改訂新版 世界大百科事典 「絶滅生物」の意味・わかりやすい解説
絶滅生物 (ぜつめつせいぶつ)
extinct organism
系統的自然分類学上の種レベルで,現在存続しているもの以外の過去のすべての生物を指す。しかし,強調的に絶滅生物という用語を使う場合には,例えば三葉虫類,アンモナイト類というふうにより高次の分類単位で,現世まで達しなかったものを指すことも多い。また,第四紀の大氷河時代が終わった時点,すなわち更新世末期で,世界中で200種以上もの生物(主として大型動物)が滅びていることから,ただ単に絶滅生物といったときに,これらの更新世絶滅動物を指していることもしばしばある。マンモスやケサイ,オオナマケモノなどがその代表である。
一般的に地質時代を通観してみると,種レベルでの絶滅生物の数は現代に近くなるほど減少する傾向があることが経験的にわかる。このような絶滅生物が占める割合,あるいは逆の現生生物の占める割合を化石群集について求め,それを一つの時代分けの指標にしようという考えが成り立つ。この方法には,生物群や地域性の特色によってばらつきがあるため,非常に正確というわけにはいかないが,大きな傾向をみる一つの目安には十分使える。ふつう,新第三紀から第四紀にかけての時代論に活用される。デエーG.P.Deshayes,C.ライエル,シュカートC.Schuchertらによって,このような現生種extant speciesと絶滅種extinct speciesとの百分率が実際に算出されたが,少しずつ違いはあるとしても,おおよそ次のような値となっている。
古第三紀 始新世 1~5%
漸新世 10~15%
新第三紀 中新世 15~50%
鮮新世 50~90%
第四紀 更新世 90~100%
しかし,このような百分率法(地層中に含まれる化石群の総種数に対する現生種数の割合)は,生物界全般にわたる傾向を読みとる場合に最も有効であるということを認識しておかなければならない。例えば脊椎動物の絶滅率の方が腕足動物のそれよりも高いというようなことが,時代によってあるので,何についての絶滅率(あるいは生存種百分率)であるかを明確にしたうえで,その適用限界を考慮しておく必要がある。したがって,文献等からの数値だけで評価や比較をし,時代論に直接結びつけるようなことは適当でない。
大分類のランクで絶滅生物と称されるものは,その存続期間についてみると一種の示準化石的な意味合いがある。例えばフズリナ(紡錘虫)類であれば,石炭紀前期後半から二畳紀末期まで存続し,三畳紀前期には達していない絶滅生物であるから,古生代後半の限定された地質時代を指す重要な示準化石といえる。類似した例をいくつか表1に示しておく。また,第四紀の大氷河期が一段落した更新世末期に絶滅した生物の例を,分布地域を付していくつか表2にあげておく。
執筆者:浜田 隆士
絶滅動物
絶滅動物の多くは古生物であるが,自然保護に関連して話題になるのは有史以降の人類の影響で絶滅したものである。
自然現象としての絶滅
動物の系統進化は絶滅の歴史ともいえるほどで,絶滅は避けがたい自然現象である。多くの種を含む綱や亜綱が絶滅した顕著な例には,軟骨魚綱と硬骨魚綱の共通の祖先,板皮(ばんぴ)綱の石炭紀前期,爬虫類の祖先に当たる両生綱迷歯亜綱の三畳紀末の絶滅などがある。恐竜類も白亜紀末までに絶滅し,新生代まで生き続けた種は一つもない。恐竜類絶滅の原因はいまだ謎であるが,鮮新世初頭に北アメリカからアジアに進出し,ユーラシアとアフリカで繁栄した3本指のウマ,ヒッパリオン属が鮮新世末に絶滅したのは鮮新世後期に現れたウマ属との,ヨーロッパのホラアナグマが更新世末に絶滅したのはアジアからヨーロッパへ進出したヒグマとの競合の結果と見られている。競合は絶滅をうながす原因の一つである。絶滅はまた,種内の競争に有利に働くために起こる牙,角,あるいは体自体のとめどない巨大化が個体維持に不利に働き,両者がバランスを喪失したときにも,洪水,噴火などで生息地が破壊されたときにも起こりうる。しかし最も多いのは,気候の急激な変化による絶滅であろう。約100万年前,更新世前期と中期の境に北アメリカとユーラシアに同時に起こった多数の鮮新世系の哺乳類の絶滅,すなわち第四紀の第1次集団絶滅は,気候の寒冷化と乾燥により,森林が後退し草原が広がった結果起こったと推定されている。草食動物は主食植物の減少で絶滅し,捕食者は草食獣の減少の結果絶滅した。しかしこの絶滅で空白になった生態的地位は新興種によってすぐ埋められた。
人類がもたらした絶滅
約1万年前,更新世と完新世の境に上記の大陸に起きた大型哺乳類の絶滅,すなわち第四紀の第2次集団絶滅は,自然現象ではなく人類に起因するとの説が近年有力になった。この説では,約1万3000年前までの人類は狩猟の専従者で,他の大型捕食者同様,人口が獲物の大型草食獣の増減に支配されていた。だがその後,人類は狩猟と農耕の兼業者となった。このため獲物が減っても人口は減らなくなり,同じ数で獲物を狩り続けた。しかも狩猟技術が急速に進歩したため大型草食獣の多くが絶滅するに至ったのである。ヨーロッパのマンモス,北アメリカのマストドン,ウマ類,ラクダ類などは,こうした人類の狩猟によって絶滅したとみられている。人類による絶滅の場合はかわりの新興種は現れず,生態的地位は空白のまま残される。
有史時代の絶滅
