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軍艦小事典 ぐんかんしょうじてん

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

軍艦小事典
ぐんかんしょうじてん

 この小事典は、世界の近代的な軍艦のなかから有名な艦や、各艦種の代表的な艦を選んで解説したものである。
 艦名は原則として個艦名で選んであるが、駆逐艦などでは艦型名も項目名とした。
 日本の軍艦のうち、戦艦、航空母艦、重巡洋艦は、同型艦であってもできるだけ各個艦名を項目名とし、戦歴などを記述してある。また、軽巡洋艦や駆逐艦などでは、同型艦の名称はできるだけ解説中に網羅するようにした。
 配列は、全項目を戦艦(巡洋戦艦を含む)、航空母艦、巡洋艦、駆逐艦、潜水艦、護衛艦(フリゲート)、その他の艦艇の七つにまとめ、それぞれを日本と外国に分け、そのなかで五十音順に配列してある。
 ⇒印は、小事典中の同型艦などの参照にしたい艦名を、*印は、別に本項目があることを示す。[石橋孝夫]

戦艦〔日本〕


伊勢(いせ)
 1917年(大正6)12月川崎造船所で完成。常備排水量3万1260トン。全長205.7メートル。幅28.7メートル。主機タービン。速力23ノット。主砲36センチ連装砲6基。副砲14センチ砲20門。水線装甲厚305ミリメートル。改扶桑(ふそう)型として主砲の配置を変更。1937年(昭和12)に呉(くれ)海軍工廠(こうしょう)で近代化改装を完成。1942年のミッドウェー海戦後、同型艦日向(ひゅうが)とともに後部の2砲塔を撤去し、飛行甲板を新設、艦爆22機搭載の航空戦艦に改装された。ただし、1944年10月のフィリピン沖海戦では航空機を搭載することなく参加。1945年7月アメリカ艦載機の空襲により呉で着底、戦後解体された。
香取(かとり)
 1906年(明治39)5月イギリスのアームストロング社で完成。常備排水量1万5950トン。全長139メートル。幅23.8メートル。主機レシプロ。速力18.5ノット。主砲30センチ連装砲2基。副砲25センチ単装砲4基、15センチ砲12門。水線装甲厚229ミリメートル。日露戦争に際して発注された戦艦で、同型に鹿島(かしま)がある。従来の主砲と副砲の中間の25センチ砲を準主砲として装備した。三笠(みかさ)級より強力な艦で、まもなく出現したイギリスのドレッドノートに対して準ド級艦とよばれ、お召艦としてよく用いられた。ワシントン海軍軍縮条約により1925年に解体処分された。
河内(かわち)
 1912年(明治45)3月横須賀(よこすか)海軍工廠(こうしょう)で完成。常備排水量2万0823トン。全長160.3メートル。幅25.7メートル。主機タービン。速力20ノット。主砲30センチ連装砲6基。副砲15センチ砲10門。水線装甲厚305ミリメートル。日本最初のド級戦艦だが、ドレッドノートに遅れること5年以上の差があった。艦首尾の砲(50口径)と舷側(げんそく)の砲(45口径)では砲身長が異なる。1918年(大正7)徳山湾で火薬庫の爆発事故で沈没。同型の摂津(せっつ)は標的艦として第二次世界大戦終戦時まで残存していた。
霧島(きりしま)
 金剛(こんごう)型の4番艦として1915年(大正4)4月三菱(みつびし)長崎造船所で完成。1930年および1937年に近代化改装を終え、高速戦艦として再生。この最後の改装で主砲の仰角が高められ、3万メートル以上の遠距離砲戦が可能となった。高角砲や機銃も換装され、航空兵装も射出機の装備などで強化された。1942年(昭和17)11月の第三次ソロモン海戦において、同型艦比叡(ひえい)の自沈した2日後の15日にアメリカ新戦艦サウス・ダコタおよびワシントンと交戦、航行不能となり、自沈処分された。⇒金剛(こんごう)
金剛(こんごう)
 1913年(大正2)8月イギリスのビッカース社で完成。常備排水量2万7500トン。全長214.6メートル。幅28メートル。主機タービン。速力27.5ノット。主砲36センチ連装砲4基。副砲15センチ砲16門。水線装甲厚203ミリメートル。日本海軍最初の巡洋戦艦であり、36センチ砲を搭載した最初の艦でもある。高速大型艦の技術導入のため、最後の外国発注主力艦としてイギリスで建造された。のちにたびたび近代化改装を施され、太平洋戦争時は30ノットの高速戦艦として各地で活躍した。1942年(昭和17)10月に榛名(はるな)とともにガダルカナル島のアメリカ軍飛行場を砲撃。1944年10月フィリピン沖海戦では栗田(くりた)艦隊に属して、アメリカ護衛空母のガンビア・ベイほかを撃沈した。同年11月21日、台湾北西方でアメリカ潜水艦シーライオンの雷撃で沈没。同型艦に比叡(ひえい)、榛名、霧島がある。
薩摩(さつま)
 1909年(明治42)3月横須賀(よこすか)海軍工廠(こうしょう)で完成。常備排水量1万9372トン。全長146.9メートル。幅25.4メートル。主機タービン。速力18.3ノット。主砲30センチ連装砲2基。副砲25センチ連装砲6基、12センチ砲12門。水線装甲厚229ミリメートル。国産戦艦の第2陣で、日本戦艦として最初のタービン装備艦。同型艦に安芸(あき)がある。準ド級艦としてはもっとも強力な艦であったが、ドレッドノート出現後2年もたってからの完成で影が薄かった。ワシントン海軍軍縮条約で除籍。1924年(大正13)標的艦として撃沈された。
筑波(つくば)
 1907年(明治40)1月呉(くれ)海軍工廠(こうしょう)で完成した国産戦艦の第1艦。常備排水量1万3750トン。全長144.8メートル。幅22.8メートル。主機レシプロ。速力20.5ノット。主砲30センチ連装砲2基。副砲15センチ砲12門。水線装甲厚178ミリメートル。日露戦争開戦3か月にして戦艦八島(やしま)と初瀬(はつせ)を触雷で喪失したため、その代艦として急遽(きゅうきょ)起工され、2年で完成。外国からも高い評価を得た。兵装は戦艦なみだが装甲が薄い装甲巡洋艦として建造され、のちに巡洋戦艦に類別された。1917年(大正6)1月、横須賀(よこすか)在泊中に火薬庫の爆発事故により爆沈した。同型艦に生駒(いこま)、略同型艦に鞍馬(くらま)、伊吹(いぶき)がある。
土佐(とさ)
 1921年(大正10)12月三菱(みつびし)長崎造船所で進水。常備排水量3万9900トン。全長234.1メートル。幅30.5メートル。主機タービン。速力26.5ノット。主砲40センチ連装砲5基。副砲14センチ砲20門。水線装甲厚279ミリメートル。八八艦隊の戦艦4番艦として起工された高速戦艦。長門(ながと)型をさらに強化し40センチ連装砲1基を追加した。同型の加賀(かが)とともに進水後、ワシントン海軍軍縮条約により廃棄が決定され、土佐は実験標的後1925年(大正14)海没処分、加賀はのちに空母として完成した。
長門(ながと)
 1920年(大正9)11月呉(くれ)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量3万2720トン。全長215.8メートル。幅28.6メートル。主機タービン。速力26.5ノット。主砲40センチ連装砲4基。副砲14センチ砲20門。水線装甲厚305ミリメートル。1916年計画になる世界最初の40センチ砲搭載艦で、かつ速力26.5ノットという高速戦艦であった。防御も第一次世界大戦のユトランド沖海戦の戦訓を取り入れた最初の戦艦であり、完成以来、大和(やまと)の出現まで多くの場合連合艦隊旗艦をつとめた。1936年(昭和11)に近代化改装を実施。太平洋戦争開戦後は各地の作戦に参加。1944年10月のフィリピン沖海戦では栗田(くりた)艦隊に属し、サマール沖でアメリカ護衛空母群を砲撃した。終戦時横須賀(よこすか)で航行可能な唯一の日本戦艦として残存。1946年7月30日のビキニの原爆実験の標的艦に供されて最期を遂げた。
榛名(はるな)
 金剛(こんごう)型の3番艦として1915年(大正4)4月神戸川崎造船所で完成。金剛型はワシントン海軍軍縮条約後近代化改装を実施、防御の改善、燃料の重油化、上構の改造などを行ったが、速力が25ノットに低下したため戦艦に類別されるに至った。さらに1934年(昭和9)には同型艦中最初に第二次改装を完成し、基準排水量3万2156トン、速力30.5ノットの高速戦艦に生まれ変わった。太平洋戦争開戦以来主要海戦の大半に参加。1942年10月には金剛とともにガダルカナル島のアメリカ軍飛行場を砲撃。1944年10月のフィリピン沖海戦では栗田(くりた)艦隊に属して、アメリカの護衛空母群を攻撃した。1945年7月、呉(くれ)でアメリカ艦載機の攻撃により着底、戦後解体された。⇒金剛(こんごう)
比叡(ひえい)
 1914年(大正3)8月横須賀(よこすか)海軍工廠(こうしょう)で完成。金剛(こんごう)型の2番艦で、本艦から、イギリスより引き渡された図面で国内で建造された。ロンドン海軍軍縮条約で1930年(昭和5)以後練習戦艦となったが、無条約時代に入って他の同型艦と同じく高速戦艦に改装された。最後の改装艦のため、建造中の大和(やまと)型戦艦に準じた前檣楼(しょうろう)構造となった。太平洋戦争開戦とともにその高速性を生かして空母機動部隊に随伴し、ハワイ作戦、ミッドウェー海戦、南太平洋海戦に参加。1942年11月13日ガダルカナル島のアメリカ軍飛行場砲撃に向かったとき、アメリカ艦艇と交戦被弾し、自沈処分にされ、太平洋戦争における日本戦艦の沈没第1号となった。⇒金剛(こんごう)
日向(ひゅうが)
 伊勢(いせ)型の2番艦として1918年(大正7)4月三菱(みつびし)長崎造船所で完成。本艦の完成で日本海軍も36センチ砲装備の戦艦4隻、巡洋戦艦4隻の四四艦隊が実現、最初の実用艦隊が完成したことになった。防御の改善を必要としてたびたびの小改装ののち、1936年(昭和11)に大改装を実施した。太平洋戦争開戦後、ミッドウェー海戦で失った空母急造計画の際、本型2隻は後部の2砲塔を撤去して飛行甲板を新設、搭載機22機の航空戦艦に改装された。1943年末に完成したが、航空機を搭載する機会がなく、終戦直前の1945年7月呉(くれ)で伊勢とともにアメリカ艦載機の空襲で着底、戦後解体された。⇒伊勢(いせ)
富士(ふじ)
 1897年(明治30)8月イギリスのテムズ鉄工会社で竣工(しゅんこう)。日本海軍が初めて海外に発注した本格的戦艦の第一号。常備排水量1万2533トン。全長123.3メートル。幅22.2メートル。主機レシプロ。速力18.25ノット。主砲30センチ連装砲2基。副砲15センチ砲10門。水線装甲厚456ミリメートル。日清戦争(にっしんせんそう)に備えて同型の八島(やしま)とともにイギリスに発注されたものであったがまにあわず、1897年10月に横須賀(よこすか)に到着。当時のイギリス戦艦マジェスチック級に模した優秀艦であった。八島は日露戦争中に触雷で喪失したが、富士はのちに練習特務艦として第二次世界大戦終戦時まで存在した。
扶桑(ふそう)
 1915年(大正4)11月呉(くれ)海軍工廠(こうしょう)で完成。常備排水量3万0600トン。全長205.1メートル。幅28.7メートル。主機タービン。速力23ノット。主砲36センチ連装砲6基。副砲15センチ砲16門。水線装甲厚305ミリメートル。金剛(こんごう)型と同時期の計画になる超ド級戦艦。ド級艦の建造に後れをとった日本海軍は、その劣勢を挽回(ばんかい)すべく一挙に36センチ砲搭載艦を計画したものであった。のちに近代化改装を施されたが、第二次世界大戦では前半はほとんど活躍の場はなかった。1944年(昭和19)10月フィリピン沖海戦に西村艦隊の一艦として参加。25日スリガオ海峡でアメリカ艦隊に撃沈された。
三笠(みかさ)
 1902年(明治35)3月イギリスのアームストロング社で竣工(しゅんこう)。常備排水量1万5140トン。全長131.7メートル。幅23.2メートル。主機レシプロ。速力18ノット。主砲30センチ連装砲2基。副砲15センチ砲14門。水線装甲厚229ミリメートル。日清戦争(にっしんせんそう)後の富国強兵策によりイギリスに発注された4隻の戦艦の最終完成艦で、当時の最新イギリス戦艦に勝る有力艦だった。日露戦争中、連合艦隊司令長官東郷平八郎の旗艦として有名。後のワシントン海軍軍縮条約締結のとき、廃棄されず記念艦として横須賀(よこすか)に永久保存。第二次世界大戦後荒廃した時期もあったが、1961年(昭和36)5月に復原され、現在に至っている。
武蔵(むさし)
 大和(やまと)型の2番艦として1942年(昭和17)8月三菱(みつびし)長崎造船所で完成。本型は戦艦時代の最後を飾るにふさわしい巨艦で、とくに46センチ砲の採用は最高度の機密事項とされ、アメリカも戦後までその事実を知らなかった。第二次世界大戦中に対空火器は大幅に増強され、1944年に入って大和では12.7センチ高角砲連装6基を倍に強化、25ミリ機銃も最終的に150挺(ちょう)ほどを装備したが、本艦は機銃の増加のみにとどまった。1944年10月24日、栗田(くりた)艦隊のレイテ湾突入に際しシブヤン海でアメリカ艦載機数百機の連続攻撃を受け、魚雷20本、爆弾10発前後の命中により、9時間にわたる戦闘後に沈没した。⇒大和(やまと)
陸奥(むつ)
 長門(ながと)型の2番艦として1921年(大正10)10月横須賀(よこすか)海軍工廠(こうしょう)で完成。長門型は八八艦隊の第一番手でもあった。ワシントン海軍軍縮会議で既成の事実をつくるために引き渡しを早め、会議では本艦の存続を認めるかわりに、アメリカはメリーランド級3隻の保有、イギリスは新戦艦ネルソン級2隻の建造を認められた。1936年(昭和11)の改装では速力は25ノットに低下、基準排水量は3万9000トン前後に増大した。第二次世界大戦中は速力の低下のためあまり活躍の場がなく、1943年6月8日、広島湾で火薬庫の爆発事故で沈没した。⇒長門(ながと)
山城(やましろ)
 扶桑(ふそう)型の2番艦として1917年(大正6)3月に横須賀(よこすか)海軍工廠(こうしょう)で完成。同型艦ではあるが起工が2年弱遅れたため若干の改正が施された。主砲塔6基を中心線上に配したため上構に余裕がなく、1933年(昭和8)~1935年に扶桑とともに近代化改装された。改装で基準排水量3万5000トン近くになり、速力も25ノットに向上。上構も大幅に刷新された。第二次世界大戦前半は内地で練習任務にあたったが、1944年10月25日フィリピン沖海戦で扶桑とともにスリガオ海峡に突入。待ち構えていたアメリカ戦艦群により撃沈された。⇒扶桑(ふそう)
大和(やまと)
 1941年(昭和16)12月呉(くれ)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量6万4000トン。全長263メートル。幅38.9メートル。主機タービン。速力27ノット。主砲46センチ砲三連装3基。副砲15.5センチ砲三連装4基。水線装甲厚410ミリメートル。ロンドン海軍軍縮条約脱退後起工した新戦艦で、46センチという空前絶後の巨砲を採用した最大・最強の戦艦として有名。ただし、当初軍令部の要求した速力30ノットを実現できなかったため、第二次世界大戦中の活躍の場を狭めた。1942年より連合艦隊の新旗艦となったが、主役は空母に移っていた。1944年10月のフィリピン沖海戦では、栗田(くりた)艦隊に属し、アメリカ護衛空母群を砲撃。1945年4月7日、沖縄への突入の途中アメリカ艦載機の集中攻撃により撃沈された。[石橋孝夫]

戦艦〔外国〕


アドミラル・グラーフ・シュペー Admiral Graf Spee (ドイツ)
 ドイッチュラントの同型艦。1936年6月完成。1939年9月の第二次世界大戦開戦後、南大西洋で通商破壊戦に従事。同年12月ウルグアイのラプラタ河口沖でイギリスのエクゼターほかの巡洋艦隊と交戦。一時戦闘を避けて中立港のモンテビデオに寄港したが、のちに港外で自沈。⇒ドイッチュラント
クイーン・エリザベス Queen Elizabeth (イギリス)
 1915年1月完成。常備排水量2万7500トン。全長195メートル。幅27メートル。主機タービン。速力25ノット。主砲38センチ砲連装4基。副砲15センチ砲16門。水線装甲厚330ミリメートル。1912年計画の、世界最初の高速戦艦で、かつ38センチ砲搭載の最初の戦艦。当時、列強のド級艦は低速重防御の戦艦と、高速軽防御の巡洋戦艦の二つがあったが、高速戦艦の思想はこれを統一しようとしたものである。同型艦が4隻あり、1941年に近代化大改装を実施。第二次世界大戦中までイギリス戦艦の主力として活躍した。1948年除籍、解体。
ダンケルク Dunkerque (フランス)
 1937年5月完成。基準排水量2万6500トン。全長214メートル。幅31メートル。主機タービン。速力29.5ノット。主砲33センチ砲四連装2基。副砲13センチ砲16門。水線装甲厚241ミリメートル。ドイツのポケット戦艦に対抗して建造された中型戦艦で、主砲を四連装砲塔に収め、艦首に集中装備した特徴ある艦型を有す。同型にストラスブールがある。第二次世界大戦開戦時、フランス海軍の有した唯一の新戦艦。フランス休戦後、仏領北アフリカでイギリス艦隊の攻撃により損傷。のちトゥーロンに引き揚げたが、ドイツ軍進駐に際して自沈した。
ドイッチュラント Deutschland (ドイツ)
 1933年4月完成。基準排水量1万1700トン。全長186メートル。幅21メートル。主機ディーゼル。速力26ノット。主砲28センチ砲三連装2基。副砲15センチ砲8門。水線装甲厚60ミリメートル。第一次世界大戦後ベルサイユ条約で軍備制限されたドイツがその制限内で建造したポケット戦艦(装甲艦)。実質的には重巡であるが、重巡には主砲で勝り、速力では戦艦に勝る特性が注目された。のちに重巡に艦種を改め、艦名もルッツォーLtzowと改名。第二次世界大戦終戦時スウィーネミュンデで沈没状態。同型にアドミラル・グラーフ・シュペーとアドミラル・シェーアがある。
ドレッドノート Dreadnought (イギリス)
 1906年12月完成。常備排水量1万8110トン。全長161メートル。幅25メートル。主機タービン。速力21ノット。主砲30センチ砲連装5基。水線装甲厚279ミリメートル。いわゆる単一巨砲多数を装備した画期戦艦で、本艦の出現により従来型の戦艦は旧式艦のレッテルをはられることになり、以後戦艦はドレッドノート時代(ド級艦時代)とよばれる時代に入った。同型艦なし。1919年予備役、1923年解体。艦名はイギリス初の原子力潜水艦に引き継がれた。
ニュー・ジャージー New Jersey (アメリカ)
 1943年5月完成。基準排水量4万8500トン。全長271メートル。幅33メートル。主機タービン。速力33ノット。主砲40センチ砲三連装3基。副砲12.7センチ砲連装10基。水線装甲厚310ミリメートル。1940年計画のアイオワ級高速戦艦の一隻。従来の戦艦中最高速で、大和(やまと)型を除いては最大の艦型をもっていた。第二次世界大戦後も朝鮮戦争、ベトナム戦争と二度にわたって現役に復帰した唯一の戦艦。レーガン大統領の600隻海軍の構想で、1983年三度現役に復帰。トマホークなどの巡航ミサイルを搭載。他の同型アイオワIowa、ミズーリ、ウィスコンシンWisconsin3隻とともに、世界に残る戦艦でもある。本艦は湾岸戦争後、1991年に退役、1995年にほかの3隻とともに除籍されたが、2001年からはニュー・ジャージー州カムデンで記念艦として展示されている。
ネルソン Nelson (イギリス)
 1927年9月完成。基準排水量3万3950トン。全長216メートル。幅32メートル。主機タービン。速力23ノット。主砲40センチ砲三連装3基。副砲15センチ砲連装6基。水線装甲厚356ミリメートル。1922年のワシントン海軍軍縮条約で列強各国は主力艦の建造を10年間休止することになったが、イギリスは、日本の長門(ながと)型、アメリカのメリーランド級に匹敵する40センチ砲搭載艦をもっていなかったので、制限付きで2隻の新造を認められ、出現したのが本艦と同型のロドニーRodneyであった。主砲塔3基をすべて前甲板に集中装備した特色ある設計で注目された。第二次世界大戦後まで用いられ、1949年に解体された。
ノース・カロライナ North Carolina (アメリカ)
 1941年4月完成。基準排水量3万8000トン。全長222メートル。幅33メートル。主機タービン。速力28ノット。主砲40センチ砲三連装3基。副砲12.7センチ砲連装10基。水線装甲厚305ミリメートル。ワシントン海軍軍縮条約明け後のアメリカ新戦艦の第1陣。同型にワシントンWashingtonがあり、日本の大和(やまと)型と同期の戦艦。1942年9月日本潜水艦イ一九の雷撃で損傷したが、以後終戦まで太平洋方面で活躍。1947年に予備役。1960年に除籍されたが、ノース・カロライナ州が記念艦として保存、現在に至っている。
ビスマルク Bismarck (ドイツ)
 1940年8月完成。基準排水量4万1700トン。全長245メートル。幅36メートル。主機タービン。速力29ノット。主砲38センチ砲連装4基。副砲15センチ砲連装6基。水線装甲厚320ミリメートル。ドイツがシャルンホルスト級に次いで建造した本格的戦艦で、3万5000トンと称されたが、実際は4万トンを超えた巨艦であった。1941年5月の初出撃でイギリス巡洋戦艦フッドを撃沈したが、自らもイギリス艦隊に包囲されて撃沈された。同型のティルピッツTirpitzは1944年末にノルウェーのフィヨルド内でイギリス軍機の爆撃で沈没。
プリンス・オブ・ウェールズ Prince of Wales (イギリス)
 1941年3月カメルレアード社で完成。基準排水量3万6750トン。全長227メートル。幅31.4メートル。主機タービン。速力27.5ノット。主砲36センチ砲連装1基、同四連装2基。副砲13センチ砲連装8基。水線装甲厚381ミリメートル。第二次世界大戦中に同型5隻が完成した、キング・ジョージ5世King George 級の2番艦。ワシントン海軍軍縮条約明け後の他の新戦艦はすべて38センチ砲以上を装備していたため、その対策に苦しんだ。ドイツ戦艦ビスマルク追跡戦で艦橋部に主砲弾数発を受けて戦場を離脱。1941年12月マレー沖で日本海軍陸攻機の攻撃で、巡洋戦艦レパルスとともに撃沈された。
ミズーリ Missouri (アメリカ)
 ニュー・ジャージーの同型艦。1945年9月2日、東京湾上で日本の降伏調印の場となったことで知られる。戦艦現役復帰計画の3番艦として、1986年に再就役した。1991年の湾岸戦争では同型のウィスコンシンとともにイラク軍に対して艦砲射撃とトマホーク攻撃を実施、1992年に同型艦中最後に退役した。1995年に正式に除籍され、1998年にハワイ、パール・ハーバー(真珠湾)に回航、同地で記念艦として保存されることになり、1999年2月より一般に公開されている。⇒ニュー・ジャージー
メリーランド Maryland (アメリカ)
 1921年7月完成。基準排水量3万1500トン。全長190メートル。幅30メートル。主機タービン・エレクトリック。速力21ノット。主砲40センチ砲連装4基。副砲15センチ砲14門。水線装甲厚406ミリメートル。アメリカ海軍最初の40センチ砲搭載艦。完成を急ぐため前級のテネシー級の主砲を換装した型で、低速重防御の戦艦。同型にウェスト・バージニアWest Virginia、コロラドColoradoがある。真珠湾攻撃時、同地にあったが、損傷は小さく、ただちに戦線に復帰。第二次世界大戦後1959年に解体された。
リットリオ Littorio (イタリア)
 1940年5月完成。基準排水量4万1377トン。全長238メートル。幅33メートル。主機タービン。速力30ノット。主砲38センチ砲三連装3基。副砲15センチ砲三連装4基。水線装甲厚350ミリメートル。ワシントン海軍軍縮条約で旧式戦艦しか保有できなかったイタリア海軍が、1934年計画で建造した大型高速戦艦。同型にビットリオ・ベネトVittorio Beneto、ローマRomaの2隻がある。第二次世界大戦中の活動は不活発で、休戦時イタリアと改名、マルタ島で連合軍側に降伏した。戦後、パリ平和条約によりアメリカに分配されたが、イタリアに返還されイタリア本土で1948年に解体された。[石橋孝夫]

