翻訳|econometrics
経済の諸関係式を量的に計測するために数学や統計学の手法を適用する経済学の一分野。近年は日本でもエコノメトリックス(R.フリッシュが命名)の語が使われることも多い。およそ経済学で扱う概念は,個別商品の需要や供給や価格にしても,社会全体の所得や消費や投資にしても,すべて数量的に規定され計測可能なものである。しかし,国民所得や消費や投資や物価指数などを計測して統計資料を作ること自体は,計量経済学の基礎資料としては不可欠なものであるが,それだけでは計量経済学とはいわれない。計量経済学では,まずいろいろな経済関係を数学的に定式化し,それを統計的方法によって実際の統計資料に当てはめるというプロセスをとる。このようにして,経済理論と呼ばれる経済諸関係に関する仮説を検証したり,いろいろな意思決定をするのに役立つ数量的な情報を得るために活用されている。
経済学において数量的方法を適用した歴史は古く,18世紀のケネーの経済表に始まるといわれる。経済理論に数量的・実証的内容を与えることを目的として統計資料を体系的に利用するようになったのは20世紀になってからである。しかし20世紀の初めには,経済理論を軽視して統計資料だけから数量的情報を導こうとしたり,逆に統計資料の性質を無視してやみくもにそれに経済理論を当てはめようとしたりして,理論と統計資料がうまく結合されたとはいえなかった。前者の例としては,経済時系列を整理・分類して景気循環の統計的研究を行い,総合景気指標を作成して景気予測を行おうとしたハーバード大学経済調査委員会が有名である。景気予測に失敗を重ねたため,適当な経済理論を欠いているからであるとして〈理論なき計測〉と批判された。他方,精緻(せいち)な数学的方法を用いて優美な理論体系を展開しつつあった新古典派経済理論に現実的実証性を与えるため,相関分析や回帰分析を用いて経済理論を統計的に計測することがなされた。たとえば,H.ムーア,H.シュルツ,P.ダグラスらによる需要や供給の弾力性,限界生産性の計測などは有名である。しかし,これらは主として自然科学で実験から生成される統計資料に適用される手法を無反省に適用したものであり,非実験資料としての経済統計資料に適用するときの限界や問題点が指摘された。したがって,経済理論と統計資料の有意義な結合をするためには経済統計資料の性質を考慮した統計的分析手法の開発が必要となり,R.フリッシュ,T.ホーベルモ,A.ウォールドらの先駆的研究ののち,数理統計学者の貢献を得て,計量経済学で用いられるべき統計的方法というものが1950年代初めまでにほぼ確立された。
このような歴史的背景のもとに,経済理論と数学と統計学の有意義な結合をめざして,フリッシュの首唱で計量経済学会(エコノメトリック・ソサエティ,機関誌《Econometrica》)という国際的な学会が1930年に創設され,世界の数量的な経済学研究を大きく推進してきた。また36年刊行のケインズ《一般理論》によってマクロ(巨視的)経済理論が確立されたが,そこで用いられる国民所得や消費や投資などの諸概念が,集計的な経済統計資料と容易に対応づけられることになった。さらに,各国において経済統計資料の拡充や蓄積が進むとともに,コンピューターの長足の進歩によって計算処理能力が発達し,60年代以降の計量経済学におけるモデル分析はめざましいものがある。
ケインズ経済学に基づく簡単なマクロ計量経済モデルを用いて,計量経済学におけるモデル分析がどのようになされるかを説明する。いま国民所得をY,消費支出をC,投資支出をIとすると,
Yt=Ct+It ……(1)
Ct=α+βYt+γCt-1+μt ……(2)
というt期に成立する一つの経済モデルが考えられる。ここでα,β,γはパラメーターであり,とくにβは⊿C/⊿Yに等しいから限界消費性向と呼ばれる。またIはモデルの外から与えられる経済量で外生変数と呼ばれるのに対し,YとCはこのモデルの内部で決定される経済量で内生変数と呼ばれる。Ct-1は1期前の消費支出でありt期においてはすでにその値が決まっているから,外生変数にこのような過去の内生変数を加えたものは先決変数と呼ばれる。(1)式は定義式であり,(2)式は消費者行動を示す方程式(消費関数と呼ばれる)だから確率的要因を含み,それが誤差項μとして含められている。一般に経済モデルでは,このほかに生産技術を示す技術関係式や税制などを示す制度式が含まれる。計量経済学では,まず適切な統計的方法によってパラメーターを推定したり,その有意性を検定することがなされる。それによって,ケインズが仮定した0<β<1という条件が成立するか否かの検証がなされるだけではなく,具体的に限界消費性向の数量的情報が得られる。