複合農業経営(読み)ふくごうのうぎょうけいえい

改訂新版 世界大百科事典 「複合農業経営」の意味・わかりやすい解説

複合農業経営 (ふくごうのうぎょうけいえい)

二つ以上の事業部門が結合されている農業経営で,単一農業経営または単作農業経営と対比され,多角農業経営と同義である。一般産業においても2種以上の事業部門をもつ多角経営ないし複合経営は多いが,それは生産資源の有効利用,市場活動の有利性,危険分散などの複合生産の有利性が働くためである。農業においては,とくに生産の季節性,気象や価格変動による危険が大きく,また土地面積の制約,地力維持の必要,家族労働力の固定費的性格,生産物間の補完関係や結合生産物関係の多さなどのため,複合経営の有利性が支配する場合が多い。

 複合経営の統計的把握は,日本では最近は農産物販売額の部門別構成比でみるのが一般的であるが,アメリカなどでは標準投下労働日,ドイツイギリスなどのEU諸国では標準所得などでとらえることも行われている。また部門区分は日本の農業統計では,中分類と小分類をミックスした形(米,麦,果樹工芸作物,施設園芸,酪農等々)で行い,1965年以降販売額1位部門の販売額が総販売額の60%以上のものを単一経営,60%未満を複合経営としてきたが,80年には80%以上のものを単一経営とし,60~80%のものを準単一複合経営としている。かつての日本の農業経営は零細規模ではあるが,米,麦,養蚕を中心とする複合経営が支配的であり,一部には混合農業といわれる有畜複合経営もみられた。とくに自給生産が基調的な段階の経営では自家消費用の多数の作物を作っていたが,商品生産の発達につれて特定作物への特化が進んできた。なかでも経済の高度成長期には商品生産の展開と機械化,施設化を中心とする技術革新による規模拡大の要請が高まり,限られた資源を一部門に集中することによって規模拡大を進めたため,経営組織の単純化,専門化が著しく進んだ。また一方では労働市場が拡大し,農家の兼業化が進行したため,兼業農家でも可能な稲作を中心とする単作化が進んだ。1965年には複合経営は21%であったのが97年には5%に減っている。このような部門単純化,専門化の傾向は欧米においても高度機械化段階とともにみられる。

 現在の日本の複合農業のタイプとしては,個別経営として小農型複合経営と大規模複合経営,地域集団がらみのものとして営農集団型複合と経営間補完型複合があげられる。小農型複合経営は家族労働の完全燃焼を軸として多部門を結合し,限られた土地の集約的利用による所得追求を行うものである。これは自給の利益はもつが,各部門規模が零細で規模の利益は発揮できず,経営者能力も分散してしまい,複合経営の有利性をもつよりは雑多経営的なマイナスを生じる可能性もある。それに対して大規模ないし大農型複合経営は,部門数はせいぜい2ないし3部門であるが,それぞれ一般的生産力水準に達しうる程度以上の規模をもって結合しているもので,規模の利益と複合の利益をともに発揮できるタイプである。水田酪農(稲作+酪農),水田野菜(稲作+野菜),輪作型畑作(麦,大豆,ビートなど),複合畜産(乳肉複合など)などの形がみられる。最近では地域営農集団の中にいくつかの経営部門を導入し,その間に有機的関連をつけて複合の有利性を発揮しているものが増えてきている。また,個別経営はかなり専作化しているが,地域内の経営間で堆・厩肥などの中間生産物を融通しあったりして,地域全体としての複合生産の利益を追求する地域複合農業経営といわれるタイプもある。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の複合農業経営の言及

【農業経営】より

…日本ではかつては地目と作目の組合せなどで把握したが,現在ではアメリカと同様に主幹作目を中心にみるのが一般的となっている。1997年の農業構造動態調査では,主幹作目の販売額が80%以上のものを単一経営,60~80%を準単一複合経営,60%未満を複合経営(複合農業経営)としており,それぞれ78%,17%,5%の構成比となっている。単一経営のうちの71%が稲作単一経営である。…

※「複合農業経営」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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