航空母艦〔日本〕


赤城(あかぎ)
 1927年(昭和2)3月呉(くれ)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量2万6900トン。全長261.2メートル。幅31メートル。主機タービン。速力31ノット。搭載機60機。20センチ砲10門。12センチ高角砲連装6基。水線装甲厚127ミリメートル。八八艦隊の巡洋戦艦として建造された天城(あまぎ)型の一艦で、ワシントン海軍軍縮条約で廃棄が決まったが、特例として2隻だけ空母に変更できる条項があったため、これに基づいて空母に設計を改めて完成された。新造時は3段飛行甲板をもつ特異な形態であったが、1938年に1段の全通甲板に改装。1941年の真珠湾攻撃では機動部隊の旗艦として参加。引き続き南太平洋、インド洋を転戦。1942年6月5日、ミッドウェー海戦で沈没。
雲龍(うんりゅう)
 1944年(昭和19)8月横須賀(よこすか)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量1万7480トン。全長227.4メートル。幅22メートル。主機タービン。速力34ノット。搭載機53機。12.7センチ高角砲連装6基。第二次世界大戦開戦直前の戦時計画で1隻のみ計画された改飛龍(ひりゅう)型中型空母。起工はミッドウェー海戦後の1942年8月で、同時に同型艦15隻の急造が計画されたが、完成したのは2隻のみだった。完成時搭載すべき航空隊がなく、フィリピン沖海戦にも参加しなかった。1944年12月19日、フィリピンまで航空機や兵器の輸送中、東シナ海でアメリカ潜水艦により撃沈された。
海鷹(かいよう)
 1943年(昭和18)11月三菱(みつびし)長崎造船所で改造完成。基準排水量1万3600トン。全長166.6メートル。幅21.9メートル。主機タービン。速力23ノット。搭載機24機。12.7センチ高角砲連装4基。大阪商船の貨客船あるぜんちな丸を改造したもの。日本空母としては最小の寸法で、改造に際して主機のディーゼルはタービンに換装されている。おもに船団護衛などに用いられた。1945年7月24日、別府湾で触雷着底、戦後解体された。
加賀(かが)
 1928年(昭和3)3月横須賀(よこすか)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量2万6900トン。全長238.5メートル。幅31.7メートル。主機タービン。速力27.5ノット。搭載機60機。20センチ砲10門。12センチ高角砲連装6基。水線装甲厚127ミリメートル。ワシントン海軍軍縮条約で廃棄を予定されていたが、関東大震災で破損した天城(あまぎ)にかわって、空母に変更完成された。戦艦からの変更のため速力がいくぶん低く、船体も短い。1935年に赤城(あかぎ)と同じ3段飛行甲板を1段式甲板に改め、搭載機も90機に増大した。改装後の基準排水量は3万8200トンに達した。1941年の真珠湾攻撃に参加。引き続いて南太平洋、インド洋を転戦。1942年6月5日、ミッドウェー海戦で沈没。
信濃(しなの)
 1944年(昭和19)11月横須賀(よこすか)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量6万2000トン。全長265.8メートル。幅36.3メートル。主機タービン。速力27ノット。搭載機47機。12.7センチ高角砲連装8基。水線装甲厚200ミリメートル。大和(やまと)型戦艦の3番艦として1940年5月に起工されたが、開戦後工事を中止。ミッドウェー海戦後に空母に改造されることになり、予定を急いで完成された。戦時下の簡易工事のため格納庫は一部を除いて開放式とし、飛行甲板に109ミリメートルの装甲を施した。完成直後の11月29日に、瀬戸内海に回航中アメリカ潜水艦に撃沈され、実戦に参加する機会はなかった。第二次世界大戦中に完成した最大の空母である。
隼鷹(じゅんよう)
 1942年(昭和17)5月三菱(みつびし)長崎造船所で完成。基準排水量2万4140トン。全長219.3メートル。幅26.7メートル。主機タービン。速力25.5ノット。搭載機58機。12.7センチ高角砲連装6基。日本郵船の大型客船橿原(かしはら)丸を建造中に空母に改装したもので、最初から有時には空母へ改装することを予定して建造されていた。速力が低く、防御力も弱いが、性能は中型空母なみで、同型の飛鷹(ひよう)とともによく活躍。1942年のアリューシャン攻略作戦、南太平洋海戦、1944年のマリアナ沖海戦に参加。太平洋戦争終戦時中破状態で残存。戦後解体処分された。
翔鶴(しょうかく)
 1941年(昭和16)8月横須賀(よこすか)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量2万5675トン。全長257.5メートル。幅26メートル。主機タービン。速力34ノット。搭載機84機。12.7センチ高角砲連装8基。水線装甲厚165ミリメートル。これまでの空母がすべてワシントン、ロンドン両海軍軍縮条約で保有量と個艦排水量が制限されていたのに対して、初めて制限なしで設計された大型艦隊型空母である。1941年の真珠湾攻撃に参加後、南太平洋を転戦。1942年5月のサンゴ海海戦で中破。10月の南太平洋海戦で瑞鶴(ずいかく)機と協同で空母ホーネットを撃沈。1944年6月19日、マリアナ沖海戦でアメリカ潜水艦に雷撃されて沈没した。⇒瑞鶴(ずいかく)
祥鳳(しょうほう)
 1941年(昭和16)12月横須賀(よこすか)海軍工廠(こうしょう)で改造完成。基準排水量1万1200トン。全長201.4メートル。幅18メートル。主機タービン。速力28ノット。搭載機30機。12.7センチ高角砲連装4基。日本海軍では平時より空母予備艦といえる艦を建造しておき、有時に3か月程度の工期で軽空母に改造できるよう計画していたが、本艦も潜水母艦剣埼(つるぎざき)として完成していた艦を1939年から改造したものである。同型に建造中の高崎(たかさき)を改造した瑞鳳(ずいほう)がある。1942年5月7日、サンゴ海海戦にて沈没。日本空母の沈没第一号となった。
神鷹(しんよう)
 1943年(昭和18)12月呉(くれ)海軍工廠(こうしょう)で改造完成。基準排水量1万7500トン。全長198.6メートル。幅25.6メートル。主機タービン・エレクトリック。速力21ノット。搭載機33機。12.7センチ高角砲連装4基。第二次世界大戦開戦に伴い、当時日本にあって本国に帰れなかったドイツの大型客船シャルンホルストをドイツから譲り受け空母に改造したもの。1944年11月11日、黄海において船団護衛中にアメリカ潜水艦に撃沈された。
瑞鶴(ずいかく)
 1941年(昭和16)9月川崎重工で完成。翔鶴(しょうかく)の同型艦として、開戦劈頭(へきとう)のハワイ海戦に参加のため、その完成のタイミングは開戦時期を左右する重要な意味があった。全体の艦型は飛龍(ひりゅう)型の拡大型といえるもので、日本式空母の典型といってよく、イギリスのアーク・ロイヤル、アメリカのヨークタウン級に匹敵する実用性の高い艦であった。同型の翔鶴とともに、1941年の真珠湾攻撃に参加後、南太平洋、インド洋を転戦。1942年5月のサンゴ海海戦ではアメリカ空母レキシントンを、10月の南太平洋海戦ではホーネットを沈めた。1943年に入って航空隊を陸上基地に転用消耗してしまった。1944年6月のマリアナ沖海戦に参加。10月25日、フィリピン沖海戦でおとり部隊として少数の航空機を搭載したまま出撃、アメリカ艦載機の攻撃により撃沈された。⇒翔鶴(しょうかく)
蒼龍(そうりゅう)
 1937年(昭和12)12月呉(くれ)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量1万5900トン。全長227.5メートル。幅21.3メートル。主機タービン。速力34.5ノット。搭載機73機。12.7センチ高角砲連装6基。ロンドン海軍軍縮条約下で残っていた空母保有量2万1000トン分で、飛龍(ひりゅう)とともに計画された新空母2隻の一艦。初めは20センチ砲または15.5センチ砲をもつ航空巡洋艦として設計されたが、途中から純空母に改めて建造された。中型の艦隊型空母として実用性は高かった。1941年の真珠湾攻撃に参加後、南太平洋、インド洋を転戦。1942年6月5日、ミッドウェー海戦で沈没。
大鳳(たいほう)
 1944年(昭和19)3月川崎重工で完成。基準排水量2万9300トン。全長260.6メートル。幅27.7メートル。主機タービン。速力33ノット。搭載機53機。10センチ高角砲連装6基。水線装甲厚165ミリメートル。開戦前に起工され、第二次世界大戦中に完成した唯一の正規空母で、しかも、飛行甲板に75ミリの装甲を施した最初の重装甲空母だった。このため格納庫が1段少なく、搭載機も少なかった。完成早々の1944年6月19日、マリアナ沖海戦でアメリカ潜水艦の魚雷1本が命中。のちに漏れたガソリンガスが格納庫内で爆発し、あっけなく沈没してしまった。同型艦なし。
大鷹(たいよう)
 1941年(昭和16)9月三菱(みつびし)長崎造船所で完成。基準排水量1万7830トン。全長180.2メートル。幅22.5メートル。主機タービン。速力21ノット。搭載機27機。12センチ高角砲単装6基。日本郵船の客船春日(かすが)丸を建造中に空母に改造した商船改造空母の第1艦。同型に冲鷹(ちゅうよう)(もと新田(にった)丸)、雲鷹(うんよう)(もと八幡(やわた)丸)がある。低速で飛行甲板も短いため輸送や船団護衛用に使用された。1944年8月18日フィリピン北方でアメリカ潜水艦に撃沈された。
千代田(ちよだ)
 1943年(昭和18)10月横須賀(よこすか)海軍工廠(こうしょう)で改造完成。基準排水量1万1190トン。全長192.5メートル。幅20.8メートル。主機タービン・ディーゼル。速力29ノット。搭載機30機。12.7センチ高角砲連装4基。1938年に完成した水上機母艦で、有時には甲標的(特殊潜航艇)母艦または空母への改造を予定していた特殊母艦であった。太平洋戦争開戦前に甲標的母艦に改造されたが実戦の機会はなく、ミッドウェー海戦後に空母に改造された。同型に千歳(ちとせ)があり、ともに1944年10月25日、フィリピン沖海戦でおとり部隊として出撃、アメリカ艦載機の攻撃で大破停止中、追跡してきたアメリカ水上艦の砲撃で沈没した。
飛龍(ひりゅう)
 1939年(昭和14)7月横須賀(よこすか)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量1万7300トン。全長227.4メートル。幅22メートル。主機タービン。速力34ノット。搭載機73機。12.7センチ高角砲連装6基。蒼龍(そうりゅう)型の2番艦として計画されたが、起工が遅れたため多くの改正点を盛り込み、設計を改めて建造されたので、まったく別の艦型となった。艦橋が飛行甲板の左舷(さげん)中央部に置かれたのは、本艦と改装後の赤城(あかぎ)だけで、これは結果的に不都合で以後の艦はふたたび右舷前方に戻った。1941年の真珠湾攻撃に参加後、南太平洋、インド洋を転戦。1942年6月5日のミッドウェー海戦で他の3空母が火災を生じたとき、1隻のみ残存して奮戦したが、被爆、自沈処分された。
鳳翔(ほうしょう)
 1922年(大正11)12月横須賀(よこすか)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量7470トン。全長168.3メートル。幅18メートル。主機タービン。速力25ノット。搭載機21機。14センチ砲4門。日本最初の空母であり、新造空母としては世界最初の完成艦でもあった。新造時右舷(うげん)前方に小型の艦橋があったがまもなく撤去され、3本の起倒式煙突ものちに固定式に改められた。艦型が小型のため第二次世界大戦中はおもに練習用に用いられ、終戦時に残存。復員輸送従事後に解体された。
龍驤(りゅうじょう)
 1933年(昭和8)5月横須賀(よこすか)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量8000トン。全長180メートル。幅20.3メートル。主機タービン。速力29ノット。搭載機48機。12.7センチ高角砲連装6基。ワシントン海軍軍縮条約外の小型空母として計画されたが、設計に無理があり、数次の改善工事を必要とした。このため速力は28ノットほどに低下。搭載機も30機前後に減少した。太平洋戦争開戦時、南方攻略戦に参加。小型のため第一線の艦隊空母としては使えなかった。1942年8月24日、第二次ソロモン海戦でアメリカ艦載機の攻撃により撃沈された。
龍鳳(りゅうほう)
 1942年(昭和17)11月横須賀(よこすか)海軍工廠(こうしょう)で改造完成。基準排水量1万3360トン。全長215.7メートル。幅20メートル。主機タービン。速力26.5ノット。搭載機31機。12.7センチ高角砲連装4基。祥鳳(しょうほう)と同じく潜水母艦大鯨(たいげい)を改造したもので、1941年12月に着工。第二次世界大戦中は1944年6月のマリアナ沖海戦に参加した以外は、おもに輸送任務などに従事。1945年3月アメリカ軍の空襲により呉(くれ)で中破、その状態で残存した。[石橋孝夫]