このモデルからは,短期的な限界消費性向はβの値であたえられるが,Ct=Ct-1=一定の均衡値,が成立するときの,長期的な限界消費性向は,β/(1-γ)の値で与えられる。さらに,投資が増加すればそのk倍だけ国民所得が増加するというのがケインズ経済学の核心であるが,このk(投資乗数と呼ばれる)の値は次のように与えられる。すなわち上の式から,短期的にはk=⊿Y/⊿I=1/(1-β)であり,長期的にはk=⊿Y/⊿I=(1-γ)/(1-γ-β)である。このような投資乗数に関する数量的情報を求めておけば,将来の投資増加による景気拡大効果を予測したり,逆に一定の所得を創出するために必要な投資量を求めることも可能になる(〈乗数理論〉の項参照)。このようなマクロ計量経済モデルの最初の開発はL.R.クラインによってなされたが,現在では一国経済の予測や経済計画の策定手段として広く用いられている。
しかし1970年代の経済激動期にマクロ計量経済モデルはその予測力が著しく低下し,さまざまな立場から批判が加えられた。第1は,経済理論の限界に関するもので,たとえば各経済主体がパラメーターの値や政府のとる政策の値を前もって考慮しながらみずからの行動の基準となる諸変数の予想を形成するならば,上のように簡単に投資乗数などを求めることはできず,将来の予測も簡単にはできない。第2は,パラメーター値の安定性に関するもので,経済激動期には過去の統計資料で推定したパラメーター値を将来へそのまま引き延ばすことは予測を狂わせる。第3は,物価や利子率や為替レートなどを通じて一国の影響が他国へ波及する度合が増しており,一国内のモデルだけでは正しい予測は得られない。このような諸批判はいずれも重要な問題点をつくものであるが,マクロ経済的な意思決定をするための数量的情報を得る手段としてマクロ計量経済モデルよりも優れたものが存在しない以上,モデル分析のしかたに改善を加えながら活用されているのが現状である。第1,第2の批判に対しては,各主体の予想を積極的にとり入れたり,時系列分析の手法をとり入れた分析が進められている。第3の批判に対しては,国際的相互依存性を積極的にとり入れた世界経済モデルの開発が盛んになされている。もちろん計量経済学の分野はマクロ計量経済モデルによる分析に限られたわけではない。企業や家計や労働者などの各主体の行動を数量的に調べるミクロ(微視的)計量経済分析も過去にも増して盛んであるが,古典的な方法とは異なり,現在では膨大な数のミクロ的統計資料に新しく開発された統計的手法が適用されている。また,ミクロ的分析とマクロ的分析のいわば中間に位置するものとして,諸産業間の投入・産出関係を示す経済表(産業連関表)を作り,経済構造の統計的把握を行おうとするW.レオンチエフの投入産出分析も定着しており,これをマクロ計量経済モデルと統合した多部門の計量経済モデルも主要各国で開発されている。
執筆者:豊田 利久
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
経済理論と現実経済の間にあって、経済現象の背後にある経済諸要素間の因果関係を数量モデルとして把握し、実際の経済データに基づいてその具体的な構造を推定し、それによって現実経済の分析や予測を行い、経営計画や経済政策の立案に資するほか、経済理論のいっそうの発展を促すことを目的とする近代経済学の一分野である。
[高島 忠]
計量経済学は、現実の経済の動きの背後にある経済的因果関係を数量モデルとして表現するものであるから、それが予測や分析目的に十分に機能するためには、これまでに確立された経済理論に立脚してモデルの設定が行われなければならない。一方、経済現象は人間行動の経済的側面を表すものであるから、自然現象とは異なり、その法則性も歴史とともに変化する性格をもつ。したがって、確立された経済理論も絶えず現実経済との対照のうちに修正され、新理論の形成が行われなければならない。そのためには、確立された経済理論やまだ仮説の段階にある新理論を、現実経済の動きを観測して得られる経済統計資料に基づいて、その有効性を検証することが必要となる。その役割を果たすものが計量経済学であり、その意味では、経済学全体系のなかで要(かなめ)に位置する学問分野といいうる。
[高島 忠]
