雇傭契約にともなって,使用者が将来被用者によって受けるかもしれない損害を第三者にあらかじめ担保させるものを身元保証といい,そのような契約を身元保証契約という。たとえば,A会社(使用者)がB(被用者)を雇って経理事務を担当させていたり,あるいは自動車の運転をさせていた場合,Bは会社の金を使い込んでA会社に損害を与えることがあるし,あるいは自動車運転上の過失で第三者をはねてA会社に損害賠償責任を負担させる(使用者責任)こともある。さらにまた,Bは病気になってA会社に損害を与えることもあろう。こういった事態にそなえて,A会社としてはあらかじめ,Bの親あるいは知人のC(身元保証人)に損害を塡補するよう約させておくことが少なくない。
BがA会社の金を使い込んだとか,第三者をはねてA会社に損害賠償責任を負わせたなどの場合には,BはA会社に対して損害賠償責任を負っており(不法行為責任または債務不履行責任),これ(主たる債務)をCが担保しているのであるから,その性質は一種の保証債務(将来債務の保証または根(ね)保証)である。これに対して,Bの病気によってA会社がこうむった損害をCが塡補すべき場合は,主たる債務が存在しないから,一種の損害担保契約である。これを身元引受けなどと呼んでいる。
身元保証契約の内容はさまざまであるが,一方では使用者と被用者との力関係の差を反映して,また他方では身元保証人に頼まれた人が契約内容をよく吟味せずに身元保証人になることを承諾することによって,身元保証人に酷な内容の身元保証契約が存在していた。そこで,身元保証契約を適正に規律するために,1933年〈身元保証ニ関スル法律〉(略称身元保証法)が制定された。
身元保証法は,引受け,保証その他名称のいかんを問わず,被用者の行為によって使用者の受けた損害を賠償することを約するものを身元保証と呼んで,これに同法を適用するものとしているから,先に述べた保証債務の一種としての身元保証のほか,損害担保契約としての性質を有する身元引受けにも同法が適用される。なお,身元引受けの中には,損害担保契約としての性質をもたず,ただ,一定の場合に身元引受人が被用者の身柄を引き取るべきものとするものもあるが,これには身元保証法は適用されない。
身元保証法によれば,身元保証人の責任は,次のように軽減されている。まず,責任を負う期間が限定されている。すなわち,身元保証契約で期間を定めなかったときには,契約成立の日から3年間効力を有する(ただし,商工見習者の身元保証契約は5年間である。1条)。また,契約で期間を定める場合にも,5年を超える期間を定めることはできず,もしこれより長い期間を定めたときにも,その期間は5年に短縮される(2条1項)。更新はできるが,その期間はやはり更新のときから5年を超えることはできない(同条2項)。
次に,被用者に一定の事情が生じた場合には,使用者に身元保証人に対する通告義務を課し,さらに身元保証人に契約解除権を与えている。すなわち,使用者は,被用者に業務上不適任または不誠実な事跡があって,そのために身元保証人の責任を惹起するおそれがあることを知ったとき(3条1号),および被用者の任務または任地を変更し,そのため身元保証人の責任を加重しまたはその監督を困難ならしめるとき(同条2号)には,遅滞なく身元保証人に通知しなければならず,身元保証人がこの通知を受けたとき,あるいはみずからこれらの事由を知ったときには,契約の解除ができる(4条)。解除の効果は,解除の意思表示が使用者に到達したときから将来に向かって生じる。
さらに,身元保証人の責任は,使用者が被用者によって損害をこうむった場合に必ずしもつねに生じるわけではないし,必ずしもつねに損害のすべてに及ぶわけでもない。すなわち,身元保証人が損害賠償責任を負うかどうか,および負う場合の金額については,裁判所が,被用者の監督に関する使用者の過失の有無,身元保証人が身元保証を為すに至った事由および身元保証を為すに当たり用いた注意の程度,被用者の任務または身上の変化その他いっさいの事情を斟酌して,これを定めるものとされている(5条)。
以上の身元保証法の規定に反する特約であって,身元保証人に不利なものは,無効である(6条)。
執筆者:淡路 剛久
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会社などに雇われている者(被用者)が、雇用契約上の義務に違反することによって使用者に損害を与え、その損害賠償債務を第三者(身元保証人)が保証すること。このような契約を身元保証契約という。また被用者が病気になったり任に堪えられなくなったときにその身元を引き受ける契約を身元引受契約という。この場合は保証さるべき被用者の債務がないので民法上の保証(446条以下)と異なり、一種の損害担保契約である。
いずれの契約においても身元保証人・引受人の責任がきわめて広くなってしまうので、1933年に制定された「身元保証ニ関スル法律」(昭和8年法律42号)は、被用者の行為によって使用者が受けた損害を賠償することを約する契約を身元保証契約とよび(したがって身元保証、身元引受けいずれも法の対象となる)、身元保証人の責任の範囲を制限した。この法律の規定に反して身元保証人の責任を重くする特約をしてもその特約は無効となる(同法6条)。責任の範囲を制限するおもな点は、保証契約の存続期間を制限したことと(同法1条・2条)、一定の場合に身元保証契約を将来に向かって解除する権利を身元保証人に与えたことである(同法4条)。保証期間は期間の定めがない場合には3年(商工見習者については5年)とされ、長期の定めをしても5年に短縮される。更新はできるが、5年を超えることはできない。解除権は、被用者に業務上不適任または不誠実な点があって身元保証人の責任を引き起こすおそれがある場合、および、任地・任務の変更によって身元保証人の責任を加重する場合に生ずる。使用者は前記の事由が生じたときは遅滞なく身元保証人に通知することを要する。
[伊藤高義]
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…大都市での下層の住民生活は家族の労働が基礎となり,そのうえに店請人とか家守(大家)などによって保証されていたといってよい。もっとも,こうした身元保証人をもたない店借が多くなると,手数料をとって店請をする仲間ができるようになった。享保期(1716‐36)ころ,大坂,京都に家請人仲間ができ,店賃滞納のさいはこの仲間が立替払いをしたり,引取り小屋を造ったりした。…
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