花立村(読み)はなだてむら

日本歴史地名大系 「花立村」の解説

花立村
はなだてむら

[現在地名]荒川町花立

北方を荒川が流れ、東は貝付(かいつけ)村に接する。川沿いに米沢街道が通る。村名は端館(はのたて)に由来するともいわれる。文禄(一五九二―九六)頃の瀬波郡絵図には「黒川分色部分はなたて村 下」とみえ、本納三〇石四斗・縄高一二三石八斗二升三合、家一軒とある。近世は初め村上藩領、宝永六年(一七〇九)幕府領、寛保二年(一七四二)から文化八年(一八一一)まで陸奥白河藩領。


花立村
はなだてむら

[現在地名]津川町三郷(みさと) 花立

常浪(とこなみ)川の支流音無(おとなし)川に沿い、野(の)村の東に位置する。「新編会津風土記」に家数一四、北東の端村平石(ひらいし)は一とあり、両集落とも新発田(しばた)街道に沿い、本村は定助郷であった。文禄三年(一五九四)七月の蒲生氏高目録帳(内閣文庫蔵)に「花立 拾六石三斗七升」とある。


花立村
はなたてむら

[現在地名]上越市花立

戸野(との)村の南、有間(ありま)川の右岸に位置。正保国絵図によれば高五三石余。天和三年郷帳では二六石二斗余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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