日本大百科全書(ニッポニカ) 「車体傾斜式列車」の意味・わかりやすい解説
車体傾斜式列車
しゃたいけいしゃしきれっしゃ
曲線通過時の速度をあげるため、車体を曲線の内側に傾ける装置を備えた列車をいう。
曲線の線路では、列車が遠心力で外側に倒れるのを防ぐため外側のレールを高くして、車体に働く遠心力を打ち消すようにしている(このレールの高低差をカントという)。しかし、曲線上に列車が停止した場合を考慮すると、大きなカントはつけられない。したがって、特定の列車に振子機構などの車体傾斜機構を設け、曲線通過時の超過遠心力を打ち消すようにして、速度を向上させている。車体傾斜に振子機構を用いたものは、振子列車、振子車両などとよばれている。
このアイデアは1950年代から、アメリカ、フランスおよびイタリアで研究されていたが、日本が1973年(昭和48)7月に国鉄(現JR)中央西線で世界初の振子列車(電車)による営業運転を開始した。その後、振子列車の運行は紀勢(きせい)線や伯備(はくび)線をはじめ四国、九州および北海道の各線にも広がった。
車体傾斜機構としては、車体傾斜にアクチュエーター(駆動装置)を用いない自然振子とアクチュエーターを用いる強制振子があり、日本は、車体と台車の間に設けた「ころ」による重力復元力を利用した自然振子を、スペインのタルゴTALGO客車は台車支持点を車体重心よりも高くした自然振子を採用した。アクチュエーターを用いる強制振子は、油圧または電動のアクチュエーターを台車の枕ばねと直列あるいは並列に設けて強制的に車体を傾ける方式と、枕ばねそのものをアクチュエーターとする方式がある。前者のうち直列式としては、イタリアの電車ペンドリーノおよびスウェーデンのX2000(機関車を除く客車のみ)があり、並列式としてはスイスのICNがある。
後者、すなわちアクチュエーターとして空気ばねを使用する方式は、台車の左右の空気ばねの内圧を制御して車体を傾けるもので、傾斜角が、上記の自然振子式や前者の直列あるいは並列アクチュエーターを用いた方式では6度から10度であるのに対し、2度程度と少なくなるものの、機構が簡単なため、低コストでそれなりの速度向上を図ることができる。この方式は、1960年代から研究が進められ、1973年に登場したドイツ鉄道403形で最初に実用化された。日本では、JR北海道、名古屋鉄道、小田急電鉄等で採用されている。2007年(平成19)から営業運転を開始した東海道・山陽新幹線のN700系は空気ばね式の新幹線初の車体傾斜式列車であり、JR東日本のE5系やE6系も同様の機構を採用している。
日本では、1988年以降は自然振子に付加する形で、台車内に設けた空気シリンダーで曲線進入とあわせて車体を徐々に傾ける「制御付振子」が開発され、曲線の多い線区の高速化を図るために、JR各社で電車および気動車に採用されている。
アクチュエーターを用いる車体傾斜式列車の場合、曲線に入ったことの検知と、車体を傾けるタイミングが乗り心地を左右する。日本では、線路データを車載機器に記憶させて、車体傾斜機構を制御している。この場合、自動列車停止装置(ATS)の地上子あるいはトランスポンダーを使って距離補正を行っている。一方、欧米で採用されているのは、先頭車に設けたジャイロスコープと加速度センサーで曲線に入ったことを検知する方式である。しかしながら、駅構内などで分岐器があり、曲線の方向が頻繁に変わる区間では、振子機構を働かせるとかえって乗り心地が悪くなるなどの問題が発生するので、時速50キロメートル程度以下の低速走行では振子機構を停止している。
2012年(平成24)の時点で、車体傾斜列車は日本、イタリア、スペイン、スイス、ドイツ、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、カナダ、アメリカおよびオーストラリアなどで使用されており、さらに増える傾向にある。
[佐藤芳彦]