日本大百科全書(ニッポニカ) 「立地論」の意味・わかりやすい解説
立地論
りっちろん
location theory 英語
Standortstheorie ドイツ語
立地とは、広義には個人、集団、企業などのさまざまな活動が行われている場所、その位置、ないしはその広がりをいう。一般には、産業・企業などの経済活動の主体が経済行為を行う場所や位置、およびそれらを経済主体が選択する行為・プロセスをさす。その立地に関する理論をはじめ、歴史や政策を扱うのが立地論である。
[加藤幸治]
立地論の系譜
立地の研究は、経済学や経済地理学の歴史とともに古く、A・スミスの『国富論』(1776)にも工業の分布の問題をめぐる言及がみられるが、立地論を体系的な形で提示したのは、ドイツの農業経済学者J・H・フォン・チューネンであった。彼は、主著『孤立国』(標題を直訳すれば『農業と国民経済に関する孤立国』)の第1部(1826)において、農業経営や土地利用の一般理論を解明するなかで「農業立地論」を展開した。
ついで、同じくドイツの経済学者A・ウェーバーが、著書『工業立地について』(1909)で工業立地論の体系化を試みた。また彼の弟子たちは、純粋理論に対する現実理論の構築を目ざして、科学や楽器などの工業部門、さらにはドイツ工業の地域構造の歴史的変貌(へんぼう)に関する個別的研究に取り組んだ。
立地論は、チューネンならびにウェーバーによる古典的立地論を出発点として、おもにドイツとアメリカ合衆国で発展を遂げた。立地論の本流は、近代経済学の諸理論を導入して、立地の静態的分析から動態論へ、さらに巨視的視覚からの立地論構築へと進んだ。スウェーデンのT・パランダーTord Palander(1902―1972)は近代価格理論と市場地域理論を援用することで、またドイツのA・レッシュAugust Lösch(1906―1945)は一般均衡理論と不完全競争理論の導入によって立地論の理論的な前進を企てた。さらに、アメリカのE・M・フーバー、W・アイサードWalter Isard(1919―2010)、M・L・グリーンハットなどは、理論的な精緻(せいち)化を図ると同時に現実への適用にも寄与した。このような流れは、やがてコンピュータの発達と計量経済学的手法の進展にも助けられて、「地域科学」の確立へと向かっていった。
一方、ウェーバーと彼の継承者たちが展開した議論に対して、時代とともに変遷する工業やその他諸産業の具体的な地域的背景を重視する意味から、立地への歴史科学的接近をとる旧西ドイツの地理学者E・オトレンバのような流れもある。さらに、社会主義経済の立場から生産配置論を説いた旧ソ連のY・G・フェイギンや旧東ドイツのG・シュミット・レンナーGerhard Schmidt-Rennerも無視することはできない。
近年ではノーベル経済学賞受賞者の国際経済学者P・クルーグマンが、古典的立地論の新展開を目ざして空間集積に関する収穫逓増モデル化の研究を進めることなどによって、「新経済地理学」を構築することを主張している。
[加藤幸治]
古典的立地論の基礎事項
チューネンは、自然条件の違いを捨象した均質空間(「孤立国」)を想定することによって、その中心に位置する都市(唯一の市場)との距離の関係から、周囲に展開する農業経営様式の配置が解明できることを提示した。チューネンの結論を単純化していえば、農作物を市場に運ぶための輸送費と、農業経営の集約度に規定される生産費との関係から、都市を中心にした同心円状に広がる地帯構成(チューネン圏またはチューネン環(リング)とよばれる)が形成されるというものである。中心都市との距離に応じて変化する輸送費が、「土地地代」の大きさを媒介として、各地点における農作物や農業経営の立地を規定するとしたのである。チューネン理論は、H・O・ナースなどによって、都市内部の土地利用理論として応用されるなど、立地論において重要な位置を占めている。
ウェーバーは、原材料産出地から工場を経て消費地に至る間の輸送費の大小に工業の立地選定の基本的要因は帰着するから、工業の生産地点(工場)は、輸送費総額の最小地点に定まるはずであるとして、これを「輸送費指向」とよんだ。次に、この地点への立地がずれる要因として労働費総額をあげ、その最低の地点に生産地点が引き寄せられる場合があることを指摘し、これを「労働費指向」と称した。さらに、しばしば工業が地域的に「集積」する現象に着目して、集積によって生ずる生産費の節約を「集積の利益」と規定し、集積に伴う不利益にも目を配りながら、「集積因子」「分散因子」を軸とする「集積論」を提示した。
古典的立地論は輸送費を切り口にして構築されてきたことから、立地論は費用最少化の問題を強く意識してきた。しかしながら、同じ立地論でも商業の立地を問題とする論者の間では収入最大化立地への関心が強いし、近年では市場変化への適応やイノベーション(技術革新)にとって産業集積が果たす役割が注目されたこともあって、費用面だけではなく収入やイノベーションの促進といった論点を取り込んだ、立地論の新たな展開に注目が集まっている。
[加藤幸治]
『A・ウェーバー著、江沢譲爾監訳『工業立地論』(1966・大明堂)』▽『W・アイザード著、木内信蔵監訳『立地と空間経済』(1966・朝倉書店)』▽『伊藤久秋著『ウェーバー工業立地論入門』訂正版(1984・大明堂)』▽『トルド・パランダー著、篠原泰三訳『立地論研究』上下(1984・大明堂)』▽『チューネン著、近藤康男・熊代幸雄訳『孤立国』(1989・日本経済評論社)』▽『アウグスト・レッシュ著、篠原泰三訳『新訳版 レッシュ経済立地論』(1991・大明堂)』▽『富田和暁著『経済立地の理論と実際』(1991・大明堂)』▽『西岡久雄著『立地論』増補版(1993・大明堂)』▽『P・クルーグマン著、北村行伸・高橋亘・妹尾美起訳『脱「国境」の経済学――産業立地と貿易の新理論』(1994・東洋経済新報社)』▽『松原宏著『経済地理学――立地・地域・都市の理論』(2006・東京大学出版会)』