航空母艦〔外国〕


アーク・ロイヤル Ark Royal (イギリス)
 1938年11月に完成。基準排水量2万2000トン。全長243.8メートル。幅28.9メートル。主機タービン。速力31ノット。搭載機72機。10センチ高角砲連装8基。水線装甲厚114ミリメートル。大型空母として新造された最初のイギリス空母で、実用性も高かった。艦首は飛行甲板まで包み込んだエンクローズド・バウを採用、艦尾も長く突き出ている。1941年5月ドイツ戦艦ビスマルク追跡戦で活躍したが、同年11月地中海でドイツ潜水艦U81の雷撃を受け、ジブラルタルを間近にして沈没した。艦名はその後も空母に引き継がれ、現在は5代目のアーク・ロイヤルが就役している。
アドミラル・クズネツォフ Admiral Flota Sovetskogo Soyuza Kuznetsov (ロシア)
 1991年完成。基準排水量5万5000トン。全長306.5メートル。幅35.4メートル。主機タービン。速力29ノット。対艦ミサイル垂直発射機12基。対空ミサイル垂直発射機24基。固定翼機18機、ヘリコプター17機搭載。ソ連海軍最初の本格的空母であるが、アメリカ海軍の大型空母のようなカタパルト発射発艦はできず、固定翼機の運用は限定されたものにとどまっている。完成期がソ連崩壊に重なり、2番艦のワリヤーグは進水を終えたものの工事を中断、その後、船体は中国に売却された。ワリヤーグの名はミサイル巡洋艦に引き継がれている。
インビンシブル Invincible (イギリス)
 1980年6月完成。基準排水量1万6000トン。全長206.6メートル。幅27.5メートル。主機ガスタービン。速力28ノット。搭載機15機。対空ミサイル発射機1基。本格的空母を保有維持できなくなったイギリス海軍がV/STOL(ブイストール)機(垂直・短距離離着陸機)シーハリアー搭載用に建造した空母。1982年のフォークランド紛争でイギリス機動部隊の主力として活躍した。同型にイラストリアスIllustriousとアーク・ロイヤルの2隻がある。
エセックス Essex (アメリカ)
 1942年12月完成。基準排水量2万7100トン。全長267メートル。幅30.8メートル。主機タービン。速力33ノット。搭載機80機。12.7センチ砲12門。水線装甲厚76ミリメートル。エセックス級空母は合計32隻という多数が計画され、うち24隻が完成した。第二次世界大戦後半のアメリカ空母の主力で、ヨークタウン級の拡大強化型である。第二次世界大戦中に沈没した艦はなく、戦後多くが大幅に近代化改装され、1970年代まで第一線空母として就役していた。その後全艦除籍され、ミュージアム・シップとして展示されている数艦を除いて大半は解体されている。
エンタープライズ Enterprise (アメリカ)
〔初代〕1938年7月完成。基準排水量1万9800トン。全長246.7メートル。幅25.3メートル。主機タービン。速力33ノット。搭載機81機。12.7センチ高角砲8門。水線装甲厚102ミリメートル。日本の蒼龍(そうりゅう)、飛龍(ひりゅう)と同時期の空母で、実用性はもっとも高かった。格納庫は開放式というアメリカ空母特有の構造である。第二次世界大戦中ミッドウェー海戦、ソロモン海戦、南太平洋海戦など主要海戦のほとんどに参加、たびたびの損傷にも耐え、最高の殊勲艦といわれた。1956年に除籍、1958年に解体された。同型艦にヨークタウン、ホーネットがある。
〔2代〕1961年11月完成。基準排水量7万5700トン。全長341メートル。幅40.5メートル。主機タービン(原子力推進)。速力35ノット。搭載機90機。世界最初の原子力空母で、同時に当時における最大の空母であった。原子炉は8基を搭載。アイランド(艦橋)は煙突がなく特殊なフェーズドアレイ式レーダーを装備。ベトナム戦争でも使用された。1979~1982年に近代化改装を実施。1983年佐世保(させぼ)に二度目の来港をし、話題となった。現在までたびたびの改修工事を実施、2012年の退役を予定している。
カブール Cavour (イタリア)
 2008年完成。満載排水量2万7100トン。全長235メートル。最大幅39メートル。主機ガスタービン。速力28ノット。搭載機20機。対空ミサイル垂直発射機4基。7.6センチ砲2門。1985年就役のジュゼッペ・ガレバルディに次ぐ2隻目のV/STOL(ブイストール)(垂直・短距離離着陸機)空母で、排水量的には2倍近く大型化されている。艦首のスキージャンプ角度も12度となり、開発中のF-35Bの搭載を予定している。空母機能のほかに多目的用途を考慮、揚陸強襲艦として使用する場合は兵員325名、装甲車60両、戦車なら24両の搭載が可能という。
カール・ビンソン Carl Vinson (アメリカ)
 1982年2月完成。基準排水量8万1600トン。全長332.9メートル。幅40.8メートル。主機タービン(原子力推進)。速力30ノット以上。搭載機90機。エンタープライズに次ぐ2番目の原子力空母として1975年に就役したニミッツNimitz級の3番艦(2番艦はD・D・アイゼンハワーD. D. Eisenhower)。排水量では現在世界最大級の軍艦である。技術の進歩で原子炉も2基ですみ、レーダーや各種の電子装備も最新のものを装備している。本級に次ぐ略同型のエイブラハム・リンカーン級4隻とロナルド・レーガン級2隻も完成しており、21世紀のアメリカ空母陣の中核になるとみられている。
キエフ Kiev (ロシア)
 1975年完成。基準排水量3万2000トン。全長274メートル。幅32メートル。主機タービン。速力32ノット。搭載機32機。対潜ミサイル発射機1基。対艦ミサイル発射機連装4基。対空ミサイル発射機連装2基。7.6センチ砲連装2基。第二次世界大戦後急速に外洋海軍に成長したソ連が、1970年代に入って建造した最初の空母。アメリカ海軍のような本格的空母ではなく、V/STOL(ブイストール)機(垂直・短距離離着陸機)とヘリコプターを搭載するV/STOL空母である。同型式のイギリスのインビンシブル級に比べ、排水量で約2倍、ミサイル兵装も強力。同型艦にミンスクMinskとノボロシスクNovorossiyskがあり、1980年代に太平洋艦隊に配属され、しばしば日本近海を行動していた。しかし2隻ともソ連崩壊後、ロシア海軍に引き継がれたが、機関の不調や火災事故などにより活動を停止、修復されることなく1993年に除籍、1995年にスクラップとして韓国に売却された。同様に1番艦のキエフも1994年に除籍された。改型の4番艦アドミラル・ゴルシコフ(旧名バクー)は1987年に完成したが、1994年に火災事故を生じ、そのまま退役したが、1998年にインドへの売却が仮契約されたものの話がまとまらず、2005年になってインドの取得が決まり、現在ロシアのセベロドビンスクで改装工事を実施中で、2012年の引き渡しを予定している。インドの艦名はビクラマディチャVikramaditya。
クイーン・エリザベス Queen Elizabeth (イギリス)
 2009年に建造に着手したインビンシブル級空母の代替空母。満載排水量6万6600トン。全長284メートル。最大幅73メートル。主機ガスタービン・エレクトリック方式。速力28ノット。搭載機最大40機。イギリス海軍の空母としてはこれまでの最大艦で、当初2014年の完成を目ざしていたがいろいろトラブルが発生、2010年の時点で2016年にずれこむと予想されている。建造費は38億ポンドと称されており、艦載機はアメリカ製のF-35を予定しているものの、その完成も遅れており前途多難である。2番艦のプリンス・オブ・ウェールズは2年遅れで完成する予定だが、通常空母ではなくコマンド空母として使用するともいわれている。
ジェラルド・R・フォード Gerald R. Ford (アメリカ)
 アメリカ海軍における第三世代の原子力推進の大型空母の第1艦として2009年に起工、2015年の就役を目ざして建造中である。アメリカ海軍の原子力大型空母は最初のエンタープライズ(1961年就役)以来、1975~2009年に就役したニミッツ級および改型10隻が現在就役中だが、本艦よりCVN21と称される次世代の空母に設を改めて建造されることになったもの。空母自体のサイズは在来艦と同大だが省力化により乗員約1000名を減じるほか、使用艦材の変更、原子力プラントの改善と強化、各種装備の新技術採用による刷新等多くの新機軸が採用されており、これまでのスチーム・カタパルトは電磁式カタパルトに変更される。外観的には艦橋(アイランド)は後方に下げられ、舷側(げんそく)エレベーターは3基に減少している。引き続き同型2隻の建造を予定している。
シャルル・ド・ゴール Charles de Gaulle (フランス)
 フランス最初の原子力推進空母。基準排水量3万7520トン。全長261.5メートル。幅31.5メートル。主機原子力推進。速力27ノット。搭載機35~40機。対空ミサイル垂直発射機2基。短SAM(短距離地対空誘導弾)発射機2基。1989年に起工、完成は2001年。1960年代に就役したクレマンソー級空母の代替として計画されたものだが、建造が大幅に遅れた。クレマンソーは1997年にすでに退役している。
ジュゼッペ・ガリバルディ Giuseppe Garibaldi (イタリア)
 1985年完成。基準排水量1万0100トン。全長180メートル。幅23.8メートル。主機ガスタービン。速力29.5ノット。対艦ミサイル8基。対空ミサイル発射機2基。搭載機ヘリコプター16機またはハリアー10機。ヘリコプター空母または垂直離発着機ハリアーのV/STOL(ブイストール)空母としては最小のサイズであるが、全通甲板をもつイタリア最初の空母で、艦隊旗艦としての役割も有している。イタリア海軍では2007年に2隻目のV/STOL空母カブール(基準排水量2万2130トン)が完成(2008年就役)、本艦は2016年に退役予定となっている。
セオドア・ルーズベルト Theodore Roosevelt (アメリカ)
 アメリカの原子力空母。1986年完成。満載排水量10万2000トン。全長333メートル。幅40.9メートル。主機原子力推進。速力30ノット以上。対空ミサイル発射機3基。搭載機73機。1975年に完成したニミッツ級の改型で4番艦以降を本型名に改めたが実質的には同型といっていい。現役で活躍中の軍艦のなかでは最大である。2009年1月に就役したジョージ・H・W・ブッシュGeorge H. W. Bushで同型7隻が完成、以後はCVN21と称する新設計の空母になる予定で2015年に1番艦ジェラルド・R・フォードGerald R. Fordの完成を予定している。核燃料は1回の装填(そうてん)で約15年の航行が可能で、重要部には64ミリ厚のケブラー装甲が施されている。
ハーミーズ Hermes (イギリス)
 1923年完成。基準排水量1万0850トン。全長183メートル。幅21メートル。主機タービン。速力25ノット。搭載機20機。14センチ砲6門。10センチ高角砲3門。イギリスが計画した世界最初の空母だが、完成は日本の鳳翔(ほうしょう)に先を越された。大型のアイランド(艦橋)を設け、艦首を飛行甲板まで包み込むなど、近代的空母の形態をいろいろ備えていた。1942年4月インド洋で日本の機動部隊に捕捉(ほそく)され撃沈された。艦名は1959年完成の空母に引き継がれた。
ビクラント〔2代〕 Vikrant (インド)
 2009年に起工されたインド海軍最初の国産空母。基準排水量3万7000トン。全長252メートル。最大幅58メートル。主機ガスタービン。速力28ノット。搭載機22機。現在就役中のビクラント(旧イギリス空母ハーミーズ)の代替艦として建造されるもので、2013年の就役を予定しているというが、もう少し遅れるという観測が強い。インド海軍はほかに現在ロシアから購入したロシア空母アドミラル・ゴルシコフを現地で改造中とも伝えられており、こうしたインド海軍空母にまつわる報道は数多いものの、なかなか実態が見えてこなかった。その意味ではこの新空母の建造もこれから紆余曲折(うよきょくせつ)が予想される。
フォレスタル Forrestal (アメリカ)
 1955年10月完成。基準排水量5万9060トン。全長331メートル。幅39.5メートル。主機タービン。速力33ノット。搭載機100機。12.7センチ砲8門。第二次世界大戦後計画された最初の新空母で、ミッドウェー級を上回る超大型空母となった。高性能のスチーム・カタパルトや着艦装置なども装備された。1963年度までに同型のサラトガSaratoga、レンジャーRanger、インデペンデンスIndependence、ほぼ同型のキティホークKittyhawk、コンステレーションConstellation、アメリカAmerica、J・F・ケネディJ. F. Kennedyが建造された。本艦とサラトガは1993年および1994年に退役、除籍され、さらに2009年までにキティホークを最後にすべての艦が退役した。
フュリアス Furious (イギリス)
 1917年6月完成。常備排水量1万9513トン。全長239.7メートル。幅26.8メートル。主機タービン。速力31.5ノット。搭載機19機。46センチ砲1門。14センチ砲11門。水線装甲厚76ミリメートル。世界最初の空母といえる艦。本来バルト海用の大型軽巡洋艦として建造されたが、完成前に前部に飛行甲板を設けた空母として完成された。1918年には後部にも飛行甲板が設けられ、1925年には本格的空母に改造された。第二次世界大戦中も空母として活躍。戦後1948年に解体された。
プリンシペ・デ・アスツリアス Principe de Asturias (スペイン)
 1988年完成。基準排水量1万5912トン。全長195メートル。幅24.4メートル。主機ガスタービン。速力26ノット。固定翼機6~8機またはヘリコプター約12機搭載。1970年代にアメリカ海軍が提唱した制海艦構想をスペイン海軍が実現したもので、艦そのものはV/STOL(ブイストール)空母とよばれる、イギリスのインビンシブル級と同じ垂直機着陸機とヘリコプターを搭載する軽空母である。固定翼機はハリアーを搭載、ペイロード(搭載重量)を増すため艦首にスキージャンプ台を有する。ほぼ同型艦のチャクリ・ナルエベトがタイ海軍で1997年に就役しており、建造は本艦でノウハウのあるスペインで行われた。
ホーネット Hornet (アメリカ)
 エンタープライズの同型艦。1941年10月完成。1942年4月ドゥーリトル中佐の指揮する陸軍爆撃機B-25を16機搭載して東京を空襲。同年6月のミッドウェー海戦に参加。10月の南太平洋海戦で日本空母機の攻撃を受け大破、追撃してきた日本艦隊によって撃沈された。⇒エンタープライズ
ミッドウェー Midway (アメリカ)
 1945年9月完成。基準排水量4万5000トン。全長295メートル。幅34.4メートル。主機タービン。速力33ノット。搭載機137機。12.7センチ砲18門。水線装甲厚193ミリメートル。第二次世界大戦終戦直後に完成した大型空母で、戦後数次の近代化改装を実施。1973年以来約20年間、横須賀(よこすか)を母港として就役してきた。近代化改装で飛行甲板はアングルド・デッキ(斜め飛行甲板)化され、基準排水量は5万1000トンとなった。備砲はなく近接防空用のシースパロー・ミサイルとファランクス機銃を装備、搭載機は約70機。同型艦にF・D・ルーズベルトF. D. Roosevelt、コーラル・シーCoral Seaがある。1992年同型艦中最後に退役、1997年に除籍、現在はサン・ディエゴで博物館として公開されている。
ヨークタウン Yorktown (アメリカ)
 エンタープライズの同型艦。1937年9月完成。1942年5月サンゴ海海戦で損傷。6月のミッドウェー海戦で搭載機が蒼龍(そうりゅう)を撃沈したが、飛龍機の攻撃で行動不能となり、日本潜水艦イ一六八の雷撃を受けて沈没した。⇒エンタープライズ
レキシントン Lexington (アメリカ)
 1927年12月完成。基準排水量3万3000トン。全長270.7メートル。幅32.3メートル。主機タービン・エレクトリック。速力34ノット。搭載機90機。20センチ砲連装4基。12.7センチ高角砲12門。水線装甲厚152ミリメートル。ワシントン海軍軍縮条約で廃棄された未成巡洋戦艦を空母に改造したもので、同型にサラトガSaratogaがある。空母としての形態は日本の赤城(あかぎ)より優れ、多くの近代性を備えていた。1942年5月サンゴ海海戦で日本空母機の攻撃により、艦内に漏れたガソリンの気化ガスの爆発で沈没した。[石橋孝夫]

