道徳を内面的な規範の学(倫理学)としてではなく、一つの社会現象として研究しようとする立場。とくに19世紀後半のフランスでは、プロイセン・フランス戦争の敗北、パリ・コミューン、帝国主義的膨張、経済変動、宗教と国家(世俗的道徳)の分離など危機的状況のなかにあって、共和政の道徳的再建が重要な政治的課題とされたことを背景として、この分野ではデュルケームをはじめ多くの研究者を輩出した。デュルケームの社会学は、対象としての社会的事実を、個人に対する外在性と拘束性とによって特徴づけようとした、その方法論的立場とも相まって、これを優れて道徳的事実とみていた。それは、彼の『社会分業論』が、分業を近代人の従わざるをえない道徳的事実として研究しようとしたところにも、さらに『社会学講義――習俗と法の物理学』で、副題が示すように、産業社会のアノミーの問題を職業道徳論として、国家と個人の関係あるいは所有権や契約の自由の問題を市民道徳論として解明しようとした点で明らかである。彼は、カントの先験論的実践哲学とスペンサーに代表される功利主義的個人主義の経験論的社会観とに対して、いずれも道徳的理念を思弁的に構成し、真の社会的連帯をつくりだす道徳理論たりえないと批判して、従来の実践的・規範的な研究を退け、客観的・科学的な研究を志向した。
これに対して、「生の哲学」の立場にたつベルクソンやカトリック系哲学者ドゥプロワージュから批判を浴びるが、レビ・ブリュールやベイエなどの習俗の科学や道徳事実の科学に引き継がれて盛況をみた。また、デュルケームの道徳社会学は、未開社会と宗教の研究とともに文化(社会)人類学に大きな影響を及ぼし、現代フランスのアナール学派の歴史研究にも影響を及ぼしている。フランス道徳社会学の特徴は、スミス以来のイギリスの道徳哲学やブントの民族心理学と対比してみると興味深いし、とくにデュルケームと同時代人であったM・ウェーバーのプロテスタントの倫理をはじめとする世界宗教の倫理研究と対比してみると、その独自性が明瞭(めいりょう)になる。
[田原音和]
『E・デュルケーム著、田原音和訳『社会分業論』(1971・青木書店)』▽『E・デュルケーム著、宮島喬・川喜多喬訳『社会学講義――習俗と法の物理学』(1974・みすず書房)』▽『L・レヴィ・ブリュール著、勝谷在登訳『道徳社会学』(1939・東学社)』▽『M・ウェーバー著、梶山力・大塚久雄訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』全2冊(岩波文庫)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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