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繊維産業 せんいさんぎょう textile industry

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

繊維産業
せんいさんぎょう
textile industry

綿花,羊毛,絹,麻などの天然繊維や各種の化学繊維を対象とする関連産業の総称。おもなものをあげれば紡糸,製糸,紡績,織布,染色,縫製,編み物などの工業がある。 18世紀末イギリスに始った産業革命で機械力利用の大量生産工業となり,アメリカインドの綿花,オーストラリアの羊毛などの原料生産地と結んだイギリスの繊維工業の隆盛は,資本主義の進展を支える礎石の一つであった。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

繊維産業
せんいさんぎょう

天然・合成の繊維から糸をつくり、織布し、各種の第二次加工を行うもので、綿糸紡績業、絹糸紡績業、製糸業、撚糸(ねんし)業、製綱業、織物業、メリヤス業、縫製業、製紐(せいちゅう)業、レース業、製網業までを包含する。天然繊維としては、綿、毛、絹、麻などがあげられ、天然の繊維素を化学的に処理してつくられるレーヨン、アセテートなどの人造繊維や、石炭、石油、水、空気などから合成するナイロン、ビニロン、テトロンなど合成繊維も加工対象とする。
 その主要な生産工程としては、(1)繊維の選別や清浄化を行う準備工程、(2)繊維を引き伸ばし、撚(よ)りをかけて原(料)糸をつくる紡糸工程、(3)紡糸を組み合わせ生地に織る織布工程、(4)織布地を晒(さらし)、染色、捺染(なっせん)、加工する仕上げ工程、などがある。これらの技術は人類の歴史とともに古く、簡単な道具を利用する手工業から始まって発展・展開を遂げ、産業革命を経過することによって上記の諸工程を機械化していったといえる。同時に西ヨーロッパ、とくにイギリスを先頭にして各国が資本主義化を進めるうえでも、繊維産業の発展は重要な役割を果たした。[加藤幸三郎]

世界の繊維産業

まず、国際的な視野からみると、第二次世界大戦を挟んで、その戦前と戦後とでは、繊維産業の構造は、生産面でも貿易面でも大きな変容を遂げている。
 たとえば、19世紀中葉以降世界史の先頭をきって資本主義を確立させたイギリスは、「世界の工場」としての役割を果たすとともに、農村工業として展開を遂げた毛織物工業にかわって新興の綿工業がその中心に位置したのであるが、広く近代社会形成の基本的要因はそれぞれの国の繊維産業の発展にあったといえよう。すなわち、イギリスでは1733年ジョン・ケイの飛杼(とびひ)の発明、64年のハーグリーブスのジェニー紡績機、69年のアークライトの水力紡績機、79年のクロンプトンによるミュール紡績機、85年のカートライトの力織機といった発明を通じて、綿工業はイギリス産業の先頭にたち、マニュファクチュアから工場制大工業への移行を完了した。そして作業機の革新は動力機械の発達を促し、1781年にはワットの蒸気機関が登場した。かかる動力機械の発達は石炭の利用を促し、鉱山業や製鉄業を発展させ、さらに蒸気機関車や蒸気船による交通機関の変革をももたらしたのであって、この意味でイギリス資本主義は典型的な内部成長型であった。さらに機械化による大量生産方式により安価に生産された綿製品は、ヨーロッパのみならずいわゆる後進国や植民地の手工業を破壊して、世界市場を大きく支配してゆくのである。植民地インドに例をとれば、旧来の土産的な手工業生産が徹底的に破壊された結果、逆に、一方でイギリス本国への綿花供給(=輸出)を強制され、他方ではイギリスから綿製品を輸入するような構造に再編された。いわば、インド、アメリカ、中国など広く植民地収奪を前提として(さらに奴隷貿易などとも関連して)「世界の工場」たるイギリスのランカシャー綿業が確立したのである。さらに、ここでの綿業技術は、ヨーロッパ大陸やアメリカ大陸のみならず、後述のように日本における綿業の形成にも重要な影響を与えることとなった。
 なお、イギリス綿工業に限定していえば、これは、後発ともいうべき日本綿工業の移植、急速な発展により、1930年代には凌駕(りょうが)されてゆくのであるが、その日本の繊維産業(とくに綿工業)が、第二次世界大戦後には、1970年代を通じて、アジアの新興工業諸国・地域(韓国、台湾、香港など)からの綿製品輸入によって、自国からの輸出を凌駕されるという事態に直面した。
 さて、20世紀に入って資本主義が独占段階へ移行するにつれて、イギリスをはじめとする資本主義先進国にあっては、天然繊維から人造繊維への転換が、またいわゆる後進国にあっては、従来の輸入依存から自給化への転換が特徴的であった。したがって、国際的な繊維産業の動向は生産構造の面でも転換期を迎え、さらに加工や消費構造の面でも「複合繊維時代」に入ったといわれている。すなわち、世界の繊維生産の動向のなかで占める人造繊維の割合は、第二次世界大戦前の1938年には10%程度であったが、41年には16%に増大した。戦後の1955~56年には人造繊維は21%を占めるまでに至り、60年代以降驚異的な発展を示し、1990年代を通じて61~62%を占め、とくに人造絹糸に比べてレーヨン、ステープルの急増が目だつ。しかもレーヨンに代表される合成繊維は、綿糸や紡毛糸など天然繊維との混紡にも適し、いわば種々の利点をもつ新しい繊維をつくりだす可能性をもち、将来の発展性も大きいといえよう。
 これと対比する意味で、天然繊維を原料とする綿工業の変遷をみると、輸出国としての日本やイギリスにかわってアメリカ、ブラジル、メキシコ、インドが登場して、全体として開発途上国の綿業生産が伸展をみせている。さらに紡績機械と織機のアジアへの集中が着実に進行している。1955年時点でソ連・東欧を含むヨーロッパが世界の紡績機械1億3000万錘の54%を占めていたが、1985年時点ではアジア地域が53%と世界の紡機1億5600万錘の過半を占め、1998年ではアジア地域は世界の紡機1億6576万錘のうち70%を集中するに至った。毛織物工業についても、第二次世界大戦中にアメリカが伸展をみせたのに対して、フランス、ベルギー、ドイツ、日本は戦災で大きな打撃を受けた。日本の製糸業についても、最大の輸出市場であったアメリカを第二次世界大戦中に失い輸出構造にも重大な影響を受けたが、戦後の農地改革の結果、蚕糸業も衰退し、製糸業は日本の産業構造上きわめて低い地位をとどめているにすぎない。[加藤幸三郎]