巡洋艦〔日本〕


青葉(あおば)
 1927年(昭和2)9月三菱(みつびし)長崎造船所で完成。基準排水量7100トン。全長185.2メートル。幅15.8メートル。主機タービン。速力34.5ノット。20センチ砲連装3基。10センチ高角砲4門。魚雷発射管12門。水線装甲厚76ミリメートル。古鷹(ふるたか)型の主砲配置を連装3基に改め、上構の配置を変更したもの。射出機が日本艦艇で初めて装備され、水上偵察機の格納庫も有していた。魚雷発射管は古鷹型と同じく固定式で、舷側(げんそく)式に片舷6門ずつが装備された。1942年8月の第一次ソロモン海戦では他の4重巡と協力して連合国の重巡4隻を撃沈。10月のサボ島沖夜戦では大損傷を受けた。1945年7月呉(くれ)でアメリカ艦載機の空襲を受けて被爆着底、のちに解体された。
阿賀野(あがの)
 1942年(昭和17)6月佐世保(させぼ)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量6652トン。全長174.5メートル。幅15メートル。主機タービン。速力35ノット。15センチ砲連装3基。魚雷発射管61センチ四連装2基。舷側(げんそく)装甲厚60ミリメートル。水雷戦隊旗艦用に計画された高速の小型軽巡で、同型に能代(のしろ)、矢矧(やはぎ)、酒匂(さかわ)があった。1943年11月ブーゲンビル島沖海戦に参加。1944年2月16日、トラック諸島(現チューク諸島)沖でアメリカ潜水艦により撃沈された。
秋津洲(あきつしま)
 1894年(明治27)3月横須賀(よこすか)造船所で完成。常備排水量3150トン。垂間長91.7メートル。幅13メートル。主機レシプロ。速力19ノット。15センチ砲4門。12センチ砲6門。魚雷発射管4門。防御甲板厚50ミリメートル。日本国内で建造した最初の本格的防護巡洋艦で、設計も日本人の造船官によって行われた。このころより日本海軍では、イギリスで学んだ日本人の造船官の設計になるイギリス式の艦が主流を占めるようになった。1927年(昭和2)除籍。
浅間(あさま)
 1899年(明治32)3月イギリスのアームストロング社で完成。常備排水量9700トン。垂間長124メートル。幅20.5メートル。主機レシプロ。速力21.5ノット。20センチ砲連装2基。15センチ砲14門。水線装甲厚178ミリメートル。日露戦争に際して日本海軍が戦艦とともに保有に努力した準主力艦装甲巡洋艦の第1艦。同型に常磐(ときわ)、略同型に磐手(いわて)、出雲(いずも)があり、いずれもアームストロング社の建造であった。装甲巡洋艦として当時の第一級の艦で、日露戦争中に大活躍した。大正期以後は海防艦として練習用に用いられた。第二次世界大戦終戦時残存、のちに解体された。
足柄(あしがら)
 1929年(昭和4)8月神戸川崎造船所で完成。妙高(みょうこう)型の3番艦。1934~1935年に近代化改装が実施され、船体を改造、バルジ(魚雷防御用の船腹のふくらみ構造)を設けるとともに、高角砲を12.7センチ砲連装4基に換装。魚雷発射管を固定式から四連装4基(うち2基は後日装備)とし、射出機を両舷(げん)に装備した。1937年イギリス、ジョージ6世の戴冠(たいかん)式に参列。第二次世界大戦中は各地で活躍したが、蘭印(らんいん)(オランダ領インドシナ、現インドネシア)攻略作戦には第三艦隊旗艦として参加。1944年10月のフィリピン沖海戦では志摩(しま)艦隊の一艦として参加。1945年1月8日、バンカ海峡にてイギリス潜水艦に撃沈された。⇒妙高(みょうこう)
愛宕(あたご)
 1932年(昭和7)3月呉(くれ)海軍工廠(こうしょう)で完成。高雄(たかお)型の2番艦。高雄型は藤本喜久雄造船官デザインになるもので、その艦橋構造の肥大化は漫然と用兵側の要求をいれたものとして批判されたが、実害といえるものはなく、形態的にはもっとも日本重巡らしい艦として評判を得た。1938~1939年に改装工事を実施、艦橋構造を縮小、高角砲を12.7センチ砲連装4基に換装。後檣(こうしょう)を後方に移した。1942年11月の第三次ソロモン海戦では近藤中将の旗艦として参加し、中破。1944年10月のフィリピン沖海戦では栗田(くりた)艦隊の旗艦として出撃したが、23日にアメリカ潜水艦に撃沈された。⇒高雄(たかお)
畝傍(うねび)
 1886年(明治19)フランスのフォルジ・エ・シャンチェー社で完成。常備排水量3615トン。垂間長98メートル。幅13メートル。主機レシプロ。速力18.5ノット。24センチ砲4門。15センチ砲7門。魚雷発射管4門。防御甲板厚64ミリメートル。浪速(なにわ)と同時期にフランスに発注された防御巡洋艦だが、日本へ回航中シンガポール出港後消息を絶ち、謎(なぞ)の失踪(しっそう)として大きな話題となった。当時は中国の海賊の手に落ちたとか、ロシアに拿捕(だほ)されたとか、いろいろな俗説が生まれたが、事実は艦の復原性が悪く荒天で転覆したものと推定されている。
大淀(おおよど)
 1943年(昭和18)2月呉(くれ)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量8164トン。全長191.5メートル。幅16.6メートル。主機タービン。速力35ノット。15.5センチ砲三連装2基。舷側(げんそく)装甲厚60ミリメートル。潜水戦隊旗艦用の特殊巡洋艦。艦の後部に大型の格納庫と射出機を設けて高速水上偵察機6機を搭載、強力な索敵力で味方潜水艦を敵方に誘導指揮しようとしたもの。ただし、完成後まもなく連合艦隊旗艦用に後部の格納庫を改造、射出機も通常型に換装した。1944年10月のフィリピン沖海戦では小沢艦隊の一艦として参加。終戦直前の1945年7月、呉(くれ)で被爆転覆、戦後解体された。
加古(かこ)
 1926年(大正15)7月神戸川崎造船所で完成。古鷹(ふるたか)の同型艦。出現時画期的といわれた本型も、実際は計画に対してかなり排水量をオーバーしており、8000トン近い基準排水量となっていた。ワシントン海軍軍縮条約後、重巡と類別され、1936年(昭和11)~1937年に近代化改装を実施。主砲を連装3基に改め、航空兵装、水雷兵装を刷新、基準排水量は8700トンに達した。1942年8月の第一次ソロモン海戦に参加。他艦と協同して連合国の重巡4隻を撃沈したが、海戦後の9日にカビエン沖でアメリカ潜水艦に撃沈された。⇒古鷹(ふるたか)
春日(かすが)
 1904年(明治37)1月イタリアのアンソルド社で完成。常備排水量7700トン。垂間長105メートル。幅19メートル。主機レシプロ。速力20ノット。25センチ砲1門。20センチ砲連装1基。15センチ砲14門。水線装甲厚152ミリメートル。本来アルゼンチンの注文流れで、日露戦争に際しロシアと日本が購入を争い日本が購入したもの。同型に日進(にっしん)がある。日露戦争開戦直後に日本に到着。本型2隻の入手は戦艦2隻を触雷で失ったときに大いに価値を発揮した。その後長期にわたり現役にあり、1921年(大正10)に海防艦に格下げされ、大正末期以後は運用術練習艦に、1942年(昭和17)には練習特務艦に変更。終戦直前に横須賀で米軍機の攻撃により着底、戦後解体された。
香取(かとり)
 1940年(昭和15)4月三菱(みつびし)横浜造船所で完成。基準排水量5890トン。全長133.5メートル。幅16メートル。主機タービン。速力18ノット。14センチ砲連装2基。12.7センチ高角砲連装1基。魚雷発射管53センチ連装2基。1937~1939年に4隻が計画された練習巡洋艦。同型は香椎(かしい)、鹿島(かしま)。4番艦の橿原(かしはら)は建造中止。構造は商船式で低速、第二次世界大戦中はおもに旗艦任務に用いられた。1944年2月17日、トラック諸島沖でアメリカ艦隊に撃沈された。
衣笠(きぬがさ)
 1927年(昭和2)9月神戸川崎造船所で完成。青葉(あおば)の同型艦。平賀譲(ひらがゆずる)設計の古鷹(ふるたか)型を、その後を継いだ主任設計官の藤本喜久雄が手直ししたもの。開戦前に青葉とともに小規模な近代化を実施。おもに航空兵装、水雷兵装、射撃指揮装置などを改めた。1942年8月の第一次ソロモン海戦、10月のサボ島沖夜戦で戦果を収めたが、11月14日、第三次ソロモン海戦で被爆沈没した。⇒青葉(あおば)
球磨(くま)
 1920年(大正9)8月佐世保(させぼ)海軍工廠(こうしょう)で完成。常備排水量5500トン。全長162.5メートル。幅14.4メートル。主機タービン。速力36ノット。14センチ砲7門。魚雷発射管53センチ連装4基。舷側(げんそく)装甲厚64ミリメートル。本型は5500トン型とも称され、同型に多摩、北上、大井、木曽(きそ)が、ほぼ同型に長良(ながら)型がある。日本軽巡の主力として太平洋戦争中まで使用された。のちに若干の近代化改装を施され、射出機や水上偵察機を搭載した。1944年(昭和19)1月ペナン西方でイギリス潜水艦の雷撃で沈没。⇒長良(ながら)
熊野(くまの)
 1937年(昭和12)10月神戸川崎造船所で完成。鈴谷(すずや)型の2番艦。鈴谷と同じく1939年に主砲換装。マレー方面攻略作戦のほか、各地に転戦。1944年10月のフィリピン沖海戦では第七戦隊旗艦としてサマール沖海戦に参加。11月25日、ルソン島でアメリカ機の攻撃で沈没。⇒鈴谷(すずや)
鈴谷(すずや)
 1937年(昭和12)10月横須賀(よこすか)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量8500トン。全長200.6メートル。幅19.2メートル。主機タービン。速力35ノット。15.5センチ砲三連装5基。12.7センチ高角砲連装4基。魚雷発射管61センチ三連装4基。本来、最上(もがみ)型の3番艦として計画されたが、若干の改正が施されたため、別に鈴谷型と称することもある。1939年に主砲を換装。マレー方面攻略作戦をはじめとして各地に転戦。1944年10月のフィリピン沖海戦では栗田(くりた)艦隊の一艦として参加し、25日サマール沖で被爆、友軍駆逐艦によって処分された。⇒最上(もがみ)
川内(せんだい)
 1924年(大正13)4月三菱(みつびし)長崎造船所で完成。常備排水量の5595トン以外は長良(ながら)型と同型。ただし、煙突の数は3本より4本にかわっている。同型に那珂(なか)、神通(じんづう)があり、ともに水雷戦隊の旗艦として用いられた。航空兵装の追加のほか、開戦前に発射管を改造し九三式酸素魚雷を搭載、同型の那珂のみは四連装発射管に換装された。1943年(昭和18)11月1日、ブーゲンビル島沖海戦でアメリカ艦隊に撃沈された。⇒長良(ながら)
高雄(たかお)
 1932年(昭和7)5月横須賀(よこすか)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量9850トン。全長203.8メートル。幅19メートル。主機タービン。速力35.5ノット。20センチ砲連装5基。12センチ高角砲4門。魚雷発射管61センチ連装4基。水線装甲厚102ミリメートル。1万トン型重巡の第2陣。妙高(みょうこう)型に対して艦橋構造物がきわめて大型化し、射出機も両舷(げん)装備となり、魚雷発射管は上甲板に連装式が装備された。太平洋戦争では南方作戦をはじめとして各地に転戦。1944年10月のフィリピン沖海戦では栗田(くりた)艦隊の一艦として参加し、潜水艦の雷撃を受けて大破。終戦時、中破状態でシンガポールにあり、海没処分された。
筑摩(ちくま)
 1912年(明治45)4月佐世保(させぼ)海軍工廠(こうしょう)で完成。常備排水量4950トン。全長144.8メートル。幅14メートル。主機タービン。速力26ノット。15センチ砲8門。魚雷発射管3門。舷側(げんそく)装甲厚80ミリメートル。防御甲板厚57ミリメートル。従来の防護巡洋艦の速力をアップし、舷側部に装甲を設けたいわゆる軽巡洋艦と称された最初の艦。このような傾向はイギリスがスカウト(偵察艦)と称した快速巡洋艦を建造したことに端を発した。1931年(昭和6)に除籍。同型に平戸(ひらど)、矢矧(やはぎ)がある。
〔2代〕1939年5月三菱(みつびし)長崎造船所で完成。利根(とね)型の2番艦。日本海軍が本型に要求したのは強力な索敵能力で、第二次世界大戦中も主要海戦につねに空母機動部隊とともに行動し、索敵任務に従事した。1942年10月の南太平洋海戦では被爆中破。1944年10月のフィリピン沖海戦では、サマール沖海戦でアメリカ艦載機の攻撃により航行不能となり、味方魚雷で処分された。⇒利根(とね)〔2代〕
鳥海(ちょうかい)
 1932年(昭和7)6月三菱(みつびし)長崎造船所で完成。高雄(たかお)型の4番艦。同型艦中、本艦のみは第二次世界大戦中も改装の機会がなかった。マレー方面攻略作戦では第一南遣艦隊の旗艦となる。1942年8月の第一次ソロモン海戦では第八艦隊の旗艦として参加し、他の重巡4隻と協同して連合国軍の重巡4隻を撃沈。11月の第三次ソロモン海戦で中破。1944年10月のフィリピン沖海戦には栗田(くりた)艦隊の一艦として参加、サマール沖海戦で被爆、航行不能となり味方駆逐艦に雷撃処分された。⇒高雄(たかお)
天龍(てんりゅう)
 1919年(大正8)11月横須賀(よこすか)海軍工廠(こうしょう)で完成。常備排水量3948トン。全長142.6メートル。幅12メートル。主機タービン。速力33ノット。14センチ砲4門。魚雷発射管53センチ三連装2基。舷側(げんそく)装甲厚64ミリメートル。速力30ノットを超えた日本最初の本格的軽巡。この種の小型軽巡は水雷戦隊の旗艦として用いられた。太平洋戦争時とくに改装もされず旧式化していたが参戦。1942年(昭和17)12月ニューギニア方面で雷撃により沈没した。同型に龍田(たつた)がある。
利根(とね)
 1910年(明治43)5月佐世保(させぼ)海軍工廠(こうしょう)で完成。常備排水量3760トン。全長122.8メートル。幅14メートル。主機レシプロ。速力23ノット。15センチ砲2門。12センチ砲10門。防御甲板厚75ミリメートル。日本海軍の防護巡洋艦としては最後に位置するもので、これ以後は高速の軽巡洋艦とよばれる艦に発展していくことになる。従来の艦と異なる非常にスマートな艦型をもち、燃料も石炭と重油の混焼缶が採用されていた。第一次世界大戦に従軍。1931年(昭和6)に除籍。
〔2代〕1938年11月三菱(みつびし)長崎造船所で完成。基準排水量1万1213トン。全長201.6メートル。幅19.4メートル。主機タービン。速力35ノット。20センチ砲連装4基。12.7センチ高角砲連装4基。魚雷発射管61センチ三連装4基。水線装甲厚100ミリメートル。同型の筑摩(ちくま)とともに最上(もがみ)型軽巡の5、6番艦として計画されたが、途中から計画を改め、完成期が無条約時代になるため、主砲も20センチ砲装備の重巡として建造された。前甲板に主砲連装4基を集め、艦の後方を航空艤装(ぎそう)だけにあてて水上偵察機6機を搭載した特異な艦型を示している。索敵能力を生かしてつねに機動部隊と行動をともにして主要空母戦に参加。第二次世界大戦終戦直前の1945年7月に呉(くれ)で被爆着底。のちに解体された。
長良(ながら)
 1922年(大正11)4月佐世保(させぼ)海軍工廠(こうしょう)で完成。球磨(くま)型5隻に次ぐ5500トン型の第2陣。同型に五十鈴(いすず)、名取(なとり)、由良(ゆら)、鬼怒(きぬ)、阿武隈(あぶくま)がある。球磨型に比べて魚雷発射管は61センチの大型魚雷用のものにかわり、艦橋構造もいくぶんかわっている。1930年代に入って各艦とも後檣(こうしょう)前に射出機を装備して、水上偵察機を搭載、後檣も三脚檣に改造された。第二次世界大戦中に同型の一部は防空巡洋艦に改装され、14センチ砲を12.7センチ高角砲に換装した。1944年(昭和19)8月7日、九州南方でアメリカ潜水艦により撃沈された。⇒球磨(くま)
那智(なち)
 1928年(昭和3)11月呉(くれ)海軍工廠(こうしょう)で完成。妙高(みょうこう)型の2番艦だが、実質的にもっとも早く完成した。列強の重巡中もっとも強力な兵装を有し、速力、防御力ともにバランスのとれた艦型を示していたが、排水量をワシントン海軍軍縮条約で定められた1万トン以内に収めることはできず、基準排水量で1300トンほどオーバーしていた。1942年2月のスラバヤ沖海戦に第五戦隊旗艦として参加し、戦果を収めたほか、1943年3月のアッツ島沖海戦、1944年10月のフィリピン沖海戦などに参加。1944年11月5日、マニラ沖でアメリカ機の雷撃により沈没。⇒妙高(みょうこう)
浪速(なにわ)
 1886年(明治19)2月イギリスのアームストロング社で完成。常備排水量3708トン。垂間長91メートル。幅14メートル。主機レシプロ。速力18ノット。26センチ砲2門。15センチ砲6門。魚雷発射管4門。防御甲板厚76ミリメートル。イギリスに発注建造した最初の有力な巡洋艦。当時の分類では防護巡洋艦に属し、舷側(げんそく)装甲をもたず、防御甲板の装甲だけを防御力としている。日清戦争(にっしんせんそう)では東郷平八郎が艦長のとき、豊島(ほうとう)海戦でイギリス商船高陞(こうしょう)号を撃沈、問題となった。日露戦争時にはすでに第二線級に後退しており、1912年7月北海道方面で擱坐(かくざ)沈没。
羽黒(はぐろ)
 1929年(昭和4)4月三菱(みつびし)長崎造船所で完成。妙高(みょうこう)型の4番艦。1938~1941年に近代化改装を実施。船体はバルジ(魚雷防御用の船腹のふくらみ構造)が取り付けられ、艦幅は20.7メートルに増し、基準排水量は1万3000トンに達した。魚雷兵装は九三式酸素魚雷が搭載されて画期的に強化され、25ミリ機銃も連装4基が装備された。1942年2月スラバヤ沖海戦で、那智(なち)と協同してイギリス重巡エクゼター、アメリカ重巡ヒューストンその他を撃沈したのをはじめ、主要海戦に参加。1945年5月16日ペナン沖でイギリス駆逐艦5隻に襲撃され沈没した。⇒妙高(みょうこう)
古鷹(ふるたか)
 1926年(大正15)2月三菱(みつびし)長崎造船所で完成。基準排水量7100トン。全長185.2メートル。幅15.8メートル。主機タービン。速力34.5ノット。20センチ砲6門。魚雷発射管12門。水線装甲厚76ミリメートル。本来5500トン型軽巡として計画されていたが、途中から7100トンの偵察巡洋艦として20センチ砲搭載艦に変更されたもの。軽巡の発展型とみなされていたが、出現当時はこの程度の排水量で20センチ砲6門の装備は驚異的と、平賀譲(ひらがゆずる)の設計は非常な注目を集めた。1942(昭和17)年8月の第一次ソロモン海戦で他の重巡と協同で連合国の重巡4隻を撃沈。10月12日のサボ島沖夜戦でも戦果をあげたが、敵の集中砲火を浴び沈没。
松島(まつしま)
 1892年(明治25)4月フランスのフォルジ・エ・シャンチェー社で完成。常備排水量4278トン。垂間長91メートル。幅15.5メートル。主機レシプロ。速力16ノット。32センチ砲1門。12センチ砲12門。魚雷発射管4門。防御甲板厚40ミリメートル。清(しん)国海軍の二大装甲艦定遠(ていえん)、鎮遠(ちんえん)に対抗するために建造された有名な三景艦(さんけいかん)の一隻。同型に厳島(いつくしま)、橋立(はしだて)があった。3艦1門ずつの32センチという巨砲を搭載。建造時は海防艦と類別されていたが、実質的には防護巡洋艦で日清戦争中の連合艦隊の旗艦を務めた。黄海海戦では巨砲は役にたたず、1908年4月に澎湖(ほうこ)島の馬公で遠洋航海の途中、事故により爆沈した。
摩耶(まや)
 1932年(昭和7)6月神戸川崎造船所で完成。高雄(たかお)型の3番艦。南方作戦をはじめとして、アリューシャン攻略作戦、南太平洋海戦、アッツ島沖海戦、第三次ソロモン海戦に参加。1943年末ラバウルで被爆損傷したのを機会に前部の主砲1基を撤去、かわりに12.7センチ高角砲連装2基を装備。従来の12センチ高角砲も12.7センチ連装砲に換装、25ミリ機銃も大幅に増備して防空能力を高めた。1944年10月のフィリピン沖海戦では栗田(くりた)艦隊の第四戦隊に参加、パラワン島沖で愛宕(あたご)と相前後してアメリカ潜水艦の雷撃で沈没した。⇒高雄(たかお)
三隈(みくま)
 1935年(昭和10)8月三菱(みつびし)長崎造船所で完成。最上(もがみ)型の2番艦。船体強度の不足で改善工事を要し、バルジ(魚雷防御用の船腹のふくらみ構造)を装着したりしたため排水量は1万2000トン近くに増大。速力は34.7ノットに低下した。1939年に主砲を20センチ砲に換装、新鋭の重巡に変身した。1942年3月のバタビア沖海戦で最上と協同で戦果をあげたが、6月のミッドウェー海戦で最上と衝突、アメリカ機の爆撃で沈没した。⇒最上(もがみ)
妙高(みょうこう)
 1929年(昭和4)9月横須賀(よこすか)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量1万トン。全長203.8メートル。幅19メートル。主機タービン。速力35.5ノット。20センチ砲連装5基。12センチ高角砲6門。魚雷発射管12門。水線装甲厚102ミリメートル。ワシントン海軍軍縮条約で巡洋艦に対し、基準排水量1万トン以内、備砲口径8インチ(20センチ)以内と制限が加えられた。この条項に基づいて最初に建造されたのがこの妙高型で、その強兵装ぶりで列強各国間の注目を集めた。太平洋戦争中、南方作戦をはじめとして各地を転戦。終戦時シンガポールで中破状態にあり、海没処分にされた。
最上(もがみ)
 1935年(昭和10)7月呉(くれ)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量8500トン。全長200メートル。幅18メートル。主機タービン。速力37ノット。15.5センチ砲三連装5基。12.7センチ高角砲連装4基。魚雷発射管61センチ三連装4基。水線装甲厚102ミリメートル。日本の重巡はワシントン海軍軍縮条約に次ぐロンドン海軍軍縮条約で保有量の制限が設けられ、高雄(たかお)型4隻をもっていっぱいとなった。そのため、保有量に余裕のあった軽巡の枠で、重巡に準じた大型軽巡を建造することになり、本型が建造された。開戦前に主砲を20センチ砲に換装して重巡となり、さらに第二次世界大戦中に本艦のみは後部の主砲を撤去し、飛行甲板をもつ航空巡洋艦に改装された。1942年3月のバタビア沖海戦で三隈(みくま)と協同で戦果をあげた。6月のミッドウェー海戦では三隈と衝突し中破。1944年10月のフィリピン沖海戦ではスリガオ海峡でアメリカ艦隊に攻撃されて航行不能となり、味方艦に処分され沈没した。
八雲(やくも)
 1900年(明治33)6月ドイツのフルカン社で完成。常備排水量9695トン。垂間長124.7メートル。幅19.7メートル。主機レシプロ。速力20.5ノット。20センチ砲連装2基。15センチ砲12門。水線装甲厚178ミリメートル。ドイツに発注された唯一の装甲巡洋艦。当時発注された装甲巡洋艦は6隻で、戦艦と同数であり、いわゆる六六艦隊が当時の目標であった。昭和期に入ってから練習用に使用。第二次世界大戦終戦時残存、のちに解体された。
夕張(ゆうばり)
 1923年(大正12)7月佐世保(させぼ)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量2890トン。全長140メートル。幅12メートル。主機タービン。速力35.5ノット。14センチ砲6門。魚雷発射管61センチ連装2基。舷側(げんそく)装甲厚38ミリメートル。5500トン型の半分の排水量で、それと同等の兵装を盛り込もうとしたもので、主任造船官平賀譲(ひらがゆずる)が計画。艦型は駆逐艦の拡大型で、所期の目的を達したかにみえたが、1隻の試作のみに終わった。第二次世界大戦中に主砲の一部を高角砲に換装。1944年(昭和19)4月27日、パラオ近海でアメリカ潜水艦に撃沈された。
吉野(よしの)
 1893年(明治26)9月イギリスのアームストロング社で完成。常備排水量4216トン。垂間長118メートル。幅14メートル。主機レシプロ。速力22.5ノット。15センチ砲4門。12センチ砲8門。魚雷発射管5門。防御甲板厚89ミリメートル。日清戦争(にっしんせんそう)前にイギリスに発注され、開戦3か月前に日本に回航された。当時の防護巡洋艦としては第一級の艦で、速力の22.5ノットも画期的な高速であった。1894年9月17日の黄海海戦では、その快速と速射砲の威力を生かして活躍した。日露戦争中の1904年5月15日、旅順沖で夜間濃霧の中、春日(かすが)と衝突沈没した。[石橋孝夫]

