経済的、社会的、技術的な新展開と矛盾が進行するなかで、支配階級としての「パワー・エリート」の操作を受け、かつ非合理的な行動を示す大衆が社会の諸側面に大きく進出してきたのである。

[林 茂樹]

大衆社会の史的状況

歴史的にみれば、大衆社会とは、市民革命後、その革命の担い手である市民によって形成された市民社会の延長上に位置づけられよう。市民は、それぞれの国の市民革命を通して、経済的には資本主義を、法的には基本的人権を、社会的には平等の理念を確立した。これは、いわば前期市民社会とよべる。しかし、産業革命の進展によって機械技術の発展が生産過程に大きな影響を及ぼし、生産手段の所有の有無から階級社会を生ぜしめた。ブルジョアジープロレタリアートという階級の競合的な対立は、資本主義の成長過程で、その要素や条件の配置・配分上の変化にほかならない。独占段階に入っていよいよ肥大化する資本主義のなかで、教養と財産を求めたプロレタリアートの多くは、階級構造の図式からははみだしがちなものになってくる。他方、デモクラシーにおいても、長い時間をかけて一般市民が選挙権を獲得し、デモクラシーの担い手を社会の底辺まで拡大することで、その理念を貫徹しようとした。そのとき、市民の政治的関心は最高の高揚を表すはずのものであったが、それにもかかわらず、制度的に与えられたデモクラシーにとまどい、あるいは本質を理解できない人々によって、おびただしい政治的無関心層を再生産することとなる。

 政治、経済、社会のどの面からみても、かつて布置された環境的諸条件は変化を示し、19世紀末期からは社会状況の変化が急速化する。市民も彼らの行動を状況にあわせて変えていくが、そうした一般的状態を大衆化とよぶ。すなわち、資本主義の成熟度や労使対立の頻度、帝国主義戦争といわれる植民地争奪のための戦争の頻発、ファシズムの台頭、大衆デモクラシーの浸透、大衆文化の普及などは、前期市民社会から後期市民社会への状況変化にほかならない。この変化のなかに急速に台頭してきた新しい中間層も加え、市民の存在が著しく状況的なものとなる。こうしためまぐるしい変化のなかで、マス・メディアの普及がきわめて大きな役割を果たしてくる。かつてJ・K・ガルブレイスが述べた「依存効果」dependence effectとは、経済に与えたマス・メディアの影響に対しての指摘である。マス・コミュニケーションが伝える政治のインサイド・ストーリーは、大衆デモクラシーのもとで政治情報を消費する無関心層の増殖と無関係ではない。また、マス・メディアがつくる大衆文化は、現実と虚構を往来させて後期的市民の状況的変身を促したといえる。こういう一般的動態のなかで、大衆も大衆社会もけっして恒常的、固定的なものとしてはとらえにくい。

[林 茂樹]

大衆社会論

19世紀までに考えられていた人間類型、社会関係、社会形態とは異質なものが19世紀末から20世紀に入っての市民社会を改変し、この変化に着目していち早くA・トックビルや、19世紀末からG・ジンメル、E・デュルケーム、G・ウォラスなどが部分的にではあっても、先駆的にこの問題に接近していた。1930年代に入って、ファシズムとの関連でこれをとらえ、大衆社会ということばを最初に用いるとともに、その特徴を明らかにしたのはK・マンハイムであった。彼は、「現代社会は、大規模な産業社会としては、すべての衝動の充足を制限し抑圧することによって、その行動を最高度に予測しうるものとするが、他方、大衆社会としては、無定形な人間集合に特有なあらゆる非合理性や情緒的暴動を生み出すものとなる」と述べている。その後、現代社会およびそこでの人間類型の変化を明らかにする試みが、ナチズムによって亡命を余儀なくされたE・フロム、F・L・ノイマンらによって進められた。他方、アメリカでは、大衆社会状況が常態的なものであるとする考え方によって、C・W・ミルズ、W・F・ホワイト、D・リースマンらによる議論が展開された。日本でも1950年代以降、清水幾太郎(いくたろう)、日高六郎松下圭一(けいいち)らによって、主として第二次世界大戦後に展開した新しい状況の解明をめぐって、大衆社会論が提起され、それに対して芝田進午(しんご)、松山昭(あきら)らによる批判が行われ、大衆社会をめぐる論争が繰り広げられた。