日本の繊維産業

第二次世界大戦前の日本資本主義において中枢的地位を占めていたのは、繊維産業(とくに綿糸紡績業と製糸業が中心)であったといってよい。
 幕末期までに、畿内(きない)を中心にブルジョア的発展を示すに至った在来綿業は、綿作、紡績、織物と三分化し、明治維新を経て、明治10年(1877)ごろには「ガラ紡」を生み出すに至った。しかし、前述した「世界の工場」ランカシャー綿業による、とうとうたる綿製品輸出に対抗するには、明治政府は殖産興業政策を大きく展開していかざるをえなかったのである。鹿児島、堺(さかい)(大阪)、鹿島(かしま)(東京)の三始祖紡績の影響を受けつつ、内務省を中心にして明治10年代にイギリスから精紡機の輸入を図り、2000錘規模の「十基紡」の形態で機械制綿糸紡績業の保護育成を図った。だが、これは結果的には成功せず、むしろ民間での1万0500錘の規模をもつ大阪紡績(現東洋紡績)の発足(1883)にまたねばならなかった。
 絹業についても、幕末期までに養蚕、製糸、織物の三分化を示すに至っているが、福島県や群馬県などの古蚕国(こさんこく)では座繰(ざぐり)製糸業の展開がみられたのに、長野県を代表とする新蚕国(しんさんこく)では、明治初年の富岡製糸場、小野組製糸場などのフランス式あるいはイタリア式の繰糸技術と在来技術との折衷を図りつつ、長野県諏訪(すわ)地方を中心に器械製糸業を展開させていった。
 毛織物工業の移植も、富岡製糸場と同じ官営模範工場たる千住製絨所(せんじゅせいじゅうしょ)を通じて、ドイツからの技術伝習を含めた保護育成策を背景にしていたのである。かくて、1890年代には、大阪紡績を先頭に近代的な機械制紡績業が確立されてゆき、ミュールあるいはリング精紡機の移植・輸入に対応して、短繊維の国内綿花ではなく長繊維の外国輸入綿花を原料とせざるをえなくなるが、織物業は、遅れて明治末期ないしは大正期にかけて力織機などによる機械化が進められてゆく。
 そもそも絹業では、養蚕業は農家の副業であり、製糸業は「工女」とよばれた女子労働者の「手」労働に大きく依拠していた。絹織物業は綿織物業と同じように、遅れた労使関係を内包しながら展開をみせていた。第二次世界大戦前の日本資本主義の再生産構造と関係づければ、外国綿花や精紡機輸入の支払い手段たる正貨(ポンド、ドルなど)獲得のために、生糸輸出や綿糸布輸出が必要だったのである。生糸輸出市場の最大かつ最重要のものがアメリカであった。
 このように、綿糸紡績業と製糸業とを中軸とした繊維産業の展開は、日露戦争後の中国市場への綿糸輸出の急増、大正期に移って綿布輸出に比重を移し、輸出絹織物たる羽二重(はぶたえ)輸出も増加する。第一次世界大戦期には、イギリス綿工業の停滞に乗じて広くアジア市場に綿糸布輸出を拡大してゆき、日本綿工業は1930年代にはランカシャー綿業を凌駕するに至ったことは前述のとおりである。製糸業は零細な生産形態と「手」労働に依拠しつつも、器械製糸が主力となり、片倉製糸紡績(現片倉工業)、郡是(ぐんぜ)製糸(現グンゼ)などに代表される大製糸資本を形成しつつ、アメリカ市場向けの輸出が増大を示してゆくが、大正末以降の人造絹糸業の発展やナイロンの創製により、1937年(昭和12)ごろから製糸業は後退を余儀なくされた。このような人絹工業の展開やナイロン工業創始の前提には、大正末から昭和初期にかけての綿紡資本と貿易商社(三井物産など)の高蓄積・高収益が存在していたのである。こうした状況のなかで、ステープル・ファイバー(スフ)の研究も第二次世界大戦勃発(ぼっぱつ)前の日本で始められ、本格的な企業化も1930年代には着手されている。これが輸入綿花や羊毛原料にかわる代替繊維または国策繊維として注目され始めたことはいうまでもない。
 第二次世界大戦期の繊維産業は、原料統制や企業整備、さらには戦災による被害もあって、終戦時には、綿糸紡績業が戦前における最大生産力の15%、人絹工業は25%、スフ工業は40%と、まさに壊滅的状態に陥っていた。[加藤幸三郎]

