日本大百科全書(ニッポニカ) 「鼠径ヘルニア」の意味・わかりやすい解説
鼠径ヘルニア
そけいへるにあ
inguinal hernia
鼠径部(男子では陰茎外側、女子では大陰唇)に腹腔(ふくくう)内臓器が脱出し、腫瘤(しゅりゅう)を形成するものをいう。厳密には外鼠径ヘルニア、内鼠径ヘルニアに区別されるが、後者はまれである。脱出した臓器をヘルニア内容、その臓器を包む腹膜をヘルニア膜、腹壁からの脱出口を内ヘルニア門、外ヘルニア門という。成人では腹壁の弱くなった老人や重労働者、婦人などによく発症する。一方、小児では例外なく胎生期からある腹膜鞘(しょう)状突起が開存(かいぞん)してヘルニア膜となり、発症する。外鼠径ヘルニアがほとんどを占め、小児外科で取り扱う疾患のうち、もっとも頻度が高い。治療は手術以外に完治を望めない。成人の場合は腹壁の脆弱(ぜいじゃく)性に起因し、小児では腹壁でなく鞘状突起の開存に原因を求められるため、同じ病名であってもその治療法は根本的に異なる。すなわち、成人では腹壁の補強がもっともたいせつであるが、小児では腹膜鞘状突起の高位切断のみで目的が達せられる。小児で腹壁補強を行うと、精管動脈の血行障害をおこして睾丸萎縮(こうがんいしゅく)をきたすこともある。
鼠径ヘルニアを放置すると、ヘルニア内容となった腸管がヘルニア門で絞扼(こうやく)され、腸閉塞(へいそく)または血行障害をおこし、腸管壊死(えし)をきたす危険がある。そのため、新生児であっても、できるだけ早く手術を行うべきであり、小児外科の進歩がそれを可能にした。以前よく用いられていたヘルニアバンドは効果もなく、弊害も多いので薦められない。
[戸谷拓二]