豚インフルエンザ(読み)ぶたいんふるえんざ(英語表記)swine influenza

日本大百科全書(ニッポニカ) 「豚インフルエンザ」の意味・わかりやすい解説

豚インフルエンザ
ぶたいんふるえんざ
swine influenza

インフルエンザウイルスによって引き起こされるブタの呼吸器疾患。ヒトのみならずトリ、ブタ、ウマなどの動物にもインフルエンザウイルスによる呼吸器感染症がみられる。

[加地正郎]

豚インフルエンザの病原ウイルス

豚インフルエンザの病原としては、インフルエンザAウイルスの亜型のうち、H1N1、H1N2、H3N1、H3N2が分離されている(亜型を表すHおよびNについては「インフルエンザ」の項を参照)。

 ブタにおける症状としては、発熱、元気消失、食欲不振、鼻汁、咳(せき)、呼吸促迫、衰弱などが知られているが、死亡率は低く(0.1%以下)、予後は良好で、寒い時期に集団的に発生する。

[加地正郎]

豚インフルエンザウイルスの発見

豚インフルエンザの病原ウイルスは、ヒトのインフルエンザウイルスの発見(1933)より早く、1931年にアメリカのロックフェラー研究所に所属していたショープRichard Edwin Shope(1901―1966)によって分離が報告され、同時に豚インフルエンザ菌の存在も認められている。豚インフルエンザウイルスと豚インフルエンザ菌が同時に感染すると症状が重症化する。ヒトでのインフルエンザでも、ウイルスに続いてインフルエンザ菌に二次感染すると肺炎を合併して重症化するという知見があるが、それに先だって指摘されているのは興味深い。

[加地正郎]

ヒトのインフルエンザとの関連

インフルエンザの流行史上最大の惨禍をもたらした1918~1919年のスペインインフルエンザの病原は、豚インフルエンザ由来のAH1N1ウイルスであったことが、最近までの研究で明らかになっている。

 さらに1976年、アメリカのニュージャージー州フォート・ディクスFort Dixの陸軍基地で豚インフルエンザAH1N1ウイルスによる小流行がおきたが、幸いにも世界的大流行(パンデミック)にまで発展することなく終息した。

 なお、アメリカでは、ブタとの濃厚接触によるヒトでの豚インフルエンザウイルス感染例が、散発的に報告されている。

[加地正郎]

ブタ型インフルエンザウイルスによるパンデミック

2003年以降、鳥インフルエンザの世界的規模での流行が発生し、トリからヒトへの感染例が多発、病原のインフルエンザAH5N1ウイルスが人の間でパンデミックをおこすのではないかと危惧されているなか、2009年、予想されていなかったブタ由来のインフルエンザウイルスによる人でのパンデミックが発生した。

 発端は2009年4月メキシコで、ブタ由来の新型インフルエンザAH1N1ウイルス(以下ブタ型インフルエンザ)の流行で約60人が死亡との報道であったが、おそらく同年3月には発生していたと考えられ、流行はアメリカ、カナダ波及、またたく間に世界規模となった。日本は、当初は鳥インフルエンザAH5N1ウイルス由来の、致死率60%というきわめて重症の新型インフルエンザを想定しての対策実施であったが、長期にわたる実施は実際上かなり困難であること、また2009年発生のブタ型インフルエンザの重症度は毎年冬に流行する季節性インフルエンザとほぼ同様と考えられると判断されたこともあって、その後防疫対策はかなり緩和された。

 2009年(平成21)12月現在まで、日本での感染は全国的な広まりをみせ、死者も出た。

 世界的にはパンデミックとなり、2009年11月22日現在、207以上の国・自治領・地域で、感染者62万2482例以上、死亡者7826例以上(2009年11月27日世界保健機関WHO発表)となっている。

[加地正郎]

ブタ型インフルエンザの症状・予防

日本での症例調査では、38℃以上の発熱、咽頭(いんとう)痛、咳など、季節性インフルエンザの症状とほぼ同様であるが、嘔吐(おうと)、下痢(げり)の消化器症状がやや多く、結膜炎が認められた例もみられている。

 なお、海外の報告では、重症化する場合の肺炎は細菌の二次感染によるものではなく、ウイルス自体が引きおこしているとされ(この点は鳥インフルエンザAH5N1ウイルスの感染例と同様)、治療に際してとくに注意を要する。

 さらに死亡あるいは重症例の多くは、気管支喘息(きかんしぜんそく)や糖尿病などのリスクファクターをもっていた症例であったと報告されている。治療としては抗インフルエンザ薬の投与が中心である。

 なお、感染予防には従来のワクチンは無効で、この流行から分離されたウイルス株を用いての予防ワクチンが製造されている。

[加地正郎]

ブタ型インフルエンザパンデミック以降

北半球諸国での流行は2009年8月現在でピークをすぎ、寒い季節に向かう南半球のオーストラリア、南アメリカでの流行が報じられるようになった。しかし、これまでのパンデミック(1918~1919年のスペインインフルエンザおよび1957年のアジアインフルエンザ)の様相から予想されるのは、第2波、さらにはそれより小規模の第3波の襲来である。その際に人から人への感染をくり返す過程でのウイルス病原性増強の可能性を警戒する必要がある。

 2009年発生の病原ウイルスに対して一部の高齢者は過去におけるAH1N1ウイルスの感染による抗体を保有しているとされているが、ほとんどの人は免疫がなく、パンデミックとなっている。このパンデミックが過ぎ去ったあとには集団免疫のバリアができるため、以後はさほどの規模にはならない。そして、同じウイルスによる流行が10~十数年くり返され、やがて次の「新型ウイルス」の登場となるのではないかと予想される。

[加地正郎]

『永武毅編『インフルエンザQ&A』(2000・医薬ジャーナル社)』『泉孝英・長井苑子編『医療者のためのインフルエンザの知識』(2005・医学書院)』『岩崎惠美子監修、佐藤元編『新型インフルエンザ――健康危機管理の理論と実際』(2008・東海大学出版会)』『加地正郎著『インフルエンザの世紀――「スペインかぜ」から「鳥インフルエンザ」まで』(平凡社新書)』『W・I・B・ビヴァリッジ著、林雄次郎訳『インフルエンザ』(岩波新書)』『中島捷久・中島節子・澤井仁著『インフルエンザ――新型ウイルスはいかに出現するか』(PHP新書)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例