改訂新版 世界大百科事典 「航空保安無線施設」の意味・わかりやすい解説
航空保安無線施設 (こうくうほあんむせんしせつ)
aeronautical radio-navigation aid
電波を利用して,航行する航空機の位置の測定の援助や針路誘導を行うために地上に設置される施設。最近の航空機には慣性航法システムのように機上装備のみで航法を行い,地上からの援助を必要としないものもあるが,慣性航法はおもに長距離の洋上航法などに用いられる。陸上や中・短距離の航法には地上の無線局からの電波が利用され,とくに多くの航空機を安全に効率よく航空路を飛行させるための航空交通管制システムにとっては主要な施設である。
第1次世界大戦後,アメリカでNDBが開発され,航空路の航行援助に用いられたのが最初で,日本では1932年からNDBの設置が始まった。NDBは機上のループアンテナを乗員が手で回転をさせながら,耳で消音点を聞き分けて無線局の方向を知るもので,初期のものとして欠点はあったが,ホーミングに使われた。第2次大戦後は機上で自動的に電波のくる方向を知ることのできる自動方向探知機automatic direction finder(略称ADF)が開発され,パイロットは容易に地上のNDB局からの関係方位を知ることができるようになった。しかし,NDBは空電の影響を受けやすく,また悪天候の場合には指度が不正確になるという欠点があり,さらに性能のよいVORが開発されるとともに,現在では,この360度全方位を識別できるVORと距離を自動的に計測できる距離測定装置(DME)が航空路の主要施設となっている。また悪天候や夜間の着陸誘導装置についても,第2次大戦中にアメリカでGCAが開発されたのをはじめ,より確実な計器着陸装置(ILS)の実用化など電波の利用が進み,さらに航空交通管制システムにも種々のレーダーが導入され,航空保安施設の中で電波を利用した施設の比重は増大している。
種類
航空保安無線施設は機能面から,(1)飛行中の航空機の自機の位置の測定ならびに針路決定を援助する施設(無線航行援助施設),(2)航空機が計器飛行によって進入ならびに着陸をする際に滑走路へ精密誘導をする施設,(3)航空交通管制に必要な情報の把握および機上のパイロットへ情報を提供する施設,(4)空地間の無線通信を行うための施設の四つに分類することができる。
(1)には航空路設定の基準となるVORやNDBおよび距離測定用のDMEなどがある。また地点上空通過を知らせるマーカービーコンは,ILSとの組合せで用いられる。軍用としてはタカンがあるが,施設によっては,それらの機能を併せもつものもある。このほか,オメガ,ロラン,デッカなど双曲線航法用の施設もあり,オメガ,ロランはおもに長距離洋上用,デッカは主としてイギリスでヘリコプターの空路などに利用されている。(2)の着陸のための精密誘導装置としては,主として軍用のGCA(ground controlled approachの略。地上誘導着陸装置ともいう)と民間用のILSなどがある。前者はレーダーによって滑走路延長線上の垂直面と水平面の航空機の位置をとらえ,管制官が機首方位と所定の軌線からの偏位を無線電話でパイロットに伝えて誘導する方式である。ILSは機上装備との組合せで,極端に視界の悪い状況下でも自動着陸が可能であり,主要な空港においては,天候のいかんにかかわらず,安全上,常時,着陸誘導基準として用いられているが,将来はマイクロ波によるより性能に幅のあるMLSを国際基準として使用するというICAOの方針が定められている。(3)の施設としては航空路監視レーダーならびにターミナル空域をみる空港監視レーダー,応答波の返ってくる二次監視レーダーなどがあり,また空港の地表面における航空機や車両の動きを監視するASDE(airport surface detecting equipmentの略。空港表面探知装置)もこれに含まれる。(4)は運航中の航空機と地上の交通管制部や管制塔,気象機関などの間の通信連絡を行うためのもので,ふつう近距離の場合はVHF(超短波)を,長距離の場合はHF(短波)のSSB(側波帯)を用いて行われ,UHF(極超短波)はおもに軍用通信に用いられている。
航空保安無線施設のコラム・用語解説
【航空保安無線施設の種類】
[無線航行援助施設]
- NDB
- non-directional radio beaconの略で無指向性無線標識ともいう。NDB局は長・中波(200~415kHz)の無指向性電波を発射し,それぞれのNDB局識別のため1020Hzを用いて一定時間ごとにモールス符号を発する。航空機は機上のADFによりその局に対する自機の方位を計り,また複数の局からの方位線の交点によって自機の位置を求めることができる。NDBの有効到達距離は,出力,空中線の形状,昼夜間の別などによって異なるが約100~500kmである。空電の影響を受けやすく悪天候時にその信頼性が低下することがあるため,しだいにVORに替えられつつある。