巡洋艦〔外国〕


アトランタ Atlanta (アメリカ)
 1941年12月フェデラル・カーニー社で完成。基準排水量6718トン。全長165メートル。幅16メートル。主機タービン。速力33ノット。12.7センチ砲連装8基。魚雷発射管53センチ四連装2基。舷側(げんそく)装甲厚89ミリメートル。主砲に12.7センチ両用砲を採用した防空巡洋艦で、1942年中期以後出現し、空母部隊の護衛として威力を発揮した。1942年11月第三次ソロモン海戦で日本艦隊と交戦、沈没。同型4隻がある。
アルジェリー Algrie (フランス)
 1934年ブレストで完成。基準排水量1万トン。全長186メートル。幅20メートル。主機タービン。速力31ノット。20センチ砲連装4基。10センチ高角砲連装6基。魚雷発射管53センチ三連装2基。舷側(げんそく)装甲厚110ミリメートル。フランス海軍の建造した7隻の条約型巡洋艦(1万トン重巡)の最終艦。それまでのフランス重巡がブリキ艦などと悪口をたたかれた防御の薄弱な艦が多かったなかで、重装甲の艦として知られていた。1942年トゥーロンでドイツ軍の進駐に際して自沈。
エムデン Emden (ドイツ)
 1909年7月ダンツィヒ、カイゼル工場で完成。常備排水量3650トン。全長118メートル。幅13.5メートル。主機レシプロ。速力24ノット。10センチ砲10門。魚雷発射管2門。防御甲板厚51ミリメートル。第一次世界大戦に際して各国が多数を有していた防護巡洋艦のドイツ海軍における最終発達型である。開戦時単独でインド洋、中部太平洋方面で通商破壊戦を実施。16隻、7万0825総トンを撃沈して、一躍その名を世界にとどろかせた。1914年11月ココス島付近でオーストラリア巡洋艦シドニーと交戦、撃沈された。
キーロフ Kirov (ロシア)
 1980年完成。基準排水量2万3750トン。全長251メートル。幅28.5メートル。主機原子力+通常タービン。速力30ノット。10センチ砲2門。対艦ミサイル垂直発射機20基。対空ミサイル垂直発射機。ヘリコプター3機搭載。第二次世界大戦後、空母を除く戦闘用水上艦として新造された最大の艦で、正式にはミサイル巡洋艦だが、出現時には巡洋戦艦の再来と騒がれた。1998年までに同型4隻が完成、ソ連時代の財政不足から、1、2番艦はすでに退役しており、艦名も改名されてキーロフはアドミラル・ウシャーコフとなった。2004年退役。
ケント Kent (イギリス)
 1928年6月チャタム工廠(こうしょう)で完成。基準排水量9850トン。水線長192メートル。幅20.8メートル。主機タービン。速力31.5ノット。20センチ砲連装4基。10センチ高角砲4門。魚雷発射管53センチ四連装2基。舷側(げんそく)装甲厚25ミリメートル。イギリスがワシントン海軍軍縮条約後最初に建造した条約型巡洋艦(1万トン重巡)で、日本の妙高(みょうこう)型などとは対照的に乾舷(かんげん)の高い優美な形態を有し、兵装や防御力ではいくぶん劣っていた。同型はオーストラリア海軍の2隻を含めて7隻、略同型艦のロンドン級5隻、ドーセットシャー級2隻、さらにやや小型のヨーク級2隻があり、これでイギリスの重巡は保有量いっぱいとなった。1948年解体。
サウサンプトン Southampton (イギリス)
 1937年3月ジョン・ブラウン社で完成。基準排水量9100トン。全長180メートル。幅18.8メートル。主機タービン。速力32ノット。15センチ砲三連装4基。10センチ高角砲連装4基。魚雷発射管53センチ三連装2基。舷側(げんそく)装甲厚102ミリメートル。条約時代に日本が建造した最上(もがみ)型大型軽巡に対抗して建造された艦で、同型7隻があった。主砲が15センチ砲である以外はほぼ重巡なみの艦で、以後イギリスでは20センチ砲艦よりも15センチ砲巡洋艦を好んで建造。第二次世界大戦中に本型の改型であるフィジー級8隻、ウガンダ級3隻などが完成した。1941年シチリア島沖の戦闘で大破、自軍の魚雷で処分された。
ザラ Zara (イタリア)
 1931年10月トリエステで完成。基準排水量1万トン。全長183メートル。幅20.6メートル。主機タービン。速力32ノット。20センチ砲連装4基。10センチ高角砲連装6基。舷側(げんそく)装甲厚127ミリメートル。イタリアが建造した条約型巡洋艦(1万トン重巡)の第2陣。同型にフューメ、ポラ、ゴリツィアの3隻があった。前型のトリエステ級が軽防御艦だったのに対し、防御力を重視した堅艦で、フランスのアルジェリーは本型に対抗したもの。1941年3月のマタパン岬沖海戦でイギリス艦隊に撃沈された。
シャルンホルスト Sharnhorst (ドイツ)
 1907年10月ブロム&ホス社で完成。常備排水量1万1600トン。全長145メートル。幅21.6メートル。主機レシプロ。速力22.5ノット。21センチ砲8門。15センチ砲6門。魚雷発射管4門。舷側(げんそく)装甲厚152ミリメートル。ドイツ海軍最後の装甲巡洋艦の一つで、同型にグナイゼナウがある。第一次世界大戦時2隻ともドイツ東洋艦隊の主力で、本艦はシュペー提督の旗艦であった。シュペー艦隊はコロネル沖でイギリス艦隊を撃破したのち、フォークランド島沖で、イギリス巡洋戦艦インビンシブルなどと交戦、本艦を含めて全艦が撃沈された。艦名は第二次世界大戦中の戦艦に引き継がれた。
スベルドロフ Sverdlov (ロシア)
 1952年レニングラード(サンクト・ペテルブルグ)で完成。基準排水量1万5450トン。全長210メートル。幅20メートル。主機タービン。速力34ノット。15センチ砲三連装4基。10センチ高角砲連装6基。魚雷発射管53センチ五連装2基。舷側(げんそく)装甲厚152ミリメートル。第二次世界大戦後ソ連が建造した第二次世界大戦型の大型巡洋艦。1953年のエリザベス女王の戴冠(たいかん)式記念観艦式に参列して、初めてその姿を西側に現した。同型14隻のうち一部は指揮艦やミサイル巡洋艦に改造され、ソ連崩壊後はロシア海軍に移されたが、1992年までにすべて除籍された。
スラワ Slava (ロシア)
 1番艦はソ連時代の1983年に完成。基準排水量1万0500トン。全長187メートル。幅20メートル。主機ガスタービン。速力34ノット。SS-N-12対艦ミサイル8基。SA-N-6対空ミサイル発射機12基。13センチ砲連装1基。対空ミサイルは垂直型ランチャーを装備している。1989年までに同型3隻が完成、太平洋艦隊に1隻が配属されている。1番艦スラワは、のちにモスクワと改称。4番艦は未成のままソ連の崩壊により、ウクライナと帰属を争っており、現在はウクライナの管理下にある。
タイガー Tiger (イギリス)
 1959年3月ジョン・ブラウン社で完成。基準排水量9550トン。全長169メートル。幅19.5メートル。主機タービン。速力31.5ノット。15センチ砲連装2基。7.6センチ砲連装3基。舷側(げんそく)装甲厚89ミリメートル。第二次世界大戦中に計画されたミノター級軽巡の一艦で、終戦で一時工事を中止していたのを、戦後計画を改めて新型砲などを装備して完成した。同型にライオン、ブレークがある。在来型としてはイギリス海軍最後の巡洋艦といってよく、1970年代初めに艦尾にヘリ甲板を設けて対潜ヘリコプター4機を搭載した。1980年代に入って除籍。
タイコンデロガ Ticonderoga (アメリカ)
 1983年1月インガルス社で完成。満載排水量9200トン。全長173メートル。幅17メートル。主機ガスタービン。速力30ノット以上。対空ミサイル発射機2基。対艦ミサイル8基。12.7センチ砲2門。イージス・システムAegis systemという新しいタイプの戦闘システムを採用した最初の巡洋艦。1990年代以後のアメリカ海軍の主力巡洋艦となったもので、1994年までに同型27隻が完成した。スプルーアンス級駆逐艦の船体をベースとする。2005年までにタイコンデロガを含む最初の5隻が退役している。
ニューポート・ニューズ Newport News (アメリカ)
 1949年1月ニューポート・ニューズ造船所で完成。基準排水量1万7000トン。全長218メートル。幅23メートル。主機タービン。速力33ノット。20センチ砲三連装3基。12.7センチ砲連装6基。舷側(げんそく)装甲厚203ミリメートル。第二次世界大戦末期に建造された大型重巡で、戦後3隻が完成。20センチ砲搭載の巡洋艦としては最大の艦型で、半自動の20センチ砲と重防御が特色。各艦隊の旗艦任務を務め、ベトナム戦争にも出動したが、砲塔事故を起こし、1975年に除籍、1993年に解体。同型のセーラムはクインシーで記念艦として保存されている。
ヒューストン Houston (アメリカ)
 1930年6月ニューポート・ニューズ造船所で完成。基準排水量9000トン。全長183メートル。幅20メートル。主機タービン。速力32.5ノット。20センチ砲三連装3基。12.7センチ高角砲4門。舷側(げんそく)装甲厚76ミリメートル。ペンサコラ級に次ぐ条約型巡洋艦(1万トン重巡)の第2陣で、ほかに同型5隻があった。アメリカの条約型巡洋艦は以後三連装3基が標準装備となり、航空兵装も列強の条約型巡洋艦中もっとも充実していた。太平洋戦争開戦時アジア艦隊の旗艦。1942年2月、バタビア沖海戦で日本艦隊に撃沈された。
プリンツ・オイゲン Prinz Eugen (ドイツ)
 1940年8月キール、ゲルマニア工場で完成。基準排水量1万3900トン。全長212メートル。幅22メートル。主機タービン。速力32ノット。20センチ砲連装4基。10センチ高角砲連装6基。魚雷発射管53センチ三連装4基。舷側(げんそく)装甲厚127ミリメートル。第二次世界大戦前にドイツが建造したアドミラル・ヒッパー級重巡の3番艦。戦前の各国1万トン重巡よりかなり大型で、防御力も強力だった。1941年5月戦艦ビスマルクとともに出撃、途中分離してフランス、ブレストに帰投した。終戦時無傷で残存、1946年7月ビキニの原爆実験の標的艦に供された。
ロング・ビーチ Long Beach (アメリカ)
 1961年9月ベスレヘム鉄鋼会社で完成。基準排水量1万4200トン。全長220メートル。幅22メートル。主機原子力推進。速力30ノット以上。対空ミサイル連装発射機2基。対艦ミサイル発射機8基。12.7センチ砲2門。世界最初の原子力推進巡洋艦。原子力空母の護衛役として空母エンタープライズと同時期に建造。1980年代には近代化改装を終え、横須賀(よこすか)にも数度入港したことがある。1995年に除籍された。同型艦なし。[石橋孝夫]

駆逐艦〔日本〕


一等駆逐艦とは日本海軍の分類で排水量1000トン以上のものを、二等駆逐艦とは500トン以上1000トン未満のものをさす。
秋月(あきづき)
 一等駆逐艦。1942年(昭和17)6月舞鶴(まいづる)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量2701トン。全長134.2メートル。幅11.6メートル。主機タービン。速力33ノット。10センチ高角砲連装4基。魚雷発射管61センチ四連装1基。空母部隊の防空直衛艦として計画されたが、のちに魚雷発射管を装備したため駆逐艦とされ、陽炎(かげろう)型の甲型に対し乙型と称された。当時最新の九八式65口径という長砲身の10センチ高角砲を搭載、防空艦として活躍した。1944年10月のフィリピン沖海戦に小沢艦隊に属して参加、潜水艦の雷撃により沈没。同型艦に照月(てるづき)、冬月、花月、春月、初月、霜月、夏月、新月(にいづき)、涼月(すずつき)、若月、宵月があった。
朝潮(あさしお)
 一等駆逐艦。1937年(昭和12)8月佐世保(させぼ)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量1961トン。全長118メートル。幅10メートル。主機タービン。速力35ノット。初春(はつはる)型の失敗から艦型に余裕をもたせて、12.7センチ連装砲3基、魚雷発射管四連装2基という標準装備となり、次の陽炎(かげろう)型の先駆となった。1943年3月ビスマルク海海戦で被爆、沈没。同型艦に、大潮、満潮(みちしお)、荒潮、朝雲、山雲、夏雲、峯雲(みねぐも)、霞(かすみ)、霰(あられ)があるが、すべて太平洋戦争中に沈没した。
(いかずち)
 三等駆逐艦。1899年(明治32)2月イギリスのヤーロー社で完成。常備排水量305トン。垂間長67メートル。幅6.1メートル。主機レシプロ。速力31ノット。8センチ砲2門。魚雷発射管45センチ2門。当時の駆逐艦は水雷艇駆逐艦とよばれて水雷艇の駆逐用に計画されたが、実質的には水雷艇の拡大型にほかならず、以後従来の水雷艇にとってかわる存在となった。同型6隻、略同型10隻が1902年(明治35)までにイギリスで建造され、さらに改型39隻が1905年までに国内で建造された。1913年、大湊(おおみなと)港で缶の爆発事故にて沈没。
磯風(いそかぜ)
 一等駆逐艦。1917年(大正6)2月呉(くれ)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量1105トン。全長97メートル。幅8.5メートル。主機タービン。速力34ノット。12センチ砲4門。魚雷発射管45センチ連装3基。同型4隻が建造された。2年ほどのちに建造された改型の谷風(たにかぜ)では初めて魚雷発射管に53センチが搭載され、速力も37ノットと高速を果たしたが、艦型そのものはまだイギリス艦のコピーであった。この時期、主機は完全にタービンにかわった。1935年(昭和10)除籍。
海風(うみかぜ)
 一等駆逐艦。1911年(明治44)9月舞鶴(まいづる)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量1030トン。水線長98メートル。幅8.6メートル。主機タービン。速力33ノット。12センチ砲2門。魚雷発射管45センチ連装2基。イギリスのトライバル級を模倣して国内建造された大型駆逐艦で、排水量1000トンを超えた日本最初の駆逐艦。日露戦争後、戦艦ドレッドノートの出現に応じて駆逐艦も急速に艦型の増大が図られたものだが、当時の日本ではまだオリジナルといえる設計はなく、同型も山風1隻のみであった。1930年(昭和5)掃海艇に変更、1936年除籍。
陽炎(かげろう)
 一等駆逐艦。1939年(昭和14)11月舞鶴(まいづる)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量2000トン。全長118.5メートル。幅10.8メートル。主機タービン。速力35ノット。12.7センチ砲連装3基。魚雷発射管61センチ四連装2基。無条約時代に入り、制限なしに設計された最初の艦。先の朝潮型の改型で、新造時から九三式酸素魚雷を装備した最初の駆逐艦。艦隊型駆逐艦としては理想的艦といわれたが、量産向きではなかった。1942年11月のルンガ沖夜戦では僚艦とともに敵重巡部隊に大損害を与えた。1943年5月、触雷と被爆で沈没。同型艦に、不知火(しらぬい)、黒潮、親潮、早潮、夏潮、初風、雪風、天津風(あまつかぜ)、時津風、浦風、磯風(いそかぜ)、浜風、谷風、野分(のわき)、嵐(あらし)、萩風、舞風、秋雲の19隻がある。第二次世界大戦中に改型の夕雲型19隻、夕雲、巻雲(まきぐも)、風雲(かざぐも)、巻波(まきなみ)、藤波、浜波、早波、岸波、清波(きよなみ)、長波(ながなみ)、沖波、大波、涼波(すずなみ)、高波、玉波、秋霜、朝霜、早霜、清霜(きよしも)が完成したが、この38隻中、終戦時残存したのは雪風ただ1隻であった。
(さくら)
 二等駆逐艦。1912年(明治45)5月舞鶴(まいづる)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量530トン。全長83.5メートル。幅7.3メートル。主機レシプロ。速力30ノット。12センチ砲1門。魚雷発射管45センチ連装2基。当時としては標準型駆逐艦であったが、のちに二等駆逐艦に類別。またこのころより新型駆逐艦の第1艦は舞鶴工廠で建造されることが慣例となった。同型1隻、略同型10隻が1915年(大正4)までに建造された。1932年(昭和7)除籍。
島風(しまかぜ)
 一等駆逐艦。1943年(昭和18)5月舞鶴(まいづる)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量2567トン。全長129.5メートル。幅11.2メートル。主機タービン。速力39ノット。12.7センチ砲連装3基。魚雷発射管61センチ五連装3基。丙型と称され、夕雲(ゆうぐも)型の後継艦隊型駆逐艦として建造を予定していたもの。超高速を第一の特徴として、魚雷発射管を五連装3基として次発装填(そうてん)装置を廃した。本艦は1隻のみ建造され、他の同型艦の建造は中止された。公試運転で40ノット以上を記録。1944年11月オルモック湾で被爆、沈没。
白露(しらつゆ)
 一等駆逐艦。1936年(昭和11)8月佐世保(させぼ)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量1685トン。全長110メートル。幅9.9メートル。主機タービン。速力34ノット。12.7センチ砲連装2基、単装1基。魚雷発射管61センチ四連装2基。本来、初春(はつはる)型として計画されたが、設計上の欠陥を生じたため、大幅に改正した新型となった。初春型から予備魚雷の装填(そうてん)装置が装備され、発射管数の倍の魚雷を搭載した。1944年6月ミンダナオの北東岸で油槽艦と衝突、沈没した。同型艦の時雨(しぐれ)、村雨(むらさめ)、夕立、春雨(はるさめ)、五月雨(さみだれ)、海風、山風、江風(かわかぜ)、涼風(すずかぜ)もすべてが太平洋戦争で沈没。
初春(はつはる)
 一等駆逐艦。1933年(昭和8)9月佐世保(させぼ)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量1400トン。全長109.5メートル。幅10メートル。主機タービン。速力36.5ノット。12.7センチ砲連装2基、単装1基。魚雷発射管61センチ三連装3基。ロンドン海軍軍縮条約で駆逐艦の保有量に制限が加えられたことから、本型は先の特型(とくがた)(吹雪(ふぶき)型)に対して艦型の縮小を図ったが、兵装を欲張り、この排水量でほぼ特型なみの兵装を盛り込んだ。第1艦の完成後、復原性能に欠陥があることが判明して大きな改正工事を余儀なくされ、魚雷発射管を1基降ろし、船体を補強した。このため排水量は大幅に増大、速力も低下した。1944年11月マニラ湾で被爆、沈没。同型艦の子ノ日(ねのひ)、若葉(わかば)、初霜、有明(ありあけ)、夕暮もすべて戦没している。
吹雪(ふぶき)
 一等駆逐艦。1928年(昭和3)8月舞鶴(まいづる)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量1680トン。全長118メートル。幅10.4メートル。主機タービン。速力38ノット。12.7センチ砲連装3基。魚雷発射管61センチ三連装3基。砲塔式連装砲の採用、61センチ三連装3基という強力な雷装などの重兵装に特色があり、日本駆逐艦を一躍世界的に有名にした。別名特型(とくがた)駆逐艦。同型24隻が建造されて列強の駆逐艦計画に大きな影響を与えた。本型には型があり、型からは対空射撃可能なB型砲搭載、型では缶数を1基減らした。のちに改善工事のため排水量が増大、速力の低下をきたしたが、太平洋戦争までの日本駆逐艦の原点となったもの。1942年10月サボ島沖夜戦で沈没。同型艦の白雪、初雪、深雪(みゆき)(戦前事故沈没)、叢雲(むらくも)、東雲(しののめ)、薄雲、白雲、磯波(いそなみ)、浦波、綾波(あやなみ)、敷波、朝霧、天霧、狭霧(さぎり)、夕霧、朧(おぼろ)、曙(あけぼの)、漣(さざなみ)、潮(うしお)、暁、響、雷(いかずち)、電(いなずま)のうち太平洋戦争終戦時に残存したのは潮と響の2隻のみであった。
(まつ)
 一等駆逐艦。1944年(昭和19)4月舞鶴(まいづる)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量1262トン。全長100メートル。幅9.4メートル。主機タービン。速力28ノット。12.7センチ高角砲連装、単装各1基。魚雷発射管61センチ四連装1基。第二次世界大戦中駆逐艦の損失に補充が間に合わず、戦時急造に適した簡易型駆逐艦として計画。設計を大幅に簡易化し、兵装も高角砲と魚雷発射管1基のみで、速力も低かったが、対空、対潜能力は陽炎(かげろう)型より優秀であった。1944年8月父島の北方でアメリカ艦載機の攻撃により沈没。改型を含めた同型艦は、榎(えのき)、萩(はぎ)、初梅、初櫻(はつざくら)、檜(ひのき)、樺(かば)、楓(かえで)、柿(かき)、樫(かし)、欅(けやき)、桐(きり)、楠(くすのき)、桑、槇(まき)、樅(もみ)、桃、楢(なら)、梨(なし)、楡(にれ)、雄竹(おだけ)、櫻、椎(しい)、杉、菫(すみれ)、榧(かや)、橘(たちばな)、竹、椿(つばき)、蔦(つた)、梅、柳の総計32隻が完成した。
峯風(みねかぜ)
 一等駆逐艦。1920年(大正9)5月舞鶴(まいづる)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量1215トン。全長102.6メートル。幅8.9メートル。主機タービン。速力39ノット。12センチ砲4門。魚雷発射管53センチ連装3基。樅(もみ)型と同時に計画され艦型は類似している。同型の島風は日本艦艇として初めて速力40ノットに達した。1944年(昭和19)2月台湾沖でアメリカ潜水艦の雷撃を受け沈没。同型艦は、沢風、沖風、羽風、汐風(しおかぜ)、太刀風(たちかぜ)、帆風、野風、波風、沼風、夕風、灘風(なだかぜ)、島風、矢風(やかぜ)、秋風で計15隻、略同型の神風型神風、朝風、春風、松風、旗風、追風(おいて)、疾風(はやて)、朝凪(あさなぎ)、夕凪の9隻、改型の睦月(むつき)型睦月、如月(きさらぎ)、弥生(やよい)、卯月(うづき)、皐月(さつき)、水無月(みなづき)、文月(ふづき)、長月、菊月、三日月、望月(もちづき)、夕月の12隻が続いて建造され、この合計36隻が昭和初期の日本駆逐艦の中核となった。
(もみ)
 二等駆逐艦。1919年(大正8)12月横須賀(よこすか)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量770トン。全長88.4メートル。幅8メートル。主機タービン。速力36ノット。12センチ砲3門。魚雷発射管53センチ連装2基。1923年ごろまでに同型21隻、略同型8隻が建造された。最初の純日本式駆逐艦といえる設計で、同型艦もほぼ戦力として十分な数が整備できた最初の型である。本型は3隻が二等駆逐艦のまま、9隻が哨戒艇に改造されて太平洋戦争に参加、おもに船団護衛等に従事した。[石橋孝夫]

