日本大百科全書(ニッポニカ) 「肥満児」の意味・わかりやすい解説
肥満児
ひまんじ
小児単純性肥満症の社会的慣用語で、遺伝的・環境的因子と生活習慣や情緒的因子とが相互に複雑に絡み合って生ずる肥満をさし、明らかな基礎疾患から肥満するものと区別される。両親または片親が肥満の場合はその体質が受け継がれることが多いが、とくに母親との相関が強い。しかし、戦中戦後の食糧難時代には肥満者が激減し、糖尿病も影を潜めたことから、たとえ肥満の素質があっても適切な食事をとることによって肥満の発症を防ぐことが可能であるといえる。また、小児の肥満は小児期に健康障害をきたすものではないと思われていたが、最近では脂質異常症、脂肪肝、高血圧、糖尿病などの生活習慣病が出現している。一方、脂肪細胞の動態から乳幼児期の肥満と成人肥満との関連や治療に対する抵抗性などが問題視されている。
近年、胎内での低栄養環境が、生後の肥満感受性や、メタボリック症候群感受性に影響を与える可能性が注目されている。20歳代、30歳代の女性には極端なダイエット志向が強く、著しいやせ傾向にあり、そのような母親の子宮内で低栄養にさらされた胎児が、出生後に胎内環境とミスマッチ(不適合)した高栄養の食生活によって急速に成長を取り戻す(catch up growth)と、後に生活習慣病を発症しやすくなるという。このことは母体の健全な栄養管理が重要であることを示唆している。肥満児の7割が成人肥満に移行すると同時に、成人となってから肥満を解消しても成人期の死亡リスクを上昇させるという研究報告もあり、小児肥満は治療する必要がある。
乳幼児期の肥満の判定には、母子健康手帳にみられる成長曲線のパーセンタイル(百分位数)値(体重が90パーセンタイル以上)やカウプ指数、すなわち 体重(g)/身長(cm)2×10(20以上)が用いられ、また学童以上の年長児では、性別・身長別平均体重と現在の実測体重から肥満度、すなわち(実測体重と平均体重の差/身長に見合う平均体重)×100(20%以上)を算出する方法がよく用いられる。
乳幼児期の栄養摂取は、養育者によって一方的に行われているが、食行動や食品選択性は生後から3歳ころの間に刻印される(刷り込み)といわれており、この時期によい食習慣を身につけさせる必要がある。
乳幼児の肥満の予防は、(1)家族歴に肥満があれば乳児早期から多すぎたり少なすぎたりしない適正な栄養を心がける、(2)できるだけ母乳を飲ませるよう努力する、(3)人工栄養では強制による過飲を避ける、(4)幼児期の体型は乳児期の肥満型から正常域に移行するものであること、(5)食事はできるだけ家族そろって楽しくゆっくりよくかんで食べる習慣をつけること(早食いは満腹感がおこらないので大食の誘因となる)などに留意することである。
学童肥満の治療は、(1)医師や栄養士による食事や献立の指導を受ける。1回の食事が同じエネルギーであっても、そのなかに含まれる脂肪量が2倍だと食後の体脂肪の蓄積が10倍近く増える。(2)減量に対する本人の意志を確立させて、頻繁に節食を強制しないこと。(3)朝食を欠食すると間食や夜食の頻度が多くなり、食事時間がずれて、エネルギー消費系が低下している夜間に食事をとることが肥満を助長するので、朝食の欠食・夜食の摂取・不規則なおやつの摂取を避ける。(4)夜型生活で睡眠時間が短くなると肥満になりやすい傾向がある。体をよく動かす子供ほど睡眠時間が長い。自室の掃除やベッドの整頓(せいとん)など自分で行うようにする。(5)本人だけで食べる「孤食」は、肥満につながる食事内容や、早食いなどに結びつく可能性がある。なるべく家族といっしょに食べるようにする。(6)学校で給食のおかわりをしないこと。また、清涼飲料はできるだけ控える。(7)イギリスで行われた小児8000人の追跡調査によると、3歳でのテレビ視聴時間が1日8時間以上に及んだり、睡眠時間が1日8時間以内であると、7歳での肥満形成に結びついており、テレビの視聴やテレビゲームなどは長時間に及ばぬように留意する。(8)発育曲線を用いて経過を観察することで効果的な治療が期待できる。
一般に小児の肥満は中等度までのものであれば、体重を増加させなければ身長が伸びて、2、3年後には普通体に戻る。
[井上義朗]
『A. Must,P.F.Jacques,G.E.Dallal,C.J.Bajema, W.H.Dietz:Long-term morbidity and mortality of overweight adolescents.A follow-up of the Harvard Growth Study of 1922 to 1935(“The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE”, 1992,Massachusetts Medical Society)』▽『J.J.Reilly, J.Armstrong, A.R.Dorosty, P.M.Emmett, A.Ness, I.Rogers, C.Steer, A.Sherriff:Early life risk factors for obesity in childhood:cohort study(“BMJ 2005;330:1357”,2005,BMJ Publishing Group Ltd.)』▽『R.M.van Dam,W.C.Willett,J.E.Manson,F.B.Hu:The Relationship between Overweight in Adolescence and Premature Death in Women(“Annals of Internal Medicine”,2006,the American College of Physicians)』