細菌毒素による疾患

内科学 第10版 「細菌毒素による疾患」の解説

細菌毒素による疾患(感染症総論)

(1)外毒素
 病原細菌の多くは外毒素を産生する.外毒素は蛋白質で,直接または免疫細胞を介して組織に有害作用を発揮する.
a.外毒素の種類
 外毒素は産生する細菌の種類により,コレラ毒素,志賀毒素,破傷風毒素,ボツリヌス毒素などとよばれる.さらに,外毒素はおもに作用する細胞の種類により,ボツリヌス毒素や破傷風菌毒素のようなニューロトキシン,コレラ毒素や病原性大腸菌のLT(易熱性エンテロトキシン,heat-labile enterotoxin)のようなエンテロトキシン,ブドウ球菌,Fusobacterium necro­phorum,そして緑膿菌などの産生する毒素のようなロイコシジン,腸炎ビブリオの耐熱性溶血毒などのようなカルジオトキシンなどと命名される.
b.外毒素の構造と作用機構
 外毒素には単一ペプチドからなる単純毒素と複合毒素の2種がある.複合毒素は機能の異なる2種のペプチドからなり,細胞の受容体への結合部分(binding site)と毒性を発揮する活性部分(a
ctive site)からなる.結合部分の作用点は細胞表面の糖脂質のガングリオシドまたは蛋白質である.毒素には細胞膜で作用するもの,または細胞内に入って作用するものがある.その作用メカニズムは多様である. 
ⅰ)細胞膜で作用する毒素
 膜にチャネルを形成する孔形成毒素(pore-forming toxin)や膜の成分であるリン脂質を加水分解する毒素が知られる.前者にはリステリア菌が産生する溶血毒が,後者にはウェルシュ菌(Clostridium perfringens)が産生するα毒素(ホスホリパーゼ C)がある.また,黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)の産生するロイコシジンは白血球の細胞膜にある酵素に作用する. 
ⅱ)細胞内で作用する毒素
 蛋白合成系に作用する毒素である.活性部分には,ADPリボシル化酵素またはrRNA N-グリコシダーゼがある.前者は細胞内でNADからADP-リボシル基を取り,宿主蛋白質に付加し,蛋白質を不活化する.ジフテリア毒素(58 kDa),コレラ菌のコリックストキシン(70 kDa)などがある.また,後者は28S rRNAのあるアデノシンのN-グリコシド結合を切断し,蛋白質合成を停止させる.志賀毒素(70 kDa)やベロ毒素(70 kDa)がある. 
ⅲ)スーパー抗原となる毒素
 MHC クラスⅡ陽性細胞のMHC classⅡ分子に結合し,特定のVβ陽性T細胞受容体を表現するすべてのリンパ球を非特異的に刺激する毒素である.Tリンパ球の過剰な活性化により,大量のサイトカインが産生される.ブドウ球菌のエンテロトキシン(28 kDa),毒素性ショック症候群毒素(22 kDa),A群連鎖球菌の発赤毒素(8 kDa)がある.
c.外毒素が重要な役割を示す疾患(表4-1-4)
 外毒素と疾患とのかかわりは,おおむね以下の様式による. 
ⅰ)食品中の外毒素による疾患
 ボツリヌス食中毒とブドウ球菌食中毒は食品中の外毒素を摂取して起こる.ボツリヌス食中毒は,腸管から吸収されたボツリヌス毒素(150 kDa)が末梢神経系で作用し,弛緩性麻痺を起こす.ブドウ球菌食中毒は食品中に蓄積された嘔吐活性のあるエンテロトキシンによって起こる.このほか,Bacillus cereus食中毒嘔吐型も食品中の嘔吐毒(e
metic toxin)を摂取して起こる.これらの場合,細菌の腸管での定着はなく,自己限定性の疾患である. 
ⅱ)大量の細菌で汚染された食品で起こる疾患
 C.perfringens食中毒は,食品中で増殖した大量の細菌の摂取による食中毒である.食品中の大量の細菌(栄養型)は腸管内で芽胞形成するが,そのときに腸管内で産生されたエンテロトキシンが原因である.細菌の腸管内での増殖はほとんどない.原因食摂取後8~22時間後に,激しい腹痛と下痢で発症する.通常24時間以内に症状はおさまる. 
ⅲ)粘膜(気道・腸管)に定着した細菌が産生した外毒素を吸収して起こる疾患
 ジフテリアの症状は咽頭部粘膜に定着したジフテリア菌が局所で産生した外毒素(58 kDa)による.外毒素は血流に入り,心臓など感受性のある組織・臓器を傷害する.また,神経系にも作用する.この場合細菌の組織内侵入はないか軽度である.
