出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報
…このような状況下で1945年から46年にかけて生産管理闘争・十月闘争と労働攻勢が展開され,さらに47年空前絶後ともいうべき二・一スト態勢へと盛り上がった。しかし二・一ストは占領軍の中止命令によって挫折したことから,それまでの強引な共産党指導に対する産別会議内部の自己批判の声が高まり,そのための臨時大会が開催されたが,この大会は逆に自己批判を封ずる結果となり,それまでにも生じていた共産党フラクション活動に対する内部の不満が噴出し,産別会議前事務局次長の細谷松太らを中心に〈組合を組合員の手に〉をスローガンに48年2月産別民主化同盟(民同派と呼ばれる)が結成された。その前後には総同盟の民主化運動の提唱,国鉄反共連盟結成などもあり,産別民同の結成は戦後労働運動再編成を決定的にした。…
※「細谷松太」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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