内科学 第10版 「糖蛋白質代謝異常症」の解説
糖蛋白質代謝異常症(その他の代謝異常)
体の構成成分をなす糖蛋白の糖鎖を分解する酵素の欠損により起こる疾患群を指す.ムコ多糖も広義には糖蛋白であるが,ムコ多糖を分解する酵素の欠損症はムコ多糖症として別に分類される.
分類
疾患群としては,ライソゾーム病に分類される.この分類に入る疾患としては,フコシドーシス(α-l-フコシダーゼ欠損症),マンノシドーシス(α-マンノシダーゼ欠損症およびβ-マンノシダーゼ欠損症),アスパルチルグルコシラミン尿症(グリコシルアスパラギナーゼ欠損症),ガラクトシアリドーシス(ライソゾーム性保護蛋白質/カテプシンA欠損症),ムコリピドーシスⅡ型・Ⅲ型(N-アセチルグルコサミン-1-リン酸基転移酵素欠損症),シアリドーシス(シアリダーゼ欠損症),Schindler病・神崎病(α-N-アセチルガラクトサミニダーゼ欠損症)があげられる.
原因・病因
ライソゾーム内にある糖鎖を加水分解する酵素の1つあるいは複数が働かないことにより,それぞれ分解されない糖蛋白が継時的に蓄積し,次第に症状が現れ進行する.ガラクトシアリドーシスでは,ライソゾーム性保護蛋白質/カテプシンAが欠損する.β-ガラクトシダーゼおよびシアリダーゼは,この保護蛋白と結合することにより安定化して十分な酵素活性を現すことができる.したがって,ガラクトシアリドーシスではこの2つの酵素活性が欠損する病態を示す.ムコリピドーシスⅡ型・Ⅲ型ではN-アセチルグルコサミン-1-リン酸基転移酵素の活性欠損のため,ライソゾーム酵素に付加した糖鎖におけるマンノース残基にリン酸を付けることができない.このため,ライソゾーム膜のマンノース-6-リン酸受容体にライソゾーム酵素が認識されず,ほぼすべてのライソゾーム酵素がライソゾームに局在することができず,複数の酵素欠損の状態となる.
疫学
日本人に多いとされているものは,ガラクトシアリドーシス,ムコリピドーシスⅡ型・Ⅲ型,シアリドーシスである.
病理
ライソゾームに分解されない基質が蓄積するため,ライソゾームが膨化して細胞質に多数の空胞が認められる.空胞細胞とよぶ.糖脂質代謝異常症やムコ多糖症に比べ,糖蛋白代謝異常症では末梢血中にも高頻度に空胞細胞が認められる.蓄積物はPAS陽性を示す.
病態生理
先天性脂質代謝異常症およびムコ多糖症とほぼ同様である.
臨床症状
ここでは,日本人に比較的みられるガラクトシアリドーシス,ムコリピドーシスⅡ型・Ⅲ型,シアリドーシスについてのみ以下に述べる.
1)ガラクトシアリドーシス(galactosialidosis)
Ⅰ型(早期乳児型)では生直後から浮腫や腹水で発症し,肝脾腫,骨変形,粗な顔貌,角膜混濁,鼠径ヘルニアが認められる.腎障害,心不全,呼吸障害,中枢神経症状が進行して生後数カ月から数年で死亡する.Ⅱ型(若年・成人型)は5~10歳以降に発症し視力障害,小脳失調,ミオクローヌス,痙攣,錘体路症状,眼底のcherry-red spot,角膜混濁,粗な顔貌,骨関節変形,心障害,被角血管腫,リンパ球の空胞化などを認める.Ⅲ型(晩期乳児型)は生後数カ月以内に発症する.肝脾腫,骨変形,心障害を呈するが神経症状は少ない.
2)ムコリピドーシス(mucolipidosis)
Ⅱ型,Ⅲ型:
Ⅱ型はI-cell病ともよばれる.乳児期より粗な顔貌,ムコ多糖症様の骨変形,関節拘縮,股関節脱臼,歯肉の肥厚を認める.6カ月頃までに精神運動発達遅滞を認める.心臓弁の肥厚,心肥大,肝脾腫を認め,呼吸器感染症,中耳炎を繰り返し,10歳頃までに死亡する.Ⅲ型はより軽症で,2~3歳頃に骨の変形や関節拘縮に気づかれる.臓器症状も軽微で進行も遅く,成人期以降も生存する.
