自己増殖機械(読み)じこぞうしょくきかい(英語表記)self-reproduction machine

改訂新版 世界大百科事典 「自己増殖機械」の意味・わかりやすい解説

自己増殖機械 (じこぞうしょくきかい)
self-reproduction machine

生物生命の最大の特徴は生殖である。生殖とは生物個体が自分と同じ構造性質を持った生物個体をつくり出すことである。生殖には増えるという要素が入るから自己増殖ともいう。他方機械は人間がつくり出したもので,一般に自分自身とは異なるもの(機械を含む)を製造する。通常,製造機械は被製造物よりも複雑であり,自分自身と同じか,より複雑なものを製造することはできないと考えられていた。例えばコピー機は原稿と機械によって原稿と同等のコピーを多数つくり出す。原稿に相当する部分は増えるけれども機械そのものは増えない。ところが1948年ころ,数学者でありオートマトン理論の創始者の一人であるアメリカのJ.フォン・ノイマンが,生物以外に自己増殖する機械が構築可能であることを論理的に実証した。ここで論理的といったのは,実際に機械や電子回路など物理的手段でつくるのではなくて,理屈の上では可能という意味である。彼は自己増殖機械の存在を実証するために,セル構造機械(あるいはセル空間)の概念を初めて提唱した。以下にフォンノイマンの自己増殖機械の概略を述べる。

 碁盤の目のように格子状に区切られた無限の二次元空間を考える。各枡目には同一の構造を持つ29状態のオートマトン(これをセルと呼ぶ)が入っている。各セルの入力は左右上下の隣接した4個のセルの状態であり,各セルは自分自身の状態とこれらの近傍セルの状態とによって状態遷移を起こし,次の時刻新しい状態に入る。すべてのセルは同時に状態遷移をする。29状態の中に静状態と呼ばれる特別の状態q0がある。すなわち状態q0にあるセルの4近傍がすべて状態q0をとっているとき,このセルの次の状態はq0にとどまる。

 いま,セル空間のある有限の領域A以外のセルはすべて状態q0にあるとする。次の時刻には,領域Aを含みその周辺を1セル分だけ拡張した領域A′以外はすべて状態q0にある。したがって任意の有限時間後には,有限の領域以外はq0にある。さて状態q0にある部分は何の働きもしない空間で,有限領域Aのみが意味のある動作(各セルの状態遷移)をするから,Aはある特定の物(あるいは自動機械)と考えられる。以下,機械と呼ぶのはこの意味である。

 いま,セルの状態遷移と領域Aの各セルの状態をうまく決めてやって,有限時間のセル空間の動作の後に,領域Aとその外にAと同じ形の有限領域Bが決まり,ABの(各セルの)状態がAの(各セルの)もとの状態と同じであり,AB以外の領域がq0で占められるとする。このとき機械Aは自己増殖したといえる。フォン・ノイマンはこのように動作する29状態のセルの状態遷移と領域Aの初期状態を具体的に与えたのである。Aは何万というセルから成りそれらの状態をすべて決めたわけではなく,Aは多くの部品から成りその設計方針を明示したのである。

 まず彼は,セル空間上で任意の機械Mをつくる万能製造機械UCを設計した。UCはMの構造を記述した一次元状の“テープ”T(M)を順に読んで他の領域に“腕”を延ばし,Mを1セルずつつくってゆく。すなわちMの各セルの状態を決めてゆく(図のa)。次にUCを少し変形してMをつくった後でT(M)をコピーする部分を追加したものをUC′とする。最後にUC′にT(UC′)を与えるとすれば,UC′はUC′を別の領域につくった後にT(UC′)をコピーするから,“機械”UC′+T(UC′)が自己増殖したことになる。このUC′+T(UC′)の領域が先に述べた領域Aに相当するのである。

 Aが自分自身の記述T(UC′)を含んでいることは,生物が遺伝情報としてDNAを持っていることに似ている(フォン・ノイマンの時代にはまだ生物のDNAによる自己増殖の仕組みは解明されていなかった)。さらに,フォン・ノイマンの設計には,Aが単に増殖するだけではなくて,万能チューリング機械と等しい仕事をもする部分を含んでいることを注意しておく。

 フォン・ノイマンの仕事は協力者バークスA.W.Burksによって完成された。1960年代に入りセル構造機械の研究が盛んになるにつれて,セルの状態数29を減らす努力がなされた。この場合,4近傍では不足で,より多くのセルからの情報を利用せねばならない。状態数を減らすために新しいアイデアが出され,8,4と減り,ついには2状態においても自己増殖するセル空間が存在することが示された。

 以上はセル空間で自己増殖機械の存在を実証するものであったが,将来,生物のような新しい“機械”がつくられる時代がくれば,実際に自ら増殖する機械が実現する可能性が考えられる。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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