改訂新版 世界大百科事典 「血中濃度」の意味・わかりやすい解説
血中濃度 (けっちゅうのうど)
blood concentration
血液中に溶けている物質の濃度。採血を行って測定し,注目する物質の血液1ml中に含まれる重量で表示したり(たとえばmg/ml),%で表示したりする。測定の対象となる物質は,栄養物質や作用物質(たとえば脂質,タンパク質,糖,ホルモンなど)や組織からもれ出てくる酵素など,身体の常在成分の場合と,薬物など,本質的には身体にとって異物であるものの場合とがある。身体の常在成分の濃度は生理状態や病的状態によって影響されるので,これらはいわゆる臨床検査データとして意味をもち,病気の診断や病状の判断の資料として用いられる。一方,薬物の血中濃度は,最近では薬物による治療や薬の評価の面で注目されるようになった。
薬物治療における血中濃度
医師が処方した薬を患者がのまない,あるいは指示どおりにせず勝手に自分で調節してのむことがしばしばある。これを〈服薬指示違反〉(ノンコンプライアンスnoncomplianceともいう)と呼ぶが,このようなことがあるとき,医師は薬の効果についての判断を誤るおそれがある。また勝手に薬をのむのをやめてしまったために病状が悪化するということもある。このようなときに薬の血中濃度を測定すれば,患者がどの程度正確に薬をのんでいるかを直ちに知ることができる。また,ときどき薬の血中濃度の測定が行われるということを患者にわからせておけば,それだけでノンコンプライアンスの防止に役立つとされている。一方,薬が効くためには有効血中濃度以上でなければならないが,あまり血中濃度が高すぎると副作用が起こる危険性が増す。有効血中濃度と副作用が起こる濃度の範囲を薬の治療域と呼ぶ。したがって適切な薬物治療を行うには,薬の血中濃度をこの治療域に維持することが必要となる。薬の血中濃度には,薬の消化管からの吸収と身体に入ってからの種々の組織への分布,および肝臓における代謝や胃からの排出の速度が総合的に影響するので,治療域を維持するように薬の投与量や投与間隔を適切に定めることはなかなか難しい。そこで,実際に薬を投与した後の血中濃度を参考にしながら,若干の理論計算を行うことにより薬物治療が行われることがある。このようなことの必要な薬は治療域が狭く,重大な副作用のおそれのあるものである。これらの目的で薬の血中濃度測定を行うことを,ときには血中濃度モニタリングなどとも呼ぶ。これを行うことが望ましい薬は種々あるが,日本では1980年3月から炭酸リチウム投与の際にはこのことが義務づけられた。また81年6月からジギタリス製剤と抗てんかん薬の血中濃度を測定して適切な薬物療法を行うことに対して,特定薬剤治療管理料が認められるようになっているが,欧米に比べて,薬物療法のために血中濃度が測定される頻度も種類も少ない。
薬の評価
同一の薬を同量含有した錠剤やカプセル剤であっても必ずしも同じ薬効を発揮するとは限らないということが1950年代ころから知られるようになった。このことを防ぐ目的で,すなわち,同一の薬を同量含有した錠剤やカプセル剤はメーカーが異なっても同じ薬効を発揮することを保証する目的で,製剤からの薬の吸収性はメーカーによって違わないというデータが薬の製造許可を得るときに要求されることになっている。このデータの基礎となるのは,その製剤を服用したときの血中濃度であり,実際には,最大血中濃度と,血中濃度の推移を時間に対して目盛ったときに得られる曲線によって囲まれる面積が違わなければ,吸収性は違わないと判定される。なお,この吸収性のことを専門用語では生物学的利用性(バイオアベーラビリティbioavailability)と呼ぶ。また,血中濃度の測定は,酩酊度を測る血中アルコール濃度の測定や,麻薬,覚醒剤の中毒の判定などに際しても行われることがある。
執筆者:粟津 荘司
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報