翻訳|automaton
自動販売機,ロボット,電卓,コンピューターのような人工の自動機械,あるいは算術計算や条件反射のように人間や動物の機械的側面をさすときに用いられる用語。複数形はautomata。とくにこれらの系の形状や構造でなく,論理的機能や制御方法に重点をおくときにオートマトンという言葉を用いる。これらの自動機械は一般に入力信号(入力情報)を入れると,過去の入力情報にも依存した対応する出力信号(出力情報)を出す。過去の入力情報は内部状態として系の内部に記憶されている。このように,オートマトンは入力,内部状態,出力から成るブラックボックスと考えることができる。オートマトンはこのように,具体的なそれぞれの目的をもった自動機械を抽象化した系であり,個々の機械の内部構造に立ち入ることなく一般的に理論的に取り扱われる。このような理論をオートマトン理論という。オートマトン理論のいちばんの特徴は,入力情報,出力情報,内部状態がすべて記号や記号の列によって表現されることである。
最も基本的な有限状態オートマトンMは次のように定義される。
M=(Q,X,Y,f,g,q0)
ここでQは内部状態を表す有限個の記号の集合で通常Q={q1,q2,……,qn}と書かれる。X,Yはそれぞれ入力,出力情報を示す有限個の記号の集合(入・出力アルファベットという)である。fは現在の状態q∈Qと入力a∈Xによって次の時間の状態q′をきめる関数,すなわちf(q,a)=q′で,状態遷移関数と呼ばれる。gは現在の状態qと入力aによって次の時間の出力sをきめる関数で出力関数と呼ばれる。q0はオートマトンMが時間0でとっている状態(初期状態という)である。
オートマトンMにおいて,時間0,1,2,……に入力a0,a1,a2,……(ai∈X)を入力すると,それに応じ内部状態はq0,f(q0,a0),f(f(q0,a0),a1),f(f(f(q0,a0),a1),a2),……なるQの中の状態をとり,出力としてg(q0,a0),g(f(q0,a0),a1),……なる出力記号の列を出す。これがオートマトンMの動作である。これは入力記号列a0,a1,a2,……を出力記号列に変換する機能をもつと見ることができる。出力アルファベットがY={0,1}の場合を考え,出力記号0を出す入力記号列の集合をA0,1を出す入力記号列の集合をA1とすると,このオートマトンMは入力記号列をA0とA1に識別する機能をもっている。記号列の変換や識別は情報処理の最も基本的なものである。
さて,Q,X,Y,f,g,q0を具体的に決めることによりさまざまなオートマトンを定義することができる。オートマトン理論では一般的に,二つのオートマトンが同じ変換を定義するか否かを論じたり,入力記号列の集合の組A0,A1を識別することのできる状態数最小のオートマトンを求める方法や,一つのオートマトンと同じ機能をもち,より単純なオートマトンの組合せで構成されたオートマトンを求める方法などが論じられる。
オートマトンには有限状態オートマトンのほかに状態数が無限のオートマトンがある。現実の具体的な自動機械は,たとえば超大型の計算機でも,有限オートマトンとみなすことができるが,記憶容量(内部状態の数)が無限と考えておくほうがより自然であることが多い。また数理言語学はオートマトン理論の重要な一部分をなしているが,そこでも特殊な型の無限オートマトンが取り扱われる(チューリング機械,形式言語理論,句構造文法,セル構造機械)。
以上は動作がすべて決定論的であったが,それが確率的である確率オートマトンも研究されている。またオートマトンを一つのブラックボックスと考えないで,その内部構造と機能の関係を論ずるオートマトンの構造的理論もはじめられている。現在ではオートマトン理論はコンピューター科学の基礎理論であると同時に,生物学とも関連して新しい分野へと発展しつつある。
→からくり
執筆者:西尾 英之助
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ギリシア語のautòmatos(自ら動くの意)からきたことばといわれる。古くは、人や動物の動きをまねする装置のことで、やがてロボットということばで置き換えられた。現在オートマトンは、自動機械の抽象的モデルとして、情報科学の一つの研究対象をさしている。オートマトンの素材としては、思考上の計算機としてのチューリング機械(1936)、神経回路網の数学的モデル(1943)、順序回路の抽象化としての順序機械の理論(1955)などがあった。オートマトンでは、時間は0、1、2、……、t、……と不連続に刻まれ、各瞬間tにおいて、有限個の内部状態のどれかをとる。有限個の内部状態のなかには、一つの初期状態と、いくつかの最終状態があり、初期状態で動き始め、止まるのは最終状態である。チューリング機械は、升目にくぎられた、左端をもつが右方向にいくらでも長く伸びているテープと、本体と、テープ上に記号を書いたり消したり読み取ったりするヘッドという部分からなっている。この升目一つには、一つの記号が書き込めるものとする。