アスペルガー症候群(読み)あすぺるがーしょうこうぐん(英語表記)Asperger syndrome

日本大百科全書(ニッポニカ) 「アスペルガー症候群」の意味・わかりやすい解説

アスペルガー症候群
あすぺるがーしょうこうぐん
Asperger syndrome

話しことばの発達に遅れのない自閉症近似の発達障害。自閉症では、意味理解障害を主として、言語発達に遅れを示すのが特徴である。すなわち、アスペルガー症候群とは、社会性の質的障害と行動、興味、活動の限定的で反復的、かつ常同的な様式は自閉症のそれらと同等だが、話しことばの習得には遅れがない状態を意味する。遅れがないとは、2歳までに単語を発話し、3歳までには二語文を獲得することで定義される。

 オーストリア小児科医、ハンス・アスペルガーHans Asperger(1906―1980)は1944年、小児期より自閉的精神病質(性格異常一種)を示す4例の症例報告をした。このドイツ語で書かれた論文の存在とアスペルガーの名前を世界的にしたのが、イギリスの自閉症研究者であり臨床医であったローナ・ウィングLorna Wing(1928―2014)である。1981年の彼女の論文で、アスペルガー症候群の用語が初めて用いられた。発達障害としてのアスペルガー症候群の再発見である。

 アスペルガー症候群の原因は明らかになっていない。自閉症と同様に、家族的・遺伝的要因関与を示唆する研究があり、また男性に多く発症することが分かっている。スウェーデンを中心に実施された疫学調査では、0.2~0.4%の有病率が示されたが、調査基準が一定でないため、正確な頻度は不明である。しかし、自閉症およびその近縁の発達障害のなかではかなりの割合を占めるのは確かである。

 自閉症の約半数は知的障害を合併するが、アスペルガー症候群では知能はほとんど正常範囲にある。話しことばの習得に遅れを示さず、特定事物に極端な興味と知識をもつだけのため、自閉症と比べて障害に気づかれるのが遅い。逆に、ユニークであるが早熟な子どもと認識している親もまれではない。家庭生活では困難がなくても、同年齢集団での仲間関係が成立しない、不器用があると運動と生活動作の両面で差し障りを示す、周囲の人々の言動を誤解して不適切な対応をしてしまうなどの社会生活上適応しにくい面がみられる。

 アスペルガー症候群と高機能自閉症(正常知能を示す自閉症)の質的差異に関する研究が多く行われたが、明確な結論は得られず、あるとしても程度の差とみなされるようになった。2013年5月、アメリカ精神医学会総会にて新たな診断基準(DSM第5版)が承認された。アスペルガー症候群は自閉症スペクトラム障害autism spectrum disordersという広義の障害群に包含されることになった。

[原 仁]

『ウタ・フリス編著、富田真紀訳『自閉症とアスペルガー症候群』(1996・東京書籍)』『トニー・アトウッド著、富田真紀・内山登紀夫・鈴木正子訳『ガイドブック アスペルガー症候群』(1999・東京書籍)』『内山登紀夫・水野薫・吉田友子編『高機能自閉症・アスペルガー症候群入門――正しい理解と対応のために』(2002・中央法規出版)』『ローナ・ウィング監修、吉田友子著『あなたがあなたであるために――自分らしく生きるためのアスペルガー症候群ガイド』(2005・中央法規出版)』『杉山登志郎編著『アスペルガー症候群と高機能自閉症――青年期の社会性のために』(2005・学習研究社)』『内山登紀夫監修、安倍陽子・諏訪利明編『ふしぎだね!?アスペルガー症候群(高機能自閉症)のおともだち』(2006・ミネルヴァ書房)』『広瀬宏之著『図解よくわかるアスペルガー症候群』(2008・ナツメ社)』『加藤進昌著『大人のアスペルガー症候群』(講談社プラスアルファ文庫)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アスペルガー症候群」の意味・わかりやすい解説

アスペルガー症候群
アスペルガーしょうこうぐん
Asperger syndrome

自閉症(→幼児自閉症)に似た社会的相互作用(→相互作用)の問題を特徴とする神経生物学的な障害。知能と言語の発達は正常である。1944年に初めてこの症状を記述したオーストリアの医師,ハンス・アスペルガーにちなんで名づけられた。自閉症や特定不能の広汎性発達障害 PDD-NOSなどの症状を含む自閉症スペクトラム障害の一つとみなされている。1万人中およそ 2人に症状が現れ,男児の発生率は女児の約 3~4倍に上る。通常,認知に大きな問題はみられず言語発達の遅れもないが,自閉症の子供と同様の反復的な行動パターンをとり,他者と視線を合わせることを避ける,微細運動ができず不器用な印象を与える,特定の事物に執着する,といった特徴を示すことが多い。アスペルガー症候群の原因は不明だが,画像検査により,患者の脳の特定領域に構造的・神経学的な異常が認められることが確認されている。最も適した治療法は,社会的スキル,身体協調機能,コミュニケーション能力の向上を目的とする早期介入法である。

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