駆逐艦〔外国〕


アレー・バーク Arleigh Burke (アメリカ)
 アメリカ海軍最新のミサイル駆逐艦。1991年完成。満載排水量8315トン。全長154メートル。幅20.3メートル。主機ガスタービン。速力30ノット以上。12.7センチ砲1門。対艦ミサイル8基。対空・対潜垂直ミサイル発射機。2010年時点で、改型を含めて同型58隻が完成、さらに同型6隻が建造中。海上自衛隊のイージス護衛艦こんごう型の雛型(ひながた)となった型で、タイコンデロガ級巡洋艦をコンパクト化したもの。ステルス性(対電波隠密性)も考慮され、ここしばらくはアメリカ空母部隊護衛の主役をつとめる艦である。
ウダロイ Udaloy (ロシア)
 ソ連時代の1980年にロシアで開発された大型駆逐艦。基準排水量6500トン。全長162メートル。幅18メートル。主機ガスタービン。速力35ノット。10センチ砲2門。対艦ミサイル発射機8基。対空ミサイル発射機1基。対潜ヘリコプター2機。同時期に出現したソブレメンヌイ級に比べて対潜能力を重視したといわれており、当時のアメリカのスプルーアンス級と同じく非常に大型である。1991年までに同型11隻が完成、2010年時点で、改型を含めて同型9隻が就役している。
クワンゲトデワン/廣開土大王 Kwanggaetodewan (韓国)
 韓国最初の国産駆逐艦。1998年完成。満載排水量3900トン。全長135.4メートル。幅14.2メートル。主機ガスタービン+ディーゼル。速力30ノット。12.7センチ砲。対艦ミサイル8基。短SAM(短距離地対空誘導弾)垂直発射機。ヘリコプター1機搭載。久しく使用してきたアメリカ供与の駆逐艦の代替として計画されたもので、砲はイタリア、ミサイル関係はアメリカ、電子兵装はイギリス、ソナーはフランスなどと欧米各国の製品を導入、全体に充実した装備を有している。1999年に2、3番艦が完成。艦名は韓国古代の王の名。
シェフィールド Sheffield (イギリス)
 1974年ビッカース社で完成。基準排水量3150トン。全長125メートル。幅14メートル。主機ガスタービン。速力28ノット。11.4センチ砲1門。対空ミサイル発射機1基。タイプ42と称し、1970年代後半より改型を含めて合計14隻が完成。対空ミサイル・シーダートと対潜ヘリコプター・リンクスを主兵装とした汎用(はんよう)艦で、護衛艦の一種ともみなされる。1982年のフォークランド紛争において、アルゼンチン軍機の発射したエグゾセ・ミサイルが命中、のちに沈没した。2007年時点で同型4隻が就役中で、現在後継のダーリング級駆逐艦(タイプ45)が建造中である。
ジョルジュ・レイグ Georges Leygues (フランス)
 1979年完成。基準排水量3550トン。全長139メートル。幅14メートル。主機ガスタービン+ディーゼル。速力29ノット。10センチ砲1門。対艦ミサイル4~8基。短SAM(短距離地対空誘導弾)発射機1基。対潜ヘリコプター2機。1990年までに同型7隻が完成、ほかに略同型のミサイル駆逐艦型2隻がある。現代の駆逐艦としては若干小ぶりだが、艦隊型護衛艦としてはフランス海軍の主力をなしている。
(しんせん) Shenzhen (中国)
 1999年に就役した、中国海軍の駆逐艦。満載排水量6000トン。全長153メートル。幅16.5メートル。主機ガスタービン。速力29ノット。10センチ砲2門。対艦ミサイル16基。対空ミサイル発射機1基。対潜ヘリコプター2機。1994年以降に同型2隻が完成した旅滬(るふ)(Luhu)級の改型で、同型艦なし。防空能力を改善強化したものとみられており、短SAM(短距離地対空誘導弾)発射機以外に中・長距離SAMの垂直発射機を有するともいわれている。2007年に東京に来航、戦後訪日した最初の中国軍艦。2004年から2005年にかけて、より大型の旅洋(るやん)級4隻が就役している。
スイフト Swift (イギリス)
 1907年カメルレアード社で完成。常備排水量1825トン。垂間長108メートル。幅10メートル。主機タービン。速力36ノット。10センチ砲4門。魚雷発射管38センチ2門。当時としては破天荒な超大型駆逐艦で、通常型駆逐艦の4倍近い排水量を有していた。水雷戦隊旗艦用に計画された艦で、ほかに同型艦はない。第一次世界大戦中には備砲の一部を15センチ砲に換装。本艦を上回るイギリス駆逐艦は1937年まで出現しなかった。
水平甲板型(すいへいかんぱんがた) (アメリカ)
 第一次世界大戦に際して大量建造した駆逐艦。1917~1922年に合計284隻が完成。一つの型でこれだけ多く建造された駆逐艦の記録は、今日に至るまでも破られていない。常備排水量1020~1190トン。全長96メートル。幅9.4メートル。主機タービン。速力30~35ノット。10センチ砲4門。魚雷発射管53センチ三連装4基。本型が水平甲板型で4本煙突艦であるところから、フラッシュ・デッカーflush decker(水平甲板型)とかフォア・パイプスfour pipes(4本煙突型)とよばれた。第二次世界大戦時まで用いられた。
スプルーアンス Spruance (アメリカ)
 1975年9月にインガルス造船所で完成。満載排水量7810トン。全長172メートル。幅16.8メートル。主機ガスタービン。速力33ノット。12.7センチ砲2門。対空ミサイル・シースパロー、対艦ミサイル・ハープーン装備。対潜ヘリコプター1~2機。戦後建造のアメリカ駆逐艦としては第三世代に属し、かつての軽巡を抜いてしまうほど大型化している。これは後々の兵装の換装などを考慮して余裕をもたせた設計によるものである。同型31隻すべてが同一の造船所で建造されている。性能的には世界第一級の能力をもつ。1981年以後、巡航ミサイル・トマホークの追加搭載を行う改造を実施しているが、垂直発射機をもたない7隻は1998年中に退役、2005年までに残りの全艦も退役している。
ズムウォルト Zumwalt (アメリカ)
 2014年に就役予定の新世代の大型水上戦闘艦。満載排水量1万4564トン。全長182.8メートル。幅24.6メートル。主機ガスタービン+電動機。速力30ノット。搭載機ヘリコプター1機、その他3機。垂直ミサイル発射装置。15.5センチ砲2基、5.7センチ砲2基。ステルス性(対電波隠密性)を備えた船体と上部構造物の形態は、これまでの軍艦とはまったく異なる未来型軍艦だが、1隻の建造費が3000億円ともいわれる高額のため実現が遅れていた。2010年時点で、2番艦までの発注が完了している。高額のため同型艦は3隻程度で打ち切られる予定。
セジョンデワン/世宗大王 (韓国)
 韓国海軍最初の国産イージス駆逐艦。2009年完成。満載排水量1万0290トン。全長165メートル。幅21.4メートル。主機ガスタービン。速力30ノット。搭載機ヘリコプター2機。垂直ミサイル発射装置。対艦ミサイル8基。12.7センチ砲1門。アメリカ海軍のイージス駆逐艦アレー・バーク級のフライトA型の設計に倣ったデザインで、韓国独自の兵装が施されており、ミサイル垂直発射装置のセルは128個ときわめて大型かつ強力である。2、3番艦も2011年、2012年に完成予定となっている。極東アジアでは日本の海上自衛隊に次ぐイージス・システム搭載艦で、こんごうより20年遅れの出現である。
Z23 (ドイツ)
 1940年デシマーク社で完成。基準排水量2603トン。全長127メートル。幅12メートル。主機タービン。速力38.5ノット。15センチ砲連装1基、単装3基。魚雷発射管53センチ四連装2基。1936年型Aと称する大型駆逐艦で、軽巡なみの砲力をもつが、砲重量が過大で性能的には若干無理があった。同型15隻が第二次世界大戦中に完成。おもにノルウェー方面で使用、7隻が戦争で沈没している。
ダーリング Daring (イギリス)
 2009年完成。満載排水量7450トン。全長152.4メートル。幅21.2メートル。主機ガスタービン、電気推進方式。速力29ノット。搭載機ヘリコプター1機。垂直ミサイル発射装置。11.4センチ砲1門。タイプ45と称されるイギリス海軍最新の駆逐艦で、艦齢30年に達するシェフィールド級駆逐艦(タイプ42)の後継艦として2010年までに2、3番艦が就役、合計6隻の同型艦の建造を予定している。ステルス性(対電波隠密性)を加味した艦型は保守的なイギリス艦として初めての採用であるが、兵装のハード面では新味に欠けるが、システム的には対空戦闘を主体とした新戦闘システムを搭載している。
デリー Delhi (インド)
 インド最初の国産駆逐艦。1997年完成。基準排水量5400トン。全長160メートル。幅17メートル。主機ガスタービン+ディーゼル。速力28ノット。10センチ砲1門。対艦ミサイル16基。対空ミサイル発射機2基。対潜ヘリコプター2機搭載。1980年代に入って自国艦艇の国産化に乗り出したインドが、初めて建造した艦隊型駆逐艦。艦型的にはかなり大型で兵装もひととおりのものを装備しているが、全般的にソ連と西側の技術をミックスしたものといえる。同型3隻が2001年までに就役した。
ハボック Havock (イギリス)
 1893年ヤーロー社で完成。常備排水量260トン。垂間長61メートル。幅5.8メートル。主機レシプロ。速力27ノット。8センチ砲1門。魚雷発射管36センチ2門。世界最初の駆逐艦といわれる艦で、当時は水雷艇駆逐艦torpedo boat destroyerとよばれ、これを縮めて駆逐艦と称されるようになった。1912年退役。
フォルバン Forban (フランス)
 2008年完成。満載排水量6635トン。全長153メートル。幅20.3メートル。主機ガスタービン+ディーゼル。速力29ノット。搭載機ヘリコプター1機。垂直ミサイル発射装置。対艦ミサイル8基。7.6センチ砲2門。1995年にイギリス、フランス、イタリア3か国間で設立されたホリゾン計画という新型駆逐艦開発計画に基づき、船体やステルス性(対電波隠密性)等の開発を一元化して行った結果をもとに設計、建造されたもの。2007年完成のイタリア海軍のミサイル駆逐艦アンドレア・ドリアとは同型で、イギリスのタイプ45型とも類似点が多い。フランス独自の対空ミサイル、対艦ミサイルを装備、2番艦のシュバリエ・ポールも完成済み。同型2隻のみ。
フレッチャー Fletcher (アメリカ)
 1942年完成。基準排水量2100トン。全長115メートル。幅12メートル。主機タービン。速力35ノット。12.7センチ砲5門。魚雷発射管53センチ五連装2基。同型艦175隻が1945年までに完成した。計画は第二次世界大戦前のもので、日本の陽炎(かげろう)型に対抗した型といわれる。船体は水平甲板型。バランスのとれた兵装で、第二次世界大戦中の主力駆逐艦として活躍した。戦後、同型の2隻が海上自衛隊に貸与された。1969年退役。
ルイージ・ドゥランド・デ・ラ・ペンネ Luigi Durand de la Penne (イタリア)
 1993年完成。基準排水量4500トン。全長148メートル。幅16.1メートル。主機ガスタービン+ディーゼル。速力31.5ノット。12.7センチ砲1門。7.6センチ砲3門。対艦ミサイル8基。対空ミサイル発射機1基。短SAM(短距離地対空誘導弾)発射機1基。対潜ヘリコプター2機搭載。艦隊防空を任務とするミサイル駆逐艦としては二世代目の型であるが、排水量のわりにきわめて重兵装な艦で、同型艦にフランチェスコ・ミンベリがある。[石橋孝夫]

潜水艦〔日本〕


イ号第一潜水艦
 1926年(大正15)3月川崎造船所で完成。基準排水量1970トン。全長97.5メートル。幅9.2メートル。主機ディーゼル・エレクトリック。速力(水上)18ノット、(水中)8ノット。14センチ砲2門。魚雷発射管6門。第一次世界大戦後ドイツから導入した技術で建造した大型潜水艦で、この型を巡洋潜水艦(巡潜)と称した。実質的には第一次世界大戦中のドイツ巡潜U142型のコピーであったが、以後の日本巡潜発達のベースとなった役割は大きい。同型4隻があり、旧式ながら太平洋戦争にも参加。1943年(昭和18)1月ソロモン諸島方面で撃沈された。
イ号第一五潜水艦
 1940年(昭和15)9月呉(くれ)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量2198トン。全長108.7メートル。幅9.3メートル。主機ディーゼル・エレクトリック。速力(水上)23.6ノット、(水中)8ノット。14センチ砲1門。魚雷発射管6門。水上偵察機1機搭載。1937年の計画で乙型と称された巡洋潜水艦(巡潜)で、艦橋前に水偵の格納庫と射出機をもつ。水上速力は日本潜水艦中最高であった。同型、略同型あわせて29隻が完成。第二次世界大戦中にもっとも活躍した型でもあった。1942年11月ソロモン諸島方面で消息不明。
イ号第五一潜水艦
 1923年(大正12)6月呉(くれ)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量1390トン。全長91メートル。幅8.8メートル。主機ディーゼル・エレクトリック。速力(水上)20ノット、(水中)10ノット。12センチ砲1門。魚雷発射管6門。大型の巡潜型に次ぐ海大型(海軍式大型潜水艦)の第1型。以後第二次世界大戦中までに海大7型までの各艦が建造された。本艦は同型艦はなく1隻のみ建造された試作艦で、ディーゼル4基を装備、水上20ノットという高速を発揮したが、この水上速力の高速こそ日本潜水艦の特色の一つであった。第二次世界大戦前に除籍。
イ号第四〇〇潜水艦
 1944年(昭和19)12月呉(くれ)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量3530トン。全長122メートル。幅12メートル。主機ディーゼル・エレクトリック。速力(水上)19ノット、(水中)6.5ノット。14センチ砲1門。魚雷発射管8門。水上攻撃機3機搭載。第二次世界大戦中最大の潜水艦で、パナマ運河の爆撃破壊を企図して同型18隻が計画されたが、3隻のみ完成。ウルシー泊地の奇襲作戦に向かう途中終戦となり、アメリカ軍に接収された。潜水空母などと称されたが、実質的には資材と工数のむだ遣いに終わった潜水艦である。
おやしお
 海上自衛隊が建造した最初の国産潜水艦。1960年(昭和35)6月川崎重工で完成。基準排水量1000トン。全長78メートル。幅7メートル。主機ディーゼル・エレクトリック。速力(水上)13ノット、(水中)19ノット。魚雷発射管4門。戦後の10年余のブランクのあとに建造された艦で、性能的には1945年のイ号第二〇一潜型とほぼ同じで、艦型も同大であるが、電子機器類は大幅に進歩していた。1976年1月に除籍。艦名はうずしお型の一艦に引き継がれている。同型艦なし。
おやしお
 海上自衛隊主力の潜水艦おやしお型の1番艦。1998年(平成10)完成。水上排水量2700トン。全長82メートル。幅10.3メートル。主機ディーゼル・エレクトリック。水上速力12ノット。水中速力20ノット。魚雷発射管6門。1967年度(昭和42)計画のうずしお型以来3型25年続いた涙滴型船体の海上自衛隊の潜水艦も、本型より船体形状を鯨体型に改め、船体表面に吸音タイルを装着、静粛性の改善とともに新型ソナーの装備で探知能力の向上を図っている。艦名は第二次世界大戦後最初の国産潜水艦の名を襲名したもの。2008年までに同型11隻が完成、2009年完成艦より新型のそうりゅう型に変わっている。
そうりゅう
 2009年(平成21)完成。基準排水量2950トン。全長84メートル。幅9.1メートル。ディーゼル・エレクトリック+スターリング機関。水中速力20ノット。魚雷発射管6門。平成16年度計画艦でそれまでのくろしお型にかわって建造された潜水艦。海自潜水艦最初のスターリング機関(スウェーデン製)搭載艦で、これをAIP(非大気依存型推進)システムという。従来艦に比べて水中行動持続能力の向上が図られており、原子力潜水艦の取得がむずかしい日本の潜水艦としては、こうしたことで性能の改善を迫られたもの。外観的にもこれまでの艦尾の十字型潜舵(せんだ)をX字型に改め、セール前面に曲線を設けているなど変更点が多い。2010年時点で、同型1隻が就役、3隻が建造中である。
第六号艇
 アメリカのホーランド型を模して国産された最初の潜水艦。1906年(明治39)4月川崎造船所で完成。基準排水量58トン。全長22メートル。幅2メートル。主機ガソリンエンジン。速力(水上)8.5ノット。魚雷発射管1門。1910年4月15日潜航中事故のため沈没。艇長佐久間大尉以下全員が殉職したが、艇内に残された艇長以下の遺書から海軍軍人の鑑(かがみ)として有名になる。のちに引き揚げられ、除籍後は呉(くれ)の潜水学校に保存され佐久間神社として知られていたが、戦後撤去された。
ゆうしお
 1980年(昭和55)2月三菱(みつびし)神戸造船所で完成。基準排水量2200トン。全長76メートル。幅9.9メートル。主機ディーゼル・エレクトリック。速力(水上)12ノット、(水中)20ノット。魚雷発射管6門。1989年までに同型10隻が完成した。うずしお型に次ぐ涙滴型船体を採用した2型目の潜水艦。魚雷発射管から対艦ミサイル・ハープーンも発射可能で在来型機関の潜水艦としては当時世界第一級の性能をもち、潜航深度は300メートル以上に達する。2006年(平成18)までに10隻とも退役した。
ロ号第三五潜水艦
 1943年(昭和18)3月三菱(みつびし)神戸造船所で完成。基準排水量960トン。全長80.5メートル。幅7メートル。主機ディーゼル・エレクトリック。速力(水上)20ノット、(水中)8ノット。8センチ高角砲1門。魚雷発射管4門。1939年の計画で建造された海軍式中型潜水艦(海中型)。日本海軍では艦隊型の補助として計画したが、実際には通商破壊用に最適の艦であった。しかし、日本海軍はこの事実に気づかず、同型18隻が完成したのみに終わった。1943年8月トラック出撃後戻らず喪失と認められた。[石橋孝夫]