それぞれのチューリング機械では、現在の内部状態と、見ている記号によって、次の瞬間における動作と内部状態が決まっている。動作には、現在見ている記号を他の記号に書き換える、ヘッドを右、あるいは左に升目一つ分だけ動かす、という三つがある。テープ上に、左端から有限の文字列が書かれていて、機械がこの文字列を、初期状態で左端を見、定められた規則に従って順次内部状態を変えながら三つの動作のどれかを行い、最終状態に到達すれば、最初にテープ上に書かれた文字列は、この機械によって受理されたという。チューリング機械は、所要時間と記憶容量になんらの制限を置かず、電子計算機の忠実なモデルとはいえない。そこで、時間と空間とに制限を置き、より忠実なモデルとして考えられたのが有限オートマトンあるいは単にオートマトンといわれるものである。
[西村敏男]
それぞれの有限オートマトンには、有限個の入力記号が定められていて、現在の内部状態と入力記号によって、次の瞬間における出力と内部状態が決定される。ある有限の入力文字列の先頭の文字を初期状態で入力し、1文字ずつ順番に入力するとともに内部状態を変え、この文字列を読み終わったとき最終状態に到達すれば、この文字列はこのオートマトンによって受理されたという。入力記号の集合、内部状態の集合、初期状態、最終状態の集合、次の瞬間の内部状態を、いろいろ与えることによって、さまざまな有限オートマトンをつくることができる。一つの有限オートマトンが与えられると、それによって受理される文字列の一つの集合が定まる。有限オートマトンによって受理される文字列の集合を正規集合ともいう。有限オートマトンは、しばしば状態遷移図または推移図によっても表される。この有限オートマトンに、プッシュダウン・スタックという特別の記憶装置をつけた機械を、プッシュダウン・オートマトンという。一般にプッシュダウン・スタックは、入力記号と異なる記号からなる有限文字列を記憶する。この機械は、プッシュダウン・スタックに特定の初期記号を置き、初期状態で動き始める。各瞬間において、現在の内部状態と、プッシュダウン・スタックの最左端の文字と入力とによって、次の瞬間における出力と内部状態およびプッシュダウン・スタックの最左端の文字がいかなる文字列(空列の場合もある)によって置き換えられるかが決定される。機械が止まるのは、最終状態に到達したとき、あるいはプッシュダウン・スタックが空になったときである。有限文字列を読み込み、読み終わったとき機械が止まるならば、その文字列はこの機械に受理されたという。
[西村敏男]
このようにオートマトンは、1950年代の後半に入り、電子計算機の抽象的モデルとしての姿を確立した。と同時に、電子計算機のプログラム言語と、そのコンパイラ(機械語に翻訳させるためのプログラム)の作成を通じて、数理言語理論と不即不離の関係をも生じるようになり、情報科学の中心的話題の一つともなった。すなわち、ある正規文法によって生成される言語に対しては、その言語と同じ集合を受理する有限オートマトンをつくることができる。また逆に、有限オートマトンによって受理される正規集合に対しては、それと同じ言語を生成するような正規文法を与えることができる。同じことは、文脈自由言語とプッシュダウン・オートマトンの間にも成り立つ。さらに、句構造文法とチューリング機械の間にも同様の関係がある。文脈依存文法については、チューリング機械のテープの長さに、ある制限をつけた線形有界オートマトンとの間に同様の関係がある。
[西村敏男]
『ホップクロフト、ウルマン著、野崎昭弘他訳『言語理論とオートマトン』(1971・サイエンス社)』▽『本多波雄著『オートマトン・言語理論』(1972・コロナ社)』
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…生産工程の一部または全部が,人間の手を離れて機械だけで行われることであり,autom(atic)+ationという造語法で(あるいは,autom(atic)(oper)ationという短縮法によって),1940年代のアメリカで成立したことばだとされている。アレクサンドリアのヘロン(1世紀)の作った自動人形はオートマトンと呼ばれたが,このオートマトンということばは,機械を用いた生産が人間の社会に及ぼす影響を重大な問題として考察した19世紀の思想家たちによって,機械による生産が行きつく果てをイメージさせることばとして愛好された。つまり彼らは生産機械がオートマトン(自動人形)のように,すべての加工動作を人間の手を借りないで自分でやってしまう未来を予感したのである。…
…通常は(有限)オートマトンの動作を表現するために用いられる図をいう。オートマトンは,ある状態qにいるとき,入力記号xを受けとるとf(q,x)なる状態に遷移する。…
※「オートマトン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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