重い知的障害を伴う自閉症や、知的障害はないものの特定の物事へのこだわりが強いアスペルガー症候群など、さまざまな発達障害を包括する呼称。他人の気持ちが読み取れず、対人コミュニケーションが難しいといった共通の特徴を持つ人たちを、症状の軽重などで細かく分類せずに広く捉えようと、精神医療の分野で使われるようになった。スペクトラムは「連続体」という意味。
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自閉症の研究者で臨床家でもある、ローナ・ウィングLorna Wing(1928―2014)が提唱した自閉症とその周辺の発達障害の総称。自閉スペクトラム症や、英語名を略してASDともいわれる。ASDは広義の自閉症を意味する広汎(こうはん)性発達障害(PDD:pervasive developmental disorder)とほぼ同義語として使われてきた。正確にはPDDのなかの、(1)自閉症、(2)アスペルガー症候群、(3)その他の広汎性発達障害(非定型自閉症)の三つの障害がASDに相当する。DSM第4版改訂版(DSM-Ⅳ-TR)と世界保健機関(WHO)の国際疾病分類のICD-10でPDDに含まれていた、(4)小児期崩壊性障害(生後2年程度の正常範囲と思われる発達の後、多領域の機能に顕著な退行を示す。自閉症類似の障害)と(5)レット症候群(X染色体に存在する遺伝子異常が原因の、女児のみに発症する重篤な神経疾患。1歳前後の発症時期に自閉症様の症状を示す)は除かれる。
PDDとASDの違いは障害のとらえかたにある。PDDは前述の五つの障害をそれぞれカテゴリーとして理解する。たとえば自閉症という診断はアスペルガー症候群の診断とは重ならない。またPDDは障害群であり、健常とは異なるが、ASDは自閉症の特性が軽度から重度まで連続的に存在することを前提にしており、いわゆるノン・カテゴリカルな理解がある。この連続性は症状と経過の二つの見方において存在する。つまり、知的発達に遅れのない自閉症とアスペルガー症候群の境界はあいまいで、両者を区別できないし、さらにASDと健常を区別することは意味がないと考える。また、個人の経過として、たとえば、幼児期に自閉症の特性を示していても、思春期にはアスペルガー症候群へと変化する場合もあるとする。
いわゆる健常者にも、いくぶんかはASDの特性が認められるという観点は、自閉症の原因が解明されていない現段階では、臨床仮説に留まるのであるが、ウィングの「自閉症はスペクトラム(連続体)を構成する」という理解の仕方が多くの臨床家と研究者の支持を得て、PDDよりもASDが使用される頻度が高くなっていた。
2013年5月に開催されたアメリカ精神医学会で承認されたDSM第5版(DSM-5)においては、用語としてPDDではなく、ASDが採用された。レオ・カナー Leo Kanner(1894―1981)による自閉症の発見(1943)以来、類似の障害を加えてPDD概念が拡大してきたのだが、再度ASDとして連続的に存在する一つの障害ととらえ直すことになった。
PDDの診断は、(1)相互的な社会関係の質的障害、(2)コミュニケーションの質的障害、(3)限定的で反復的な行動様式、興味・関心の狭さと偏り、それらへの執着の三つの主要兆候の存在が前提となっていた。DSM第5版のASD診断では、(1)および(2)を不可分(分けられない)とし、社会的コミュニケーションと相互的関係の障害に統合した点と、第三の主要兆候の症状項目に「感覚異常(感覚入力への過剰あるいは寡少な反応)」の項を追加した2点が診断学上の大きな変更である。
さらに、二つの主要兆候の重症度を支援の程度で3段階に評価する。すなわち、レベル1(支援が必要)、レベル2(濃厚な支援が必要)、レベル3(きわめて濃厚な支援が必要)である。
ASD診断の際に特定すべき状態像として、(1)知的障害、(2)言語障害、(3)医学的・遺伝学的・環境的併存状態、(4)ほかの神経発達的・精神的・行動的障害、(5)カタトニア(無動状態)の五つを指定している。これらの併存の有無の評価が必須となった。
なお、ASDが提唱された当初は、autistic spectrum disorderという表記も使用されていたが、現在はDSM第5版のように、autism spectrum disorderがより一般的となっている。
[原 仁]
『平岩幹男著『自閉症スペクトラム障害――療育と対応を考える』(岩波新書)』▽『本田秀夫著『自閉症スペクトラム――10人に1人が抱える「生きづらさ」の正体』(ソフトバンク新書)』
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