アダム・スミス以来、新古典派の理論を経て、経済学はその理論的内容を豊かにしていったが、その定性的純粋理論の内容に、現実経済の観測に基づいて定量的意味づけを与え、あるいはそれを統計的に検証しようとする仕事が1910年代からおこった。当初は、特定財に関する需要弾力性や需要関数、供給関数などの統計的計測という分野で、H・L・ムーア、H・シュルツ、R・A・K・フリッシュらによって計量経済学的研究が開始されたが、やがて理論経済学の成果と推測統計学の手法を結合して経済理論に数量的内容を与えることを目的として、1930年にJ・A・シュンペーター、I・フィッシャーらによってアメリカに計量経済学会が設立された。その後は、とくに計量経済学の方法論の統計的推定法の研究に力が注がれ、T・C・クープマンス、T・ホーベルモ、W・C・フード、J・マルシャックらをメンバーとするアメリカの研究グループ、コールズ・コミッションCowles Commissionを中心として、その方法論的基礎はいちおうの確立をみるに至った。
[高島 忠]
計量経済学の研究は、次の手続に従って行われる。まず、(1)これまでの経済理論の成果に立脚しながら、計測の対象とする経済現象をその背景にある経済諸要素間の因果関係としてとらえ、それを確率的変動要素をも考慮した数量モデルとして表現し(モデルの構築)、(2)各経済要素について、現実経済を観測して得られたデータを用いて、その数量モデルに具体的な数量的表現を与えるパラメーターを推定し(構造方程式の推定)、(3)推測統計学(数理統計学)の成果を応用して、当初に設定したモデルの妥当性を統計的に検証する(仮説検定)。その結果によっては、(4)モデルを修正し、あるいは新たな経済理論の導入によってモデルの再構築を行ったうえで、(2)以降の手続を、経済理論上および統計理論上、満足すべき構造方程式が得られるまで繰り返す(構造方程式の確定)。これによって、現実経済の変動メカニズムが具体的、数量的表現をもつ計量経済モデルとして把握されたことになるから、(5)そのモデル(構造方程式体系)に基づいて経済変動の分析、将来予測、計画策定などの作業が行われることになる。
[高島 忠]
このような計量経済学的研究は、構築されるモデルの形態から二つに大別される。一つは単一方程式モデルであって、これは経済のある特定部分の変動メカニズムをそれ以外の部分から切り離して研究しようとする際に用いられる。たとえば、ある特定財についての生産関数の推定や需要予測などを行うのに用いられることが多く、一般に経済理論のなかでは部分均衡分析に対応する研究方法である。これに対して、経済理論における一般均衡分析に対応するものは、連立方程式モデルによる計量経済学研究である。本来、どのような経済現象も、一般に全経済体系のなかで各経済要素が相互依存の関係をもちながら発生するものであり、連立方程式モデルはそのような相互依存の因果関係を明示的に表現するものである。ここにおいては、特定の経済要素の動きも経済全体の相互依存のなかで数量的に把握されることになる。
[高島 忠]
モデルとして設定された関係式について、その具体的な数量的表現としての構造方程式を得るには種々の推定方法がある。推定方法の問題の核心は、経済変数に関する所与のデータから、できる限り真の値に近接した値としてパラメーターを推定することにあり、したがって、所与のモデルに対応してもっとも望ましい統計的性質をもったパラメーター推定量をみいだすことにある。単一方程式モデルの推定には一般に最小二乗法が用いられるが、これを連立体系に適用すれば偏りのある推定値となる。その欠点を回避するため、二段階最小二乗法や最尤(さいゆう)法などいくつかの手法が考え出されている。
[高島 忠]
『福地崇生著『計量経済学入門』(1963・東洋経済新報社)』▽『A・S・ゴールドバーガー著、福地崇生・森口親司訳『計量経済学の理論』(1972・東洋経済新報社)』▽『J・ジョンストン著、竹内啓他訳『計量経済学の方法』全訂版全2巻(1976・東洋経済新報社)』▽『辻村江太郎著『計量経済学』(2008・岩波書店)』▽『宮川公男著『計量経済学入門』(日経文庫)』
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…経済学の理論と実証の両分野にわたる多彩な研究業績をあげている。とりわけ,経済行動の相互依存性とその確率的な関係を,経済理論と近代統計学にもとづいて測定することを中心とした計量経済学の方法論を,一般性をもつ理論として体系化し,今日の計量経済学の理論的基礎を与えた。この貢献は,経済学説史の上からも特記すべきことであった。…
※「計量経済学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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