翻訳|indulgence
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
免罪符(めんざいふ)ともいう。教会に特別の功績あるものに対し,彼がおかした罪への現世的処罰を免除する証書。中世末には教皇庁財政をまかなう手段として乱用され,その根底にある功績思想がルターの宗教改革の契機となった。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…贖宥は,本来,地上におけるキリストの代理としての教皇が,教会に対する信徒の特別な功労にもとづき,その犯した罪のつぐない(教会的刑罰)を赦免する慣行であった。ルターは,修道生活の中で,ひとの救いは善行によらず,もっぱら神の恵みへの信仰によることを確信していたので,当時ドイツで販売されていた贖宥状が,信徒を真の悔改めと唯一の救主キリストへの信仰から引き離すことをおそれ,贖宥問題をめぐる討論会のために,95の論題を公表したのである。しかし,ラテン語で書かれていたこの九十五ヵ条は,たちまち何者かの手でドイツ語に訳されて各地に広まり,大反響を生むこととなった。…
…サマリア人シモン・マグスが使徒ペテロとヨハネに対して,金銭を提供することによって聖霊の降下を依頼したという《使徒行伝》(8:18~24)の故事にちなみ,ラテン語ではシモニアSimoniaと言う。シモニアとは本来,霊的な事がらや神聖な事がらを金銭その他の手段によって獲得することを意味し,贖宥(しよくゆう)状(免罪符)取引なども含められていたが,一般的には教会や修道院の聖職を売買する行為をさす。ゲルマン的私有教会制のもとでは,国王は自己支配下の教会・修道院の聖職者を自ら任命し,それに対する対価を求めていた。…
…中世末から近世初期のローマ・カトリック教会で,信徒がこれを購入することによって,自己の犯した罪の償いを免除されると信じられた,教皇が発行する証書。贖宥(しよくゆう)状,贖宥符とも訳される。これがもたらす信仰上の弊害をルターが〈九十五ヵ条提題〉で攻撃したことが,宗教改革の口火となった。…
※「贖宥状」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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