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膳所城 ぜぜじょう

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日本の城がわかる事典の解説

ぜぜじょう【膳所城】

滋賀県大津市にあった平城(ひらじろ)(水城)。江戸時代に膳所藩の藩庁が置かれた城である。琵琶湖に注ぐ相模川の河口に築かれ、琵琶湖にせり出すように本丸・二の丸・三の丸などの郭がつくられていた。移築されて現存する大手門、北大手門が国の重要文化財に指定されており、松江城(島根県松江市)、高島城(長野県諏訪市)とともに日本三大湖城の一つに数えられている。関ヶ原の戦いの翌年の1601年(慶長6)、徳川家康が大津城(大津市)を廃して、交通の要衝の瀬田を押さえる新城の建設を決め、築城した城である。城の完成後、大津城の城主であった戸田一西が3万石で入城した。その後、戸田氏が移封されたのちは、複数の譜代大名が交替で城主を務めたが、1651年(慶安4)に本多俊次が7万石で入城後、城主は本多氏の世襲となり、明治維新を迎えた。俊次の入城から11年後の1662年(寛文2)に地震により城の建物が倒壊し、俊次は大改修を行っている。1870年(明治3)、明治政府から廃城令(太政官布告)が発布されると、旧藩士らにより天守をはじめとする建物の解体と移築が行われた。現在、本丸跡は膳所城跡公園として整備されている。園内には石垣の一部が現存する。また城門が模擬再建されている。かつての城門が市内の膳所神社、篠津神社、鞭崎神社に移築され現存しており、それぞれ国の重要文化財に指定されているほか、高麗門は大阪府泉大津市松ノ浜の細見記念財団に移築され現存する。また、市内の芭蕉会館に本丸隅櫓(すみやぐら)が移築され現存しているが、大幅な改造が行われたために、往時の原形をとどめていない。京阪電鉄・石山坂本線膳所本町駅から徒歩約7分。またはJR琵琶湖線大津駅からバス約15分、膳所公園下車。

出典|講談社
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世界大百科事典内の膳所城の言及

【膳所】より

…中世には粟津七荘のうちの一つ,近世には膳所村で,寛永高帳における村高359石余。関ヶ原の戦後,徳川氏は大津城を廃棄し,改めて諸大名に援助を命じ,湖に突出した膳所ヶ崎の地に膳所城を築城した。これは京への警衛とあわせて江南地域を制する政治・軍事上の目的からといわれる。…

※「膳所城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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