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金大中氏拉致(らち)事件の調査報告書公表 きむでじゅんしらちじけんのちょうさほうこくしょこうひょう/きんだいちゅうしらちじけんのちょうさほうこくしょこうひょう

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知恵蔵2015の解説

金大中氏拉致(らち)事件の調査報告書公表

1973年8月8日、韓国の朴正熙(パク・チョンヒ)独裁政権に抗して民主化運動に取り組んでいた在野指導者の金大中(キム・デジュン)氏(98年2月から5年間、第15代大統領在任)が東京都心のホテルから拉致され、5日後、ソウルの自宅近くで傷だらけの姿で解放された。この拉致は当時の情報機関韓国中央情報部(KCIA)によって組織ぐるみで実行された、とする調査報告書が2007年10月24日に公表された。報告書は、KCIAの後身である国家情報院がつくった官民合同の真実究明委員会が犯行に関わった当事者らの証言などをもとにまとめたものである。盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が指示した韓国現代史の見直し、独裁政権による権力犯罪の真相究明の一環として行われた。拉致現場のホテル室内にKCIA要員だった在日韓国大使館の金東雲(キム・ドンウン)1等書記官の指紋があったことなどから、既に発生当時から韓国公権力の犯行との強い疑惑が出ていたが、報告書はそれを裏付けるもので、当の情報機関が初めて犯行を事実上認める形になった。李厚洛(イ・フラク)KCIA部長が拉致を指示し、かかわったKCIA要員は24人にのぼり、当初は殺害を計画した可能性もあるとした。最大の焦点だった朴正熙大統領の指示の有無については、指示を裏付ける直接の証拠は見つからなかったとしつつ、「直接指示した可能性は排除できず、少なくとも暗黙の承認があった」との判断を示した。報告書公表を受けて07年10月30日、柳明桓(ユ・ミョンファン)駐日韓国大使は高村外相に対し、日本の国家主権の侵害になったことに関して「遺憾の意」を伝え、外相は「陳謝と再発防止の確約と受け止める」と応じた。ただ、韓国政府は正式の謝罪とは位置づけていない。講演などのため京都を訪れていた金大中氏は同日、「真相がまだ明らかにされていない」などと強い不満を表明した。この拉致事件では、73年11月、金鍾泌(キム・ジョンピル)首相が来日して田中角栄首相と会談し、公権力による主権侵害は認めないまま金書記官の介在などを謝罪し、田中首相は日本側の捜査を実質的に終わらせると述べた(第1次政治決着)。75年7月には、韓国政府が金書記官の不起訴・解職などを盛った「口上書」を日本政府に伝達し、宮沢喜一外相が事件の最終決着を表明した(第2次政治決着)。このように、両政府間では真相にふたをしたままのあいまいな幕引きをしたことから、今回の調査報告書は、当時の日本政府の対応も批判して「遺憾」を表明し、日本国内からはそれに対しての反発も起きた。

(小菅幸一 朝日新聞記者 / 2008年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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