視床下部症候群

内科学 第10版 「視床下部症候群」の解説

視床下部症候群(視床下部・下垂体)

(1)視床下部症候群
定義・概念
 視床下部には多くの神経核と神経路が存在し,本能行動と情動行動の統合中枢であり,生体リズム,内部環境の恒常性維持,内分泌系と自律神経系や体性神経系を含む多様な機能の統合に重要な役割を果たしている.視床下部の器質的病変はこれらの機能異常を伴うことが多く,総称して視床下部症候群とよばれる.広義には中枢性摂食障害(神経性食欲不振症や過食症),心因性多飲症など器質的病変が明らかでない視床下部の機能障害が疑われるものが含まれる.
原因・病因
 視床下部症候群の原因は表12-2-2のように多種にわたる.脳腫瘍の頻度は高く,下垂体腺腫についで頭蓋咽頭腫,胚(芽)腫,星状細胞腫などがある.下垂体腫瘍は鞍上部進展によって視床下部障害をきたす.その他,先天性障害,肉芽腫性病変,髄膜炎・脳炎などの感染症,外傷,放射線障害,手術,血管病変,神経変性疾患などがある.
 Kallmann症候群は,嗅覚障害を伴う低ゴナドトロピン性性腺機能低下症であり,KAL1遺伝子,FGFR1遺伝子,PROKR2遺伝子などの異常に起因することがある.Fröhlich症候群は,視床下部・下垂体の器質的病変,おもに脳腫瘍などが原因して肥満と性腺機能低下(性腺発育不全)の症候を伴う病態である.Bardet-Biedle症候群は,常染色体劣性遺伝をとり,肥満,網膜色素変性,知能障害,性腺機能低下(性器発育不全),多(合)指症を主徴とする.Prader-Willi症候群は,新生児期筋緊張低下,性腺発育不全,知能障害,低身長があり,乳児期以降に肥満,食欲異常,耐糖能異常などを合併する【⇨12-2-7)】.
病態生理
 器質的病変にみられる臨床症状は,原因疾患の特性よりもむしろ病変部位とその広がりおよび病期によって影響される.多くは両側にまたがる病変によって症候が出現する.
臨床症状
 臨床所見は下垂体前葉機能障害,後葉機能障害と下垂体機能以外の視床下部機能障害の3つに分けられ,種々の組み合わせで認められる.
1)下垂体前葉機能障害:
a)下垂体前葉機能低下症:視床下部基底部の破壊や下垂体との連絡路が障害されるため,視床下部ホルモンによる分泌調節ができず下垂体前葉ホルモンの分泌障害が起きる.複合型下垂体前葉ホルモン分泌不全が多い.
b)高プロラクチン血症:PRL分泌は放出抑制因子であるドパミンによる抑制的な分泌調節を受けているため,視床下部障害で分泌亢進がみられる.
c)思春期早発症: 絨毛性ゴナドトロピンhCG)やGnRHの産生,思春期発現抑制機構の障害などによって性早熟がみられる.
d)その他:まれに神経節細胞腫においてCRHまたはGRHが産生されてCushing症候群や先端巨大症が引き起こされる.
2)下垂体後葉機能障害:
a)中枢性尿崩症:視床下部の破壊性病変やバソプレシン抗利尿ホルモン,antidiuretic hormone:ADH)分泌低下によって尿崩症が起こる.
b)高ナトリウム血症:尿崩症に渇中枢の障害が加わると持続的な高ナトリウム血症を示す.
c)抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(syndrome of inappropriate secretion of antidiuretic hormone:SIADH):バソプレシンの持続的分泌によって低ナトリウム血症,低浸透圧血症が起こる.
3)ほかの視床下部機能障害(表12-2-3):
 a)体温調節の異常:持続性低体温,発作性低体温,持続性高体温ないし発作性高体温,変動体温がみられる.
b)摂食行動の異常:過食と肥満,食欲不振とやせがみられる.幼児の間脳症候群では,神経膠腫などの第Ⅲ脳室近傍の腫瘍によって生後1歳頃に摂食が十分にもかかわらず活発な行動で高度なやせをきたす.
c)精神神経症状:意識障害,記銘力低下,指南力障害,情動行動異常,睡眠覚醒リズムの障害,間脳自律神経性てんかんなどを認める.腫瘍による脳室の圧排で内水頭症をきたす.視神経の障害によって視力・視野障害をきたす.
検査成績
1)内分泌学的検査:
視床下部ホルモン負荷試験(TRH試験,GnRH試験,CRH試験,GRH試験),視床下部に作用して二次的に下垂体を刺激する試験(インスリン低血糖試験,GHRP-2試験,クロミフェン試験など),バソプレシン分泌刺激または分泌抑制試験などを行い,障害されているホルモンの種類とその程度を調べる.
2)画像検査:
MRI磁気共鳴画像)やCTによる神経放射線学的検査を行う.PETによる脳代謝機能検査も用いられる.
3)病因に関する検査:
生検組織の光顕・電顕所見,ホルモンの免疫組織化学などはホルモンの産生・分泌障害の診断に役立つ.サルコイドーシスやLangerhans細胞組織球症などの肉芽腫性疾患は,肺や骨,皮膚などほかの臓器に病変を伴うことがあるため,その部位の組織診を行う.
診断
 詳細な病歴の聴取と診察所見から,視床下部症候群を疑い,視床下部・下垂体機能検査,画像検査,病因に関する検査を行い,診断する.
治療
 原因は多様であり,原疾患に対する治療が基本となる.腫瘍が原因の場合には腫瘍摘出が第一選択であるが,術後の再発予防,手術不能または効果不十分のときには放射線療法や薬物療法を行う.内分泌障害についてはそれに応じた治療を行い,分泌不全症にはホルモン補償療法を行う.
■文献
Braunstein GD: The hypothalamus. In: The Pituitary, 3rd ed, (Melmed S ed), pp303-342, Academic Press, London, 2011.
(2)性早熟症,思春期早発症(sexual precocity,precocious puberty)
概念
 思春期早発症は,性ステロイドの分泌により,二次性徴が異常に早く出現した状態である.部分的な早期乳房発育症,早期陰毛発育症などは通常除かれる.
分類
 ゴナドトロピン依存性の中枢性思春期早発症と,非依存性で性ステロイド分泌のみが亢進する末梢性思春期早発症に分類される.中枢性思春期早発症が圧倒的に多く,女児が男児の約4倍の頻度でみられる.
原因
 中枢性思春期早発症の原因として,特発性,器質性,さらには甲状腺機能低下症などがある.器質的病変として頭蓋内腫瘍(視床下部過誤腫,視神経膠腫,星細胞腫など)およびほかの頭蓋内病変,ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)産生腫瘍などがある.原因疾患が明らかでない場合を特発性という.女児では特発性が大部分であるが,男児では器質性の頻度が高い.
 末梢性思春期早発症の原因として,女児で女性化するものにMcCune-Albright症候群,機能性卵巣囊腫,卵巣腫瘍や副腎皮質腫瘍,エストロゲン使用によるものがある.男性化するものとして21α,11βヒドロキシラーゼ欠損症による先天性副腎過形成症などがある.男児で男性化するものにLH受容体異常による家族性男性思春期早発症,21α,11βヒドロキシラーゼ欠損症による先天性副腎過形成症,副腎皮質腫瘍やLeydig細胞腫瘍,アンドロゲン使用によるものがある.女性化するものは副腎皮質腫瘍,エストロゲン使用によるもの,Sertoli細胞腫瘍がある.頻度が高いのは先天性副腎過形成症である.
 McCune-Albright症候群は,皮膚のカフェオレ色素斑,多発性線維性骨異形成,内分泌障害を主徴とする疾患で,GNAS1遺伝子の異常によって生じる.内分泌機能異常として末梢性思春期早発症,甲状腺機能亢進症,巨人症などがみられる.
臨床症状
 男児において,①9歳未満で精巣,陰茎,陰囊などの明らかな発育が起こる,②10歳未満で陰毛発生をみる,③11歳未満で腋毛,ひげの発生や声変わりをみる.女児において,①7歳6カ月未満で乳房発育が起こる,②8歳未満で陰毛発生,または小陰唇色素沈着などの外陰部早熟,あるいは腋毛発生が起こる,③10歳6カ月未満で初経をみる. 随伴症状として身長促進現象や骨年齢の促進が認められる.
診断
 Tannerステージに基づいて思春期ステージの評価を行い,男児で睾丸容積が4 mL以上ある場合,女児で乳房肥大がある場合に思春期の開始と判断する.病歴から思春期早発の発来時期と進展の経過および薬剤使用の有無を確認する.ゴナドトロピン依存性であるかどうかをGnRH試験で判別する.中枢性の場合は,画像診断(MRI,CT検査)で器質的疾患の有無を診断する.末梢性の場合は,副腎性か性腺性か,それ以外の原因によるものかを検索する.
治療
 未治療では,一時的に健常児より身長は高くなるが,骨端線早期閉鎖のため,最終身長は低くなる.幼い年齢で二次性徴が出現するために本人や親が社会的に困惑したり,また年齢不相応に異性に対して関心をもつなどの問題を起こし心理社会的問題が生じる.このため,二次性徴の抑制と骨成熟抑制による最終身長の改善をはかる.