3)シアリドーシス(sialidosis)
Ⅰ型は軽症型で,顔貌や骨の異常は伴わず,チェリーレッドスポット-ミオクローヌス症候群(cherry-red spot-myoclonus syndrome)ともよばれる.10~20歳代に発症し,徐々に視力障害や歩行障害が進行する.眼底cherry-red spot,視力低下,白内障,色覚異常,ミオクローヌス,痙攣発作,振戦,腱反射亢進,筋緊張低下,構音障害など,視力障害と神経症状を呈するが知的障害はほとんど伴わない.Ⅱ型は,ムコ多糖症様の骨の異常を伴い,より早期に発症する重症型である.この先天型は,胎児水腫となり胎児期あるいは生後間もなく死亡する.乳児型は,生後1年以内に顔貌の異常,骨変形,頭囲拡大,発達遅滞,肝脾腫,低身長,筋緊張低下,眼振,ミオクローヌス,痙攣発作,小脳失調などが現れる.知的障害を認める.眼底cherry-red spot,視力低下,白内障,角膜混濁も伴うことが多い.皮膚に広範な異常蒙古斑を認めることが多い.
検査成績
骨X線,頭部MRI,脳波,眼底検査など,種々の症状に応じて検査が行われる.
診断後の患者のフォローには,心臓超音波,腹部CT,頭部MRI,脊髄MRI,脳波,睡眠時無呼吸検査,聴力検査,角膜・眼底検査などを適宜必要に応じて行う.
診断・鑑別診断
診断のきっかけとなる異常は,進行性の神経障害,骨X線異常,末梢血リンパ球の空胞化,眼底cherry-red spotなどであるが,疾患と病型により,主たる症状および発症年齢,進行速度はまったく異なる.臨床症状と種々の検査より糖蛋白代謝異常症が疑われたとき,確定診断のための検査が行われる.
粗な顔貌やムコ多糖症様の骨変形を認めたときは,ムコ多糖症との鑑別のため尿中ムコ多糖分析が必要である.糖蛋白代謝異常症では,尿中ムコ多糖の異常は認めないことよりムコ多糖症との鑑別が行われる.それぞれの確定診断は,酵素診断による.
マンノシドーシス,フコシドーシス,アスパルチルグルコシラミン尿症,シアリドーシス,およびSchindler病・神崎病では,末梢血リンパ球中の病因となる酵素活性を測定し,その活性欠損を証明することにより確定診断できる.
ガラクトシアリドーシスで欠損するライソゾーム性保護蛋白質は,カテプシンAの活性をもつとともにシアリダーゼおよびβ-ガラクトシダーゼと結合して酵素複合体を形成し,シアリダーゼの活性化とβ-ガラクトシダーゼの保護安定化を行っている.したがってこれが欠損すると,シアリダーゼの活性低下(基準値の10%以下)に加えβ-ガラクトシダーゼ活性の部分低下(基準値の10~30%)が起こる.β-ガラクトシダーゼ活性の部分低下をみることによりシアリダーゼ単独欠損症であるシアリドーシスとの鑑別ができる.
ムコリピドーシスⅡ型・Ⅲ型で欠損するN-アセチルグルコサミン-1-リン酸基転移酵素は,種々のライソゾーム酵素修飾糖鎖のマンノース残基にリン酸基を付加しマンノース-6-リン酸とする.ライソゾームにはマンノース-6-リン酸受容体が存在し,これによりライソゾーム酵素はライソゾーム内に局在することができる.したがってムコリピドーシスⅡ型・Ⅲ型では,細胞内でライソゾーム酵素がライソゾーム内に局在して働くことができず,種々のライソゾーム酵素活性が種々の程度に低下する.これに対し,血漿中のライソゾーム活性は正常の数倍~20倍程度に上昇する.
経過・予後
それぞれの疾患でまったく異なるが,一般的に進行性である.
治療
遺伝性,進行性の疾患であり,根治療法はない.
1)原因療法:
ほかのライソゾーム病と同様に,造血幹細胞移植および酵素補充療法の可能性がある.しかし,両治療法とも脳神経障害や骨症状には効果が乏しいため,対症療法に留まっている.
2)対症療法:
痙攣に対する抗痙攣剤の投与,感染症に対する抗生物質などの投与,摂食困難な状態になった場合には鼻腔チューブや胃瘻などの対症療法が行われる.
予防・遺伝カウンセリング
病型により症状,予後がかなり異なるので,病型に応じた説明が必要である.常染色体性の劣性遺伝形式を示し,遺伝カウンセリングを行う必要がある.[田中あけみ]
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報