 乳児ボツリヌス症や成人型腸管ボツリヌス症では,経口的に摂取された細菌の芽胞が特殊な条件下(乳児),特殊な病態下(成人)の消化管内に定着,増殖し,持続的に外毒素を産生し,intestinal toxemiaを起こす.毒素は血流,リンパ球にのり末梢神経で作用する.
 コレラは小腸上皮細胞に付着したコレラ菌が産生する毒素(85 kDa)による.毒素は腸管上皮細胞に作用して下痢を起こすが,定着した菌の粘膜下組織への侵入はほとんどない.また,C.difficile関連疾患には,大腸内で定着したC.difficileが産生するLTCsであるTcdA(269.6 kDa)とTcdB(308 kDa)が深く関係し,軽度の下痢症から,偽膜性大腸炎,さらには重症の中毒性巨大結腸症を含む広い病型がある. 
ⅳ)創部に定着した細菌が産生した外毒素により起こる疾患
 創傷ボツリヌス症は創傷感染部で偶発的に産生された毒素を吸収して起こる疾患である.また,破傷風は創部で定着した破傷風菌が産生する神経毒(150 kDa)が近隣の神経細胞内に侵入,軸索を逆行性に上行し,中枢神経系に達し,毒性を発揮する.さらに,C.perfringensガス壊疽はC.perfringensが産生するα毒素(43 kDa)により近隣の組織が侵される.このα毒素は膜を傷害するが,血流に入り心臓にも作用する.
(2)病状の主因が外毒素である疾患
 細菌が産生した食品中の毒素量のみが病状と密接に関係する疾患がある.ボツリヌス食中毒とブドウ球菌食中毒がその代表的な疾患である.ボツリヌス食中毒はClostridium botulinumが食品中で産生した外毒素(BoNT)を経口的に摂取して起こる.これ以外に,C.botulinumの芽胞が腸管で定着・産生したBoNTを吸収して起こる腸管ボツリヌス症(intestinal toxemia botulism)もある.毒素の侵入部位としては,腸管以外にも創部や気道粘膜がある.体内に吸収されたBoNTは末梢神経の神経筋接合部で作用し,弛緩性麻痺および自律神経系の症状を起こす(【⇨15-7-3)-(6)】).
 ボツリヌス食中毒の原因食はおもに自家製の保存食品(びん詰,缶詰,真空包装食品など)である.いずしや魚類の発酵食品を原因とするBoNT/Eによる食中毒事例が,また輸入キャビア,輸入オリーブの瓶詰,国産の真空パック食品を原因とするBoNT/AまたはBoNT/Bによる食中毒事例が報告されている.また,経口的に摂取したC.botulinumの芽胞が,細菌叢の未熟な腸管に定着,毒素を産生して起こる乳児ボツリヌス症(infant botulism),同じく芽胞が特殊な状況下で成人の腸管に定着して起こる成人腸管ボツリヌス症(adult intestinal toxemia botulism)がある. また,ブドウ球菌食中毒はブドウ球菌,特にS.aur­eusに汚染された食品中のstaphylococcal enterotoxin(s)(SE(s))による中毒である.原因食摂取後1~6時間に悪心・嘔吐を主症状として発症し,通常では24時間以内に自然に治まる.SEsには嘔吐活性があり,SEAの場合,1 μgでサルに嘔吐を起こす.SEの標的は腹部臓器と考えられているが,嘔吐出現に至る詳細なメカニズムは不明である.また,SEにはスーパー抗原活性があり,血流に入ると免疫細胞からのIL-2の遊離を刺激する.ブドウ球菌食中毒でみられる症状と同様な悪心・嘔吐などがIL-2をヒトに投与すると出現する.B.cereusの産生する嘔吐毒(emetic toxin)による食中毒との鑑別が必要である.[渡邉邦友]
■文献
Dinges MM, et al: Exotoxins of Staphylococcus aureus. Clin Microbiol Rev, 13: 16-34, 2000.
Le Loir Y, Baron F, et al: Staphylococcus aureus and food poisoning. Genet Mol Res, 2: 63-76, 2003.
Sobel J: Botulism. Clin Infect Dis, 41: 1167-1173, 2005.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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