債務不履行とは,債務者の責めに帰すべき事由によって正当な理由なく債務の本旨に従った(法律の規定,契約の趣旨,取引慣行,信義誠実の原則等に照らして適切な)履行がなされないことである。
債務不履行には,履行遅滞,履行不能,不完全履行の三つの態様がある。民法は,債務不履行の態様として〈債務ノ本旨ニ従ヒタル履行ヲ為ササルトキ〉と包括的に規定し(415条前段),別に履行不能を分けて規定している(同条後段)が,これは415条前段の一例として注意的に規定したものとみられている。なお,不完全履行が債務不履行の一態様として認められているのは,20世紀初めのドイツ民法学の学説継受の結果である。
(1)履行遅滞とは,債務が履行期にあり,かつ履行が可能であるにもかかわらず債務者がその責めに帰すべき事由によって正当な理由なく債務の履行をしないことをいう。債務不履行に共通の要件たる〈債務者の責めに帰すべき事由〉とは,債務者またはその使用人など(履行補助者という)の故意・過失またはこれに準ずる事情をいう。ただし,金銭債務については,債務者は履行の遅滞が不可抗力によることを証明しても責任を免れえない(419条2項後段)。
(2)履行不能とは,債権成立のときには債務の履行が可能であったが,その後に債務者の責めに帰すべき事由により履行が不能となることをいう(たとえば,家屋の売買契約が成立したのち売主の過失により当該家屋が焼失した場合)。履行の不能は物理的不能にかぎらず,社会の取引観念に従って決められる。なお,債権成立後に債務者の責めに帰すべき事由によらないで履行が全部または一部不能となったときは,危険負担の問題である(534条以下)。
(3)不完全履行とは,履行期に履行はしたが,その履行が債務者の責めに帰すべき事由により不完全であったことをいう。履行の不完全の態様としては,給付の目的物ないし給付行為の内容の瑕疵(かし)(たとえば,粗悪商品の給付や不完全な調査報告等),履行方法の不完全(たとえば,運送人の荒っぽい運転等),給付に際して必要な注意を怠ること(たとえば,家具の室内搬入に際しその部屋の調度品をこわす等)などがある。
以上のように債務不履行には三つの態様があるが,たとえば,売主の荷造りが不完全で絵が破れたときは,その絵が不代替物であれば履行不能だが,その原因は不完全履行であり,またやはり荷造りが不完全であったために運送人が途中で荷造りをし直さざるをえなくなって届けるべき期日に遅れたら,債務者の履行遅滞だが,これも原因は不完全履行である。また,医療過誤による患者の死亡は履行不能とも不完全履行ともいえるように,履行遅滞・履行不能・不完全履行の三つの概念の限界は,実際上明白でなく議論のあるところである。なお,給付の目的物の瑕疵については,不完全履行と瑕疵担保(瑕疵担保責任。570条)との関係が問題となっている。
債務不履行の法的効果としては,債権者は,まず,(1)履行がなお可能であり,債務の性質が許すかぎり,その強制履行を裁判所に訴求することができる。すなわち,物の引渡しのような〈与える債務〉のときにはその債務の強制的実現が債務者の人格を無視することとはならないため,国家権力による債務内容の直接的実現が認められる(直接強制)。これに対し,債務の強制的実現が債務者の人格を無視することとなる〈なす債務〉のときには,その債務の履行を第三者にさせても債権の目的を達しうるもの(代替的作為義務)については,第三者にさせて,それに要した費用を債務者から強制的に取り立て(代替執行),第三者にさせては債権の目的を達成できないもの(非代替的作為義務)については,一定期間内に履行しないときは一定の金銭を支払うべき旨を命じて,債務者の意思を強制して履行させることができる(間接強制。民法414条,民事執行法)。なお〈強制執行〉の項を参照されたい。
(2)つぎに,債務不履行により債権者に損害が発生したときは,損害の賠償を請求することができる(415条)。賠償すべき損害の範囲については,債務不履行により通常生ずべき損害を原則とし,例外的に特別事情によって発生した損害についても債務者が当該の特別事情を債務不履行のときに予見しまたは予見しうべきであったときには,この損害も賠償請求できる(416条)。また,賠償すべき損害には,財産的損害のほか精神的損害も含まれる。なお,履行の遅延により生じた損害の賠償を遅延賠償,本来の給付に代わる損害の賠償を塡補(てんぽ)賠償といい,履行不能を理由として請求する損害賠償はこの塡補賠償である。