- VOR
- VHF omni-directional radio rangeの略で超短波全方向式無線標識ともいう。VORはVOR局を中心にして360度の全方位にある航空機に対し,磁方位を与えることができる。無指向性のVHF波(108~118MHz)を放射するが,この超短波は全方位にわたって同じ位相(30Hz)をもつ基準位相信号と,受信方位によって位相が変化する可変位相信号および局の識別信号を含んでおり,航空機は基準位相信号と可変位相信号との位相差を測定することによって,自機の磁方位を算出する。NDBに比べ空電などによる影響が少なく信頼性が高いので,自動操縦装置への入力としても利用される。有効距離は航空機の高度によって変わるが約190~370km程度である。TVOR(ターミナルVOR)は,空港周辺用として建物などからの反射電波の影響を防ぐように作られた小出力のVORである。
- マーカービーコン marker beacon
- 無線位置標識のことで,単にマーカーと呼ぶ場合もある。航空機に所定の地点上空を通過したことを知らせるための施設。上空に向け指向性の超短波を発射し,上空を通過する機のパイロットに表示灯の点滅と音声によって知らせる。最近ではおもにILSとの組合せで用いられている。
- DME
- distance measuring equipmentの略で距離測定装置ともいう。DMEは二次レーダーの一種で,機上から発信された質問パルスを受信すると応答パルスを発信する。機上でこの間の時間を距離に換算して表示する。精度がきわめて高いが,高々度で局に接近すると水平距離との誤差が大きくなる。通常VOR局と併設される(VOR/DMEという)ことが多いがILSとも併設される。
- タカン TACAN
- tactical air navigation systemの略で戦術航法システムともいう。1951年にアメリカ海軍によって航空母艦への帰投用として開発されたもので,方位測定,距離測定機能を併せもつ。UHF帯に属する超短波(962~1213MHz)を使用。機上に,選定したタカン局との関係位置が表示される。方位測定の原理は基本的にVORと同じであり,距離測定はDMEとまったく同じである。民間機も60年から使用できるようになっている。
- ボルタック VOR/TAC
- VORとTACANを併設し双方の機能をもつ無線局。
[着陸誘導用無線施設]
- 空港監視レーダー
- ASR(airport surveillance radarの略)ともいう。空港周辺の航空機を探知して,出発,着陸の管制を行うためのレーダー。空港周辺の見通しのよい地点に設置される。有効範囲は水平距離で50~130km,高度1~8km。
- 精測進入レーダー
- PAR(precision approach radarの略)ともいう。滑走路に最終進入する航空機を誘導するためのレーダー装置で,あらかじめレーダー面に設定されている進入コースおよび進入角に沿って,レーダー管制官が機首方位,降下率,接地点までの距離などをパイロットに伝え,ずれを修正しながら航空機を滑走路まで誘導する。
- 計器着陸装置
- ILS(instrument landing systemの略)ともいう。指向性の電波を利用して,滑走路に着陸進入する航空機の計器に進入コースおよび進入角を表示する装置。 ▶▶計器着陸装置
[管制用無線施設]
- 航空路監視レーダー
- ARSR(air route surveillance radarの略)ともいう。航空路を飛行する航空機を管制するための監視用のレーダー。得られた情報はマイクロ波通信などによって管制部へ伝送される。到達距離をのばすため,通常,障害物の少ない山頂などに設置され,有効範囲は水平距離で180~370km,高度で約25kmをカバーする。
- 二次監視レーダー
- SSR(secondary surveillance radarの略)ともいう。SSRは発射した質問波に対する航空機からの応答電波を受信しレーダー盤面に表示するもので,空港周辺の出入りする航空機の管制用であるが,最近では,航空機の識別,方位,対地速度,高度などが,ディジタルで表示されるほか,衝突コースにある航空機の警報を管制官に知らせるものもある。
執筆者:長野 英麿
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報