このとき生き残った動物も,その後の人類と家畜の分布の拡大に伴う自然破壊などにより生息数が減少し,絶滅したものもあったろう。だが1600年以前にはニュージーランドのモア,マダガスカルのエピオルニスなどのほかには,確実な絶滅の記録がない。国際自然保護連合(IUCN)では1600年以降に絶滅した哺乳類を36種(亜種を加えると64),鳥類を94種(亜種を加えると164)と見ている。1600年を基準としたのは,このころには爬虫類,両生類,魚類,昆虫類などはまだ一部の種類しか知られていなかったが,哺乳類はすでに4226種,鳥類は8684種もわかっていて,現在のものと比較が可能なためである。これ以降に絶滅したおもな種は,哺乳類ではフクロオオカミ,ニホンオオカミ,フォークランドオオカミ,ステラーカイギュウ,クアッガ,ションブルグジカ,オーロックス,ブルーバックなど,鳥類ではドードー,オオウミガラス,リョコウバト,オガサワラマシコ,オガサワラカラスバトなどである。これらの絶滅の原因を自然現象,狩猟,家畜の捕食や競合,自然破壊に大別すると,自然現象と思われるのは,哺乳類では絶滅したものの25%,鳥類は24%,狩猟によるものが哺乳類33%,鳥類42%,家畜によるものが哺乳類23%,鳥類19%,環境破壊に基づくものが哺乳類19%,鳥類15%で,人為によるものがほとんどを占めている。
絶滅のおそれがある動物
自然破壊は熱帯地方で最も著しく,近年特にそれは急速に進みつつある。たとえばハイチでは1958年に島の80%をおおっていた森林が1978年にはわずか9%に激減し,野犬の増加もあってソレノドンは危機に瀕している。熱帯林には多くの種の動物がすみ個体数が少ないので,森林の破壊で絶滅する恐れが多い。オーストラリアのウォンバットはウシによる生息地の破壊により,タズナツメオワラビーはイヌとキツネに捕食されてともに激減した。ニューギニアのナガハシハリモグラ,キノボリカンガルーなどは狩猟により,南アメリカのメガネグマはトウモロコシの,タテガミオオカミはニワトリの害獣として駆除されて激減し,ライオンタマリンはペット,動物園の展示,医学用実験動物などに1960年ころから年間200~300頭も輸出され,1981年には生息数が100頭以下と推定される危険な状態になった。日本で絶滅寸前にあるのはイリオモテヤマネコ,ニホンカワウソ,トキ,メグロ,カラスバトなどである。IUCNではこのような絶滅の恐れがある動物を選び出して危険度に応じて分類し,それらの減少の原因を示して政府に保護対策を要請している。
→希少動物
執筆者:今泉 吉典
絶滅のメカニズム
地質時代の絶滅の原因については諸説があり,いまだに定説と呼べるようなものはないが,環境の激変,ことに気候の寒冷化およびそれに伴う植生の変化が主因であったという説が有力である。
有史以後における野生動物の絶滅は,ほとんどの場合,人間による大量虐殺と生息環境の破壊によって引き起こされている。こういった形での絶滅は世界のあらゆる場所で起こっているが,特に目につくのが大洋中の島々にすむ動物にその例が多いことである。表3は有史以来,今日までに判明している世界中の哺乳類,鳥類,爬虫類の絶滅および絶滅寸前にある種類数の統計を示したものであるが,島部における絶滅動物の種類数は全体のおよそ3分の1を占めている。これら島々の総面積を考えればこれがいかに大きな数字であるかがわかるであろう。では,なぜ島の動物は絶滅に瀕しやすいのだろうか。その第一の理由は,かれらの特殊な適応のしかたにあると思われる。熱帯あるいは亜熱帯の大洋島に共通する特徴は,気候変動が少なく,大陸から遠く離れているために,生物の移入がまれなことである。そのため生息する動物の種類は少なく,種間競争による淘汰圧が軽減されていて,移動能力や警戒心を減退させている種が多い。たとえば〈飛べない鳥〉といわれているものはほとんど島嶼性である。また反面,種内競争が激しいために,産子数の減少と長びく親の保護という傾向がみられる。その結果,人間による乱獲や,イヌ,ネズミによる打撃を受けやすく,いったん減少した個体数は,増殖率が低いために回復が難しく,絶滅に至るのである。また捕食のためばかりでなく,人為的に導入された大陸産の競合種との種間競争に破れて生息場所を失い,絶滅に追い込まれた例も多い。
島嶼性の動物が絶滅しやすいもう一つの理由は,全体の個体数そのものがもともと少なく,遺伝的組成が比較的単純なことである。これは島に住む生物に限らず,大陸の生物でも,自然的・人為的環境変化によって生息環境が分断され(たとえば,道路によって),種がいくつかの小個体群に隔離された場合でも同じである。それは,個体数が小さいと繁殖の成功率が低くなるだけでなく,近親交配が進み,その個体群の遺伝的変異が小さくなるためである。その結果,環境変化に対する適応能力が弱くなり,また近親交配による劣性遺伝子の悪影響が顕在化し,出産率が減少することになる。
大陸部の動物の絶滅のプロセスも基本的には島の場合と同じと考えられ,一般に生息場所に対する特殊的適応が進み,産子数の少ないものほど絶滅しやすい。こういった動物の個体数が何らかの要因である限界以下に減少したとき,急激に絶滅への道をたどることになるのである。
執筆者:宮下 和喜
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報