潜水艦〔外国〕


アクラ級 Akula Class (ロシア)
 ロシア海軍の原子力攻撃型潜水艦。ソ連時代の1984年1番艦完成。水上排水量8140トン。全長113メートル。幅13.6メートル。主機原子力推進。水中速力33ノット。魚雷発射管6門。対空ミサイル発射機。2007年までに型合わせて同型11隻ほどが就役している。アメリカのSSN(攻撃型原子力潜水艦)なみに静粛性と目標探知能力を大幅に改善強化した型といわれており、潜航深度は600メートルに達するという。ただし、ロシア経済の混乱から同型艦の建造テンポが1990年代に入って鈍っており、勢力的には多くは望めず、より新型のセベロドビンスク級に移行しつつある。
アスチュート Astute (イギリス)
 2010年に第1艦が完成したという、攻撃型原子力潜水艦。水中排水量7800トン。全長97メートル。幅11.3メートル。主機原子力推進。水中速力29ノット。魚雷発射管6門。前トラファルガー級より排水量では3000トン近く増大しており、大型化は顕著である。核燃料交換なしに25~30年の長期にわたる行動が可能。魚雷発射管を用いてトマホーク巡航ミサイルや機雷の投下等が可能で、これらは前級からの踏襲で兵装ハード面での新味はあまりないが、戦闘システムでは刷新されている。同型艦は6隻以上が建造中、計画中で、トラファルガー級との交代を目ざしている。
アリハント Alihant (インド)
 2009年7月に進水したインド最初の国産原子力潜水艦。水中排水量5500トン。全長100メートル。幅15メートル。主機原子力推進。水中速力30ノット。魚雷発射管6門。弾道ミサイル12基搭載。全体の設計は関係の深いロシアの原潜に倣ったもので、戦略弾道ミサイル潜水艦としては小型ではあるが、搭載するK-15ミサイルは700キロメートルの射程をもつという。2、3番艦も建造中と伝えられており、インド洋における戦略地図にも変化が生まれそうである。なお、インド海軍はロシアからアクラ級攻撃型原潜をリースという形で取得する予定で、チャクラの艦名で2010年に引き渡される予定という。
アルファ級 Alfa Class (ロシア)
 原子力潜水艦。1970年に第1艦が完成。水中排水量3800トン。全長79メートル。幅10メートル。主機原子力推進。速力(水中)42ノット。魚雷発射管6門。1970年代初めに出現した攻撃型原潜。異常な水中高速と600メートル以上とされる潜航深度は、当時の原潜の水準から飛び抜けたものであった。船体はチタン材を用いているといわれ、当時本級の耐深度の600メートルまで有効な対潜兵器がなかった。同型7隻があり、ソ連崩壊後はロシア海軍に引き継がれたが、1990~1993年に全艦退役、除籍された。一般に呼称されるソ連潜水艦の名称は、すべてNATO(ナトー)側のコードネームである。ソ連の正式型名は計画番号705および705K(LIRA)。
ウイスキー級 Whiskey Class (ソ連)
 1952~1958年に同型215隻が完成。水上排水量1080トン。全長76メートル。幅6.5メートル。主機ディーゼル・エレクトリック。速力(水上)18ノット、(水中)14ノット。魚雷発射管6門。第二次世界大戦後期にドイツが計画した水中高速潜21型の図面と技術を入手したソ連が、そのコピー艦として大量建造したもの。現在ではすべて除籍されているが、戦後ソ連潜水艦の脅威が叫ばれたのは本型の出現によるものであった。
オスカー級 Oscar Class  (ロシア)
 大型巡航ミサイル潜水艦。1986年に1番艦完成。水上排水量1万4700トン。全長155メートル。幅18.2メートル。主機原子力推進。水中速力32ノット。巡航ミサイル24基。魚雷発射管4門。ソ連海軍時代の1980年代初めに出現した大型巡航ミサイル潜水艦(SSGN)オスカー級の改型。同時期の戦略ミサイル潜水艦(SSBN)タイフーン級と同じく、幅の広い太った船体をもち、この船体両側に巡航ミサイル格納、発射は仰角をかけた発射筒より水中で行うことができる。1999年までに同型12隻が完成、うち6隻は太平洋艦隊に配属されたが、1隻は1999年に退役した。2000年8月に本級のクルスクがバレンツ海で事故により沈没、乗員全員が死亡している。⇒タイフーン
オハイオ Ohio (アメリカ)
 原子力潜水艦。1981年11月ゼネラル・ダイナミックス社で完成。水上排水量1万6600トン。全長171メートル。幅12.8メートル。主機原子力推進。速力(水中)30ノット以上。トライデント戦略ミサイル発射機24基。魚雷発射管4門。第三世代の艦隊型戦略ミサイル、トライデントを搭載する戦略ミサイル潜水艦(SSBN)。ソ連のタイフーン級に次ぐ大型艦で、従来のSSBNの2倍以上の大きさをもつ。1997年までに同型18隻が完成、建造計画は完了した。2007年時点で本艦を含めた同型4隻が大型巡航ミサイル潜水艦(SSGN)に変更され、再就役している。トライデント戦略ミサイルにかわり巡航ミサイルトマホーク154発を搭載している。
ガトー級 Gato Class (アメリカ)
 第二次世界大戦中に量産された主力潜水艦。1番艦ガトーは1941年エレクトリック・ボート社で完成。基準排水量1525トン。全長92メートル。幅8.3メートル。主機ディーゼル・エレクトリック。速力(水上)20ノット、(水中)8.8ノット。12.7センチ砲1門。魚雷発射管10門。同型、略同型を加えて195隻が完成。アメリカは日本と対照的に潜水艦の建造をこのガトー級のみに絞って量産効果をあげた。このガトー級により日本の海上通商路は破壊されて、敗戦の主要原因の一つとなった。
キロ級 Kilo Class (ロシア)
 ロシア海軍がソ連時代に開発した最新の在来型機関の潜水艦。1番艦完成1982年。水上排水量2325トン。全長72.6メートル。幅9.9メートル。主機ディーゼル・エレクトリック。水中速力17ノット。魚雷発射管6門。対空ミサイル発射機。涙滴型に近い船体形状を採用、在来型潜水艦としてはもっとも成功したものとして、1990年代に入ってからも建造が続き、2007年時点で同型19隻ほどが保有されている。これ以外に輸出用としてインド、イラン、ポーランド、中国などに相当数が引き渡されており、ロシアの輸出艦艇のベストセラーとなっている。
シーウルフ Seawolf (アメリカ)
 攻撃型原子力潜水艦。1997年完成。水上排水量7460トン。全長107.6メートル。幅12.8メートル。主機原子力推進。水中速力35ノット以上。魚雷発射管8門。巡航ミサイルまたは対艦ミサイル50基。アメリカ海軍がロサンゼルス級の後継艦として計画した高性能攻撃型原潜。しかし冷戦の終結とともにその建造費の巨額さが問題にされ、同型3隻で建造を打ち切り、より経済的な新SSN(攻撃型原潜)に切り替えられるに至った。1999年までに2番艦のコネティカットが完成、3番艦ジミー・カーターは2005年に完成している。
(しゃん) Shang Class (中国)
 2006年に第1艦が完成したという、中国海軍2型目の攻撃型原子力潜水艦。水中排水量6000トン。全長107メートル。幅11メートル。主機原子力推進。水中速力30ノット。魚雷発射管6門。1974年に第1艦が完成、以後同型5隻が完成した漢(はん)Han級に次ぐもので、排水量では1500トンほど大型化している。ロシアのビクター3型級を参照したといわれているが、ロシアとインドのような親密な関係はなく、実際にコピー建造できるような技術供与はロシアからはなく、見よう見まねでつくったという印象が強い。水中の静粛性その他でどれだけ西側原潜のレベルに近づいているのか明らかではないが、30余年の実績で少しはノウハウも蓄積されたと予想される。今後同型10隻近くの建造が計画中らしい。
(じん) Jin Class (中国)
 水中排水量9000トン。全長125メートル。幅11メートル。主機原子力推進。水中速力不明。魚雷発射管6門。弾道ミサイル16基。2008年に第1艦が完成、2010年までに2番艦も完成、ほかに同型4隻が建造または計画中という。中国としては夏(しぃあ)Xia級に次ぐ弾道ミサイル搭載原子力潜水艦だが、実験艦的色彩の濃かった夏級に比べて実用型として計画されたものと考えられている。ただ、実戦配備は搭載する弾道ミサイルJL-2がまだ完全に実用化試験を終了していないようで、しばらく先になる模様である。
スルクフ Surcouf (フランス)
 1934年シェルブール工廠(こうしょう)で完成。常備排水量3250トン。全長110メートル。幅9メートル。主機ディーゼル・エレクトリック。速力(水上)18ノット、(水中)8.5ノット。20センチ砲2門。魚雷発射管8門。フランスの建造した大型の巡洋潜水艦(巡潜)で、日本のイ号第四〇〇型ができるまでは世界最大であった。艦橋前に大型の20センチ砲を有し、後部には水上偵察機1機を搭載する格納庫も装備する。フランス降伏時イギリスに逃れ、自由フランス軍に入ったが、1942年2月メキシコ湾で商船と衝突、沈没した。
タイフーン Typhoon (ロシア)
 原子力潜水艦。1番艦はソ連時代の1981年に完成。基準排水量3万トン。全長170メートル。幅23メートル。主機原子力推進。速力(水中)24ノット。戦略ミサイルSS-NX-20を20基搭載。魚雷発射管6~8門。1982年に出現した世界最大の潜水艦として知られる戦略ミサイル潜水艦。長さはオハイオ級と大差ないが艦幅が倍近くあり、セールの前に20基のミサイルを搭載している。艦幅が大きいのは対潜魚雷などの防御的配慮からとの見方もある。1989年までに同型6隻が完成したが、このうち2隻は1996年に予算不足により退役、他に1隻が1998年に除籍されているほか、予定していた同型7隻の建造は中止された。ロシアの正式型名は計画番号941(AKULA)。
デルタ級 Delta Class  (ロシア)
 戦略ミサイル潜水艦。1番艦はソ連時代の1985年に完成。水上排水量1万1740トン。全長167メートル。幅11.7メートル。主機原子力推進。水中速力24ノット。戦略ミサイル16基。魚雷発射管4門。1992年までに同型7隻が完成し、2007年時点で6隻が就役している。タイフーン級とは異なるヤンキー級以来のオーソドックスなSSBN(戦略ミサイル潜水艦)の系列に属し、1970年代後半より就役したデルタ級7隻とともに、現在のロシア海軍SSBN勢力の大勢を占めている。2004年時点で、後継の新型SSBN・Borey(ボレイ)級が建造中である。1970年代に完成したデルタ級22隻は1997年までに除籍されている。
トラファルガー Trafalger (イギリス)
 原子力攻撃潜水艦。1983年完成。水上排水量4740トン。全長85.4メートル。幅9.8メートル。主機原子力推進。水中速力30ノット。魚雷発射管5門。21世紀初頭のイギリス攻撃型原潜では最新の型で、1991年までに同型7隻が完成。前型スイフトシャー級の改型で、水中発射型対艦ミサイル・ハープーンを魚雷発射管より発射でき、安全潜航深度は590メートルという。イギリス海軍の攻撃型原潜は伝統的に鯨体型船体を採用、目下2010年の第1艦就役を目ざして、6690トンのアスチュート級が建造されている。
ドレッドノート Dreadnought (イギリス)
 原子力攻撃潜水艦。1963年4月ビッカース・アームストロング社で完成。基準排水量3000トン。全長81メートル。幅9.8メートル。主機原子力推進。速力(水中)30ノット。魚雷発射管6門。イギリス最初の原子力推進艦艇である。推進装置はアメリカから購入装備した。船体は一般の涙滴型と異なり、イギリス独自の形態を採用している。1982年に除籍。
ノーチラス* Nautilus (アメリカ)
 原子力潜水艦。1954年9月エレクトリック・ボート社で完成。水上排水量3764トン。全長97メートル。幅8.4メートル。主機原子力推進。速力(水上)20ノット、(水中)20ノット以上。魚雷発射管6門。世界最初の原子力推進艦。水中運動力の向上と無限に近い航続力により、革新的変化をもたらした。1958年8月3日には史上最初の北極点通過(氷原下)を成し遂げ、戦略的にも新しい局面を開いた。1985年以来コネティカット州ニューグロトンで記念艦として保存。
バージニア Virginia (アメリカ)
 2004年に就役した原子力推進攻撃型潜水艦(SSN)。水中排水量7800トン。全長115メートル。幅10.4メートル。主機原子力推進。水上速力25ノット、水中速力35ノット。魚雷発射管4門。トマホーク垂直発射筒12基。ロサンゼルス級SSNの後継艦で、2010年時点で5番艦まで完成しており、ほかに同型13隻が建造中または計画中。当初アメリカ海軍はより高性能のシーウルフ級を後継艦としていたが、ソ連の崩壊による冷戦の終結で、より安価な本級に切り換えたもの。安価とはいえ性能的にはロサンゼルス級を上回り、当面アメリカ潜水艦兵力の主力を占める艦である。
(はん) Han Class (中国)
 中国最初の原子力攻撃型潜水艦。1番艦の完成は1974年。水中排水量5550トン。全長98メートル。幅10メートル。主機原子力推進。水中速力25ノット。魚雷発射管6門。1990年までに同型5隻が完成、就役した。形態は欧米の攻撃型原潜に類似しているものの、技術的にはまだまだ未完成の部分が多いと推定され、実際に稼動したのは1980年代に入ってからといわれている。2004年11月石垣島付近で漢級潜水艦が日本領海を侵犯したとして問題になった。そのほか、中国の原子力潜水艦には水中排水量6000トンの商(しゃん)級や、水中排水量6500トンの弾道ミサイル搭載型の夏(しぃあ)級がある。
バンガード Vanguard (イギリス)
 イギリス海軍二世代目の戦略ミサイル潜水艦。1994年完成。水中排水量1万5850トン。全長149メートル。幅12.8メートル。主機原子力推進。水中速力25ノット。戦略ミサイル16発搭載。魚雷発射管4門。1996年までに退役した第一世代のSSBN(戦略ミサイル潜水艦)リゾリューション級にかわって就役、アメリカのオハイオ級と同じトライデントD-5ミサイルを採用、搭載数は8基少ないが性能的にはほぼ同等である。2、3番艦のビクトリアス、ビジランテは1996年までに完成、最終のベンジェンスは1999年に完成した。
ボレイ Borey (ロシア)
 戦略ミサイル原子力潜水艦。水中排水量1万9400トン。全長170メートル。幅13.5メートル。主機原子力推進。水中速力29ノット。魚雷発射管4門。戦略弾道ミサイル12基。本艦の開発は1980年代初めに始まったものの、ソ連の崩壊による資金不足や、搭載する戦略ミサイルの開発失敗等が続き、1996年に起工以来2009年に公試を開始するまでに、13年を要している。いちおう2010年の完成を見込んでおり、2、3番艦も建造中といわれているものの、先行きはかなり不鮮明である。
ヤーセン級 Yasen Class (ロシア)
 ソ連崩壊後、ロシア海軍になって最初の新型攻撃型原子力潜水艦(SSN)。水中排水量8600トン。全長120メートル。幅15メートル。主機原子力推進。水中速力31ノット。魚雷発射管10門。ミサイル発射筒24基。1番艦のセベロドビンスクは1993年に起工されたものの、途中資金不足その他で2007年に完成したとの情報もあるが確かではない。冷戦時代後半急速にアメリカ海軍に追いついたソ連の原潜建造技術力から考えれば、性能的にはアメリカのSSNに匹敵するものを有すると想像できる。同型2番艦の起工も報じられており、ほかに6隻の建造を計画しているともいわれる。
U47 (ドイツ)
 U48と同じ7B型で、1938年12月に完成。第二次世界大戦開戦直後の1939年10月14日プリーン大尉の指揮のもとイギリス艦隊の泊地のスカパフローに侵入、停泊中の戦艦ロイヤル・オークを撃沈した(第二次世界大戦中Uボートが戦艦を沈めた例は、ほかに地中海でU331によるイギリス戦艦バーラムの撃沈があるだけである)。U47はその後も活躍を続け、28隻16万5000総トンを沈めたが、1941年3月アイルランド沖でイギリスの駆逐艦の攻撃を受け、艦長以下全員が戦死した。⇒U48
U48 (ドイツ)
 1939年4月ゲルマニア工場で完成。基準排水量753トン。全長66メートル。幅6.2メートル。主機ディーゼル・エレクトリック。速力(水上)17ノット、(水中)8ノット。8.8センチ砲1門。魚雷発射管5門。同型700隻弱が建造された7型の初期の型7B型に属する。この7型が大西洋での通商破壊戦の主役を務めた。U48は第二次世界大戦で最大の戦果(54隻32万2378総トン)をあげている。ただし第一次世界大戦では、U35が224隻53万5900総トンという驚異的戦果をあげてトップの座を占めている。
ル・トリオンファン Le Triomphant (フランス)
 戦略ミサイル潜水艦。1996年に完成。水上排水量1万2640トン。全長138メートル。幅12.5メートル。主機原子力推進。水中速力25ノット以上。戦略ミサイル16基。魚雷発射管4門。1970年代に就役した最初の戦略ミサイル潜水艦ル・ルドゥタブル型6隻の代替として計画されたもので、1999年に2番艦が、2004年に3番艦が完成、さらに2010年に最終4番艦の就役を予定している。アメリカ、イギリスのトライデント・ミサイル潜水艦に準じた性能を有するといわれており、潜航深度は500メートルに達するという。
ロサンゼルス Los Angeles (アメリカ)
 原子力潜水艦。1976年11月ニューポート・ニューズ造船所で完成。基準排水量6000トン。全長110メートル。幅10メートル。主機原子力推進。速力(水中)30ノット以上。魚雷発射管4門。アメリカ海軍の主力攻撃型潜水艦で、1996年までに同型62隻が完成。魚雷発射管から巡航ミサイル・トマホークの発射も可能で、戦略的・戦術的にもアメリカ海軍兵力の大きな割合を占めている重要な艦である。2010年時点で、同型45隻が就役中、17隻が退役している。[石橋孝夫]

護衛艦〔日本〕


あきづき
 海上自衛隊護衛艦。1960年(昭和35)2月三菱(みつびし)長崎造船所で完成。基準排水量2350トン。全長118メートル。幅12メートル。主機タービン。速力32ノット。12.7センチ砲3門。7.6センチ砲連装2基。53センチ魚雷発射管四連装1基。OSP(域外調達)によりアメリカが日本で建造して海上自衛隊に供与した当時の最大型の護衛艦で、主として旗艦任務についた。当時の採用艦載兵器の大半を搭載しているが、アメリカの中古兵器が多くを占め、性能的にはまだ西側の第一線のレベルに達しなかった。同型にてるづきがある。1985年に特務艦に格下げとなり、1993年(平成5)に除籍された。
あさぎり
 海上自衛隊護衛艦。1988年(昭和63)完成。基準排水量3500トン。全長136.5メートル。幅14.6メートル。主機ガスタービン。速力30ノット。7.6センチ砲1門。対艦ミサイル8基。短SAM(短距離地対空誘導弾)発射機1基。アスロック(対潜ロケット魚雷)発射機1基。対潜ヘリコプター1機搭載。はつゆき型の改型汎用(はんよう)護衛艦として同型8隻が1991年(平成3)までに完成、はつゆき型とあわせて護衛隊群の基準構成艦として、1980~1990年代の主力護衛艦を構成した。2010年時点で、2隻は練習艦に変更されている。はつゆき型より排水量で約500トン増加、艦型に余裕をもたせた設計となり、艦姿も姿勢の低い形に改められた。⇒はつゆき
あたご
 2007年(平成19)完成。基準排水量7750トン。全長165メートル。幅21メートル。主機ガスタービン。速力30ノット。搭載機ヘリコプター3機。垂直ミサイル発射装置。12.7センチ砲1門。こんごう型4隻の後を受けて在来型ミサイル護衛艦の退役に伴う補充艦として建造されたイージス型護衛艦。こんごう型より排水量で500トン増大。後部にヘリ発着甲板と格納庫を設けているが、当面固有へリコプターは搭載していない。艦首の12.7センチ砲はアメリカ海軍制式の62口径マーク45砲で、海上自衛隊では最初の採用。2008年2月に漁船と衝突事故を起こす。2番艦のあしがらは2009年に完成、あさかぜと交代している。
あやなみ
 海上自衛隊護衛艦。1958年(昭和33)2月三菱(みつびし)長崎造船所で完成。基準排水量1700トン。全長109メートル。幅10.7メートル、主機タービン。速力32ノット。7.6センチ砲連装3基。53センチ魚雷発射管四連装1基。国産護衛艦の第2陣で、1955~1958年度計画で同型7隻が完成。船体は長船首楼型という特色ある形態をもつ。魚雷対潜戦闘を主任務とした艦であったが、対潜兵器そのものはあまり有力なものを装備していなかった。1983年より特務艦に格下げとなり、1986年に除籍された。
くらま
 海上自衛隊護衛艦。1981年(昭和56)3月石川島播磨(はりま)重工で完成。基準排水量5200トン。全長159メートル。幅17.5メートル。主機タービン。速力31ノット。12.7センチ砲2門。シースパロー(対空ミサイル)発射機1基。対潜ヘリコプター3機搭載。1986年度計画のDDH(ヘリコプター搭載型護衛艦)の4番艦。船体後半部に大型の格納庫と発着甲板をもち、HSS2(後にSH-60Jに換装)対潜ヘリコプター3機を搭載する。同型にしらね、略同型にはるな、ひえいがあったが、はるなは2009年(平成21年)に完成したヘリ空母型護衛艦ひゅうがの就役で除籍されており、順次この型の護衛艦と交代の予定。
こんごう
 海上自衛隊護衛艦。1993年(平成5)完成。基準排水量7250トン。全長161メートル。幅21メートル。主機ガスタービン。速力30ノット。12.7センチ砲1門。対艦ミサイル8基。対空ミサイル垂直発射機。アメリカ海軍の開発したイージス・システムを採用した新世代の防空駆逐艦(イージス艦)。アメリカ海軍のタイコンデロガ型巡洋艦とほぼ同大の海上自衛隊の護衛艦で、従来のDDG(ミサイル護衛艦)に対して多目標の同時追尾迎撃が可能で、4個護衛隊群に本型が1隻ずつ配備されたことで、艦隊防空力は大幅に強化された。1998年までに同型のきりしま、みょうこう、ちょうかいが完成、2008年に改装されたこんごう以降、ミサイル防衛用の迎撃ミサイル搭載へ改修中。
さわかぜ
 海上自衛隊護衛艦。1983年(昭和58)3月三菱(みつびし)長崎造船所で完成。基準排水量3950トン。全長143メートル。幅14.3メートル。主機タービン。速力32ノット。12.7センチ砲2門。スタンダード対空ミサイル発射機1基。DDG(ミサイル護衛艦)。DDGは艦隊全体の中域防空を担当する艦で、主兵装としてスタンダード対空ミサイルを装備する。海上自衛艦第一世代のミサイル護衛艦、同型のたちかぜ、あさかぜはすでに除籍、2010年時点ではさわかぜのみ護衛艦隊旗艦として就役中。
たかつき
 海上自衛隊護衛艦。1967年(昭和42)3月石川島播磨(はりま)重工で完成。基準排水量3050トン。全長136メートル。幅13.4メートル。主機タービン。速力32ノット。12.7センチ砲2門。アスロック(対潜ロケット魚雷)1基。第二次防衛計画で同型4隻が建造された駆逐艦型の大型護衛艦。初めてダッシュ無人対潜ヘリコプターを装備した。1985年艦齢延長のため近代化改装工事完成。同型艦にきくづきがある。2003年(平成15)までに全艦が除籍されている。
はつゆき
 海上自衛隊護衛艦。1982年(昭和57)3月住友重機で完成。基準排水量2900トン。全長130メートル。幅13.6メートル。主機ガスタービン。速力30ノット。7.6センチ砲1門。アスロック(対潜ロケット魚雷)、シースパロー(対空ミサイル)、ハープーン(対艦ミサイル)装備。対潜ヘリコプター1機搭載。1978年度より建造が始まった主力護衛艦。1987年までに同型12隻が完成、海上自衛隊の国産護衛艦では、最多同型艦を有する。主機はガスタービン、兵装はミサイル主体、対潜ヘリコプター搭載の第三世代の護衛艦で、次のあさぎり型とともに、1980~1990年代における4個護衛隊群の数的主力を占める汎用(はんよう)護衛艦となったが、現在は1番艦はつゆきが2010年(平成22)に除籍となり、残る11隻はすべて地方隊および練習艦に配属がえとなっている。⇒あさぎり
はるかぜ
 海上自衛隊護衛艦。1956年(昭和31)4月三菱(みつびし)長崎造船所で完成。基準排水量1700トン。全長106メートル。幅10.5メートル。主機タービン。速力30ノット。12.7センチ砲3門。第二次世界大戦後初めて建造された国産護衛艦の第1艦。同型にゆきかぜがある。旧海軍の水準では駆逐艦級であるが、対潜、対空戦闘を主眼に設計されて魚雷発射管は装備していない。搭載兵器、電子装備などは大半アメリカからの供与品で、このため性能面でも大きく制約されていた。1981年特務艦に類別変更、1985年除籍。
ひゅうが
 2009年(平成21)完成。基準排水量1万3950トン。全長197メートル。幅33メートル。主機ガスタービン。速力30ノット。搭載機ヘリコプター3機、垂直ミサイル発射装置。ヘリコプター搭載護衛艦はるなの代替えとして計画されたもの。護衛艦の名でよばれるが実質はヘリ空母で、定数は3機だが実力は10機まで搭載可能。さらに将来的にスキージャンプ勾配(こうばい)を設ければV/STOL(ブイストール)機(垂直・短距離離着陸機)の搭載も可能である。多目的スペースや医療施設も設けられて大規模災害等への対処も考慮されている。2番艦のいせは2011年に就役、ひえいと交代する予定。さらに2010年度にしらねの代替艦となる3番艦の建造を決定しているが、3番艦からは1万9500トン型と大型化し、搭載機も最大14機となり、空母能力の向上が図られている。2015年に就役を予定している。
むらさめ
 海上自衛隊護衛艦。1996年(平成8)完成。基準排水量4400トン。全長151メートル。幅17.4メートル。主機ガスタービン。速力30ノット。7.6センチ砲1門。対艦ミサイル8基。短SAM(短距離地対空誘導弾)垂直発射機。アスロック(対潜ロケット魚雷)垂直発射機。はつゆき型、あさぎり型に次ぐシステム型汎用(はんよう)護衛艦の3型目。あさぎり型に比べて排水量を1000トン増加、居住性の向上を図るとともに装備を大幅に刷新、省人化が図られ、あさかぜ型より乗員は50人減少している。また、船体、上部構造の形状に電波反射の少ないステルス形状を採用した最初の護衛艦となった。10番艦のたかなみより備砲を12.7センチ砲に強化した、たかなみ型に移行、2006年までに5番艦が完成しており、以後は新型護衛艦(2009年起工)に移ることになっている。艦名の「むらさめ」は海上自衛隊で2代目で、1956年度(昭和31)計画護衛艦(1998年除籍)を襲名したもの。⇒あさぎり ⇒はつゆき
やまぐも
 海上自衛隊護衛艦。1966年(昭和41)1月三井玉野造船所で完成。基準排水量2050トン。全長114メートル。幅11.8メートル。主機ディーゼル。速力27ノット。7.6センチ砲連装2基。アスロック(対潜ロケット魚雷)1基。1961年より始まった第二次防衛計画で計画された護衛艦で、水平なシェルターデッキ型の船体、バウソナー、アスロック、マルチプル・ディーゼル主機など、多くの新機軸を搭載。やっと国際的水準に達した最初の型である。同型艦にまきぐも、あさぐも、あおくも、あきぐも、ゆうぐもがあり、1974年まで継続して建造された。2007年(平成19)までにすべて除籍されている。[石橋孝夫]

