日本歴史地名大系 「胎内川」の解説
胎内川
たいないがわ
仁治二年(一二四一)一一月一四日の津村尼譲状案(山形大学所蔵中条家文書)には「たいのかハ」とみえ、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
仁治二年(一二四一)一一月一四日の津村尼譲状案(山形大学所蔵中条家文書)には「たいのかハ」とみえ、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
新潟県北部を流れる川。源を飯豊(いいで)山地の二王子(におうじ)岳連峰に発し、上流は前山丘陵に並走して胎内渓谷の景勝地を形成する。谷口の断層崖(がい)下には模式的な扇状地が発達し、高畑(たかばたけ)あたりで蒲原(かんばら)砂丘に遮られ、かつては砂丘沿いに荒川に合流していたが、現在は明治年間に開削された高畑―笹口浜(ささぐちはま)間の分水路で日本海に注ぐ。延長30キロメートル。上流の胎内渓谷は飯豊山の登山口で、1959年(昭和34)から県営胎内発電計画が進められ、第1、第2ダムができて最大出力1万3000キロワットの発電所が完成し、急激に観光化が進んだ。渓谷美と人工美に優れ、胎内二王子県立自然公園に指定されている。
渓谷入口には全国植樹祭が行われた胎内平(だいら)や樽ヶ橋観音(たるがはしかんのん)があり、観光施設も完備され県下有数の行楽地になっている。もと掘抜き井戸の自噴が名物であった胎内扇状地は胎内市中条(なかじょう)地区の化学工業都市の発展で湧水(ゆうすい)は枯渇し、河口の砂丘地帯は中条ガス田開発がこれにかわり、日立製作所などの進出で県北ガス化学コンビナートが形成されている。
[山崎久雄]
〘 名詞 〙 年の暮れに、その年の仕事を終えること。また、その日。《 季語・冬 》[初出の実例]「けふは大晦日(つごもり)一年中の仕事納(オサ)め」(出典:浄瑠璃・新版歌祭文(お染久松)(1780)油...
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