 そうしたなかで、無定形な大衆が主役を演ずる大衆社会では、いかなる構造的特徴が出てくるのかを、W・A・コーンハウザーは、国家と家族との間に存在する地域集団や自発的結社などの中間集団の無力化を、もっとも基本的な大衆社会の特徴と考え、それと裏腹に、第一次集団のレベルにおける社会関係の孤立化と、全国的なレベルでの社会関係の集中化という二つを追加して、大衆社会の構造的特徴と考えた。このことと関連して、彼の大衆社会を説明するための一般的な概念として、「エリートが非エリートの影響を受けやすく、非エリートがエリートによる動員に操縦されやすい社会制度」と説明し、前者は「近づきやすいエリート」から、後者は「操られやすい非エリート」から、という二つの観念によって導き出される大衆社会を考察した。最近、アメリカや日本でも、体制を超えた現代社会の特徴として、また、その将来への発展方向を考察する重要な概念装置として、大衆社会論が論じられてもいる。

[林 茂樹]

『C・W・ミルズ著、鵜飼信成・綿貫譲治訳『パワー・エリート』(1958・東京大学出版会)』『K・マンハイム著、福武直訳『変革期における人間と社会』(1962・みすず書房)』『D・リースマン著、加藤秀俊訳『孤独な群衆』(1964・みすず書房)』『W・コーンハウザー著、辻村明訳『大衆社会の政治』(1961・東京創元社)』『松下圭一著『現代政治の条件』(1959・中央公論社)』

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改訂新版 世界大百科事典 「大衆社会」の意味・わかりやすい解説

大衆社会 (たいしゅうしゃかい)
mass society

大衆のもつ諸特性,とりわけ劣性(画一性,政治的無関心,受動性など)が顕著にあらわれた社会。時期的にいえば1930年前後のファシズム台頭期のもとで,いいかえるとロシア革命以降の社会主義の世界的な発展が引き起こした資本主義諸国の危機意識のもとで,先進文明社会に顕著な形で出現したといわれる。たとえばイタリアでのムッソリーニやドイツのヒトラーら独裁政治家が勢力を急激に伸ばして政権に近づいたとき,一昔前にいた(と理想化されたうえで幻想もされる)公衆なら果敢に抵抗して,みずからの主権を守り抜くはずなのに,大衆は政治に無関心で,自分の小さな幸福の追求や保身に専念したばかりか,独裁者の巧妙な宣伝に踊らされて付和雷同し,ファシズムの支持者,推進者に転落してしまった。かりに抵抗を志した少数者がいても,まったくばらばらの孤立状態だったから抵抗できないし,それを敢えて抵抗に踏み切ったら各個撃破されるだけだった。

 社会学者マンハイムは,《変革期における人間と社会》(1935)で,そういう大衆社会状況をいちはやく診断し,その治療の方向づけをしようと試みた。なぜ大衆社会が出現したのか? マンハイムによると,ある社会は,政治の領域であれ文化の領域であれ,優れたエリート層が公衆に媒介されて大衆に影響力を及ぼしているとき,安定し,発展もする。ところが第1次世界大戦後のドイツでは,猛烈なインフレーションの進行のために,その媒介の役を果たすべき中間階級が没落してしまった。社会の解体である。そしてその結果,伝統の解体,個々人の人格の解体が引き起こされた。こうして不安と不満が社会の隅ずみにまで浸透し,人びとが生きる目的を見失ったところへ,強力で巧妙な指導者(独裁者)が登場し,ドイツ民族の民族としての優秀さを強調して大衆に自信を与えると同時に,社会解体の原因をすべてユダヤ人になすりつけて大衆に攻撃目標を与えた。ドイツの大衆は,ヒトラーの描く世界支配という〈ユートピア的計画〉を信じて,憎悪と侵略の道を突き進もうとしている。どうしたらいいのか? マンハイムは,公衆の再組織化や,自由のための計画化--自由放任にしていると社会は解体する,かといって統制を強化すると自由が抑圧される。そこで人間の自由を最大限に尊重する民主主義議会政治の統制のもとで,奉仕の念にあふれて公正で活気のある官僚たちにより,経済や教育や福祉などについての計画化をすすめ,自由でしかも安定した社会を実現しようという考え--を提案した。このマンハイムの治療策はエリート主義であり,具体性にも説得性にも欠ける。しかしマンハイム自身が,ハンガリーに生まれ,1920年代に革命運動に参加したが,挫折してドイツに亡命し,ナチスの台頭で33年にイギリスへ再亡命を余儀なくされた経歴をもつだけに,大衆社会についての彼の診断は,鮮やかで鋭く迫力がある。

 第2次世界大戦後のアメリカ(の社会学界)では,〈大衆社会〉論が盛んになった。それは,ドイツから学者(たとえば精神分析学のE. フロムや経済学のE. レーデラー)が亡命してきていて,ドイツを大衆社会として論じたことも影響しているであろう。しかし,それ以上に,アメリカそれ自体で大衆社会状況が顕在化したことも指摘できる。すなわちナチス・ドイツでは,独裁政治権力による上からの統制と操作で大衆の画一化が進行した。戦後のアメリカでは,大量生産・大量宣伝・大量販売される商品やサービスの大量消費によって,またテレビを中心とするマス・コミュニケーションの発達・普及によって,大衆の画一化,受動化,孤立化が顕著になった。

