ザックス(読み)ざっくす(英語表記)Hans Sachs

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ザックス」の意味・わかりやすい解説

ザックス(Julius von Sachs)
ざっくす
Julius von Sachs
(1832―1897)

ドイツ植物学者。ブレスラウ(現、ポーランドブロツワフ)の彫版工の子として生まれる。プルキンエの援助を受け、プルキンエがプラハ大学転任の際に、製図助手として随行し、その仕事のかたわら1856年にプラハ大学を卒業した。フライブルク大学教授を経て、1868年以来ウュルツブルク大学教授。植物実験生理学の建設者とよばれ、種子の発芽、植物の栄養、温度と成長の関係、重力や光に対する屈性などを、自ら考案した実験装置を用いて調べた。光合成の研究がもっとも著名である。葉緑体中のデンプン同化作用の産物であること、デンプン形成に光が必要なこと、光の色と光合成の関係などを、ヨード反応や気泡計算法によって確かめた。門下に、ゲーベルド・フリース、プフェッファーらがおり、主著として『植物学教科書』(1868)、『植物学史』(1875)、『植物生理学講義』(1882)がある。

[檜木田辰彦]


ザックス(Hans Sachs、工匠歌人、劇作家)
ざっくす
Hans Sachs
(1494―1576)

ドイツの工匠歌人、劇作家。ニュルンベルクの仕立屋の子として生まれる。1509年、ラテン語学校卒業後靴屋に弟子入りし、そのかたわら工匠歌の手ほどきを受ける。5年間のドイツ各地の遍歴を終え、16年に帰郷、19年には結婚して靴屋の親方となり、やがて工匠歌の親方となる。23年、ルターの宗教改革に共感し、これをたたえた詩『ウィッテンベルクの小夜啼(さよな)き鳥』を発表し、詩人としての第一歩を踏み出した。以後、家業の靴づくりに精を出すかたわら、工匠歌の振興に努め、同時に詩作にも励み、73年筆を絶つまでに、工匠歌約4300編、説話詩・笑話詩など約1700編、劇210編の計およそ6200編の作品を書き残している。この間、60年には妻と死別、翌年再婚したが、76年1月19日、5年間の遍歴時代を除き一生を過ごしたニュルンベルクで没した。81歳。ザックスは、このころ台頭し始めた市民階級の旺盛(おうせい)な生活力と精神を代表し、人文主義の精神に基づき、作品を通じて穏健中正な処世訓を説き続けた。なかでも滑稽(こっけい)で教訓的な謝肉祭劇において、その本領がもっとも発揮されており、代表作に『天国の遍歴学生』(1550)、『仔牛(こうし)を孵化(かえ)す』(1551)などがある。ワーグナーの楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』(1868初演)は、ザックスの名を長く後世に伝えるものである。

[田中道夫]

『藤代幸一・田中道夫訳『ハンス・ザックス 謝肉祭劇集』全2巻(1979、80・南江堂)』


ザックス(Nelly Sachs)
ざっくす
Nelly Sachs
(1891―1970)

ドイツ語で書いたユダヤ系女流詩人。ベルリンに生まれる。15歳のときにラーゲルレーブと文通を始め、またこのころより物語の創作などを試みる。1940年ナチス政権下のドイツをスウェーデンに逃れ、その後、死に至るまで主としてストックホルムに住む。重要な仕事としては、ユダヤ人の受難を主題とした『死のすみかにて』(1944~45成立)以下の詩集と『エリ』(1943)以下の劇詩のほか、スウェーデンの現代詩のドイツ語訳がある。66年にはノーベル文学賞を受賞。独特な深化に達したユダヤ思想と斬新(ざんしん)な暗喩(あんゆ)的、象徴的詩法が緊密に結び付いた作風で、人間の苦悩と救済の本源的な姿を形象化し、現代詩の表現領域の拡大に少なからず寄与している。

[田口義弘]

『N・ザックス著、生野幸吉訳『イスラエルの受難』(1968・三修社)』『N・ザックス著、パウル・ツェラン著、飯吉光夫訳『往復書簡』(1996・青磁ビブロス)』


ザックス(Hans Sachs、細菌学者)
ざっくす
Hans Sachs
(1877―1945)

ドイツの細菌学者。カトビーツェに生まれ、フライブルク、ブレスラウ、ベルリンの各大学で医学を学び、1900年ライプツィヒ大学を卒業。1920~1936年ハイデルベルク大学教授。免疫学、血清学、化学療法などに関する多くの論文を発表した。とくに1918年ゲオルギーWalter Georgi(1887―1920)と発表した「ザックス‐ゲオルギー反応」とよばれる梅毒血清反応は梅毒の診断に貢献した。

[藤野恒三郎]


ザックス(Curt Sachs)
ざっくす
Curt Sachs
(1881―1959)

