改訂新版 世界大百科事典 「破壊靱性」の意味・わかりやすい解説
破壊靱性 (はかいじんせい)
fracture toughness
亀裂が存在する材料に応力がかかっている場合,この亀裂が進展するためには材料の有する抵抗力に打ち勝たなければならない。この亀裂進展に対する抵抗力のことを,広い意味で破壊靱性とよぶ。従来,材料を評価する際にこのような概念は導入されていなかったが,第2次大戦中,アメリカで製造された全溶接リバティ船の脆性破壊(ぜいせいはかい)による沈没,大損傷をはじめとして,同様の災害が橋や他の構造物を襲ったことでクローズアップされたものである。材料の機械的性質を記述するものには引張強さ,降伏強さ,破断伸び等があるが,これらはいずれも材料中に欠陥が存在しない場合の定数である。このため,単に引張強さ等のみから構造物を設計するのはきわめて危険であり,材料中の微視的な欠陥を許容した設計が必要となる。これをある程度可能ならしめたのが,破壊力学のなかで導入された破壊靱性の概念であり,材料中に欠陥が存在する場合の破壊強さということで工学上きわめて意義が高い。破壊靱性は引張強さ等と同様に材料特性の一つであり,一般には亀裂進展過程を支配する力学的パラメーターがその材料の破壊靱性を超えた時点で破壊が起こることになる。この力学的パラメーターとしてしばしば用いられるのは,線形破壊力学における応力拡大係数K,エネルギー解放率G,非線形破壊力学におけるJ積分値,亀裂先端の塑性変形による亀裂先端開口変位crack(-tip)-opening-displacement(CODまたはCTOD)などであり,亀裂先端部の力学的状態を記述する。これらは,微視的な破壊機構の面からは厳密さを欠くものであるが,破壊を支配する力学的尺度としては十分利用価値がある。したがって,これらパラメーターが材料によって定まるある臨界値に達すると破壊は生ずる。この臨界値それぞれが破壊靱性の意味をもった材料特性値であるが,一般に破壊靱性といえば応力拡大係数Kの臨界値Kcが用いられる場合が多い。応力拡大係数Kは,負荷応力をσ,亀裂寸法をc,形状係数をαとして,として定義され,破壊の条件はK≧Kcとなる。
しかし,破壊靱性は確かに材料特性値であり,亀裂の進展に際して亀裂先端部で費やされる仕事の目安であるが,この材料特性は種々の因子に依存する。温度はそのなかでも最も重要な因子であり,一般に破壊靱性は極低温では低く,温度の上昇とともに高くなり,また亀裂先端の変形拘束をなんらかの形で大きくした場合や,ひずみ速度が大きくなった場合には低くなる。さらに腐食環境下での使用で脆化する場合もある。材料の破壊靱性を決める要因はきわめて複雑であり,金属材料の場合,熱処理等の違いで大きく変わりうるし,また,同一材料でも異方性が生じるものもある。
執筆者:岸 輝雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報