以上の債務不履行による損害賠償については,次の三つの例外がある。その一は,金銭債務については,上述のように履行遅滞が不可抗力に基づくときでも賠償義務を生じ,賠償額も債権者が実際にこうむった損害ではなく一定の利率計算による(419条)。その二は,債務不履行につき損害賠償額を当事者が予定しているときは,その額が公序良俗に反しない以上,予定額が賠償される(420条)。その三は,債務不履行につき債権者にも過失があったときは,賠償額の減免がなされる(過失相殺。418条)。
(3)さらに,債権者が債権保全のために担保権を設定している(たとえば,貸金債権の担保のために抵当権を設定している場合)ときは,債権者は担保権の実行ができる。
(4)不履行の生じた債権・債務が契約によって生じたものであるときは,一定の条件と手続に従い契約の解除をなすこともできる。すなわち,履行遅滞のときは,相当な期間を定めて履行を催告し,この期間内に履行がないときに解除でき(541条),履行不能のときおよび定期行為(契約の性質または特約により,一定の日時または一定の期間内に履行しないと契約の目的を達しえない場合。たとえば,結婚式に着る花嫁の衣装の貸借)の不履行のまま一定の時期が過ぎたときには,催告せずに解除できる(542条,543条)。不完全履行の場合は,債務者があらためて完全な給付をしても債権の目的を達することができる(すなわち〈追完が可能〉)か否(すなわち,〈追完が不能〉)かにより,前者のときは履行遅滞に準じ,後者のときは履行不能に準じて解除できる。契約が解除されると,はじめから契約がなかったこととなり,既履行の債務については原状回復義務が生じ,未履行の債務については給付義務が消滅する。なお,解除したときでも,債権者に債権不履行による損害が生じているときには,損害賠償も請求できる(545条)。
執筆者:高橋 弘
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債務者が正当な事由がないのに債務の本旨に従った履行をしないこと。履行が可能であるのに期限を経過しても履行しない履行遅滞、履行が不能なために履行しない履行不能、不完全な履行をした不完全履行、の三つがある。
債務者の債務不履行に対して債権者は次のような救済手段を有している。すなわち、第一は、債務そのものの履行を促す現実的履行の強制である(民法414条)。その方法としては、直接強制、代替執行、間接強制の三つがある。第二は、債務不履行による損害賠償を求めることである。まず履行遅滞の場合には、本来の給付とともに遅延賠償を求めることができ、あるいは本来の給付にかわる填補(てんぽ)賠償を求めることができる。次に履行不能の場合には、填補賠償を求めるのほかはない。損害賠償の範囲は、不履行によって通常生ずべき損害を原則とし(同法416条1項)、特別事情によって生じた損害については、当事者がその事情を予見し、または予見することができたものが、損害賠償の範囲に含められる。第三の救済手段は、契約を解除することである(同法541条・543条)。この場合には、当事者は原状回復義務を負い、さらに損害があれば、損害賠償を請求することができる(同法545条)。
[淡路剛久]
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…このように,はじめから実現不能なことを内容とするとき,給付は原始的不能であって,債権は成立しえないといわれる。これに反して,債権成立後に不能を生じたとき,たとえば,前例において契約成立後に建物が,甲の失火や落雷によって焼失したような場合には(後発的不能),債権はいったん成立したことになり,甲の債務不履行(履行不能)により損害賠償請求権に転化するか(失火の場合),危険負担(落雷の場合)の問題を生ぜしめるかにすぎない。なお,ここで不能というのは物理的な不能だけでなく社会観念から不能とみられる場合をも含む。…
… 第1に,抽象的一般的な文言で表現されている制定法規を,その予定する枠内で適正に具体化するための指導理念とされる。例えば,売買契約をした者は,その契約を実現すべく誠実に努力すべきであり,簡単な問合せをすればわかることなのに,目的物の引渡しの場所が契約に明示されていないことを幸いとばかりに契約を履行しない者は,債務不履行の責任を負わされる。 第2に,制定法規の枠外から,人間としての普遍的な倫理的命題を持ち込んで,正義・公平を実現する機能を営んでいる。…
※「債務不履行」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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