 アメリカの大衆社会を論じた社会学者には,D.リースマンC.W.ミルズらがいる。1960年代になると,日本でも,池田勇人内閣による所得倍増計画や,テレビ時代の到来(日本のテレビ放送は1953年に始まり,59年のミッチー・ブームで爆発的な普及段階に入った)などのせいで,アメリカと同じように大衆社会の様相が顕在化し,同じように〈大衆社会〉論がもてはやされた。社会主義諸国や発展途上国でも,先進資本主義国と同様に,つまり政治体制の違いを超えて,経済の成長・発展にともなう消費性向の増大を主要因とし,官僚主義的・権威主義的政治傾向や情報メディアの普及,余暇時間の延長などを副次要因として,大衆社会状況が現出してきている。
大衆
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百科事典マイペディア 「大衆社会」の意味・わかりやすい解説

大衆社会【たいしゅうしゃかい】

mass societyの訳。資本主義あるいは産業化の進展にともなって,〈市民社会〉を構成する諸条件が変質した結果,現れた社会。大衆社会成立のための条件は,生産過程に集積された大量の労働力,大量生産・大量消費・大衆文化の発達,交通・通信技術の発達に基づく環境世界の無限拡大,都市化と人口の都市集中,権力の集中と政治の高度化などに求められる。このような大衆社会は,官僚制の浸透と分業の高度化によって組織化された相互依存体系であるが,他方ではマス・メディアの発達による社会的外延の拡大によって,無定形に非組織化された社会でもある。この社会の成員である大衆の特性として,画一性,他者指向型のパーソナリティや社会への帰属感の喪失などが指摘され,政治的無関心とカリスマ的指導者を待望する意識をあわせもつとされる。衆愚政治やファシズムの前提をここにみる論者もいる。
→関連項目アノミーウォーラス新左翼大衆大衆文化大衆民主主義福祉国家ペーパーバックマンハイムリースマン

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「大衆社会」の意味・わかりやすい解説

大衆社会
たいしゅうしゃかい
mass society

大衆が政治,経済,社会,文化のあらゆる分野に進出し,その動向を左右するにいたった社会状況ないし社会形態のこと。 19~20世紀に資本主義が独占段階に移行したのに伴い,概念的に明らかにされた。政治的には大衆デモクラシーの確立,経済的には技術の発達による大量生産,大量消費の傾向,社会的にはマス・コミュニケーションの展開などの特徴を有する。社会機構の巨大化,官僚制化が進み,そのなかにあって大衆は疎外感,無力感を味わい,意識的には政治的無関心状態となって,娯楽などを支えに私的生活への逃避をはかる,いわゆる個人の原子化が進む。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「大衆社会」の解説

大衆社会(たいしゅうしゃかい)
mass society

20世紀の産業が発達した社会に関する社会学者の議論から,その特徴を表すためにつくられた言葉。大衆社会とは,伝統的共同体から切り離され都市に流入して連帯感を喪失した多数の人々(大衆)の出現,そのような人々の動向が政治に及ぼす影響の増大,大量生産・大量消費による消費生活と趣味の平準化,マス・メディアの発達による情報の普及と画一化,マス・メディアを通じての宣伝による独裁政治の可能性の増大--これらの特徴の一つあるいはすべてを強調する概念である。

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世界大百科事典(旧版)内の大衆社会の言及

【管理社会】より

…この言葉自体は1960年代後半から日本のマスコミや学会で用いられるようになった。これと似た意味をもち,この言葉誕生の背景となった用語としては大衆社会mass society,全体主義社会totalitarian society,一次元社会one‐dimensional societyなどが考えられる。あらゆる制度を一本化して頂点で結び,上からの徹底した管理をねらったのはナチズムの等制Gleichschaltungであったが,ナチスはこの体制を実施するうえでソ連の一党独裁制に悪い意味で学んだといわれる。…

【管理社会】より

…この言葉自体は1960年代後半から日本のマスコミや学会で用いられるようになった。これと似た意味をもち,この言葉誕生の背景となった用語としては大衆社会mass society,全体主義社会totalitarian society,一次元社会one‐dimensional societyなどが考えられる。あらゆる制度を一本化して頂点で結び,上からの徹底した管理をねらったのはナチズムの等制Gleichschaltungであったが,ナチスはこの体制を実施するうえでソ連の一党独裁制に悪い意味で学んだといわれる。…

【市民】より

…したがって普通選挙制の確立とそれに伴う大衆の政治社会への登場は,当然に市民社会を衰退させる。自由放任主義に基づく夜警国家は,大衆民主主義に基づく福祉国家に転換し,市民社会は大衆社会へと転換する。そこには,もはや実体としての市民は見いだしがたい。…

※「大衆社会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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