15世紀から16世紀にかけて,今日のドイツ,オーストリア,スイスなどの諸都市において,謝肉祭(カーニバル)の期間に盛んに演じられた一連の演劇をいう。この演劇は,当時都市の中心勢力となっていた手工業者(職人,マイスター)のなかから,ゲルマン土着の春祭の伝統を受けつぎつつ生まれでたものであり,その性格はキリスト教的であるよりは,むしろきわめて民衆的・祝祭的なものであった。謝肉祭劇の作者には,今日のような専門の劇作家がいたわけではなく,その多くは普通の職人であったし,それら職人作家(マイスタージンガー)によって作られた劇はまた,しばしば親方に率いられた職人の一座によって,旅館兼営の酒場や個人の家の大広間など,カーニバルの宴の場所で座興的に演じられるのであった。地域的には,まずオーストリア南部に発生し,職人の諸国遍歴とともに広くドイツ語圏にひろまっていったと推定されるが,その中心はなんといってもニュルンベルク地方であり,この地で謝肉祭劇は集大成され,完成期を迎えたと見ることができる。ニュルンベルクにはシンチュウを扱う職人であったといわれるハンス・ローゼンプリュート(?-1470ころ),理髪師兼外科医であったハンス・フォルツ(?-1510ころ),靴屋の親方であったハンス・ザックス(1494-1576)などの作者が時代を追って輩出し,特にザックスはその頂点に位置する存在として知られている。ザックスの天才は,のちのゲーテやJ.グリムによって,大いに賛美されている。これらの作者によって作られた寸劇の内容は,《謝肉祭と断食の争いの芝居》(ローゼンプリュート),《11本目の指の芝居》(フォルツ),《うんこの芝居》《ずるい取持ち婆と聖堂参事会員》《神父さまと盲目の寺男とその女房》(ザックス)などの題に示されるように,性と糞尿のイメージに満ち溢れ,現代人の〈洗練〉された目から見ればいかにも露骨で下品にみえるのであるが,実はそこには現代人には到底想像が及ばないような〈肉体的豊饒〉と〈始原的生命力〉とでも呼ぶべきものが満ち溢れているのであって,それはむしろ,今日では失われ,またおとしめられてしまったものが,その時代にはまだ,民衆の一大文化財として存在していたのだと考えることができよう。16世紀の終りころには謝肉祭劇は衰え,その後のドイツにおける演劇のなかには,そのような祝祭的喜劇・民衆的演劇の伝統は,ほとんど受け継がれることがなかった。なお,ワーグナーの楽劇《ニュルンベルクのマイスタージンガー》は,この謝肉祭劇の世界に取材したものであり,巨匠ハンス・ザックスもその登場人物の一人である。
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執筆者:永野 藤夫
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…文学のためにドイツ語が用いられる地域は,現在でもドイツ,オーストリア,スイスのドイツ語圏にまたがるが,過去にはさらにシュレジエン(現,ポーランド領シロンスク),東プロイセン,チェコの一部などを含んでいた。これらすべての地域を包括して論ずるのがドイツ文学の通例であるが,特にオーストリア,スイスには独自の文学伝統があることにも留意しなくてはならない。 一般的にドイツ文学の特性に対する見解には,今なお19世紀以来の国民文学史観にもとづくところが多い。…
…この運動の担い手は人文主義者たちであった。庶民のレベルでは,中世末期よりとくにニュルンベルクなどの職人階級を中心にして狂言風の謝肉祭劇が生まれたが,その源はキリスト教とは本来無縁のゲルマン土着の異教的な春祭の風習である。この民衆的・祝祭的な演劇は,ハンス・ザックスのころには台本の形式も上演形態も完備し,いわゆる工匠歌人(マイスタージンガー)舞台が盛んになった。…
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[演劇と散文の誕生]
中世末期に入ると演劇と散文が芽生える。14世紀には,ようやく興隆した都市を中心に復活祭劇や受難劇が演ぜられ,15世紀にはそれが世俗的な発展を示して謝肉祭劇Fastnachtsspielとなるが,その担い手となったのはギルドの職人たちで,実生活のなかから笑いのタネを見つけて寸劇にした。ハンス・ザックスらの職匠歌もこれと同じ基盤から生まれる(マイスタージンガー)。…
※「謝肉祭劇」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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