ドイツ生まれのアメリカの音楽学者。初め美術史を専攻したがのち音楽学に転じ、国立楽器博物館長、ベルリン大学教授などを務めながら研究に励んだ。1933年ナチスに追われてパリに移り、37年以降アメリカに移住し、アメリカ音楽学会会長など要職を歴任した。楽器学の創始者の一人で、世界の楽器を網羅的・科学的に分類した楽器分類法(ホルンボステルと共作)は今日でも広く使われている。また比較音楽学の初期に独自の文化観に基づく多くの研究を残し、今日の民族音楽学の基礎を築いた。主著に『楽器百科全書』(1913)、『古代世界における音楽の発生』(1943)など。

[川口明子]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ザックス」の意味・わかりやすい解説

ザックス
Sachs, Julius von

[生]1832.10.2. ブレスラウ(現ポーランド,ウロツワフ)
[没]1897.5.29. ウュルツブルク
ドイツの植物学者。ギムナジウム終了後,プラハ大学生理学教授 J.プルキニェの助手となり,1856年学位取得。農業研究所勤務ののち,フライブルク大学教授 (1867) ,ウュルツブルク大学教授 (68) 。 62~64年に,それまで葉緑体の前身と思われていたデンプン粒が光合成の産物であることを実証し,植物ではデンプンの形成という様式をとって,光の存在下で吸収した炭酸ガスを有機物に転化すること (炭酸固定) が行われていることを明らかにした。 65年には,葉緑素は細胞内全域に散在するのではなく,葉緑体の中に組込まれた状態で存在することを示した。ザックスはこれら一連の研究で,光合成を細胞学的,生化学的に研究するための基礎を確立した。また,環境要因 (光,温度など) を人為的に調節して統制された実験条件下で植物の生長や運動を観察することを創始し,他方,生長速度を測定する装置など数々の測定機器を考案し,それらを駆使して生長に対する諸因子の作用を調べ,生長生理学と呼ばれる研究領域を開拓した。細胞に含まれる水の圧力が細胞壁に作用してこれを拡張し,細胞の拡大を招くことによって生長が起ると説いた彼の考え方は,今日生長を理解するうえでの基本となっている。 68年に著わした『植物学教科書』 Lehrbuch der Botanikは,植物を対象とする諸研究分野を関連づけ,植物学を一つのまとまった科学として取扱った最初の教科書であり,英訳もされて広く読まれた。また『植物学の歴史』 Geschichte der Botanik (75) は今日なお,植物学史を学ぶための手引として利用されている。

ザックス
Sachs, Nelly

[生]1891.12.10. ベルリン
[没]1970.5.12. ストックホルム
ドイツの女流詩人。 1966年ノーベル文学賞受賞。裕福なユダヤ人家庭に生れ,音楽と舞踊を学びながら育った。 40年,15歳のときから文通をしていたスウェーデンの作家ラーゲルレーブの助けをかりて,ナチスの追及を逃れ,ストックホルムに亡命。このときからいわば「深窓育ち」のこの詩人につらい現実が襲いかかり,ユダヤ民族の苦難に目ざめていく。これらの体験は直接的に作品に現れ,のちには次第に高められ,深い宗教的感情をたたえるようになる。詩集に『死神の住処で』 In den Wohnungen des Todes (1947) ,『星の食』 Sternverdunkelung (49) ,『逃亡と変身』 Flucht und Verwandlung (59) ,『たずねる女』 Die Suchende (66) ,『開け,夜よ』 Teile dich Nacht (71) など。ほかに神秘劇『エリ』 Eli (50) がある。

ザックス
Sachs, Hans

[生]1494.11.5. ニュルンベルク
[没]1576.1.19. ニュルンベルク
ドイツのマイスタージンガー,劇作家。ワーグナーの楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の中心人物。ラテン語学校に学び,のち靴屋の親方となる。その間工匠歌の修業を積む。宗教改革に関心を示し,詩『ウィッテンベルクのナイチンゲール』 Die wittenbergisch Nachtigall (1523) でルターを支持,そのため一時筆禍をこうむり,出版を禁止された。その後人文主義的教養も加わって多彩な創作活動を行なった。素材を聖書や物語集にとり,四千余の工匠歌,『馬鹿の治療』 Das Narrenschneiden (36) や『天国の遍歴学生』 Der farend Schüler im Paradeiss (50) などの謝肉祭劇をはじめ,笑劇,対話詩,寓話詩などを残した。

ザックス
Sachs, Curt

[生]1881.6.29. ベルリン
[没]1959.2.5. ニューヨーク
ドイツ生れの音楽学者。古代楽器学,比較音楽学の権威。 1919~33年までベルリン大学教授。 33年ナチス・ドイツを逃れてパリに行き,37年アメリカに移住。ニューヨーク大学教授,アメリカ音楽学会会長の職にあった。主著に『楽器百科全書』 Real-Lexikon der Musikinstrumente (1913) ,『世界舞踊史』 Eine Weltgeschichte des Tanzes (33) ,『楽器の歴史』 The History of Musical Instruments (40) などがある。

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