組織的研究(読み)そしきてきけんきゅう

大学事典 「組織的研究」の解説

組織的研究
そしきてきけんきゅう

実験科学の誕生と科学研究の制度化]

大学における組織的研究は,科学研究の方法論上のパラダイム変化をきっかけに誕生した。科学研究の方法論は,経験的事実・現象を対象に思考観察によって実証的な方法で理論化を図る経験科学が中心であった。19世紀末に産業と強固に結びついた化学物理学が盛んになると,仮説を検証する実験を研究の主要な方法論に採用する実験科学が研究方法論の中心となった。実験には大規模な設備や系統的なデータ収集が必要になり,その結果チームワークが重視されて必然的に分業・組織化が進む素地が形成された。

 19世紀には科学自体の専門分化と国民国家の下での科学研究の体制化が同時に進展し,現代までの基礎研究を中心とした自然科学は,研究の大規模化と組織的研究の拡大とともに発展した。組織的研究は研究資金を提供する社会からの要請,すなわちファンディングによって誘導される側面も強い。公的資金を原資とする科学研究は,真理探究を行う科学のための科学から,一定期限内にプロジェクトの目標を達成するシステムへの転換が促された結果,20世紀には科学と技術が結合された実用のための研究開発を行い,さらにその技術を用いて新たな科学的発見を積み重ねる「科学技術」への転換が進んだ。科学が技術と結びつき,政治・経済・社会に大きな位置を占めるようになったことに伴い,19世紀以前の好事家による好奇心駆動型研究のアカデミズム科学から,大規模な実験設備を伴う使命指向型の産業科学へと転換したのである。

[戦時科学動員と研究の組織化]

好奇心駆動型から使命指向型への科学研究の変容を招いた要因には,第1次世界大戦と第2次世界大戦期の総力戦遂行のために,科学を積極的に応用・利用しようとした戦時下の科学動員の影響が大きい。アメリカ合衆国で第2次大戦中に原子爆弾を開発したマンハッタン・プロジェクトは,研究者・技術者が結集され研究を行う政府主導の大規模国家研究開発プロジェクトの代表例である。日本でも体制内科学の社会的側面である戦時動員(日本)は同様であり,「科学技術の前線配置」といった標語のもと研究者は各種資源を獲得し,戦後成長を遂げる日本の理工系大学を支える基盤が形成された。第2次大戦以降はさらに実験装置が巨大化し,政府資金や企業組織をスポンサーとして外部資金を調達して実施する国家的・企業的色彩が強まった。

[組織的研究の現在と国際化]

近年は,物理学の高エネルギー科学などの基礎研究では施設の大規模化が一層進展し,直接的な便益を短期で期待できない中で費用高騰が著しい。国防や国威発揚という説明をもってしても,もはや一国での費用負担は不可能である。その結果,加速器などの設備は国際プロジェクトによる推進が一般的になっている。一方,経済活性化のため学術成果の還元を求める社会の要求に応えてイノベーションを追求する産学連携プロジェクトなど,セクターを超える特定の研究開発目標を一定期間に達成するプロジェクト型の組織的研究が,各国で積極的に推進されるようになっている。大学の実験室レベルでプロジェクトを分担して推進する方式を分散研方式といい,また国レベルの施策プログラム,国際科学技術連携や基盤技術研究など国家戦略として取り上げる大型プロジェクトで,産学官の研究者が1ヵ所に集い研究を行う方式を集中研方式と呼び,サイエンスパークや公的研究機関など大学外の機関で大学の研究者が研究に従事することも顕著になりつつある。

[大学と研究組織]

大学における研究管理の組織単位には,独立した研究者個人単位での学協会レベルの活動(scholarly communication),大学教員単位でポストドクター研究者や博士課程の大学院生や実験助手等から構成される実験室レベルの管理(laboratory management),特定の目標や目的を持つ研究プロジェクトレベルの管理(project management),ファンディングと一体化した施策レベルのプログラム(program)の目標管理,といった多段階での組織マネジメントが求められる。このため,研究者としての教員以外にも研究関連の専門的職制が生まれている。実験室やプロジェクトレベルではファンディングを受け,研究プロジェクトを率いる研究代表者はPI(Principal Investigator)と呼ばれ,大学ファンディング側で研究の方向性を専門分野の学術的見地からマネジメントする研究開発プログラムの責任者をPO(Program Officer)という。大学内でも,プロジェクト研究を行う競争的資金に関する業務量が増加したことから,実験補助者などに加えて研究支援専門職であるURA(University Research Administrator,リサーチ・アドミニストレーター)などの専門職が登場している。こうした研究関連の職制には,研究経験を持つ者が就任することが世界では一般的である。

 ただし,組織的研究は実験科学の性質に応じて巨大な装置等を必要とする場合にみられる研究形態であって,現在でも一概に自然科学全般が一様なわけではない。研究スタイルや方法論は,専門分野やディシプリンによる差異が現在もはっきりみられる。たとえば研究成果である論文や著書の執筆でも,共著が多い分野とそうでない分野があることなどの特性に留意する必要がある。
著者: 白川展之

参考文献: 上山隆大『アカデミック・キャピタリズムを超えて―アメリカの大学と科学研究の現在』NTT出版,2010.

参考文献: イアン・F. マクニーリー,ライザ・ウルヴァートン著,冨永星訳『知はいかにして「再発明」されたか―アレクサンドリア図書館からインターネットまで』日経BP社,2010(原著2009).

参考文献: ヘンリー・エツコウィッツ著,三藤利雄・堀内義秀・内田純一訳『トリプルヘリックス―大学・産業界・政府のイノベーション・システム』芙蓉書房出版,2009(原著2008).

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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