デジタル大辞泉 「速水優」の意味・読み・例文・類語 はやみ‐まさる【速水優】 [1925~2009]銀行家。兵庫の生まれ。日本銀行で名古屋支店長や理事を歴任。退行後は経済同友会代表幹事などを務めるが、平成10年(1998)日銀に復帰し総裁に就任、デフレ脱却を目指しゼロ金利政策を採用した。 出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
百科事典マイペディア 「速水優」の意味・わかりやすい解説 速水優【はやみまさる】 銀行家・経営者,日本銀行(日銀)総裁。兵庫県出身。東京商科大学(現,一橋大学)卒業。1947年に日本銀行に入り,のち同行理事となる。1981年に日本銀行を退職して日商岩井(現,双日)に専務取締役として招かれた。のち日商岩井社長,同社会長,経済同友会代表幹事などを経て,1998年に第28代日本銀行総裁に就任。バブル崩壊後の不良債権処理のため,1999年2月にゼロ金利政策に踏み切る。このときの金利は0.15%であったにもかかわらず,速水が金利は〈ゼロでもよい〉と発言したことから,ゼロ金利政策と命名されたという。2000年8月にはこれを解除した。しかし,2001年3月にゼロ金利政策に事実上復帰し,同月には量的緩和政策も導入されている。2003年に日本銀行総裁を退任。→バブル経済/不良債権処理問題 出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「速水優」の解説 速水優 はやみ-まさる 1925-2009 昭和後期-平成時代の経営者。大正14年3月24日生まれ。昭和22年日本銀行にはいる。外国局長,名古屋支店長などをへて,53年理事。岳父が日商の創業者のひとりだった関係もあり,56年日商岩井(現双日)に入社。59年社長,62年会長を兼務,平成2年会長専任。3年経済同友会代表幹事に就任。10-15年日本銀行総裁。平成21年5月16日死去。84歳。兵庫県出身。東京商大(現一橋大)卒。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例