第二次世界大戦後の日本の繊維産業

アメリカの余剰綿花による加工輸入を契機に、戦後271万錘規模から出発した日本綿工業は、さらに1950年(昭和25)の朝鮮戦争勃発が原因で「糸へんブーム」が出現したが、こうした歴史的条件の下で、戦後日本の繊維産業はようやく軌道にのることとなる。また、敗戦後の衣料品不足も加わって、人絹やスフなどの化学繊維工業も再建されてゆくが、1953年ごろから国内需要は限界に到達し、むしろかえって合成繊維工業が成長産業の代名詞ともなり、逆に天然繊維工業は斜陽産業(のちには構造的不況産業)の一つに数えられるに至った。さらに加えて、1965年ごろからは日本からの繊維製品輸出は減少に転じ、逆に絹織物、綿糸など天然繊維製品の輸入が増加を示し、とくに韓国、中国、パキスタンなどからの輸入増加が目だつに至った。1964年には「繊維工業設備等臨時措置法」(繊維新法)が公布され、スクラップ・アンド・ビルドによる老朽設備の廃棄と合理化・近代化の促進や自由競争の促進が強制されていくが、続いて1967年には「特定繊維工業構造改善臨時措置法」(特繊法。第一次構造改革)が公布され、国際競争力を強化するための構造改善策が日程にのぼり、74年には「繊維工業構造改善臨時措置法」(新繊維法。新構造改革)が公布されて、全繊維産業にわたる知識集約化による新商品・新技術の開発、生産や経営規模の適正化がうたわれたのである。このように合成繊維の生産は日本の高度成長期には著増を示すが、他方で従来の紡績資本に加え、化学工業ないしは貿易=総合商社との提携、さらに多角経営化とも絡んで、「知識集約型」産業化へ向けての取組みとリストラクチャリングが進められ、広く系列化も進められている。具体的には、繊維産業の非繊維事業への進出が積極的に試みられ、たとえば化粧品事業、食品事業、薬品事業をはじめ不動産事業、住宅環境事業にまで進出していくのである。さらに生化学、医薬、化成・高分子化学、エンジニアリング、医療機器、情報システム、エレクトロニクス、バイオテクノロジーといった先端・ハイテクノロジー産業分野から金融にまで進出しているのが現状といえよう。にもかかわらず、2001年現在、中国からの繊維製品の輸入急増に対処すべく、経済産業省は「繊維セーフガード」(繊維製品の緊急輸入制限措置)を世界貿易機関(WTO)が規定する国際ルールの範囲内で発動できるよう、同省のガイドライン見直しの方針を明らかにしている。[加藤幸三郎]
『飯島幡司著『日本紡績史』(1949・創元社) ▽田和安夫編『戦後紡績史』(1962・日本紡績協会) ▽有田圓二編『続戦後紡績史』(1979・日本紡績協会) ▽楫西光速編『現代日本産業発達史11 繊維 上』(1964・現代日本産業発達史研究会) ▽三輪芳郎編『現代日本の産業構造』(1991・青木書店) ▽通商産業省生活産業局編『世界繊維産業事情――日本の繊維産業の生き残り戦略』(1994・通商産業調査会) ▽日本化学繊維協会編『繊維ハンドブック』各年版(日本化学繊維協会資料頒布会) ▽富沢修身著『構造調整の産業分析』(1998・創風社) ▽丸屋豊二郎編『アジア国際分業再編と外国直接投資の役割』(2000・日本貿易振興会アジア経済研究所) ▽伊丹敬之他編著『日本の繊維産業――なぜ、これほど弱くなってしまったのか』(2001・NTT出版) ▽藤井光男編著『東アジアにおける国際分業と技術移転――自動車・電機・繊維産業を中心として』(2001・ミネルヴァ書房)』

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