 治療方針は原因疾患によって異なる.可能であれば器質的病変の治療(外科的治療)を行う.基礎疾患があるものに対して対症的薬物療法を行う.中枢性思春期早発症の治療薬にはGnRHアナログを用いる.
(3)視床下部・松果体部腫瘍(hypothalamic and pin­eal tumors)
概念
 第3脳室周辺部,特に視床下部,松果体部に発生する腫瘍はさまざまであるが,内分泌症状をきたす重要な腫瘍は頭蓋咽頭腫(craniopharyngioma)と胚細胞腫瘍(germ cell tumor)である.
疫学
 脳腫瘍全国集計調査報告では,頭蓋咽頭腫は全脳腫瘍の約5%,胚細胞腫瘍は約3%を占める.このほか,下垂体腺腫の鞍上部進展も重要である.一方,松果体部に発生する腫瘍としては,胚腫が最も多い.頭蓋咽頭腫の発症は全年齢層に認められるが,5~15歳と50~55歳にピークがある.胚腫の発症年齢のピークは10~12歳にあり,90%近くは20歳未満である.
病理
 頭蓋咽頭腫は胎生期の頭蓋咽頭管の遺残から発生した先天性腫瘍である.多くは鞍上部に発生する囊胞性,実質性の腫瘍で,組織学的に重層扁平上皮を基本構造とする.一方,胚細胞腫瘍は胎生期の原始胚細胞が脳内に遊走し発生すると推測されている.組織学的には,①胚(芽)腫(germinoma),②絨毛癌,③胎児性癌,④内胚葉洞腫瘍(卵黄囊腫瘍),⑤奇形腫,⑥混合型に分けられる.胚腫は大型の円形ないし多角形の細胞と小円形細胞からなるtwo cell patternを示す.免疫組織学的に腫瘍実質細胞は胎盤性アルカリホスファターゼやc-Kitが陽性となる.
臨床症状
 頭蓋咽頭腫の初発症状としては頭痛が多く,ついで視力視野障害,尿崩症,女性では無月経などである.神経下垂体部胚腫では尿崩症が多く,ついで視力視野障害,成長遅延,頭痛などである.頭蓋咽頭腫と異なり神経下垂体部胚腫は浸潤性(破壊性)に発育するため視床下部障害をきたす頻度は高い.
 松果体部腫瘍は中脳水道狭窄による頭蓋内圧亢進症状を起こす.輻輳反射は保たれ対光反射のみ障害されるArgyll-Robertson瞳孔や上方注視麻痺(Parinaud徴候),複視をきたすことも多い.片麻痺,尿失禁,痙攣などの症状もみられる.hCG産生によって男児で思春期早発症を合併する.視床下部過誤腫でも思春期早発症や笑い発作をきたすことがある.
検査成績・診断
 内分泌学的検査,画像検査,眼科的検査を行う.下垂体機能低下症がある場合,下垂体ホルモン分泌不全の所見を認める.尿崩症では尿濃縮の障害,血中バソプレシン低値がみられる.
 頭蓋単純撮影で,頭蓋咽頭腫の場合,トルコ鞍の平皿状変形,腫瘍の石灰化像が,松果体部腫瘍では松果体石灰化と正中線からの偏位がみられる.CT,MRI検査で頭蓋咽頭腫は鞍上部腫瘍または鞍内腫瘍として認められ,鞍底に圧排された正常下垂体がみられる.腫瘍自体は実質性または囊胞性であるが,高率に石灰化がみられる(図12-2-7A).胚腫は鞍上部に境界明瞭で均質な造影増強効果を示す腫瘍として描出される(図12-2-7B).一方,奇形腫は形状不整境界明瞭で石灰化や囊胞を有し不均質に造影される.
 脳脊髄液の細胞診が診断的意義を有する.腫瘍マーカーとして,α-フェトプロテイン(α fetoprotein:AFP)の上昇は卵黄囊腫瘍成分の存在を,βhCG高値は絨毛癌あるいは合胞栄養細胞性巨細胞(syncytiotrophoblastic giant cell)の存在を示唆する.
治療
 原因疾患に対する治療とホルモン補償療法を行う. 頭蓋咽頭腫に対しては外科的治療が選択される.しばしば完全摘出は困難であり,残存する場合に放射線療法を併用する. 胚細胞腫瘍は組織構成によって治療予後が異なる.胚腫は放射線感受性がきわめて高く,放射線照射のみで寛解がはかれるが,幼児に対する放射線障害の副作用を減じるため,放射線照射前に化学療法を行う.奇形腫の場合は手術による全摘出を試みる. ホルモン補償療法は下垂体前葉機能低下症,尿崩症に準じて行う.[島津 章]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「視床下部症候群」の意味・わかりやすい解説

視床下部症候群
ししょうかぶしょうこうぐん
hypothalamic syndrome

視床下部の障害によって起る症候群。尿崩症,肥満またはやせ,嗜眠,体温調節障害,性機能の低下,性器萎縮,記憶障害などの症状が含まれる。

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