江戸時代、川越(かわごし)に使われた乗り物。連台、蓮台とも書く。川を横切るには、架橋、渡船など種々の手段があり、歩いて渡る歩(かち)渡しもその一つ。東海道の大井川には1660年(万治3)ごろ専業の川越人足(にんそく)ができ、天保(てんぽう)末年(1840ころ)には482人と記録されている。歩渡しのうち手引き渡しや肩車渡しより高級なのが輦台渡しで、平(ひら)輦台は白木造りの梯子(はしご)状のもの、半高欄(こうらん)は手すりの板がついているが紅殻(べんがら)(弁柄)塗りのもの、その上の中高欄、大(だい)高欄になるとすべて漆塗りで、輿(こし)に乗ったままで運ばれる。平輦台は4人、客2人なら6人で担ぐが、大高欄になると先導の水切り役を含めて20~30人に及ぶことがあった。武士は渡し賃は不要だったが、輦台に乗るには台札(だいさつ)(切符)を要した。1871年(明治4)に川越人足は廃され、渡船に移行した。
[井之口章次]
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