物体が引張力を受けて破壊する形態には,弾性および塑性の双方の変形を生じた後に破壊するものと,事実上塑性変形をほとんど伴わず,わずかな弾性ひずみを生じた後に破壊するものとがあるが,前者を延性破壊というのに対し,後者を脆性破壊という。この術語は対をなすが,本来の破壊までに材料が示す変形の大きさや破壊までに要するエネルギーの大きさの違いに対して用いられるものであり,両者を区別する絶対的な基準があるわけではなく,あくまでも相対的なものである。脆性破壊は,破壊が瞬時にして起こるため大惨事をもたらす場合が多い。ガラスや陶器といったいわゆる脆性材料が脆性破壊を起こすのはともかく,工業上問題となるのは,通常破壊に至るまでにかなりの塑性変形を伴う延性的な破壊挙動を示す金属材料が,条件によって脆性的な破壊挙動を示す場合があるということである。一般的には,亀裂状の欠陥の存在による高い応力集中,低温下における材料の延性の低下(低温脆性low temperature brittleness,cold shortness),および水素などによる材料に対する悪環境等が問題となる。このために引張強度,降伏応力等の機械的性質からのみ設計された構造物が大きな破壊事故に至った場合も多い。
脆性破壊は破面形態から,へき開破壊cleavage fractureと擬へき開破壊quasicleavage fractureに分けるのが普通である。へき開破壊というのは,原子の結合力の最も弱い結晶面,つまりへき開面に沿って塑性変形することなく分離破壊するもので,一般に一つのへき開面で起こるのではなく,平行ないくつかのへき開面にまたがっているため,へき開ファセットcleavage facetとよばれる破面単位の上にへき開段cleavage stepあるいはリバーパターンriver patternとよばれる川状の模様を生じるのが特徴である。これに対し擬へき開破壊というのは,へき開破壊と同様の形態を示すが,その組織が微細で,へき開面を確認しがたいことから擬へき開破壊と名づけられたもので,多数の微小欠陥が塑性変形とともに合体し,破壊に至っている。以上の二つはおもに結晶粒内での破壊であるが,脆性破壊にはこのほかに粒界に沿って脆性的に破壊する場合もある。いずれにせよ,脆性破壊は高強度を有する材料に多くみられ,塑性変形をほとんど伴わないために破壊に要するエネルギーが少なく,一度破壊が始まると短時間のうちに破壊が完了する。それゆえ,途中で破壊を阻止することは難しく,最も恐ろしい破壊形態の一つである。なお材料の脆性破壊に対する抵抗力を表す指標を広い意味で破壊靱性(はかいじんせい)とよんでいる。
執筆者:岸 輝雄
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固体材料に力を加えると変形し、加える力を大きくしていくとついには破壊する。材料の変形には、力を取り除くと元の形に戻る弾性変形と、力を取り去っても変形したままの形を保つ塑性変形とがある。塑性変形をほとんど生じないで破壊する場合を脆性破壊という。この破壊様式に従うものを脆性材料とよぶが、これはいわゆるもろい材料である。とくにガラスやセラミックス材料などは加えられる力に比例して弾性変形し、塑性変形を伴うことなく破壊するが、このような材料を完全脆性材料といい、その破壊を弾性破壊とよぶことがある。
脆性破壊は黒鉛や鋳鉄にみられ、加わる力がある限界値に達すると、まず微小な亀裂(きれつ)が生じ、それが音速と同じくらいの速度で伝播(でんぱ)して全体的破壊に至るもので、わずかの塑性変形を伴い、破壊までの変形はかならずしも力に比例しない。脆性破壊した材料の破断面は、材料内部の引張り応力の方向にほぼ垂直で、光輝をもつ粒状を呈している。脆性破壊とは対照的に、大きな塑性変形をしたのちに破壊するものを延性破壊とよぶ。通常の鉄鋼材料の破壊は延性破壊であるが、低温ではほとんど塑性変形を伴わない脆性破壊を示すことがある。アメリカで第二次世界大戦後に発生した溶接鉄鋼船の事故は、この低温脆性が原因であった。
脆性材料の脆性破壊強さを実測すると、完全な結晶構造から予想される理論強さに比べて桁(けた)違いに小さい。この原因を結晶の構造欠陥と関連づけたのはグリフィスA. A. Griffithで、彼は、物体内部に潜在する微小亀裂(グリフィス・クラックとよぶ)が応力増幅作用をするためであるとの仮説をたて1920年ころに発表した。このクラックを細長い楕円(だえん)孔と仮定し、弾性学の理論を用いて潜在するであろうクラックの長さを計算した。この理論はその後多くの学者により検討され、いろいろな実験も行われて、今日では完全脆性材料の破壊強さを説明する理論として認められている。
引張り力に対して脆性破壊する材料でも、圧縮に対しては異なった様式の破壊をする。固体材料の破壊は材料の強さの基本問題であり、機械や構造物を設計する際の決め手となるものであるが、現在なお不明の点が多く、世界中の研究者により研究が進められている。
[林 邦夫]
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(岡田益男 東北大学教授 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
…このようにして破壊する材料は,一般に引張強さよりも圧縮強さのほうが大きく,鋳鉄,コンクリートなどがこれである。陶器,ガラス(常温において)のような材料は塑性変形をまったく伴わないで脆性的に破壊(脆性破壊)するが,銅,金,アルミニウム,鉄鋼のような金属材料は大小はあるにせよ塑性変形が伴い延性的に破壊(延性破壊)する場合もある。現在では塑性変形の大きいものを延性破壊,小さいものを脆性破壊というが,はっきりとした区別は難しい。…
… 破壊の様式は,いくつかの方法により分類しうる。よく用いられるのが,欠陥の成長の速さによって,破壊を脆性(ぜいせい)破壊と延性破壊に大別する分類法である。微視的に見ると,前者は塑性変形を伴わないへき開破壊に,後者はすべり面分離破壊におのおの対応するものである。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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