護衛艦〔外国〕


オリバー・ハザード・ペリー級 Oliver Hazard Perry Class (アメリカ)
 フリゲート。1977年以後完成。満載排水量3600トン。全長135.6メートル。幅13.7メートル。主機ガスタービン。速力29ノット。7.6センチ砲1門。スタンダード対空ミサイル、ハープーン対艦ミサイル、対潜ヘリコプター2機搭載。ノックス級フリゲートの後継艦で、1989年までに同型51隻が完成、1980~1990年代の主力フリゲートであったが、1997年に早くも1番艦のオリバー・ハザード・ペリーが退役、2007年時点で、全艦が退役または予備役となり、相当数が外国に供与または売却されている。
クリバク級 Krivak Class (ロシア)
 ソ連時代の1971年1番艦が完成。基準排水量3000トン。全長125メートル。幅13.8メートル。主機ガスタービン。速力32ノット。7.6センチ砲連装2基。53センチ魚雷発射管四連装2基。対潜ミサイル発射機4基。対空ミサイル発射機1基。駆逐艦とみなされる場合もあるが、性能的にはアメリカなどの護衛艦級と類似している性格の艦で、形態的にも従来のソ連艦より洗練されている。細部の相違によって型の三つのタイプに分けられ、1990年までに各タイプ合計39隻が完成。型は1984年に出現したもので、後部の備砲を撤去、対潜ヘリコプターを搭載している。2010年時点で、各型合計5隻が在籍しており、ほかに2隻がウクライナ海軍に移されている。
コンウォール Cornwall (イギリス)
 フリゲート。1988年完成。基準排水量4280トン。全長148メートル。幅14.8メートル。主機ガスタービン。速力30ノット。11.4センチ砲1門。対艦ミサイル8基。対空ミサイル発射機2基。ヘリコプター1~2機搭載。1979年に第1艦の完成したブロードソード型フリゲートの改3型(バッチ3)。同型4隻が1990年までに完成、ほかに略同型の改2型(バッチ2)が6隻あり、最初のバッチ1型4隻は1996~1997年にブラジルに売却された。バッチ3型も2001~2002年に2隻が除籍されている。この型全体をタイプ22という。
デューク級 Duke Class (イギリス)
 フリゲート。1990年に第1艦が完成。基準排水量3600トン。全長133メートル。幅16.1メートル。主機ガスタービン+ディーゼルエレクトリック。速力28ノット。11.4センチ砲1門。対艦ミサイル8基。対空ミサイル垂直発射機。ヘリコプター1機搭載。デュークとは艦名ではなく、イギリス公爵の名を艦名としたことでこういう。2000年までに同型16隻が完成した。2005~2006年に同型3隻がチリに売却されている。1997年までに退役したリアンダー級の後継艦。別名をタイプ23ともいう。
ノックス級 Knox Class (アメリカ)
 フリゲート。1969~1974年完成。基準排水量3011トン。全長133.5メートル。幅14メートル。主機タービン。速力27ノット。12.7センチ砲1門。アスロック(対潜ロケット魚雷)、対潜ヘリコプター、シースパロー(対空ミサイル)装備。第二次世界大戦後計画の各級護衛艦のうちでは多数の同型46隻が建造された。対潜を主体とした兵装をもち、1970~1980年代対潜護衛用として空母部隊などに随伴していたが、1994年までにすべて退役、大半がトルコ、台湾などの外国にリースまたは売却されている。
ピーエフ級 PF Class (アメリカ)
 1943~1945年完成。基準排水量1430トン。全長92.6メートル。幅11.4メートル。主機レシプロ。速力18ノット。7.6センチ砲3門。第二次世界大戦中にイギリスのリバー級フリゲートの設計をベースに建造され、パトロール・フリゲートPatrol Frigateと呼称された。同型98隻が完成。21隻がイギリスに貸与され、第二次世界大戦末期にはソ連にも28隻が貸与された。このうちソ連返還分の18隻が1953年(昭和28)に日本に貸与されて、海上自衛隊創設期の主力護衛艦となった。
フラワー級 Flower Class (イギリス)
 1940~1942年完成。基準排水量950トン。水線長62.5メートル。幅10メートル。主機レシプロ。速力16ノット。10センチ砲1門。キャッチャー・ボート型の船体をもつコルベット。同型135隻がイギリスで、121隻がカナダで建造され、第二次世界大戦前半の護衛艦の主力となった。兵装は貧弱だったが、後期型ではいくぶん改善された。
ブランデンブルク Brandenburg (ドイツ)
 フリゲート。1994年完成。基準排水量3600トン。全長139メートル。幅16.7メートル。主機ガスタービン+ディーゼル。速力29ノット。7.6センチ砲1門。対艦ミサイル8基。対空ミサイル・シースパロー垂直発射機。RAM(艦対空ミサイル)発射機2基。対潜ヘリコプター1機搭載。1996年までに同型4隻が完成、ブレーメン級フリゲートの性能アップ型で、1998年に練習艦隊の一艦として来日している。なお、ドイツではより拡大強化したザクセン級フリゲート4隻(5690トン)が2005年までに完成している。
ブレーメン級 Bremen Class (ドイツ)
 フリゲート。1982~1990年完成。満載排水量3415トン。全長130.5メートル。幅14.4メートル。主機ガスタービン。速力30ノット。7.6センチ砲1門。ハープーン(対艦ミサイル)、シースパロー(対空ミサイル)装備。対潜ヘリコプター2機搭載。西ドイツ海軍の建造した二世代目のフリゲートで、同型8隻がある。オランダの建造したコルテノール級フリゲートの略同型艦で、NATO(ナトー)間での統一された艦型の採用を企図したものである。
ラファイエット La Fayette (フランス)
 フリゲート。1995年完成。基準排水量3000トン。全長124メートル。幅15.4メートル。主機ディーゼル。速力25ノット。10センチ砲1門。対艦ミサイル8基。短SAM(短距離地対空誘導弾)発射機1基。ヘリコプター1機搭載。艦型形態にステルス性(対電波隠密性)を加味した新世代のフリゲートで、その外観はきわめて斬新(ざんしん)である。1999年までに4番艦までが完成、2001年に最終5番艦が完成した。略同型艦を台湾海軍が採用、1998年までに6隻が引き渡されている。
リアンダー級 Leander Class (イギリス)
 フリゲート。1964~1973年完成。基準排水量2450トン。全長113メートル。幅12.5メートル。主機タービン。速力27ノット。11.5センチ砲連装1基。対潜ヘリコプター1機搭載。同型26隻が完成。戦後計画の新フリゲートとしてはもっとも成功したものとして当時の西側数か国でも採用された。1970年代にグループ別の近代化改造を実施。対艦または対潜兵装を強化したが、1990年代初めまでにすべて除籍されて姿を消した。
リガ級 Riga Class (ロシア)
 ソ連海軍が第二次世界大戦後最初に量産したフリゲートタイプの護衛艦。1955~1960年完成。基準排水量1250トン。全長91.5メートル。幅10メートル。主機タービン。速力28ノット。10センチ砲3門。53センチ魚雷発射管三連装1基。合計50隻近い同型艦が建造され、当時の東側の各国でも保有されていた。現在ではすでに第一線を退き、後継艦としてペチャ級、ミルカ級、グリシャ級などが出現している。
リバー級 River Class (イギリス)
 1941~1945年完成。基準排水量1370トン。水線長92メートル。幅11メートル。主機レシプロ。速力20ノット。10センチ砲2門。フラワー級の性能では対潜戦闘に対して不十分となり、より高性能艦として建造され、艦種名もフリゲートと称された。イギリスで57隻、カナダで70隻の同型艦が完成され、第二次世界大戦後半の対潜戦闘の主力となった。引き続いて改型のロック級、ベイ級が建造されている。[石橋孝夫]

その他の艦艇〔日本〕


鵜来(うくる)
 海防艦。1944年(昭和19)7月日本鋼管で完成。基準排水量940トン。全長79メートル。幅9.1メートル。主機ディーゼル。速力19.5ノット。12センチ高角砲連装、単装各1基。同型艦29隻。初期の占守(しむしゅ)型に比べて対空、対潜兵装も大幅に強化された戦時量産型海防艦。終戦時残存、のちに海上保安庁の巡視船として用いられた。
おおすみ
 海上自衛隊輸送艦。1998年(平成10)完成。基準排水量8900トン。全長178メートル。幅25.8メートル。主機ディーゼル。速力22ノット。近接防御機銃2基。1970年代に建造されたLST(戦車揚陸艦)型輸送艦の代替として1993年度に計画された新型輸送艦。従来の艦首に観音開式ドアを設けた擱坐(かくざ)型揚陸艦と異なり、兵員や車両・物資の輸送は艦尾のウエルデッキ内に収納したエアクッション艇2隻、またはヘリ甲板からの大型ヘリコプターを用いて行う。このため艦の上部には空母と同じ全通甲板が設けられ、空母に類似した外観を有する。1998年度計画で2番艦のしもきたが、1999年度計画で3番艦のくにさきが建造されている。艦名のおおすみは1961年(昭和36)にアメリカより貸与されたLST型輸送艦(1974年返還)の艦名を襲名したもの。
占守(しむしゅ)
 海防艦。1940年(昭和15)6月三井玉野造船所にて完成。基準排水量860トン。全長78メートル。幅9.1メートル。主機ディーゼル。速力20ノット。12センチ砲3門。海防艦としては最初の新造艦。当初は北洋での漁業保護を目的としたもので、護衛艦としては対空、対潜能力に欠けていた。しかし結果的に、第二次世界大戦中の護衛艦の主力であった海防艦の母体となった型で、ほかに同型3隻があった。終戦時残存、復員輸送に用いられたのちに賠償艦としてソ連に引き渡された。
迅鯨(じんげい)
 日本海軍の建造した最初の本格的潜水母艦。1923年(大正12)8月三菱(みつびし)長崎造船所にて完成。基準排水量5160トン。全長125メートル。幅16メートル。主機タービン。速力16ノット。14センチ砲連装2基。同型に長鯨(ちょうげい)がある。ロ号潜水艦9隻(3個潜水隊)に対する母艦任務が可能で、潜水戦隊に対する旗艦任務も兼ねるものとされた。第二次世界大戦中は旧式化したため内海での訓練用に用いられるケースが多かったが、1944年(昭和19)9月沖縄に向かう途中、アメリカ機により撃沈された。戦後船体は引き揚げられ、艦首の紋章は靖国(やすくに)神社に奉納された。
大鯨(たいげい)
 潜水母艦。1934年(昭和9)3月横須賀(よこすか)海軍工廠(こうしょう)で完成。常備排水量1万3084トン。全長215メートル。幅19.6メートル。主機ディーゼル。速力18.5ノット。12.7センチ高角砲連装2基。有事に3か月間で空母に改造できることを前提とした大型の潜水母艦。主機の不調や船体強度の不足のため二度にわたって改善工事を要し、実際に完成したのは1938年であった。1942年空母龍鳳(りゅうほう)となった。
友鶴(ともづる)
 水雷艇。1934年(昭和9)2月舞鶴(まいづる)工作部で完成。基準排水量535トン。全長82メートル。幅7.4メートル。主機タービン。速力30ノット。12.7センチ砲連装、単装各1基。53センチ魚雷発射管連装2基。ロンドン海軍軍縮条約で駆逐艦の保有量が制限されたため、制限外艦艇の軽駆逐艦といえる水雷艇として計画。しかし設計に無理があり、完成直後の3月12日訓練中に転覆(友鶴事件)。このため大幅な改正工事を余儀なくされ、他艦艇の設計に与えた影響も非常に大であった。1945年3月戦没。同型4隻。
日進(にっしん)
 水上機母艦。1942年(昭和17)2月呉(くれ)海軍工廠(こうしょう)で完成。基準排水量1万1317トン。全長198.5メートル。幅20メートル。主機ディーゼル。速力28ノット。14センチ砲連装3基。水上偵察機20機搭載。有事には甲標的(特殊潜航艇)の母艦となることを目的とした水上機母艦で、空母への変更も容易なように考慮されていた。略同型艦に千歳(ちとせ)、千代田、瑞穂(みずほ)がある。実際に甲標的母艦になったのは本艦と千代田の2隻だけで、洋上で艦尾の進水孔より甲標的12隻を発進させることができた。1943年7月戦没。
若宮(わかみや)
 水上機母艦。1901年(明治34)10月イギリスで完成。基準排水量5180トン。垂間長111メートル。幅14.7メートル。主機レシプロ。速力10ノット。8センチ砲2門。日露戦争中に捕獲されたイギリス商船で、若宮丸の名で運送船として用いられていたが、1913年(大正2)に臨時に水上機母艦として用いられ、第一次世界大戦前に正式に水上機母艦に改造され参戦。日本最初の空母(水上機母艦)となった。1931年(昭和6)に除籍。[石橋孝夫]

その他の艦艇〔外国〕


アトランティス Atlantis (ドイツ)
 仮装巡洋艦。7862総トン。全長155メートル。主機ディーゼル。速力16ノット。15センチ砲6門。魚雷発射管4基。ドイツは二度の世界大戦において多くの商船を武装し、通商破壊艦として各地に放って多くの戦果をあげた。本艦は1937年進水のゴルデンフェルスという名の貨物船で、第二次世界大戦開戦直後に通商破壊艦に改造。1941年11月イギリス巡洋艦デボンシャーに捕捉(ほそく)撃沈されるまでに、22隻14万6000総トンを拿捕(だほ)または沈めて、第二次世界大戦中もっとも成功した通商破壊艦となった。
オーシャン Ocean (イギリス)
 強襲ヘリコプター母艦。1998年に完成。満載排水量2万0500トン。全長203.4メートル。幅32.6メートル。主機ディーゼル。速力18ノット。ヘリコプター18機またはハリアー20機搭載。艦内に海兵隊500名を収容でき、シーキング輸送ヘリコプター12機または舷側(げんそく)に格納する小型舟艇(LCVP)4隻で兵員を輸送、揚陸を行う。ほかに支援攻撃用ヘリコプター6機を搭載、場合によっては垂直離着陸機のハリアーを搭載できるが、スキージャンプ台はない。
タラワ Tarawa (アメリカ)
 揚陸侵攻艦。1976年インガルス造船所で完成。満載排水量3万9300トン。全長250メートル。幅32.3メートル。主機タービン。速力24ノット。12.7センチ砲3門。シースパロー発射機2基。ヘリコプター30機搭載。直線型の全通飛行甲板をもち、右舷(うげん)に艦橋構造物がある。艦尾部のドック型甲板に上陸用舟艇4隻を搭載。海兵隊1825人およびその武器、車両を収容する。同型艦にサイパンSaipan、ベロー・ウッドBellow Wood、ナッソーNassau、ペリリューPeleliuがあるが、タラワ、サイパン、ベロー・ウッドは退役している。
ドクト/独島 (韓国)
 韓国が建造した空母型揚陸強襲艦。2007年完成。満載排水量1万9000トン。全長200メートル。幅32メートル。主機ディーゼル。速力22ノット。搭載機ヘリコプター10機。対空ミサイル発射装置。完成当時日本と帰属を争っている竹島の韓国名を艦名としたことで物議を醸した。極東アジアでは海上自衛隊のおおすみ型輸送艦や護衛艦ひゅうがよりも大型の全通発着甲板をもつ艦で、兵員700名、戦車10両を収容でき、艦尾のランプよりLCAC(エアクッション上陸艇)2隻の発進ができる。アイランド(艦橋)部も大型で電子兵装等も充実しており、韓国艦隊の旗艦的役割も果たすものと推定されている。2010年時点で、2、3番艦も建造中といわれている。
バックレー級 Buckley Class (アメリカ)
 護衛駆逐艦。1942~1944年完成。基準排水量1400トン。全長93メートル。幅11.3メートル。主機ターボ・エレクトリック。速力24ノット。7.6センチ砲3門。第二次世界大戦中にアメリカはフリゲートやコルベットに相当する艦として、護衛駆逐艦の名の下に合計565隻もの艦を完成させていた。これらはすべて略同型艦だが、いくつかの型に分けられ、このうち最大の同型艦152隻が完成したのがこのバックレー級である。これら護衛駆逐艦は性能的にも、イギリスのフリゲートや日本の海防艦よりは上で、装備も優れていた。
フリーダム Freedom (アメリカ)
 2008年完成。満載排水量3060トン。全長115.5メートル。幅13メートル。主機ガスタービン+ディーゼル。速力45ノット。搭載機ヘリコプター1機、その他3機。対空ミサイル発射装置。5.7センチ砲1門。アメリカ海軍における新しいコンセプトに基づく新世代の中型水上戦闘艦で沿海域戦闘艦と称されている。退役が予定されているオリバー・ハザード・ペリー級フリゲートの後を埋めるもので、ほかにトリマラン(3胴)型のインデペンデンス(2790トン)が同艦種名で2010年に就役。ともに2番艦まで建造中である。今後この2タイプの艦を実用実験で比較して、どちらかのタイプを最終選択することになっており、決定後50隻程度の量産を計画している。
ワスプ Wasp (アメリカ)
 強襲揚陸艦。1989年完成。満載排水量4万0532トン。全長257.3メートル。幅32.3メートル。主機タービン。速力24ノット。対空ミサイル発射機2基。短SAM(短距離地対空誘導弾)発射機2基。ヘリコプター32機、ハリアー8機搭載。タラワ級強襲揚陸艦(LHA)の改型で、艦型的にはほぼ同型だがヘリコプター・ドック型揚陸艦(LHD)といくぶん性格を改めて、対艦空母への変換をも考慮した設計となっている。2008年までに同型8隻が完成しており、艦内に兵員約2000名を収容でき、太平洋方面に2隻が配置されている。[石橋孝夫]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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